第二話 皇城に連れられて
今僕は箱馬車の後方タラップに座ってぼーっとゆっくり過ぎ去る景色を眺めている。
舗装もされていない、土がむき出しの道を走っているせいで、時折車輪が大きく弾み、余り乗り心地は良くない。
地味に尻にダメージが蓄積していて若干辛い。
僕らがあの神殿の地下室から脱出してから一夜明け、陽が昇り始めた頃には夜営地を出てルーベリア皇国の皇都へ向かっている。
距離的には皇都まで馬車で半日ほど掛かるらしいので、もう数時間はこのまま尻にダメージを蓄積し続けることになる。
まあ半日近く歩き続けるよりはマシだが、クッションなんて贅沢は言わないが、せめて座布団が欲しい所だ。
などと益体もないことを考えつつも、昨日のことを振り返っていた。
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僕らは夜営地に着いてから軽食――堅焼きパンと塩豆スープ――を貰い、漸く一息つけた。
戸惑いと緊張の連続であまり意識していなかったが、僕も皆も大分消耗していたようだ。
まだ油断出来る状況ではなかったが、多少腹が満たされたおかげか、若干固いながらも皆に笑顔が戻って来た。
タイミングを見計らってくれていたのか、車座に座っていた僕らの元にお姫様が現れ、優雅にお辞儀しながら改めて自己紹介をしてくれた。
「改めまして、ルーベリア皇国第二皇女シャルロットと申しましす。良しなにお願いします」
「御丁寧な挨拶、痛み入ります。私は日本国皇仙学園生徒会長を務めております、皇麗華と申します。改めて宜しくお願いします」
「せいとかいちょう……ですか?」
「そうですね、学園……十代の男女が集い、様々な学問を学ぶ為の施設なのですが、そこで学生たちの、まあ意見統括職のようなものと思って頂ければ宜しいかと」
「そうでしたか、我が国にも学院という学問を学ぶ施設がございますので、何となくではありますが理解出来ました」
お姫様が顔を上げたタイミングで、すっと天宮君が立ち上がり
「申し遅れました。俺は同じく生徒会副会長の天宮大輝です」
と言い切った所で四十五度に腰を折り曲げ、最敬礼する。
「はいはーい! 生徒会副会長女子枠、竜胆朱音でっす!」
それに続いて朱音が元気良く手を挙げながら名乗る。
ちょっと気安すぎね? と思ったが、お姫様は柔らかく微笑んでいたので、まぁいっか。
「えっと、生徒会役員見習い……でいいんですかね? 九条花凛といいます」
おずおずと、恐縮したように皆を見渡しながら花凛ちゃんが名乗る。
うん、可愛いです。
「同じく結城陽斗です。貴重な食糧を提供していただきありがとうございました」
最後に僕が簡単に自己紹介して、食事のお礼を伝える。
ここでもそうとは限らないが、基本的に食糧とは貴重な物資だ。
人は食わねば生きていけない。
現代日本であれば、お金さえあれば、お店さえあれば、手軽に入手出来る環境が整っている場所が多いが、見た限り此処は日本では無さそうだ。
もっと言えば、辺り一面草原と森しかない。
手軽に入手、とは縁遠い。
また彼女らは此処に遠征に来ているらしい。
遠征や旅ともなれば、食糧は一日や二日程度ならそうでもないが、数日分となると嵩張る場合が多い。
過去に起きた戦争でもそうだが、インフラが発達するまでは兵站、特に非常食以外の食糧は現地調達が基本だったということもあり、食糧は特に貴重なはずだ。
それを見ず知らずの――何か思惑があるのは明確ではあるが――僕らに多少でも提供してくれたのだから、人としてお礼の一つ位は言っておくべきだろう。
「とんでもございません、むしろこのような些細な物しかご用意出来ず申し訳ありません。皇都に戻った暁には歓待をお約束致しますので、今暫くご容赦くださいませ」
「いえ、構いません。それよりも何故私たちがあのあの場所にいて、貴女方が此処にいる理由を教えて貰えますか?」
「かしこまりました。簡単にではありますが、皆様の状況をご説明させていただきたいと存じます。先ず最初に何故私どもがこの地に参ったかという所からになりますが……」
お姫様の話を要約するとこうだ。
・遥か昔に残された碑文にいつかは判らないが此処とは異なる世界から五人の若者が召喚される、と記されていた
・国としては、異世界人は保護する方針である
・一月ほど前にあの神殿に魔力が集まっていることが確認された
・それを受けて、彼女たち調査隊を派遣
・何度か神殿内の調査をしていて、今日の午前中に魔力の高まりが観測されたので、最も魔力が集まる場所に向かった所、僕たちがいた
・碑文に記されている通りならば、僕らはこの世界を救うために遣わされた使徒である
ということらしい。
異世界召喚確定。
まじか。まさかラノベやネット小説のようなことがこの身に起きるとは。
他にもお姫様が色々話していたが、正直余り内容は覚えていない。
異世界召喚のショックが大きすぎた。
話が終わった所で既に陽は落ちかけ、夕暮れ時の様相を示している。
その後は夕食を分けてもらい、男女に別れて天幕で横になったが中々寝付けないでいたが、それでも気疲れのせいか、やがて眠気に身を任せるかのように眠りについたようだ。
こうして、初めての野宿で僕の異世界生活一日目が幕を閉じたのであった。
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途中数回ほど休憩を挟み、陽も傾きかけてきたところで前方に城壁のような物が見えて来た。
大きな門が設置されているのが見える。
その門の右側の壁際に沿うようにして長蛇の列が形成されていた。
列には皮鎧や鉄鎧を身に付けた人や馬車の御者台に某クエストの太っちょ商人のような格好をした人たちが並んでいるのが見え、その先を見ても壁、左側を見ても延々と壁が続いているようだ。
成る程、城郭都市ってやつか。
後で聞いた話だが、ここはルーベリア皇国皇都、直径十キロほどの円形都市で人口八十万人を誇り、国の中央ということもあり金、人、物が集まる大都市だそうだ。
またこの皇都は魔物からの侵攻を防ぐため、都市そのものを高い石壁でぐるりと囲んでいるとのこと。
壁には魔術処理も施されていて、ちょっとやそっとじゃびくともしないのが自慢らしい。
まあ皇都を囲む防壁が簡単に壊れたらそら困るわな。
僕たちの馬車は長蛇の列を脇目に僕たちを乗せた馬車は門へと真っ直ぐ進んでいく。
暫く進むと、門の方から鉄の胸当てと兜を身に付け、槍を携えたファンタジー系のアニメに出てくるような衛兵らしき人が小走りで僕たちの馬車に近づいて来た。
先頭から二番目の馬車の小窓からお姫様が顔を出し、衛兵の人と二言三言、言葉を交わしたかと思ったら、衛兵の人は敬礼してまた門の方に戻っていった。
衛兵の人を見送っていると馬車が再び動き出し、あっさりと門をくぐっていく。
僕たち転移組五人は馬車の小窓から街の様子を伺うが、木造の家屋なんかは無く、ほとんどは石造りのようだった。
地面なんかも石畳で整備されているが、パッと見では中世ヨーロッパの街並みといった感じだ。
科学文明が発達しているようには見えないな。
暫く街並みを観察していると、またもや石壁が見えて来たが、今度はその石壁を囲むように水が満たされた堀がある。
堀の街側に置かれた駐屯小屋から、先ほどの街門で見た衛兵と同じような格好をした人が先頭の馬車の御者となにやら話していたかと思ったら、衛兵が駐屯小屋の方に手を振ると、跳ね橋がゆっくりと降りてきた。
跳ね橋を渡り、五分ほどすると馬車が止まる。
「救世の皆さま、皇城に到着致しました」
僕たちの乗った馬車の御者を務めてくれていた騎士の人が下車を促して、僕らはそれに従い馬車から降りた。
馬車から降りた僕らの目に飛び込んできたのは、二十階建てのビルに相当する高さの洋城だった。
「皆さま、長旅お疲れさまでした。これより陛下に謁見といきたいところですが、先ずはお部屋をご用意しますので、そちらで旅塵をお落としください。その後は夕食にして、謁見は明日に致しましょう」
お姫様の提案は非常にありがたい。
こんな心身共に疲弊した状態で、王様に謁見とかどんな粗相をしてしまうか。
そもそも、そんな偉い人に会う時の礼儀作法なんて知らない。
時間を見つけて、麗華さん辺りにでも聞いておこう。
街並みやお城のインパクトに半ば茫然としながら、そんなことを考えていると、城門から十名ほどのメイドさんが現れた。
その内の年配のメイドさんが一歩前に出る。
「おかえりなさいませ、シャルロット皇女殿下。無事のご帰還何よりでございます」
「ありがとう、グレンダ。皆のおかげで怪我一つなく無事帰還出来ました。陛下にご報告に上がりたいのですけど、取りつぎをお願い出来るかしら? それとお客人がいますので、部屋の用意を」
「畏まりました」
完璧な作法で一礼する年配メイドさん。
流石だ。
それからはお姫様と別れ、若手のメイドさんに各自個室に案内された。
メイドさんに着替えの手伝いまでされそうになったのは焦ったが、丁重にお断りしたよ?
絞った厚手の布で身体を拭いて、用意されていた簡素な礼服のような服に着替える。
いつの間にサイズ計ったんですかね? というくらいジャストフィットでした。
暫く部屋でまったりしていると、夕食の準備が出来たと呼ばれたので食堂に行くと、天宮君は僕と似たような簡易礼服だったが、女子三人はきらびやかなイブニングドレスを纏っている。
「どうだ、陽斗君。似合っているかな?」
どや顔で胸を張る麗華さん。
青を基調としたら胸元と背中が大胆に露出したドレスを着こなしている。
社交界などで着なれているのか、その立ち姿は堂々としていて、正直見惚れてしまうほどに綺麗だ。
「なんかすーすーして落ち着かないにゃ」
今まで縁がなかったドレスに戸惑っている朱音。
大きなスリットが入った真っ赤なドレスは、脚線美を強調していて、健康的な色気を演出している。
活発系女子の朱音にはよく似合っていた。
「……ちょっと、恥ずかしいです」
普段はおとなしめの服装が多い花凛ちゃんは、顔を若干赤らめて恥ずかしがっている。
露出は少ないが、黒のシックなドレスは花凛ちゃんの落ち着いた雰囲気とよくマッチしており、年齢にそぐわない大人な色気を醸し出していた。
「……三人ともすごく綺麗です」
ありきたりな感想しか出てこない自分のボキャブラリーが恨めしい。
それから直ぐにお姫様が食堂に現れた。
「お待たせしました。皆さま、お揃いのようですね」
うっとりしたように女子三人を見つめるお姫様。
「お三人とも、よくお似合いですわ! 用意させた甲斐があるというものです」
お姫様も旅装からドレスに着替えている。
三人も綺麗だが、お姫様も大概だな。
なんというかただ単純に綺麗というだけでなく、気品が備わっているとでもいうのだろうか、こうして見ると改めて遠い存在なのだなと実感する。
そうこうしているうちに次々と料理が運ばれてきた。
「では皆さま、お席に着いてくださいませ。今晩は簡素ではありますが歓待いたします」
お姫様の言葉を受け、それぞれが席に着くと料理が並べられ、グラスに果汁を絞った飲み物が注がれる。
「それでは改めまして、私たちの出会いに、乾杯」
ちょっとそれはどうなの? って乾杯の挨拶は置いといて、僕らは夕食に舌鼓を打つ。
元の世界の料理ほど複雑な味では無かったが、これはこれで十分に美味かった。
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17.11.18 誤字脱字修正