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第二十八話 ポーションって定番じゃないんすか?

「それじゃあ、坊や。これからのことについて話し合おうか」


 報告が終わったワイルドローズの四人と合流した後、僕たち五人はギルドハウスから一旦水瓶亭へと戻り、現在はメリッサさんとトリフィラさんが泊まっている二〇五号室に集合していた。


 メリッサさんに部屋へと招き入れられ、僕を含め皆さんが思い思いの場所に腰を下ろした――僕は備え付けの椅子に腰掛けた――ところで、妙にすっきりした顔のトリフィラさんが、そう切り出した。


 ……うん、まあ、水瓶亭に着いた途端、十数分ほどトリフィラさんが姿を消していたのはそういうことだろう。


 ギリギリで人としての尊厳は守られた……のかな?


「その前に、現状を整理したほうがいいだろう」


「それもそうね。んじゃ、どっから話そっか……」


 メリッサさんの提案に頷いたトリフィラさんが宙空に視線を投げかけると、ベッドの(ふち)に腰掛けているコーデリアさんが手を挙げる。


「私はハルトさんと出会ったところが曖昧でしかないの。だから出来ればその辺からお願いしたいかな?」


「んー、じゃあ確認の意味も込めて、坊やのためにもアタイらが受けた依頼についてからにしよっか」


 コーデリアさんの言葉に頷いたトリフィラさんは人差し指を顎に当てて、ひとつひとつを思い出すように語った。


 その内容はこうだ。


 先ず始めに、今回ワイルドローズがギルドからの指名で受けた依頼の内容は『灰の森の深層部と中層部の境目における危険度調査』というものだった。


 この調査は半年に一回の頻度で行われており、ギルドから指名を受けるのは、その時に登録されているパーティーの中でも最高ランクのパーティーが担当することになっているそうだ。


 といっても、このルセドニでパーティ登録をしている中級以上の冒険者であれば、灰の森の浅層から中層を主な狩場としているパーティーも多いので、それほど難しい依頼では無い。


 日常的にこなす依頼では日帰りか森で一晩明かす程度のものが、行きと現地の調査そして帰りの日程で十日前後掛かるといった違いがある程度だ。


 しかし、調査地域は普段滅多に近づかない深層との境目が含まれているし、魔物が彷徨く森の中で夜を明かす回数が増えれば増えるほど疲労が蓄積するということもあり、掲示板に張り出されている依頼などよりは余程危険であるということは明らかである。


 このため、万が一の場合があっても生還確率が少しでも高くなるように、戦力登録されている中でも、最高ランクのパーティーに依頼が出されるという。


 今回の調査依頼もその慣習通りに、現在ルセドニ支部に登録されている最高ランクのパーティー、七ツ星冒険者であるドガランさん率いる駆ける旋風(シュートゲイル)が担当するはずだった。


 だが、駆ける旋風(シュートゲイル)はその直前に受けていた依頼で、パーティーメンバーの一人が負傷してしまうというヘマをやってしまったらしい。


 瀕死の重傷ということでもなければ、高額な治療費は掛かるが【回復魔術】で治療するという手もあるし、ヒールポーションを使って治療するという手もある。


 しかも運の悪いことに、その負傷したパーティーメンバーは自身が愛用していた武器を修復不可能なまでに破損してしまい、特殊な武器であったこともあり、新しい武器を拵えるのにも時間が必要になってしまい、その時間を待つのならば、特例ではあるが六ツ星間近のワイルドローズに白羽の矢が立ったということだった。


 ワイルドローズの四人も、普段の依頼でも中層での依頼をこなすことが多かったということと、昇格試験の予行演習に丁度良いと判断したため、万全の状態を整えてその依頼に臨んだ。


 事前の準備を怠らなかったこともあり、行きの道程は何も問題無く調査現場へと辿り着き、三日間ほど調査も行ったが、中層と深層の境目エリアに特に変わった様子は見られなかったので無事に調査は終了し、後は街に戻るだけかに思われたのだが、問題は帰還の道程、その二日目に起こった。


 その日の朝、野営の後片付けをしていると、深層部の方が俄かに騒々しくなったことに警戒していると、突如それが現れる。


 それは過去一度として中層部での目撃報告は無かった四ツ腕(ミュータント)狂乱熊(マッドグリズリー)という六ツ星の魔物であった。


 ワイルドローズの前に現れたその魔物は、極度の興奮状態にあり、やたらと腕を振り回しながら、襲いかかってきたらしい。


 突然の遭遇戦ということもあり、十分な迎撃態勢が整っていなかったワイルドローズであったが、そこは流石に六ツ星間近と言われいているだけあって即座に態勢を整え、迎撃に当たった。


 戦闘そのものについては、暫くワイルドローズ優勢でことを運んでいたのだが、連日の疲れもあって、援護射撃をしていたオーリンちゃんが魔力の息切れを起こした一瞬の隙を突かれ、コーデリアさんに四ツ腕(ミュータント)狂乱熊(マッドグリズリー)が迫り、トリフィラさんのフォロー虚しくコーデリアさんは無残にもその凶爪をまともに受けてしまい、戦線離脱を余儀なくされてしまう。


 だが逆にメリッサさんはその腕を振り切った体勢に隙を見出し、四本ある腕のうち、左腕の一本を切り落とすことに成功した。


 腕を一本失った四ツ腕(ミュータント)狂乱熊(マッドグリズリー)は怒りの表情を浮かべていたが、割合冷静だったようで、援護射撃を再開したオーリンちゃんの魔術攻撃の甲斐もあり、拍子抜けするほどあっさりと身を翻して、深層部へと引き返していったという。


 突然の強襲ということもあり、討伐には至らなかったが、五ツ星の冒険者が六ツ星の魔物を一人の死者も出さずに四人だけで撃退しただけでも快挙らしい。


 だがコーデリアさんの受けた傷は即死こそ免れたが、それは放っておいていいものではなく、すぐに治療しなければ命に関わるほどのものだったので、戻ってくるかもしれない四ツ腕(ミュータント)狂乱熊(マッドグリズリー)に対して警戒しつつ、手持ちのヒールポーションやこの依頼の最中に採取した薬草などを全て使って治療を施したが、傷が塞がるには程遠く、一刻も早く街での治療が必要な状態であった。


 だが、その場所は普通の道程であっても、街まで二日は掛かる場所。


 コーデリアさんの命がそれまでもつかどうか怪しい。


 それでも一縷の望みをかけて、コーデリアさんを背負い、帰還の途についた。


 メリッサさんかトリフィラさんが街まで先行するという案もあったのだが、四ツ腕(ミュータント)狂乱熊(マッドグリズリー)との戦闘で、メリッサさんの長剣には(ひび)が入っており、トリフィラさんは愛用のダガーを二本とも失ってしまったため、単独行動するには戦力に不安があったようだ。


 それに加えて、体力にも限界が近づいており単独行動をした場合、二次災害を引き起こしかねない、という判断があったとのこと。


 そしてその翌日の昼前、なんとか一日は持ち堪えたコーデリアさんだったが、いよいよもう駄目かと思われたその時、街道脇の森の中から微かな気配を感じ取ったトリフィラさんが警戒を露わにすると、そこに現れたのは頭の上に青いスライムを乗せた、緊張感の欠片も無い子供が現れたということらしかった。


 そのあとは知っての通り、僕がコーデリアさんを治療して、ルセドニの街まで案内してもらったというわけだ。


 なるほどねぇ。


 アンナさんから聞いたギルド規定では指名依頼は六ツ星からって聞いてたから、ワイルドローズがなんで指名依頼なんて受けさせられたのだろうかと不思議に思っていたが、そんな理由があったのか。


 あと四ツ腕(ミュータント)狂乱熊(マッドグリズリー)だっけ?


 それってさ、ガーネたちが言ってた『面倒なヤツ』の一体じゃないのかな……。


 最終的にガーネたちにぶっ飛ばされていたことから考えると、恐らくだがそいつは深層部に突然現れた僕たちを縄張りへの侵入者と見なして排除しようとしていたのでは?


 だが、その途中で複数の人間の気配を見つけ、行きがけの駄賃では無いが、より近い方にいたワイルドローズを襲ったのではないのか?


 ……あれ? そうするとコーデリアさんの怪我も、メリッサさんとトリフィラさんの武器の損失も、間接的に僕のせいじゃね?


 …………いやいやまてまて、本当にそうか? た、ただの偶然ということもあるんじゃないかな?


 うん、きっとそうだ。そうに違いない。あは、あはははははー。


「それで、報告を後回しにしたことで、先ほどギルドマスターから散々お叱りの言葉を頂戴したのと同時に、汚名返上というわけではないが、五日後に駆ける旋風(シュートゲイル)との合同依頼(クエスト)という形で再調査を命じられた、というわけだ」


「まったく、なんであんな奴とあんなとこで出会すなんて、ほんとツイてないわ」


「それは言っても仕方ないだろう。コーデリアが負傷したとはいえ、ハルト君と出会えたおかげで助かったんだ。それで良しとしておくしかないさ」


 ベッドの上に腰掛けたトリフィラさんが天を仰ぎ、メリッサさんは苦笑しながら肩を竦めた。


「私は途中から意識がなかったけど、そんなに危ない状態だったのね」


 今ではほぼ完全に快復したコーデリアさんが、自身のことにも関わらずのほほんとした様子でいる。


「……ん、実際リア(ねえ)はハル(にい)と出会わなかったら……ここにはいなかったと思う」


 俯いたオーリンちゃんの『あの時魔力切れを起こさなければ……』という、苦々しい表情と共に吐き出された呟きがなんとも痛々しい。


 そんなオーリンちゃんの頭を、幼子をあやすように優しく抱きしめるコーデリアさん。


 ぅおぉぉお! 何故か胸が特大のナイフでグッサリ刺されたかのように痛いっす!


「もう大丈夫だから、ね。 それにね、ポーションのお陰なのか、ここのお肌は怪我する前よりすべすべになったのよ?」


 オーリンちゃんの頭を撫でながら、またも服をぺろんと捲くり上げ、そのお腹を顕にするコーデリアさん。


「ほほ~ぅ? それは聞き捨てならんなぁ? どぉれどぉれ、ちょっくら触らしてみせい!」


「ひゃん! と、トリフィラちゃん?! そ、そこはちがっ……きゃぁ!!」


「ぐへへ、良いではないか良いではないかぁ」


 アンタ何処の悪代官だって台詞が聞こえてくるが、僕はコーデリアさんが服を捲くり上げたところで、即座に視線を外していたので、そこでどんなピンクな空間が繰り広げられているかはわかりません。


「うぉっほん! それでだ、私たちは五日後の依頼(クエスト)に望むためには、獲物を新調しなくてはならない」


「あっはっは、そうだったそうだった」


 メリッサさんが大きく咳払いをすると、コーデリアさんに抱きついていたトリフィラさんが飛び退くように、素早い身のこなしで元居た位置に戻る。


 なんともまあ、身体能力の使いどころを間違っている気がするが、まあいま気にすることじゃないか。


 そんなことを考えながら胡乱(うろん)げにトリフィラさんを見ていたが、ふと視線をずらすと、顔を真っ赤にしながら両手で服の裾を握り締めるコーデリアさんと目が合ってしまい、なんとなく気不味い雰囲気に包まれてしまった。


 そこへメリッサさんが手にした自身の愛剣を見つめながら、まるで長年連れ添った相棒に別れを告げるような、悲哀を含んだ声で剣に語りかけるように言う。


「特に私の剣はもう使い物にならないな。騙し騙し使ったところで、持って数合といったところだろう」


「アタイも予備のつもりで用意してたダガーまで、あのイカレ熊に持っていかれちゃってるから、残ってるのは解体用のナイフだけなんだよね」


「コーデリアはどうだ?」


「私はまだ予備の法衣があるから大丈夫よ」


「そうか。オーリンは?」


「……ボクの杖も外套も、目立った損傷は無いよ」


 二人の装備の損耗具合を効いたメリッサさんはひとつ頷いたあと、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。


「うむ。となると問題なのは私とトリフィラの装備だけか。……ハルト君には関係のないことで申し訳ないんだが、今回のような事情で獲物を失った場合、新しい獲物の調達費用の半分はパーティー資金から出す、というのが私たちパーティーの決め事なんだ」


 ふむ、まあそれがパーティーのルールなら僕が口を出すべきことじゃない。


 けど、現状メリッサさんたちとはパーティーを組めない僕に、なんでそんなことを言うのか、さっぱり見当がつかない。


 はて、そこに何の意図があるのかと首を傾げていると、メリッサさんが真剣な目付きで僕の顔をを見据えてきた。


「そこで、ハルト君に相談がある」


 ほぇ? 相談? そう言われても、ご存知の通り僕お金なんて持ってないですよ?


「トリフィラ」


「ん、りょーかい」


 メリッサさんに促されたトリフィラさんが胸元に手を突っ込み、ごそごそとしていたが、やがて目的のものを探り当てたのか、胸元に突っ込んでいた手を引き抜き、それを備え付けのテーブルの上に置いた。


「まずはこれを見て欲しいんだけど、さ」


 そう言ってコトリと音を立てながらテーブルの上に置いたのは、深緑色の液体が八分目まで満たされ、コルク栓のようなもので封をされた、ひとつの小瓶だった。


 目の前に出された、ほんのり温かいその小瓶を手に取って少し振ってみたが、中に満たされている液体は粘性が高いのか、ゆっくりとした動きで左右に揺れている。


 小窓から入ってくる太陽の光に透かしてもみたが、案の定濁っているせいもあり、液体の色が濃すぎて、光が通らないみたいだった。


 なんじゃこりゃ? 青汁? 冒険者であるワイルドローズが所持しているものなんだから、まさか絵の具とか染料ってオチでもないだろう。


 小瓶の正面から、底面から、くるりを回して見ても正体がわからない。


「えっと、開けてみても?」


「どーぞ」


 トリフィラさんの了承をもらい、キュポンっという音を立ててコルク栓を引き抜いて、まずは香りを嗅いでみると、強烈な青臭さが鼻を突いた。


 ……くっせぇ。けど、これどっかで嗅いだことある匂いだな。


 続いて小瓶を傾けてどろりとした液体を一滴だけ手の平の上に垂らし、舌先で少しだけ舐めてみた。


 んぉっほぅ! にがっ!! えっぐ!?


 ちょびっと舐めただけなのに、的確に味覚を破壊しに来るこの所業には覚えがある。


「それはね、この街いちばんの薬師が調薬したヒールポーションよ。ちなみに一昨日作ったものだそうよ」 


 やっぱりそうだったか。


 僕が作ったヒールポーションよりかなり濁ってはいるけど、この舌にねっとりと残る苦味とえぐみは忘れようとしても忘れられない。


 改めて【万象鑑定】で拝見してみると……



=======================


名称:ヒールポーション

ランク:★★

区分:薬品

品質:やや低


概要:治癒草から作られる低級回復薬

   飲んでも掛けても効果がある


効果:HPを40~60回復する

消費期限:88日と16時間33分21秒


=======================



 ……え? 僕が作ったヒールポーションの効果とは大分……あ、そっか、僕が薬草類から作った薬は【薬効増加】の効果が乗るんだった。


 ということは、これが標準的な効果なのか。


 あれ、でも消費期限も大分短いよーな?


 むむ、これは一体どういう理屈なんだろう?


「それ一本の購入価格は大銀貨三枚、3万ゴルドよ」


 鑑定結果に首を傾げていると、トリフィラさんがこのヒールポーションの値段について教えてくれた。


 小売価格で一本3万ゴルド、か。この前もちょっと聞いた値段だったけど、今の僕のランクで受けられるギルドの依頼報酬からすると、かなり高い。


 因みに、五ツ星冒険者であるメリッサさんたちワイルドローズが日帰りの依頼で受け取る報酬は――(なか)ばボランティア的な依頼を受けることもあるので――ピンキリはあるものの、平均して金貨一枚から一枚半、およそ10万ゴルドから15万ゴルドらしい。


 これのうち二割ほどを諸経費とパーティー資金に入れて、残りを四人で等分すると一人当たりの配分は2万ゴルドから3万ゴルドほど。


 日当2万ゴルド。


 星無し冒険者が得られる報酬がどんなに頑張っても一日2000ゴルド前後しか稼げないことを考えると、かなりの高給取りに感じるが、当然依頼の危険度は星無し向けの依頼とは天と地ほどの差があり比較にならないし、どんなに強靭な肉体や精神をもってしても、定期的に休養が必要になるので、毎日依頼を受けるというわけにもいかない。


 加えて、強い魔物を相手にしていたら武器や防具の損耗も激しく、毎日の手入れにもお金がかかるし、今回のメリッサさんやコーデリアさんのように新調しようとしたら、一瞬で大金が消えてしまうのだろう。


 こういったこともあり、高ランク冒険者になればなるほど、収入の額は大きくなり、それに比例して支出の額も大きくなる。もちろん依頼の危険度も大きくなる。


 特に一般的に一人前の冒険者とみなされる四ツ星の討伐依頼は三ツ星までものから危険度が大きく跳ね上がる。


 そのため四ツ星以上の冒険者は、三ツ星以下の冒険者の憧れとなるよう、そしていつ死んでしまうかもわからないという理由から、それまでの質素倹約な生活から一転して、派手な生活になりがちだという。


 ……ちょっと待て。星無し冒険者の一日の稼ぎの限界が2000ゴルド?


 ラピスの食事については僕の魔力を勝手に吸い取っていくからいいとして、僕一人と考えた場合の水瓶亭での宿泊費は、夕食込みとすると一泊3500ゴルド。


 二日間、目一杯働いて漸く一泊分? 計算合わねぇんすけど。


 まあ、それは今はいい……いや、良くはないけど、今は横に置いておく。


 閑話休題(それはさておき)


 ヒールポーションの買取価格がいくらになるのかはわからないが、治癒草と魔石の現金化計画が頓挫した今、やはり当面はコレで金策するしか無いな。


 幸い材料は手元に腐るほどある。【アイテムインベントリ】に収納している限り腐りはしないけどね。


 足りないのは、作ったポーションを入れる小瓶くらいなものだ。


 この世界の技術ではガラス瓶が量産されているとは思えないが、最悪陶器や素焼きの瓶でも構わないしね。


 しかし、小売価格の十分の一である3千ゴルドだとちょっと厳しいかもだけど、一本売ればこの宿で食事付きで一泊出来る、5千ゴルドくらいで買い取って貰えれば、ギルドの依頼で出される報酬もあるし、当分の間は金銭面での心配はなくなる。


 欲を言えば1万ゴルドくらいで買い取ってもらえると嬉しいんだけどなあ。


 ただひとつ気になるのは、目の前のヒールポーションと僕の作ったヒールポーションの効果や消費期限、そして見た目すらもかけ離れていることだ。


 そんな風に今後の金策について考えていると、真面目な顔をしたメリッサさんがちょっと不安になる言葉を発した。


「元々ヒールポーションに限らず、魔法薬というものは作り手が少ないということと、手軽に入手出来るというわけでも無いということもあって、非常事態が発生した時の緊急回復手段という位置付けなんだ」


 ん? きんきゅうしゅだん?


「今回の依頼でも念のためと思い、持っていったヒールポーションが大いに役に立った。もしあそこでコーデリアにヒールポーションを飲ませていなかったら、ハルト君と出会うまで持たなかっただろうな」


 え、ってことはまさか?!


「まあこんな高価な魔法薬を常備しているのはダンジョン探索に特化した冒険者くらいだろう。とは言っても精々二、三本くらいだろうがな」


 確かにメリッサさんたちの収入からしても大銀貨三枚というのは大金だろうから、これを常用回復手段にするのは難しいのはわかる。


 だが、これだけは言わせて欲しい。


 な ん で だ よ! ファンタジー世界だろぉ!! ポーションっていったら回復薬の定番だろぉが!?


 魔法薬とはいえ、たかが二ツ星ランクのアイテムがなんで普及すらしてないんだよぉ……。


 【錬成】スキル使えばちょちょいのぱっぱで作れるぢゃんかぁ。


 ぅあー、終わった。ダメだこれ、完全に詰んだ。


 ってか、衝撃の事実の前に聞き流しちゃったけどやっぱりあるんだ、ダンジョン。


 まあ今はダンジョンのことはどーでもいいや。


「で、肝心の坊やが作ったって言うヒールポーションなんだけどさ」


 内心で滂沱の涙を流して、絶望に打ち(ひし)がれているところに、トリフィラさんが物凄く言い難そうにそう切り出した。


「昨日、坊やに借りたのをね、知り合いの商人に見てもらったの」


「おいおい、まさかロダン商会に持っていったのか?」


 トリフィラさんの言葉に、メリッサさんは目を見開いて驚いた。


「うん、バダムさんに査定してもらったの」


「大丈夫なのか、それは?」


 怪訝そうな目で見つめるメリッサさんに対して、トリフィラさんは若干バツが悪そうに視線を逸らす。


「多分。出処は明かしてないから」


「いや、それでもな……」


「……でも、ナバールお婆のところに持っていくよりは、マシ」


「あったりまえよ。アタイだって態々(わざわざ)あんな業突(ごうつ)くババアのとこになんかに持っていかないわよ」


「そうね。そう考えると、バダムさんなら信用出来るし、何より適正価格を弾き出してくれるわね」


 なんか皆さん、色々仰ってますが、もう僕の心は折れそうです。


 はぁ、これからどうしよう。宿を変えることは確定だけど、もういっそのこと自重するのやめちゃおっかなー。


 一時(いっとき)は値崩れするかもしれないけど、治癒草も魔石も消耗品だし、暫くしたら落ち着くでしょー。


 この二つを大量納品したら、目立つのは仕方がないとして【隱形】発動していればなんとかなるんじゃないかな、と思わなくもないしー。


 ほとぼりを冷ます意味合いも兼ねて、世界旅行にでも行きますかねー。


「っと、どこまで話したっけ……そうそう、坊やの作ったポーションをバダムさんに査定してもらったのよ。って坊や、聞いてる?」


 ……はっ、いかんいかん。余りのショックで魂抜けかけてたわ。


 実際にそんなことをしてしまえば、あっちこっちから目を付けられて、面倒なこと目白押しになるのは想像に難くない。


 そうなれば、元の世界に帰る手段の情報を集めることにも、支障をきたしかねないのだ。


 うん、自重大事。


「はい、聞いてますよ」


 気を取り直して満面の笑みを返すと、トリフィラさんが目を細めてじっと僕の顔を見つめていた。


 バレテーラ。ごめんなさい、聞いてませんでした。


「ふぅ、まあいいわ。じゃ、ここで問題。坊やのヒールポーション、いくらの値がついたと思う?」


「へ? 3万ゴルドじゃないんですか?」


「アタイは……ううん、アタイたちは坊やに命を救われた。だからこっちも正直に話すわ。()()で大銀貨十二枚、店に並べるなら大銀貨二十枚だそうよ」


「「「っ!!」」」


 先ほどの責めるような冷たい視線から、真面目な顔になったトリフィラさんが前置きをしてから紡ぎ出したその金額に、その場にいた全員が驚きに目を見開いた。


 おいおい、まじかよ。僕の買取希望金額の二十四倍ですかい。


 小売価格でも普通のヒールポーションの六倍強。


 ヒールポーション自体、希少価値があることに加えて、すげえな【薬効増加】。ユニークスキルは伊達じゃないってことか。


「その値段になった理由なんだけどね、このヒールポーション、ミドルヒールポーションと比べても回復量が見劣りしないってことと、単純に見た目らしいわよ。バダムさんもこんなに透き通ったポーションは初めて見たって言っていたわ」


 まあ確かにさっき見せてもらった、この街一番の薬師が作ったというヒールポーションがあれでは、ね。


 見た目に関しては恐らく【錬成】と【調薬】の違いなんだろうけど、腑に落ちない点がある。


 【調薬】スキルというのは、スキルオーブでの説明文を読んだ限りでは、薬を手作りするときに効果を発揮するスキルだったはず。


 そして【錬成】スキルは魔力を使って製作工程をすっ飛ばすので、手作り品には劣ると説明文にはあった。


 なのに、実際には【調薬】で作られた物より【錬成】で作られた物の方が出来がいいと判断された。


 スキルレベルの問題なのか? この世界ではスキルレベルを上げるのは、特に10まであるようなスキルを6以上に育てるのは膨大な時間と努力が必要だ。


 スキルレベルが6以上にまで育っているのは、ワイルドローズでは辛うじてトリフィラさんが一つ、レベル90後半のドガランさんでさえたったの三つしかない。


 そう考えると、その街一番の薬師の【調薬】スキルは4か5、最大限高く見積もっても6がいいところだろう。


 それに対して、僕の【錬成】スキルはレベル10、カンストしている。


 このスキルレベルの差が要因であるなら……うーん、駄目だ、判断材料が少なすぎる。


 せめて【調薬】スキルのレベル10の人の作品があれば、はっきりするんだけどなあ。


「あとスタミナポーションとブラッドポーションだったっけ? そっちは二つとも買取価格は大銀貨5枚、店で売るなら大銀貨10枚らしいわ」


 わーぉ。こっちもそこそこ良い値が付いたな。


 まあこっちはアフターケア用のサービスだし、値段が付くってわかっただけで十分である。


 とはいっても、こっちも普及はしてないんだろうなぁ。


 驚きの値段と不可解なことに下を向きながらウンウン唸っていたが、ふと視線を上げると、トリフィラさんがさっきよりも真剣な目付きで僕の瞳を覗き込んでいた。


「ねぇ坊や、キミは一体何者なの?」


「……」


 静まり返った部屋の中、真実を求めるような、それでいてそれを知ることへの不安に揺れる瞳を向けてくるトリフィラさんに、僕は何も言えずにただ見つめ返すことしか出来なかった。


 ここで僕が異世界から召喚された人間だと言ってしまったらどうなるんだろうか?


 ルーベリア皇国では異世界人は保護する方針であったこともあり、それなりの待遇で扱われた。僕のレベルが1であることが判明するまで。


 では、ここディアモント帝国では? ルーベリア皇国と同じように保護してもらえる? それとも干渉しない? それとも……何らかの理由で拘束される?


 そんな考えが(よぎ)り、少なくともこの国での異世界人の扱いについて、何かしらの情報が得られないことには、僕が異世界人であることをカミングアウトすることは(はばから)れる。


「スタミナポーションはともかく、ブラッドポーションなんてアタイでも文献くらいでしか見たことのない魔法薬を機材も無しに、なんの変哲もない鍋ひとつで作っちゃう。ヒールポーションもそう。この街一番の薬師だっていう業突く婆さんに聞いたんだけど、ミドルヒールポーションを作れる薬師はこの広い帝国であっても百人は居ないって言うじゃない。それと遜色無いヒールポーション? そんなの聞いたことないわよ」


「……えっと、そのですね。それは」


「あー、やっぱいいわ」


 なんと答えればいいのか、言い淀む僕を見たトリフィラさんはそれで何かを察してくれたようで、すっと身体を引き、後頭部をガシガシと手荒に掻いて、張り詰めた雰囲気を霧散させ、穏やかな笑顔を浮かべた。


「ま、坊やが何者であってもコーデリアの、アタイたちの命の恩人であることには変わりないしね……そこにどんな下心があっても、ね? くふふ」


 殊勝なことを言ったかと思ったら、最後の最後で口の端を吊り上げて悪戯っぽくにやにや笑っていた。


 シリアス台無しだな!


 まあ下心が無いとは言いませんよ? これに(かこつ)けて無体なことを働く気はありませんけど、仲良くなれれば嬉しいな、とは思いますもん。


 当然その先の展開にも繋がれば……おっと、この先はまだちょっと早いかな。


 ひとつ言えることは、綺麗なお姉さんは大好きです。


「さって、それじゃ本日のメインイベント、治療費の交渉といこうじゃないか」


 おっと、そうだった。むしろ本番はここからだ。とは言っても僕に採れる選択肢はほぼ無いに等しい。


 考えられるプランとしては……


 其ノ壱、査定価格の大銀貨二十枚×(かける)治療に使ったヒールポーションの本数。


 其ノ弐、通常価格の大銀貨三枚×(かける)治療に使ったヒールポーションの本数。もしくはそれプラスアルファ。


 其ノ参、治療費なんかいらねぇぜ! 命が助かったんだ、儲けもんと思いな。


 うん、其ノ参は無いな。タダより高いもんは無いって言うし、無駄に警戒させるだけだ。


 僕のスキルや特殊性を黙っていてくれている、メリッサさんたちの信頼にそんなことで(ひび)を入れてしまうのは、宜しくない。


 そして、何より考えていた金策の道が(ことごと)く閉ざされた今、新たな金策を見つけるまで生活していくお金が必要だ。


 とはいえ、其ノ壱を選択すると大金は手に入るが、メリッサさんたちとの関係がこれで終わってしまう可能性がある。


 冒険者としての先輩であり、この世界で信頼出来る人との縁をここで終わらせてしまうのは、勿体無い。


 ということで、ここはプラン其ノ弐が正解だろうな。


「因みにひとつ言っておくと、私たちパーティーの意見は一致している」


「そ、坊やから受けた恩に対して、払うもんはキッチリ払う意思がある。なんたってそれが文字通り、アタイらの命の値段なんだからね」


「だが先程も話した通り、私たちは五日後の依頼に向けて獲物を新調しなくてはならない。そして今回の依頼では移動と調査で十日間の予定だ。そこで相談になるんだが、っとその前に先日の治療ではどのくらいの量のヒールポーションを使ったんだ?」


「そうですね、あのお椀に残っていたのは確か九本分だったと思います。それとコーデリアさんには昨日一本お渡ししましたので、合計で十本ですね。スタミナポーションとブラッドポーションについてはアフターサービスですので、数量には入れないで構いません」


「そうか、助かる。で、肝心の相談の内容なんだが、治療費の一部はいまここで払おうと思う。だが、残りについては半月後、調査依頼が終わってからまた改めて相談させてもらえないだろうか? 手前勝手なことを言っているのは重々承知しているが……」


「ええ、構いませんよ」


 メリッサさんの言葉に被せ気味に了承を告げると、何故か四人ともきょとんとした表情をしていた。


 はて? そんな変なこと言ったか?


「い、いいのか? 正直断られると思っていたんだが」


 む、しつれーな。僕だってワイルドローズの皆さんにはお世話になっているし、そんな狭量(きょうりょう)な人間じゃないんですよ?


 ワイルドローズが次の依頼から帰ってくるのは十五日後らしいので、最悪でもこの場で大銀貨五枚さえ貰えれば、四人が帰ってくるまで水瓶亭で待っていられるしね。


「はい、僕も皆さんにはお世話になってますし、信頼もしていますので」


「そ、そうか。それは、その……ありがとう」


 五歳以上年上の女性にこんな事を言うのもなんだが、俯きながらちょっと顔を赤らめているメリッサは非常に可愛らしかった。


 その後の話し合いで、僕が頭の中で用意していたプラン其ノ弐があっさりとそのまま通り、この場では大銀貨を十枚貰うことで決着がついた。


 これにより、僕は当分の活動資金を手に入れることが出来、ワイルドローズとの縁が切れることも無く、僕としては言うこと無しの結果に落ち着いて大満足だ。


 メリッサさんたちも、このあとに向かうらしい馴染みの職人さん相手に資金の心配をしなくて済みそうだ、と胸を撫で下ろしていた。


 一通りの話し合いが終わると、突然トリフィラさんが立ち上がり、ビシィっという効果音が似合いそうなポーズで僕を指差す。


「ぃよーし、交渉成立ぅ! アタイらが戻ってくるまでに、二ツ星まで上げときなさい。そしたら、採取、討伐、護衛とみっちりかっちり徹底的に鍛えてあげるから!」


 えー、それはちょっと無茶ぶりじゃないっすかね?

ここまでお読みいただきありがとうございます。

誤字・脱字・矛盾点・説明不足・わかりにくい表現等のご指摘いただければ幸いでございます。

ただ、作者ガラスのハートでございますれば、柔らかい表現でお願いいたします。


さて、漸く舞台が整いつつあります。

あと二話ほどイベント挟んで、その次あたりでは、種族としては定番中の定番かもしれませんが、満を持して新たなハルトの従魔が登場する予定でございます。

タイトル詐欺と言われないように、なんとか予定通りにことを運びたいものです。

今暫く、お待ちくださいませ!

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