第三十三話
ゴブリナは僕との従魔契約を受け入れてからも、暫くは慟哭を響かせ、その間僕はゴブリナを優しく包み込むようにしっかりと抱き締めて、何も言わずに幼子をあやすように背中を撫でることしか出来なかった。
自分以外の家族全員を失い、絶望のどん底に叩き落とされた今の彼女には、どんな言葉を掛けても、それが心に届くことは無いだろう。
たったひとり残された今の彼女に必要なのは、悲しみを吐き出すこととそれを受け止めてくれる存在がいることだ。
だから僕は、繋ぎ止めたこの手は絶対に離さない。あの時、麗華さんたちが僕にしてくれたように。
小さな砂時計の砂が落ちきるくらいの間、そうして抱き締めていると、ゴブリナが漏らしていた嗚咽は森の木々が奏でる葉擦れの音の中へと消えてしまうほど小さくなっており、それから程なくしてゴブリナは抱き締めている僕の腕にそっと手を掛けて、『もう大丈夫』という意思表示とともに、幾分落ち着いた様子で頬にまで伝った涙を拭い、顔を上げた。
その顔を見ると、目元は多少腫れぼったくなってはいたものの、その瞳は先ほど見上げてきた時のような虚ろなものではなく、しっかりとした感情が宿っているように見えたので、まだ感情の整理は十分に出来てはいないのであろうけども、一先ずは大丈夫だと思えるくらいにはなっていたのだが……。
「アリガト、ゴザマス。モウ、ダイジョブ」
「そう……か」
「ハイ、コレモ森ニ住マウ者、サダメ。森、弱キ滅ビ、強キ栄エル コトワリ。ワタシ、生キ残レタ、奇跡、オナジ」
鼻を啜り、切ない笑顔を向けてくるゴブリナの目に再び涙が浮かび、それが頬を伝う。
その顔を見ていると、締め付けられるような痛みが胸へと流れ込んできて、思わずその小さな身体を再び抱き寄せてしまい、ゴブリナは先程より強く抱きしめられたことに驚いた様子を見せたが、暫くするとその身体を寄り添うように預けてきて、そっと僕の背中に手を回して抱きしめ返してくれた。
抱きしめ返してくれた手からもしっかりと力が込められていたので、今度こそ大丈夫だろう。
もう暫く気分を落ち着けてもらいたいところではあるが、如何せん日没までのタイムリミットが迫っている。
あと半刻もしないうちに陽は完全に落ちてしまうだろうから、出来ればその前には街に戻りたい。
陽が完全に落ちてしまうと、各方面にある全ての街門は閉まってしまうので、街門が開く明日の陽が昇る時間まで街壁の外で待機しているか、近場の野営地で野宿するしか手が無くなってしまう。
これは多くの魔物が昼よりも夜の方が活動が活発になるため、街全体を守るためには仕方のない措置であった。
夜でも門を開けっ放しにして、万が一にでも魔物に街へ侵入されたら、戦闘に長けた冒険者が多くいる冒険者区ならともかく、住民区には洒落では済まない被害が出てしまうからだ。
なので、他の街や村からの救援要請などの、余程の緊急事態でもなければ、夜の間は全ての街門が閉じられているので『街の外に出るのであれば日没までには戻ってくるべし、戻ってこれなければ自己責任でどうにかすること』『そもそも戻ってこれないほど遠出しないように』とワイルドローズからも指導を受けていた。
まあ万が一締め出しをくらっても、僕のスキルを自重無しで全開にしていれば、ひと晩くらいはどうということはない。
ラピスも街の近くにいるような魔物相手であれば、遅れを取るようなこともないだろうけど、その場合は色々とバレるのを覚悟しなくちゃいけなくなる。
まあメリッサさんたちには既に一部はバレているし、今後も舐められないようにバレても問題無さそうなトコロは小出しにしていくつもりだけど、今の段階でそうなるのは色々と宜しく無さそうなので、出来ればそれは回避したい。
ということで、やるべきことを済ませて、街に戻るとしよう。
そう思い、ゴブリナを抱きしめていた腕から力を抜くと、ゴブリナもそっと身体を離した。
「落ち着いたかな?」
「……ハイ」
僕の問いに対して、消え入りそうな声ではあるが、しっかりと返事をしてくれる。
先ほど僕の胸へと流れ込んできた、張り裂けそうな痛みも大分落ち着いているようだった。
「そっか。まだ辛いかもしれないけど、キミの家族を弔いたいと思う。どうしたらいい?」
「土ニ還ス。森ノ掟デス」
「わかった、土葬だね。それじゃあ……あれ? そういえば言葉……」
「ハイ。少シダケ、話セマス。ダメ、デスカ?」
「ああ、いや、駄目じゃないよ。ちょっと驚いただけだから」
いや、普通に吃驚した。さっきまでは自然に会話が成立していたっぽいのに、いつの間にかカタコトっぽい喋りになってたから何事かと思っちゃったよ。
さっきはゴブリン語? で話していたのかな。
「ハイ。モット話セル、ガンバル、デス」
僕の場合は、ゴブリン語でも人間の言葉でも、どっちでもいいんだけど、ラピスとの場合はどうなんだろうか?
そのラピスはというと、さっきまで僕の頭の上でゴブリナのことを心配そうに揺れたり、上からゴブリナの顔を覗き込んでいたけど、今はほっとしたような雰囲気を出していた。
ラピスからは念話っぽい手段で語りかけてくるけど、僕からは普通に声を出してコミュニケーションが取れているので、ゴブリナに対しても同じなのかな?
それとも魔物同士だから、念話っぽいものでコミュニケーションが取れるのだろうか?
「アノ……?」
「ん? ああ、ごめんごめん。それじゃあ、始めようか」
いかんいかん、意思疎通方法も大事だけど、今はこっちのほうがもっと大事だ。
そう頭を切り替え、浅く横に長く掘った凹みの中に安置されている十七の亡骸の前で片膝を付いてしゃがみこむ。
続いて凹みの淵の部分へと手を置くと、土魔術を用いて周囲の地面から土を引き寄せ、亡骸が完全に埋まるように土を掛けていく。
一通り僕の作業が終わると、ゴブリナは十七個のボウリングの玉ほどの大きさの石を持ってきて、それをひとつずつ亡骸が埋まった地面の上へと丁寧に並べていった。
ゴブリナが最後のひとつを置き終わると、彼女は同胞たちの墓の前で両膝を着き、胸の前で手を組んで静かに冥福を祈る。
誰かを亡くした悲しみは、『乗り越える』ものではない。その心に『大切に抱きながら生きていく』ものだという。
だったら、僕は彼女が今回のことを己の一部と出来るようになるまで、寄り添い温もりを与え続けるだけだ。
そして、それが出来たならもう一度ここにゴブリナを墓参りに連れて来ようと思う。
そのときは思う存分、思い出を語るといい。僕はただそれに耳を傾けるだけだ。
それはそれとして、ゴブリナにも名前をあげないとな。
さて、どんな名前がいいだろう。
そう考えながら、僕は一歩下がった位置でただ黙ってその背中を見守っていると、慰めるかのように柔らかな風が頬を撫でていく。
その風に靡いたゴブリナの銀髪が陽の光を受けて煌き、それはまるで夜空に描かれる星々の軌跡のようだった。
うん、決まった、これにしよう。気に入ってくれると良いけど。
と、名前の候補が決まったところで、ゴブリナが立ち上がって振り返り、両手をお腹のあたりで揃え、お辞儀をした。
「アリガト、ゴザマス。オワカレ、デキマシタ」
「うん。それじゃ改めて、僕は人間族のハルト。この頭の上に乗ってる子はスライムのラピス。これから宜しくね」
――らぴすはね、らぴすなのー!
うん、ラピスはちょっと落ち着こうね。
僕の紹介に合わせて、元気良くその場で跳ねるのはいいんだけど、その着地の反動で地味に首へとダメージが入る。
――はーい
「フフ、ハイ。ワタシ、ゴブリン、デス。ナマエ、アリマセン。スキニ、ヨブ、オネガイシマス」
おとなしくなったラピスを見て、微笑んだゴブリナがそう言ったので、僕も笑顔を返す。
「うん、そうだね。それなら僕らが家族になった記念に、僕からキミへ名前を贈ろうと思う」
「ナマエ、モラエル、デスカ?」
僕の言葉を聞いて、何故か驚愕した表情のゴブリナ。
はて? 何を驚いて……ああ、そういえば、グリンさんが『魔物が名持ちになるのは憧れ』って言ってたっけ。
確かに名持ちになればステータスが大幅に上昇する。
それはラピスやガーネたちで立証されていたし、ガーネたちに名前を付けた時、そのステータス上昇量に腰を抜かしかけたのは記憶に新しい。
それと同時に名持ちの存在を増やすのは極力注意が必要で、軽々しく名付けすることは憚られる、とか考えたな。
だけど、今回のレッドオーガのような魔物を見てしまうと、そんな考えはどこかに投げ捨てたくなってしまう。
名前を贈ることで基本ステータスが上昇して、その分凶暴な魔物から家族が危険に曝されるようなことが少なくなるのであれば、躊躇はするべきではない。
実際【ネームド】スキルの恩恵が無く、【ポイントコンバーター】でレベルにテコ入れしない状態だったならば、ラピスと僕の二人であのレッドオーガを討伐することは疎か、気付かれたら逃げることも危うかっただろう。
うん、ということで、ここらでいっちょ方針転換といきますか。
なんといってもこの世界は命が本当に軽い世界だし、家族を守るためにはある程度は自重をとっ払う必要がある、と今回のことで痛感したよ。
ということで、ゴブリナにはこの名前を贈ろう。
「ステラ。それが僕からキミに贈る名前だよ。どうかな?」
これは確かイタリア語で『星』を意味する言葉だ。
ゴブリナの黒褐色の肌を夜空に、煌く銀髪を星々に見立てて命名してみた。
どうだろうか? ネーミングセンスにいまいち自信が持てない僕としては、気に入ってもらえるか不安に思っていると、ゴブリナの胸の中央あたりが淡く光り出し、数秒もするとその光は吸い込まれるようにゴブリナの胸の中へと消えていった。
「ステラ……キレイナヒビキ、デス。アリガト、ゴザマス」
ゴブリナ、もといステラがはにかみながら呟く。
ほっ、良かった。どうやら気に入ってもらえたようだ。
――おなまえもらえてよかったね、すてら。らぴすはおねえちゃんだから、いつでもたよってくれていいんだよー
「ウィ、ヴァニ・ラピィス(はい、ラピス姉さま)♪」
ステラが名前を受け入れてくれたことにひと安心していると、ラピスがぽんっとひとっ飛びに僕の頭の上からステラの頭の上に飛び移って、大はしゃぎしていた。
どうやら妹分が出来たことで、お姉さん風を吹かせたいようだ。
口調ではどう考えてもラピスのほうが幼いんだが、ステラも受け入れているようだし、まあいいか。
とはいえ、ちょっと見てて危なっかしいので、一先ずラピスは僕の頭の上に戻すことにした。
ええい、逃げるな。
ラピスを引っ掴もうとすると、するすると逃げ回るが、程なくして捕まえたところで、ふと空を見上げると太陽が間も無く沈もうとしていた。
やべ、日没まであと四半刻ってとこだな。
埋葬とお別れも済ませたし、名付けという一大イベントも終わった。
そろそろ時間的にも街に戻らないとマズいな。
っと、その前に一応ステラにも確認しておこうか。
「ステラ」
「ハイ、ナニ、デスカ」
「これから僕たちは人間の街に戻るんだけど、平気かい?」
「……ハイ。ダイジョブ、デス。ガンバル、デス」
ステラはひと呼吸分だけ間を置いて、緊張した面持ちでそう答える。
「うん、慣れるまでは大変だと思うから、僕からは出来るだけ離れないでね」
「ハイ。ワカリ、マシタ」
真剣な目で頷くステラの頭を撫でると、少し擽ったそうに目を細めた。
それから僕はラピスを抱えたまま、改めて墓石の前で深々と頭を下げる。
間に合わなくてごめん。その代わりじゃないけどステラのことは任せて欲しい。きっとまたここに連れてくるから。その時まで安らかにお眠りください。
そう祈りを捧げ、頭を上げるとふわりと優しい風が吹いた。
木々が奏でる葉擦れの音の中、周囲を見渡してみると、僕はあることに気付いた。
またここに連れてくるって言ったけど、ここって森のど真ん中だよね。
その時になって、また森の中を彷徨うことになるのはちょっと辛いかも。
ふむ、ちょっと位置確認しておこう。
そう思い【空間魔術】の第一階梯の《ミニマップ》を呼び出す。
これは世界を一定区間で区切った地域、多分1キロメートル四方を半透明のウィンドウに呼び出す魔術だ。
この《ミニマップ》の難点は区間内を移動して僕の現在位置が動いても、マップはスライドしていかないことである。
要するに区間移動しないと、隣合った区間の情報ですら表示されないということだ。
またこの半透明のウィンドウは術者本人にしか見えないので、傍から見たら明後日の方向に視線を向けてぼへーっとしている、ただの間抜けにしか見えない。
それはいいとして、《ミニマップ》に表示されている現在位置を確認したのだが……うん、周りは森としか判かりませんでした。
であれば、今度は第三階梯の《ワールドマップ》を呼び出してみるが、今度は広すぎて判らねえ。
なにこれ、使えない。【気配察知】と《ミニマップ》のコンボは今後も使えそうだけど、今欲しい情報じゃなかった。
さて、どうしたもんか。うーん……あ、そうだ、駄目元であれいってみるか。
そう考えて、次に使ってみたのは【空間魔術】の第五階梯であり、登録した空間座標に転移のゲートを開く《ゲートポータル》、その空間座標を登録する魔術である《レジストレーション》だ。
この魔術はスライムの泉にあるログハウスと水瓶亭の裏庭に使ってみたことがあったのだが、何故かどちらも登録出来なかった。
まあグリンさんからもらった雫石があるので、スライムの泉への出入りは困らなそうだし、水瓶亭はルセドニの街にいつまで居るかは決めてないので、特に困らなかったので、考察と検証は後回しにしていたのである。
なので今回も望み薄かな、と思いつつ魔術を発動させると……
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【空間魔術】《ゲートポータル》用の空間座標
の登録に成功しました
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なーんてアナウンスが流れてきましたよ。
なじぇ? 前回の前々回は弾かれて、今回は成功。基準がさっぱりわからん!
ふーむ、まあ考察は後回しだな。とりあえず場当たり的ではあるが、これならいつでも墓参りに戻って来れるし、空間登録に成功したことで良しとしておくしかない。
何故なら本当に時間が迫っている。ここに来るまでに歩きで凡そ三時間弱掛かっているから、【強化魔術】で強化して全速力で走っても、ギリギリ間に合うかどうかってとこだな。
ということで、【強化魔術】で筋力と体力を一段階ずつ、敏捷を四段階上昇させる。
「ごめん、ステラ。ちょっと急がないといけないから、こっちに寄ってくれる?」
「? ハイ」
直ぐ傍まで近付いたステラをしゃがみながら左腕で抱き抱えて立ち上がると、ステラはちょっと驚いていたが、すぐさま僕の首に手を回してしがみついてくれたので、次いでラピスを頭の上にセットすると、ラピスは何かを察したのか、べたーっと僕の頭の上にへばりついた。
「じゃ、ちょっとスピード出すから、二人ともしっかり掴まっててね」
僕はそう言うと、二人の返事を待たずに全速力で駆け出し、誰もいなくなったゴブリンの集落を後にした。
そして集落跡地を出てから、【強化魔術】を掛け直すこと三回。
その三回目の効果時間が終わる直前で森を抜けることが出来、漸く街壁が見えてきた。
街壁の上の方では既に篝火が焚かれていたが、まだギリギリ門は閉まっていないようだ。
それが見えてきたところで、速度を普通に走るくらいまで落として、門へと近付くと、ちょうど見知った顔が槍を肩に担ぎながら欠伸をしているところを目撃してしまった。
向こうも僕に気付いたようで、マズい所を見られたとでも言うように苦虫を噛み潰したように顔を顰めている。
入街待ちの列も無かったので、途中から走るのを止め、歩いて門の前まで行き、身分証明であるギルドカードを取り出した。
「ふぅ。あ、お疲れ様です、ビックスさん」
「お、おう、ハルトか。今日は随分遅かっ……たな?」
ギルドカードを見せても何故かビックスさんはそれを受け取らずに固まってしまっている。
その視線はどうやらステラに固定されているようだった。
もしかして、連れて来ちゃマズかったのかな? いやでも、ラピスは平気だったし、人型の魔物は街に入れてもらえないのだろうか? 入れちゃ駄目だって言われたらどうしよう? などと考えを巡らせていると、ビックスさんが再起動する。
「あー、なあハルトよぉ。その子は……」
「あはは、えーとですね、新しい家族が出来ました」
かなり中途半端なところで切ってしまった上に、短くて申し訳ありません。
今回は全体的にかなりの難産でして、文章力の無さを痛感しております。
次回はもうちょっとすんなり書けるよう頑張りますので、ご容赦くださいますと嬉しいです。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
誤字・脱字・矛盾点・説明不足・わかりにくい表現等のご指摘いただければ幸いでございます。
ただ、作者ガラスのハートでございますれば、柔らかい表現でお願いいたします。




