第二十一話 これもある意味お約束?
冒険者ギルドの建物に足を踏み入れてからまず目に付いたのは、入り口付近に設置された二つの、大きなスペースが確保された受付窓口だった。
その窓口の真上の天井からは『素材買取受付』という看板が吊るされており、受付台に座っている女性の後方には、高さ五メートル横幅三メートルほどの、これまた大きな扉が見え、そこには『解体工房』との看板が掲げられている。
そこを通り過ぎると、手前二つよりは小さいが、十分なスペースが確保された八つの受付窓口があった。
こちら付近の天井から吊るされている看板には『依頼受付』と書かれていたので、依頼の受付と素材買取の受付は完全別口となっていることが伺える。
ギルドハウスの構造を観察しながら、ずんずんと迷い無く歩を進めるメリッサさんたちの後についていく。
途中樽ジョッキ片手に酒臭い息を吐きながら受付嬢を口説いている? 禿頭の男の後ろを通り過ぎ、程なくして一番奥の窓口に辿り着いた。
酔っぱらいに絡まれているお姉さんは張り付いたような笑みをしていて、横目で見た限りでは表情筋が一切動いていない。
ありゃ全く聞いてないな。
それよりも、メリッサさんたちが受付台の前を通り過ぎる度に熱っぽい視線と、悲嘆に暮れる溜息が漏れ聞こえてくるのが気になった。
確かにワイルドローズの皆さんは整った容姿と、一歩引いてみれば凛とした雰囲気を纏っており、レベルも50前後とどこぞの騎士団の平均値並、もしくはそれ以上の強さ有している。
冒険者としては依頼の達成率や、どれだけ困難な依頼を完遂したかも評価になるのだろうが、若い娘さんが熱を上げる要素は十分に揃っていると思われる。
まああれだ、宝○的な雰囲気と言えば判ってもらえるだろうか。
背の低い仕切りで分けられている反対側の、酒場にいる冒険者と思われる男女からも、憧れや畏敬の視線が飛んで来ていたので、ワイルドローズの知名度はかなり高いものと推察出来た。
当の本人たちはそれらに気付いていないのか、はたまた気付いていて受け流しているのかは、後ろ姿からは確かめられな……メリッサさんの腰がなんだかもぞもぞ動いている。
ああ、これは気付いてはいるけど、どう対処したらいいのかわからないから、あえて触れないようにしているんだな。
そんな益体もないことを考えていると、ちょっと頬を赤らめたメリッサさんが咳払いを一つして、目の前の受付に座る受付嬢に声を掛けていた。
「んんっ、やぁアンナ。久しぶり」
受付台を挟んで向こう側に座る、アンナと呼ばれた女性は手元の書類に落としていた視線をあげて、少し驚いた表情をする。
その女性は、背中の半ばあたりまで伸ばした栗色の髪を首筋で一つに纏め、切れ長でキリッとした目つきが印象的な美女だった。
受付台越しに見えるその姿は、他の窓口に座る受付嬢とほぼ同じ衣装を着込み、その半袖から伸びる腕は少し乱暴に掴んだだけでも折れてしまいそうなほど細っそりとしている。
またそのギルドの制服と思われる服は、どうにもアンナ嬢の体型にサイズが合っていないのか、そもそもそういう作りなのかはわからないが、二つの豊かな胸の膨らみが不自然なほど強調されていた。
「あら、メリッサじゃない。お久しぶり。貴女たち旧街道の調査に行ってたんじゃなかったかしら?」
「ああ、依頼された五日間の調査が終わったんでついさっき帰ってきたのさ」
「そう、お疲れさま。見たところみんな無事のよう……っ!?」
アンナ嬢がワイルドローズ四人の顔を見て、ほっとしたような柔らかい笑みを浮かべていたのも束の間、コーデリアさんの服に視線を向けたところで、アンナ嬢は目を見開き、絶句していた。
コーデリアさんの傷を負った腹部には、傷痕が目立たなくなるようにと、ガーゼ代わりにヒールポーションに浸した当て布を貼り付けて白い包帯で固定している。
しかし当て布から染み出したヒールポーションが、包帯を薄らと緑色に染めていたため、遠目からでは判りにくいが、近くであれば乳白色の神官服の腹部が、大きく三条に引き裂かれていることがありありと見て取れてしまう。
その意味を、正しく理解したと思われるアンナ嬢の顔から血の気が一気に引いて、真っ青に変わり、思わずといった風に受付台に手をついてガタッっと音を立てて席から立ち上がった。
「こ、コーデリアさん! その傷は?!」
取り乱しながらも、咄嗟に自制が効いたのか、低く抑えられた声で問い質すアンナ嬢。
それに対してコーデリアさんはちょっと困ったような顔をして頬を掻いていた。
「あーうん、アンナちゃん落ち着いて? 大丈夫だから、ね?」
「大丈夫って、その傷でそんなわけないじゃないですか!」
「本当に大丈夫なのよ。傷はもう治してもらったし、これも傷跡が残らないようにって処置だから」
そう言いながら薄緑色に染まった腹部の包帯を指し示すコーデリアさん。
コーデリアさんのその言葉を聞いても、暫くは半信半疑の眼差しのアンナ嬢だったが、若干顔色が悪いものの、それほど無理をしている様子が見受けられないコーデリアさんの佇まいを見て、漸く安堵の息を吐いた。
それから直ぐにメリッサさんへと視線を移したアンナ嬢が、周囲を憚るように抑えた声で問い質す。
「何があったの?」
アンナ嬢の詰問するような眼差しを受けたメリッサさんは、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、ひとつため息を吐いた。
「その、なんと言うかだな、詳しい報告は明日ギルドマスターにするつもりなんだが……」
「な・に・が・あ・っ・た・の?」
若干言い淀んだメリッサさんに対して、アンナ嬢は眦を吊り上げながら、一字一字強調するように、再度同じフレーズを繰り返す。
直接向けられているわけではないのに、切れ長の目をした美人さんが怒った顔をすると、正直言ってかなり怖い。
アンナ嬢の視界の端でガクブルと震えている僕であったが、直接その目を向けられているメリッサさんは毎度のことなのか、割と平然としている、というか少し呆れ顔だった。
「……はぁ、そう怖い顔をするな。綺麗な顔が台無しだぞ? 旧街道の調査自体に問題があった訳じゃ無い。ただな、その帰り道でイレギュラーがあったというか……な」
「一言多いわよ。イレギュラー?」
「ああ、さっきも言ったが、調査自体は問題無かったんだ。だが帰り道でちょっと、いやかなり厄介な魔物と出会してな、そのせいでコーデリアがかなりの深手を負うことになってしまったんだ。その辺りの詳しい事情については明日ギルドマスターに報告するから、明日の四の鐘が鳴る頃の時間に面会を取り付けて欲しいんだが、頼めるか?」
「そう……問題は無いのね?」
「ああ、それについては問題は無い。その魔物に関しても四本ある腕のうち一本は切り落としたし、周囲を探ってみても、それ以外は取り立てておかしな変化は見られなかったしな」
「わかったわ、貴女がそう言うなら信じましょう。貴女たちにはそれだけの実績もあることだし。ギルドマスターへの面会の件も承りましょう」
「ああ、助かる。正直言って私含めてみんなヘトヘトなんだ。今夜ぐらいは宿のベッドでゆっくり休みたい」
疲れた顔でそう零すメリッサさんと、それに続くかのように深く頷くワイルドローズの三人。
特にコーデリアさんはまだ『状態:貧血』のままだし、それに加えて四人とも『状態:疲労(大)』から多少回復はしているものの、まだ疲労状態からは抜け出せていない。
四人からは、一刻も早く安心出来る場所で休みたいという雰囲気がこれでもかという具合に醸し出されている。
それよりも僕としては『四本ある腕』『一本は切り落とした』この二つのキーワードに対して、ちょぉーっと心当たりがあります。
けど、ここでそんなことを言おうものなら、色々と目立ってしょうがない。
ここは知らぬ存ぜぬを貫き通すことにしようかな。
何よりアンナ嬢のあの貫くような視線を向けられれば、それ以上の黙秘権を行使出来る自信は無く、要らぬことまで口走ってしまいそうだ。
僕が心の中で、この件については当分の間、黙っておこうと決意をしたところで、メリッサさんたちの話題が次に移っていた。
「それで? 報告は明日にするとして、今日はどうしたの?」
「ああ、今日は私たちの帰還の報告と、冒険者になりたいって新人を一人連れてきたんだ」
そう言ったメリッサさんが僕の方をちらっと見る。
お、ようやく僕の出番ですね。
「私たちとしては、かなり期待しているから、出来れば目を掛けてやって欲しくてな」
「へぇ、この街で冒険者を始めようって人も珍しいけど、メリッサがそこまで言うなんてさらに珍しいわね。それで、そっちの子が?」
「ああ、宜しく頼むよ」
メリッサさんに視線で促されたので、僕は背筋をピンと伸ばして、改めてこの世界に踏み出す一歩に緊張しながらも、受付台へと一歩近づいた。
「は、初めまして、ご紹介に預かりました、は、ハルトと言います! 宜しくお願いします!」
「ふふ、はい、初めまして。私はここ冒険者ギルド、ルセドニ支部にて受付窓口を担当しております、アンナと申します。以後お見知り置きください」
「硬った! アンナのこんな硬い口調なんて久しぶりに聞いた気がする! それにその顔、うさんくさー」
柔らかく微笑んで丁寧な言葉遣いのアンナさんの横で、トリフィラさんがにやにやしながら茶々を入れてくるが、正直カチコチに緊張している僕にはそれに反応する余裕が無い。
「うっさいわよトリフィラ。この子とは初対面なんだから、このぐらい丁寧な言葉遣いの方がいいのよ。……こほん、失礼しました。ふふ、そんなに緊張なさらなくても大丈夫ですよ? さて、早速ではございますが冒険者登録でよろしかったでしょうか?」
アンナさんは茶々を入れてくるトリフィラさんをジト目で牽制したあと、改めて僕の方に向き直り、微笑みを浮かべてくれる。
「は、はい! 宜しくお願いします」
「畏まりました。では登録料として銀貨三枚が必要になりますが、宜しいでしょうか?」
あー、そういや、登録料が必要なんだったっけ。
文無し……悲しい響きだ。
無い袖は振れないし、仕方ない、貸付制度に期待して、正直に言うか。
「あの、すいません。今手持ちが無くて……」
「畏まりました。当ギルドから貸付も可能ですが如何致しますか?」
「で、出来れば貸付をお願いしたいです」
「畏まりました。それでは、登録料は当ギルドからの貸付で処理させていただきますね。返済は依頼報酬からの天引きとなりますのでご了承ください。ですが、期日までに完済出来なかった場合は冒険者登録が抹消されますので、ご注意ください。一度抹消措置がが取られてしまいますと、再登録には非常に厳しい審査が必要となりますので、期日内に返済しきれるよう、頑張ってくださいね」
ほっ、よかった。
貸付制度なるものがあるとは聞いてたけど、それには審査が必要とか言われたどうしようと思っていたが、そんなこともなくすんなり利用出来て、一安心だ。
ただ、返済出来ずに登録が抹消されると今後ちょっと困ることになるので、多少は依頼をこなす必要があるな。
まあ、危険の少ないものを中心にいくつか、この街でも見繕ってみますか。
「それではこちらの用紙にご記入お願いします。必須項目以外は空欄でも構いませんが、得意武器や技能等を記入していただけますと、当ギルドからパーティーへの斡旋もさせていただくことも出来ますよ」
アンナさんから差し出されたパピルスの様な目の粗い用紙を受け取り、記入する項目について視線を走らせていると視界の端、右手側からふらふらと人が近づいて来るのが見えた。
その人物は僕から一歩離れた位置まで来ると、手にしていた樽ジョッキを一度煽り、受付台の上にダンッ! とそれを叩きつける。
「オイオイ、アンナちゃんよぉ、そんな生白くてヒョロっこいガキが冒険者になろうってのか? そいつぁちょいと勘弁してくれねぇかなぁ」
ふとその音がした方に視線を向けると、赤ら顔で酒臭い息を吐き、何が楽しいのかニヤニヤと嫌らしい笑みを貼り付けた禿頭の男が、受付台に寄りかかるようにして、こちらを見ていた。
つか、こいつさっき他の受付嬢口説いてた奴じゃん。
酔っ払いのおっさんが一体僕に何の用なのだろう、と訝しんでいると、ずいっとトリフィラさんが僕とおっさんの間に体を入れて、その背中に庇われた。
「……あんた、誰よ? 何の権限があって坊やの邪魔しようってのさ」
「あぁん?」
怪訝な目付きでトリフィラさんの身体を、頭のてっぺんから爪先まで舐めるように視線を這わせると、蔑むような視線を向けてくる。
「はんっ! んだよ、そっちのお嬢ちゃんも冒険者なんかよ。かぁーやだやだ、この街じゃ女子供でも登録料さえ払えば冒険者になれるってか。三ツ星以上の冒険者が集まる街だって評判なもんだから態々足を運んでみりゃ、これだよ」
やれやれといった風に肩を竦める酔っぱらいのおっさん。
かと思ったら、今度はトリフィラさんを指差し、がなり声を挙げる。
「冒険者ってのはなぁ! 遊び半分で来られちゃぁ迷惑なんだよ! 命ァ張ってるオレらの評判まで下がっちまうじゃねぇか!」
ふむ、この世界でもやっぱり男尊女卑の思想が根付いているのかな?
でもトリフィラさんやメリッサさんの身のこなしをみれば、かなり強いってのは判りそうなもんだけどなあ。
どれ、このおっさんがどれほど強いのか見てみるか。
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名前:マヌツラ
種族:人間族
性別:♂
年齢:35
職業:剣士
身分:冒険者(四ツ星)
状態:泥酔
BLv:39
JLv:9
HP:645/645
MP:164/164
筋力:79
体力:82
知力:64
敏捷:69
器用:61
保有スキル
【コモンスキル】(1/10)
・片手剣術:Lv2
【ジョブスキル】(0/10)
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ふ……む? これは……強い、のか?
ワイルドローズの皆さんは五ツ星の冒険者だし、レベルも四人ともこのマヌツラとかいうおっさんより上なので、ワイルドローズの皆さんの方がステータス上の強さは高い。
なのに、なんでこのおっさんはこのステータスでこれほど強気に出られるのかがわからん。
念のため、街門で知り合ったビックスさんのステータスと比較してみるが……
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名前:ビックス
種族:人間族
性別:♂
年齢:20
職業:戦士
身分:ルセドニの街第三警備大隊第十三小隊副隊長
状態:平常
BLv:35
JLv:13
HP:763/763
MP:188/188
筋力:143
体力:151
知力:65
敏捷:77
器用:153
保有スキル
【コモンスキル】(3/10)
・槍術:Lv2
・盾術:Lv1
・警戒:Lv3
【ジョブスキル】(2/10)
・強撃:Lv1
・堅守:Lv2
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……ビックスさんの方がレベル低いのに、明らかにこのおっさんより強いぢゃん。
いや待て、これだけじゃサンプルが少なすぎて、ビックスさんが強いのか、おっさんが弱いのか、いまいち判断がつかない。
つかビックスさん、小隊の副隊長って若いのに何げに偉いんだな。
まあ強さの基準については、一旦保留にしておくか。
しっかし、これじゃあ余計にこのおっさんが取っている態度の理由が見当たらない。
四ツ星ってことは、メリッサさんたちとは一つしか階級が違わないんだろ?
だったら、彼我の力量差くらい判りそうなもんなんだけどなあ。
ってかこれってあれなのかな? 異世界ものの創作物によくあるテンプレってやつなのか?
この手のやつって実際絡まれると、かなり面倒臭いもんだなあ。
いっそ【威圧】スキルでも使えば、どっか行ってくれんのかな。
でも【威圧】スキルはまだ人相手じゃ、検証しきれてないから、使い勝手がなあ。
などと、呑気に考察していると、僕の周囲から五つ……五つ? の怒りオーラが放たれている。
やばっ!
これ、知ってる。
麗華さんが静かにブチギレた時の空気によく似ている。
麗華さんは普段幼馴染の僕らの前では奔放な姿を見せていたが、それ以外には皇家令嬢の顔や生徒会長の顔で接していた。
何が原因だったかは忘れたが、以前一度だけそっちの顔の時にブチギレているのを目にしたことがあったのだ。
そのときは即座に戦略的撤退を選択したにも関わらず、瞬く間に首根っこを掴まれて、その後延々と三時間くらい愚痴を聞かされ続けたのだが、自分が怒られているわけでもないのに、あの怒気には相当肝が冷えた。
今、そのときと同じ空気がここに充満している。
や、やべぇ、逃げたい。
と、僕が背中に冷や汗をを流していると、あろうことかこのおっさん、とんでもない暴挙に出やがった。
「ヒック、それにぃなんだぁ? ガキぃ、くそ弱っちぃスライムとはいぇ、使い魔を従えてるなんて生意気だなぁ。どぉれオレ様が貰ってやろうじゃぁねぇかぁ」
余りにも無造作に手を伸ばして来たので、僕は咄嗟に動くことが出来なかった。
が、ガタンッ! と椅子を蹴倒したようなけたたましい音がしたかと思ったら、二つの影が凄まじい速度で動き、気がつけば、鞘付きではあるが、メリッサさんは片手剣を、トリフィラさんは短剣を男の首筋に突き付けていた。
「っ!?」
視界の端に見えるオーリンちゃんは、手にした杖の先端を、コーデリアさんは掌をおっさんに向けて、魔術の照準を合わせているようだった。
そして、先ほどの大きな音の発生源である、アンナさんは鬼の形相で禿頭の男を睨みつけていた。
「て、テメェら! なんのつもりだ!! オレ様が誰だかわかってんのかあ!?」
文字通り瞬く間に包囲されたおっさんは、酒の酔いとは別の意味で顔を真っ赤に茹で上がらせる。
「あんたこそ何する気さ? それにあんたがどこの誰だかなんて知らなし、どーでもいい。アタイらも長いことココに居るけど、あんたの顔に見覚えなんてないんだから、大した奴じゃないんでしょ」
僕の位置からでは、トリフィラさんの表情は伺えなかったが、その声は鋭利な刃物のように鋭い。
目の前にある背中、メリッサさんからも旧街道で遭遇した時と同じような気当たりが感じられた。
「お、オレ様は四ツ星冒険者のマヌツラ様だ! わかったらコイツをどけやがれ!」
レベル30台のおっさんが、レベル50台の強さを持つ二人の気当たりに逃げ出さなかったのは素直に凄いと思うが、些か言葉尻が震えているようだ。
ここに来て、漸く被我の力量差というものを感じ取ったのかもしれない。
「あっそ。んで、そのマヌケヅラが何で坊やの使い魔に手を出そうとしてんのさ?」
「マヌツラだ! 『ケ』を入れんじゃねえ!」
おっさんが血管が切れるんじゃないか思えるほど、顔を真っ赤にしながら吠えると、トリフィラさんの視線が、おっさんの顔から上の方に、具体的には頭頂部に刺さった。
「まあ確かに『毛』は無いわね。『ヅラ』も被ってないみたいだし」
『ぶふぅっ!?』
トリフィラさんがそう言うと、なんだか随分と遠くから吹き出すような声が聞こえてきた。
「ぐっ! こ、この! こんなガキ如きが使い魔を扱いきれるわけねえだろーが! 早々に問題起こして処分されちまうのがオチだ! だったらオレ様が有効活用してやろうってんだ、それの何が悪い!」
まー、随分ないいざまだ。
僕としてはふざけんな! って言いたいところだが、全く収まる気配がない怒気に気圧されてしまっていた。
「悪いに決まってんでしょーが。冒険者や魔術士にとって、使い魔ってのは装備と同じ財産だってこと、四ツ星のくせに知らないとは言わせないわよ?」
ビックスさんにも言われたけど『使い魔』と『従魔』の違いってなんなんだろうね。
いまいち違いがよくわからん。
っていうか、使い魔って装備と同じ扱いなんだ。
ラピスと言葉を交わせる僕としては、便宜上とはいえ、その扱いにちょっと物哀しい思いを抱いていたら、周囲に充満していた怒気が殺気に近いものに変わったのが肌で感じ取れた。
「それを貰ってやるですって? 冒険者の財産に当人の許可無く手を出すってことの意味わかってんの? あんたこそ冒険者ナメてんじゃねーわよ」
無理矢理といった感じで抑えられた声と、今にも爆発しそうなほど膨れ上がった殺気に近い怒気に当てられて、おっさんだけじゃなく、何故か僕まで足が震えてきてしまう。
とその時、頭の上のラピスが怯えるようにふるふると揺れていたかと思うと、不意にパシンっと僕の中で何かを弾き返す感覚がした。
「ひぃっ!?」
おっさんはおっさんで、別方向から来たらしい圧力に、完全に怯え切った表情と声を挙げ、その場で尻餅をついてしまう。
追加で厄介事は勘弁してほしいなあと思っていると、酒場の方から陶器のような瓶――おそらく酒瓶だろう――片手に、こちらへと近づいてくる人影があった。
「んんー? なんでぇ、随分騒がしいと思ったら、トリフィラじゃねえか」
そのドスの効いた声の主は、なんというか、服は着ているが、古い映画に出てくるような狼男そのものであった。
酒のせいで目元が若干赤くなっているが、野生を思わせる狼の顔、身長は二メートルほどもあり、肩幅に至っては僕の倍ほどはありそうだ。
腕周りも僕の太腿くらいあるし、足も競輪選手かってくらい太い。
筋骨隆々の偉丈夫。
この言葉がこれほどよく似合う人もいないだろう。
「ドガ? あによ、今忙しいの。話なら後にしてくんない?」
トリフィラさんは、視線と突きつけた短剣を外さず、声だけで狼男さんに応える。
「な、なんで《爆斧》のドガランが……」
「まぁそう言うなよ。俺らが受けるはずだった依頼を、ウチのメンバーが不甲斐ないせいで、おめぇらに押し付けちまったんだ。帰ってきたんなら詫の一つくらい入れさせてくれや」
「え? え?」
突然変わった空気と状況についていけず、混乱しておろおろとしだすおっさん。
斯く言う僕もついていけていないんだけどね!
まあ雰囲気からして、この狼男さんは冒険者で、ワイルドローズの皆さんとお知り合いらしい。
「んで? こりゃどういう状況なんだ?」
狼男さんが空いた手で顎をさすりながら、こちらを見渡しつつ女性陣に問いかける。
「どうもこうもない。この酔っ払いがハルト君、彼の冒険者登録の邪魔をした上に、その財産である使い魔を奪い取ろうとしたので、それを止めているのだ」
怒気を押し殺してそう答えるメリッサさんだったが、その手には未だ鞘付きの剣が握られており、トリフィラさん同様マヌツラを捉えている。
「ふぅむ、そりゃイカンなぁ」
狼男さんは顎をさすっていた手を止め、静かにその場にいる全員を見渡す。
「冒険者にとって、いや冒険者だけじゃねえなぁ。財産ってのは一つだけであっても、そいつの命そのものといっていい。それに手を出したとあっちゃぁ、この状況も仕方なしかぁ」
ドスが効いている上にやけに通る声で狼男さんが呟くと、受付窓口からだけでなく、仕切り越しにこちらの様子を伺っていると思われる酒場の方からも、ピリっとした空気が漂ってくる。
「してギルド職員殿、此度の裁定は如何に? 未遂とはいえ、まさかこのままお咎め無しってわけじゃあるめぇ?」
わなわなと震えていたアンナさんは、一度受付台をドンッ! っと両手を叩きつけると、伏せていた顔を上げて、マヌツラを睨みつける。
「あったりまえです!! 冒険者同士の諍いならいざ知らず、冒険者の、それも新人の財産を奪おうとするなど言語道断!! 四ツ星冒険者、マヌツラ! 貴殿の行いは冒険者規約に反する行いである! 追って沙汰を伝えるため、それまでは地下の独房で謹慎してなさい! 警備! とっととコイツを連れて行きなさい!」
怒髪天を衝くが如くアンナさんから容赦の無い判決が、その場で酔っぱらいのおっさんに言い渡されるのであった。
トリフィラが動きすぎて、ハルト君の出番が……。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
誤字・脱字・矛盾点・説明不足・わかりにくい表現等のご指摘いただければ幸いでございます。
ただ、作者ガラスのハートでございますれば、柔らかい表現でお願いいたします。




