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第二十四話 ポーション改造、再び

相変わらずの亀進行で申し訳ありません。

文才の無さが恨めしい。


それでは第二十四話、始まります。

 僕はメリッサさんとオーリンちゃんの後を追いかけ、依頼完了の報告を済ませた冒険者たちで騒がしくなってきたギルドハウスを後にする。


 通りに出ると、すっかり陽も落ち、辺りは十メートルほどの間隔で立っている常夜灯のような淡い橙色の揺らめく光で僅かに照らされているだけだった。


 食事処から聞こえてくる喧騒は似たようなものではあるが、元の世界の夜とは明らかに闇の濃さが違うことにも、ここは異世界なんだと改めて突きつけられる。


「ハルト君? どうかしたか?」


 少し先で待っていてくれたメリッサさんが振り返り、暗闇のためはっきりとした表情は見えないが、その声には怪訝な様子をしていることが聞き取れた。


「いえ、何でもないです」


「そうか? ではこっちだ」


 少し不思議そうにしていたメリッサさんだったが、そう短く答えると、再び歩き出す。


 それから五分ほど大通りを歩いくと、女性のシルエットが肩に担いだ大きな水瓶を傾けて水を流している看板を掲げている、石造りの二階建ての建物が見えてきた。


「ここだ」


 その建物の入口を徐に押し開けて入っていくメリッサさんとそれにとことこと付いていくオーリンちゃんに続いて、僕もその敷居を跨ぐ。


 建物の中に入ると、すぐ目の前に受付と思われるカウンターがあり、そこに十歳くらいの少女がちょこんと座っていた。


 この建物の内装は壁も床も石造りであったため、中の空気は少しひんやりとした感じがする。


 しかし少女が座るカウンターのすぐ隣には半開きになっている扉があり、その向こうから冷やされた空気を押し退けるくらい大きな喧騒と熱気が伝わってきていた。


「いらっしゃいませ。水瓶亭へようこそ……って、メリッサさん?」


「ああ、エイミー、女将さんは居るかい?」


「はい、少々お待ちください。女将さーん!」


 エイミーと呼ばれた少女がその喧騒に負けないくらい大きな声で呼び掛けると、ほんの少しの間を置いて、扉の向こう側から威勢のいい女性の声が挙がる。


 その言葉通りにしばらく待っていると、どたどたという足音と共に半開きの扉かが大きく開け放たれ、少しくたびれた前掛けを付けた恰幅のいい、五十代手前と思われる女性が現れた。


「ふー、はいはい、お待たせ。どうしたんだい、エイミー? ……って、あらまあメリッサちゃんにオーリンちゃんじゃないかい」


「はい、ただいま戻りました」


「……ただいま」


 呼んでいた者が誰だかわかり、相好を崩す女将さんに、我が家に帰ってきたかのように和やかな返事をするメリッサさんとオーリンちゃん。


 次いでメリッサさんは辺りを見渡すと、少し不安そうな表情を浮かべる。


「すみません、女将さん。トリフィラの奴は来ましたか?」


「ん? ああ、トリフィラちゃんね。来てるよ。ぐったりしたコーデリアちゃん抱えて、血相変えて来たもんだから驚いちゃったよ。いつもの部屋の鍵渡しといたから、今は部屋で休んでるんじゃないかい?」


「そうでしたか。お手数お掛けします」


 あからさまにほっとした様子を見せるメリッサさんに女将さんは笑いながら、カウンターの下へとしゃがみこみ、鉄製の頑丈そうな鍵を一本取り出した。


「はいよ、これもう片方の部屋の鍵ね」


「ありがとうございます。それと、まだ部屋は空いてますか?」


 鍵を受け取ったメリッサさんがそう切り出すと、女将さんは一瞬きょとんとした顔をしたが、僕の顔を見て納得したように頷いた。


「もちろんさ。ウチの宿泊は安心安全がウリの完全紹介制だからね。そっちの子かい?」


「はい。彼とはちょっとした縁がありまして、部屋が空いているのでしたら、お願い出来ないかと思いまして」


「メリッサちゃんの紹介ってんなら断る理由はないわね」


「ありがとうございます。ではひと部屋お願いします」


「はいよ、ちょっと待ってね」


 そう言うと女将さんは再びカウンターの下へとしゃがみこみ、紐で綴られたパピルス擬き紙の束を取り出した。


「よっこいしょっと。そいじゃ、そっちの坊や、どうぞ」


 女将さんに呼ばれ、一歩横にずれたメリッサさんの隣に立つ。


「こんばんわ、お世話になります。冒険者のハルトです」


 頭の上のラピスを落とさないようにお辞儀をして直ると、続いてラピスが半球の身体をみょ~んと縦に伸ばし、棒のような形になって、半ばから折り曲がる様にお辞儀をした。


 ふふん、冒険者ですって。


 自分で言っといてなんだけど、ちょっとこそばゆい感じがするな。


 と、一人心の中で軽く悶えていると、女将さんとエイミーちゃんが口をあけてぽかんとしていた。


 その視線は僕の顔……をスルーして頭の上に注がれている。


 ふむ、ビックスさんともアンナさんとも違う反応だな。


 従魔、じゃなくて使い魔だったっけ。


 そういった存在って珍しいのかな?


「えっと、はい、こんばんわ。本日のご要件は宿泊でよろしかったですか?」


 程なく再起動を果たした女将さんが気を取り直し、要件の確認に入られた。


「あ、はい。えっと、従魔……じゃなかった、使い魔と一緒でも平気ですか?」


 僕としてはここが一番の心配事だった。


 使い魔と一緒じゃ泊まれないと言われてしまったらどうしようかと思っていたのだが、それは杞憂であったようだ。


「ええ、大丈夫ですよ。そのくらいの大きさの子なら部屋に連れて行っても大丈夫です。ただ、あまり大きい子ですと、裏庭などに置いてもらわないと困りますけど」


「はい、わかりました。では宜しくお願いします」


「畏まりました。それでお部屋の方ですが……一人部屋にしますか? それとも二人部屋にしますか?」


 へ? 何故に二人部屋? あ、もしかして使い魔も一人にカウントされちゃうのか?


 一人部屋だとラピスは裏庭に行かなきゃならないのかな? でも一緒に居たいし、と考えていると不意に女将さんと目が合い、女将さんはメリッサさんを一瞥してから視線を僕に戻すと手で口を隠し、にやにやといやらしい笑みを浮かべる。


「ウチは連れ込み宿じゃあないんで、出来ればご遠慮して頂きたいんですけどねえ」


 ……ぶっ! な、なに言ってんだこの人はっ!


 め、メリッサさんと僕は未だそーゆー関係ぢゃありません!


 そりゃあ、メリッサさんは格好良くて美人だし、む、胸も大きいし、頼りがいのある年上の女性って感じで魅力的だし、いずれはそうなれたらいいなーなんて……って違う! そうじゃない!


 思考が明後日の方向に飛びそうになったが、頭を振ってその妄想を追い出し、そっとメリッサさんの様子を伺ってみたが、当のメリッサさんはきょとんとした表情をしていて、話についてこれていない様だった。


 その傍ら、エイミーちゃんはメリッサさん僕との顔を行ったり来たりして、やがて顔を真っ赤に染めて、俯いてしまっている。


 なーにを想像しとるか、思春期めっ。


 オーリンちゃんはオーリンちゃんで、女将さんと似たようなにやにやした笑みを浮かべている。


 年少組の方が理解してるってどーなのよ?


「んんっ! 一人部屋で、お願いします」


 ちょっと強めの咳払いをして、一人部屋を強調してお願いすると、女将さんは何故か残念そうな顔をした。


 が、次の瞬間オーリンちゃんの顔を見た女将さんは何かいいことを思いついた! とでも言うように顔を輝かせる。


「そうかい? じゃあ五人部屋……」


 その女将さんの不穏な呟きを聞いたオーリンちゃんがぎょっとした顔をした。


「……は流石に無いし、ウチは大人数が一緒に泊まれるような部屋も無いし」


 難しい顔をしながらさてどうしたものか、何か良い案は無いものかと、悩み始める女将さん。


 いや女将さん、貴女はいったい何を期待してやがりますか。


「一人部屋で! お願いします」


「……」


 再び一人部屋を強調すると、『本当にいいのか?』とでも言うように、女将さんに無言で見つめられた。


 くっ、ここで屈するわけにはいかないっ。


 さっきの妄想の最後に、据わった目で物凄くいい笑顔をする麗華さん、朱音、花凛ちゃんの顔が浮かび上がった。


 流石に昨日一昨日に出会った女性と同衾したことがあの三人にバレたらと思うと……うぅ、寒気が。


「一人部屋で!! お願いします」


(……コーデリアちゃんはわからないけど、メリッサちゃんもトリフィラちゃんも年下の可愛い男の子の方が上手くいくと思うんだけどねぇ。というかこの娘たち、顔もスタイルも良いモノ持ってんのに男っ気が無さ過ぎるのよ)


 ちょいと女将さん、バッチリ聞こえてますよ。


 そうゆうことはもっとトーン落として言ってください。もしくは心の中で止めておいてください。主に彼女らの名誉のために。


 あと、僕ショタ枠じゃないです。


(この娘たちはアンナちゃんの紹介だったから薄々はわかっちゃいたことたけど、ここに来てから一年以上も経つのに、男を連れ歩いているところどころか、親しげに話しているところすら見ないんだもんねぇ。漸く訪れた春かとも思ったんだけど……)


 おっとぉ、思わぬところでアンナさんにも被爆したな。


 そうかー、アンナさんもおひとり様でしたか。


 まあ僕のせいでもあるのでこう言っちゃ失礼かもしんないけど、怒ったときに見せたあの般若もかくやという表情を見せられてしまったら、さもありなん。


 綺麗な人なのに勿体無いよね?


 それとね、女将さん? 独り言ならもうちょっと小声で、目の前にいる人に聞こえないくらいでお願いします。


 呟きながらちらちらと僕の方を見ているんで、わざとやってるのはわかってますが、()れたら火傷じゃ済まないのはわかりきってますんで、(さわ)りません。


「はぁ、残念。おっと失礼……では宿泊ですと一泊3000ゴルドになります。翌日の朝食は込みですけど、夕食は別で一食500ゴルドになります。えーと、あとお湯は桶一杯分で100ゴルド、カンテラは一刻分で200ゴルドになります。使い魔さんの食事はどうしますか?」


 女将さんの、僕をちらちら見ている視線に対して全く気付かないふりをしていると、やがて諦めたかのように、大きな溜め息を吐いてから、宿泊費用についての説明に戻ってくれた。


 ふぅ、やっと軌道修正出来たか。


 相変わらずメリッサさんは理解出来ていないようだし、巻き込まれた形のオーリンちゃんと思春期真っ盛りのエイミーちゃんは顔を真っ赤にしたままだけど。


 さて話を戻して……ってまじか、ギルドから借りた支度金だけじゃ僕とラピスの食事とお湯、それにカンテラを借りたら二泊も出来ないじゃん。


 治癒草の納品した報酬合わせても二泊するとなると100ゴルドは足が出る。


 まあでもカンテラは《イルミネイト》があるからいいか。


 それと湯浴みはしたいけど、当然のようにこの宿にお風呂は無い。


 お貴族様が泊まるような高級宿にはあるそうだが。


 元の世界では気にならなかったけど、この世界では湯船に水を張るのも重労働だし、沸かすのに至っては大量の薪が必要になるので、非常に金が掛かるようだ。


 水を張るのも、湯を沸かすのも魔術で代用出来るが、それこそ魔術を扱える者が常駐しなくてはならないので、普通に風呂を沸かすのよりも金が掛かるという。


 オーリンちゃんを見てるとあまりそうは見えないが、どんな魔術であろうが――たとえ【生活魔術】だけであろうと――魔術を扱えるものは高待遇でいろいろな組織に雇われるのだという。


 であれば、ただ風呂を沸かすためだけに魔術士を雇うなどありえないといことだ。


 また水や火の属性を付与された魔道具でも同様のことが出来るというが、こっちも高価な物であることに加えて、消耗品となるので、コストパフォーマンスは魔道士を雇うより悪くなってしまうらしい。


 まあ風呂が無いのであれば、濡らした布で身体を清めるしかないが、少ない支度金を減らしてまで態々(わざわざ)湯を貰わなくてもいいか。


 汗や汚れを落とすだけなら《クリーン》で問題ないし。


 で、ラピスの食事はどうしようか。


 ラピスは基本的に何でも食べる。


 それこそ木屑だろうが、石だろうが、何でもだ。


 木屑はまだわかるが、石なんて食べて何の栄養があるんだ? って思っていたが、どうやら物質に宿る微量の魔力を摂取しているのだと言う。


 なので、本質的には魔力さえ摂取出来れば何でもいいんだろうなぁ、と考えていると、魔力が身体から頭へと、更にその先に鎮座しているラピスへと流れていく感覚がした。


――おいしい


 ……うん、要らないな。


 ということで、今回のところは宿泊と僕の食事だけでいいか。


「えっと、じゃあ、夕食含めてとりあえず二日分でお願いします。この子の分の食事は要らないみたいなので」


「そうかい? んじゃ、7000ゴルドだね。あとこっちに名前書いてもらえるかい?」


 台帳に名前を書き、7000ゴルド、今日ギルドから借りた七枚の銀貨全部を泣く泣く取り出そうとしたところで、横合いからすっとカウンターの上に大銀貨一枚が置かれた。


「支払いはこれで頼む」


 そちらを見ると、極当然のような顔をしたメリッサさんがいた。


 あー、そういえば宿代と食事代は出してくれるって言ってたっけ。


 少ない支度金だし、ここはお言葉に甘えようかな。


 などと考えていたら、再び女将さんがいやらしく笑った。


「やっぱり二人べ「一人部屋で」」


 言わせねぇよ?


 懲りずに不穏なことを言いかけた女将さんの言葉に被せて、その発言を潰す。


「……」


「……」


 女将さんと僕、二人して無言で視線の火花を散らしていると、女将さんの傍らでエイミーちゃんが熟れた林檎のように真っ赤なお顔でメリッサさんが出した大銀貨を受け取り、お釣りの銀貨三枚を手渡していた。


 女将さんが変なこと言おうとするもんだから、せっかく妄想の海から戻ってきたエイミーちゃん(推定十歳)がまぁた妄想の海に沈没しちゃったじゃないですか!


「……」


 僕はまた変なことを言い出す前に、カウンターをトントンと叩いてから手の平を返し、無言で部屋の鍵を催促する。


「ちっ」


 そこで舌打ちしない!


 いい加減諦めて?!


 まったくもう、貴女はお見合いの斡旋が趣味の近所のおばさんかっての。


 女将さんが渋々といった感じで、取り出した部屋の鍵と『朝』と『夕』と書かれた木の板を二枚づつ受け取る。


「食事するときはその木札を給侍の娘に渡しとくれ。無くしたら食いっぱぐれるから無くさないようにね。あとはー、朝食は三の鐘が鳴ってから四の鐘が鳴るまで、夕食は七の鐘から八の鐘迄だから気を付けるんだよ」


 とまだ若干諦めきれないような表情をしている女将さんがそう言ったところで、表から鐘の音が七回鳴り響いた。


 この世界でも一日は二十四時間で、一日を八等分して三時間置きに鐘が鳴るという。


 と言うことは、今はちょうど十八時ということになる。


 朝食が食べられるという三の鐘はというと、大体六時ということだ。


 メリッサさんが取り付けたギルドマスターとの面会は四の鐘と言っていたので、朝の九時くらいという感覚になる。


「それで、夕食はどうする? 今七の鐘が鳴ったことだし、直ぐにでも食べられるよ」


「あー悪い女将さん、アタイちょっと出かけてくるから、半刻(一時間)後でおねがーい」


 十七年間現代日本に慣れ親しんだ僕としては、もうちょっと細かく分けてもらえないかなと思っていたところに、いつの間にか二階へと続く階段から降りてきたトリフィラさんが女将さんにそう答えた。


 が、カウンターの前に着いたトリフィラさんは、酷く残念そうな女将さんと赤面から帰ってこれないエイミーちゃん、なにやら難しい顔をして考え込むオーリンちゃんを順に見て、不思議そうに首を傾げる。


「どしたん?」


「……ん、ちょっと」


「? まあいいか。あ、坊や、ちょうどよかった。あのさ、ちょっとお願いがあんだけど」


 大したことではないと判断したのだろう、その疑問を早々に脇に置いたトリフィラさんは、僕の姿を見つけると、少し言いにくそうにお願いがあると言う。


「はい、なんですか?」


「コーデリアに使ってくれたポーションってまだある?」


「ええ、ありますけど……」


「よかった。んじゃさ悪いんだけど、それ一本づつ貸してくんない? 後でちゃんと返すからさ」


「はあ、構いませんけど」


 僕はポケットに手を突っ込み、その中で【アイテムインベントリ】からヒールポーション、ブラッドポーション、スタミナポーションが詰まった瓶を其々一本づつ手の中に出現させ、それらをトリフィラさんに手渡す。


「ん、ありがとね」


 トリフィラさんは三本のポーションを受け取りつつ、僕のその様子に満足そうに頷いた。


 ふっ、僕とて学習するんですよ。


 ギルドハウスでしたようなポカを続けてやるわけないじゃないですか。


「あ、コーデリアは二〇五号室に寝かせてるから、看といてあげて。んじゃ、ちょっと行ってくるねー」


「あ、おい、トリフィラ?」


 僕からポーションを受け取るや否や、トリフィラさんはそれだけを言い残し、ささっと外に続く扉を潜り、夜の帳が落ちた街の中へと駆け出していってしまった。


「ったく、あいつは落ち着きのない。仕方ないオーリン、コーデリアのこと頼めるか?」


「……ん、任せて」


 若干諦めの境地のメリッサさんの言葉に、難しい顔から復帰したオーリンちゃんが年齢を考えると順当ではあるものの、周りの人と比べてしまうとなんとも慎ましい胸を張っている。


「すまんな、ハルト君」


「ははは、いえ、大丈夫ですよ」


「そう言ってもらえると助かる。それで夕食はどうする? なんなら先に済ませてもらっても構わないが」


 夕食か。


 正直言うと、今日の昼はリピコの実を数個齧ったぐらいだったので、背中がくっつきそうなくらい腹ペコではある。


「いえ、一人でというのも味気ないですし、折角なのでご一緒させてもらってもいいですか?」


 だが、扉の向こうから聞こえてくる喧騒は今や怒号といっても差し支えないくらいのものが飛び交っていた。


 あのような中に一人で飛び込んでいく勇気は流石にまだ無い。


 この界隈では名前が売れていると思われるメリッサさんたちが一緒なら、変なのに絡まれることはないだろう。


 ギルドハウスで絡んできたハゲみたいな例外は居るんだろうけど。


「わかった。それならまずは部屋に案内しよう」


 僕の思惑を察してくれたのか、苦笑気味に了承してくれた。


 メリッサさんに案内されるがままに、二階へと続く階段を昇り、先ほど女将さんから勝ち取った鍵に刻まれた二〇四号室の部屋の前に立つ。


「ではまた半刻後に」


「……またね、ハル(にい)


「はい、ありがとうございます」


 部屋の前でメリッサさんとオーリンちゃんと別れ、部屋の扉を開ける。


 うん、まあ、期待してたわけじゃないけどね、これはちょっとなあ、という光景がそこに広がっていた。


 部屋の大きさとしては六畳ほど。


 壁際にはベッドが一つ置かれ、その反対側の壁際にはクローゼットがあった。


 ベッドは木枠に藁が敷き詰められただけで、何とも寝にくそうである。


 また中央には一本脚で丸型天板のテーブルが一点と椅子が一脚鎮座していた。


 どの家具も古くはあるが、手入れが行き届いていて、取り立てて立て付けが悪いということはない。


 窓も一応あるにはあったが、木戸を押し上げて開閉するタイプのもので、当然のごとくガラス窓というものなんかは無かった。


 カンテラが別料金といことからもお察しではあったが、部屋の照明も蝋燭一本無いので、辛うじていま挙げた家具が窓から入ってくる街灯の僅かな明かりで、ぼんやりと浮かび上がっている程度だ。


 まあ、それはいい。


 ある程度予想していたことだ。


 しかし。しかし、だ。


 この部屋は暫く使われていなかったのか、埃っぽいうえに鼻につーんと来るほどカビ臭い!


 こんなカビ臭い部屋には一晩だけであっても寝られる気がしない。


 これなら野宿の方がマシなレベルである。


 はあ、仕方ない、ここはいっちょ【生活魔術】先生の出番だな。


 まず《イルミネイト》で部屋全体を照らしてから、次いで部屋全体を対象にして、ちょっと多めのMPと注ぎ込んだ《クリーン》を発動させる。


 するとあら不思議。


 薄らと積もっていた埃は一掃され、カビ臭さも何処へやら、部屋の中は清涼な空気で満たされた。


 これならひと晩だろうが、ひと月だろうが、寝泊りに問題ない。


 ひと仕事終えたところで、ラピスをベッドの上に降ろし、僕は椅子に腰掛ける。


 ふぅ、漸く一休み出来るな。


 さて、夕食まで少し時間があるので、ここでちょっと状況の整理をしておこう。


 まずスライムの泉を出てから一番最初の目的であった、人里には辿り着いた。


 それに加えて、ワイルドローズというこのルセドニの街では名の知れた冒険者パーティーにも出会えた。

 

 出会い自体は一触即発といっても過言ではなかったけど、結果的にはコーデリアさんへ治療を施したことで、彼女たちの信用は得られたと思う。


 その証拠というわけではないが、冒険者ギルドで無法を働かれそうになったとき、文字通り間に入ってもらえる程度には、関係は良好だ。


 そうそう、冒険者ギルドと言えば、僕も漸くこの世界での身分を手に入れられたんだ。


 冒険者という、まあ言ってしまえば何でも屋ではあるが、この身分さえあれば、剥奪されない限りある程度はこの世界を西から東へと渡り歩いても不審には思われない。


 まあ、この身分を維持するには定期的に依頼をこなさなくてはならないが。


 この身分、冒険者ランクもある程度は上げておきたいな。


 強制依頼とか指名依頼なんかで雁字搦めになるのは困るけど、いつまでもランクが低いままでは、実力が無いと判断されて、依頼受注に困るかも知れない。


 そうなると、冒険者という身分の維持にも困る。


 まあこれについては、追々考えていけばいいだろう。


 今の僕に早急に必要なのは、この世界の常識と、食べていけるだけの生活能力だ。


 この世界の常識については、出会って即トリフィラさんにいくつか教わったので、一緒に依頼を受けることは無さそうではあるが、今後も折を見てワイルドローズの皆さんにご教授いただければありがたい。


 冒険者ギルドでアンナさんという知己も得られたので、そっちを頼ってもいいかもしれない。


 ただ、僕の身の上はかなり特殊なので、そこについては細心の注意が必要だけれど。


 お次は生活能力だ。


 これも冒険者という身分を手に入れたので、依頼を順次こなしていけば食いっぱぐれることは無いと思われる。


 しかし、これもちょっと考えどころだ。


 それは、パーティーを組むのか、それともソロでいくのか、ということだ。


 パーティーを組めば、その分報酬の取り分は減るが、安全マージンが大きく取れる。


 ソロでいくならば、報酬は総取りだが、安全マージンが取れるとは限らないので、そもそもの報酬が低い、安全な依頼しか受けれないことになる。


 だが僕の場合は、ラピスがいる。


 そしてチートスキルとも言える【ポイントコンバーター】がある。


 このスキルによってラピスに強くなってもらえれば、冒険者としてソロではあるけど、実質パーティーを組んだ時と同じような安全マージンが取れると思っていいだろう。


 ……決してギルドハウスで見かけた他の冒険者が(いか)つ過ぎて、気後れしたわけではないことを、ここに追記しておく。


 ビビリでもぼっちでもないんだからねっ。


 メリッサさんたちとパーティーを組めれば最善ではあったのだけれど、こればっかりは言ってもどうしようもないしな。


 結論としては、この二つにある程度目処がついたら次の段階、元の世界に帰る手段があるのかどうか、そして他にも異世界人が居るのかどうかについて、探ってみようと思う。


 あとは合間を見て、シュウトさんが残した宝の地図巡りでもしてみようかな。


 しかし、あまり当てにはしていなかったけど、生活費の足しにはなるかと思っていた治癒草にあんな反応されるとは予想外だった。


 これは当分御蔵入りだな。


 他にスライムの泉から持ってきたもので、お金に変えられそうなのは魔石くらいなんだけど、これも怪しいんだよな。


 何せ森を抜ける道中で狩ったホーンラビットの魔石は、星無しの魔物から取れる魔石(極小)だった。


 僕がスライムの泉でもらった魔石は、拳大の大きさである魔石(中)が主で、極少量だけ魔石(小)という内容。


 魔石(極小)は親指の爪の半分位の大きさなので、魔石(小)や魔石(中)を一個二個位ならまだしも、今の僕が合計であっても十数個も卸したりしたら、騒ぎになるのは火を見るよりも明らかだ。


 ということで、ギルドの依頼以外で資金調達をする場合どうするか、ということに頭を悩ませる事態となってしまった。


 メリッサさんたちを見てもそうだが、冒険者として街の外に出るならば、武器や防具が必要になる。


 武器や防具がどれくらい値段がするものかはわからないが、お安いものではないだろう。


 武器についてはミスリルの匕首が手元にあるので、暫くはこれに頼るとしても、防具は何もないのだ。


 それ以外にの生活用品についても、一通り揃えなくてはならないので、ギルドの依頼報酬だけで揃えようとすると、長々と足止めを喰わされる可能性があるので、早急に纏まったお金が必要となる。


 さて、どうするべきかと考えていると、ふとトリフィラさんの姿が頭に浮かんだ。


 そうだ、ポーションがあるじゃないか。


 素材の治癒草がダメなら加工したポーションを買い取ってくれるところはないだろうか?


 けど、普通のポーションじゃ、買い取ってくれないかもしれない。


 しかーし、僕には飲みやすい味に魔改造したヒールポーションがある!


 ……いや、僕が思いつく程度のことなら、みんなもやっているだろう。


 もうひと押し欲しい。


 何かもう一つ付加価値をつけれないかと、取り出したヒールポーションを鑑定して眺めていると、『消費期限』の項目が目に入る。


 カウントダウンされていく『消費期限』のタイマーを見て、天啓のようにこれだ! と閃いた。


 この『消費期限』のカウントダウンを止められれば、経年劣化による品質低下や回復量低下を防げる。


 これが成功すれば『一家に一本欲しい、ハルト印のポーション!』となるかもしれない。


 これだ。これしかない。


 ということで実験開始。


 使用するのは小瓶に詰めた自作ヒールポーション。


 そして【生活魔術】第九階梯の《プロテクト(状態保存)》。


 この《プロテクト》は意思のない有機物または無機物を対象として、その状態を固定化する効果を持つ。


 例えばこの魔術をポーション瓶を対象にして掛けると、割れない瓶が出来上がる。


 ただし、物体そのものを対象にした場合、小瓶一つであっても膨大なMPが持っていかれるので、あまり実用的ではない。


 もちろん貴重な芸術品が対象となれば、魔術を行使する価値はあるが、今回は消耗品であるポーションの『消費期限』のカウントを止めるのが目的であるだが、ポーションそのものに掛けてしまうと、膨大なMPを消費するのに加えて、液体そのものが固定化されてしまうので、瓶を傾けても液体が流れ出てこないという困った事態になってしまう。


 そこでこの魔術の抜け道とでもいうべき特性に注目。


 シュウトさんの道具箱の蓋を開けたときにも経験したことだが、この魔術は箱などの開閉部分に掛けることで、その中身を経年劣化等から保全する事が出来、尚且つその蓋を開けることで、魔術の効果を破棄させ、その中身を取り出すことが可能となるのだ。


 ということで、今回魔術を行使する対象としては、瓶の蓋をしているコルク栓となる。


 早速プロテクトをコルク栓に向けて発動。


 青い光がコルク栓を包み、それが収束したところで、ヒールポーションを鑑定してみると……。


 おお! やった! 目論見通り、『消費期限』のカウントが止まったぞ!


 よしよし、これで『味』と『品質』二つの付加価値が付けられた。


 トリフィラさんから聞いた限りでは、ヒールポーションは一個で大銀貨三枚って言ってたっけ。


 市場価格がそれなら、買取価格もそこそこ期待出来るんじゃないか?


 僕は治癒草に変わる、新たな金策の道が開けたような気がして、()()()は気分が高揚していた。


 またそのテンションに任せて、詰替済みのポーション十数本を取り出し、喜々として、後に盛大に叱られる材料となる『規格外のヒールポーション』を次々と量産していくのであった。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

誤字・脱字・矛盾点・説明不足・わかりにくい表現等のご指摘いただければ幸いでございます。

ただ、作者ガラスのハートでございますれば、柔らかい表現でお願いいたします。

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