第十九話 冒険者の集う街 ルセドニ
ふーふー……ずずず……はふはふ……もぐもぐもぐもぐ……ずずず……はふぅ。
目の前でぱちぱちと軽い音を立てる焚き火の音と、鈴を転がしたような虫の音をBGMにして、塩と水だけで煮込んだホーンラビットの肉のスープを啜る。
皇国を追い出されてから初めて口にする、火が通された食事に胃と心が満たされていくのを感じた。
森の恵みである様々な果実も美味いことは美味かったのだが、育ち盛りの男子高校生の腹を満たすには、正直物足りない感じが否めなかった。
やはり植物性の栄養素だけでなく、動物性の栄養素が必要なのだと、実感したのである。
まあ何が申したいかといいますと、肉美味しっ!
「ちょっと坊や、聞いてる?」
「ぅひゃい!」
久方ぶりに口にした肉の美味さを噛み締めていると、焚き火を挟んで正面に座り、リピコの実を持て余すように手の中で転がしているトリフィラさんが胡乱げな目付きでこちらを見ていた。
「は、はい、聞いてませんでした」
「……はぁ。あのねぇ、坊やがしてくれたことはアタイらとしてはとってもありがたいことだったけど、常識からは随分と外れているってこと、わかっているのかしら?」
「はあ」
「坊やは森の中で暮らしていたって言ってたけど、他に人はいなかったのかしら?」
「そうですね、人がいた形跡はありましたけど、僕が暮らしていた期間は、僕以外の人間はいませんでしたよ」
シュウトさんがあのログハウスで過ごしていたのは何十年前だかすらも分からないものだが、その形跡ははっきりと残っていた。
シュウトさんが天寿を全うされた後は、恐らくグリンさんとスライムたちだけがあの場所に残って暮らしていたのだろう。
グリンさんも人間が訪れたのは珍しいとも言っていたし、シュウトさん以外の人間が暮らしていたという形跡は全く無かった。
「そう。ま、そこはいいわ。それよりも、アタイらと出会ったところから随分と非常識なことをしているってことは理解してる?」
「非常識……ですか」
僕の行動はこの世界に照らし合わせると非常識である、と言われたが、はっきり言って、どの行動が非常識であったかが僕には判断つかなかった。
そもそも僕はこの世界に召喚されてから、この世界の人たちと言葉を交わすことさえ数える程しか無かった。
もっと言ってしまえば、この世界がどのような成り立ちをしているのかすら不明であるのだ。
そんな僕にこの世界の常識、非常識を問われても正直困惑するばかりである。
「そうよ。まあ半分くらいはアタイらのせいでもあるんだけど」
「確かにな。しかしそれでも、君の行動には少々驚かされたぞ」
「……ん、ハル兄はちょっと無防備過ぎる」
「えっと、それはどういうことなんでしょう?」
「まあ、その辺がわかってないってことも含めて、他人と関わりを持ってこなかった森の中で生きてきたっていう証拠なんでしょうね」
うむ、どういうことなのかさっぱりわからん。
腕を組みつつ首を傾げていると、焚き火の揺らめく火の向こうで、トリフィラさんがふわりと柔らかく微笑んだ。
「いいわ、ここで出会ったのも、コーデリアを助けてもらったのも何かの縁でしょう。アタイらがここでの常識を教えてあげるわ」
そう言って突如開催されたトリフィラ講師主催、真夜中の常識講座。
といってもその内容は簡単に言って二点のみ。
即ち『見知らぬ他人には用心すべし』ということと、『スキルやステータスは無闇に明かすべからず』ということであった。
前者はまあ理解出来る。
皇国に連れられていった時にちらっと目にした街並みは中世ヨーロッパ風であったし、この灰の森のような広大な未開の地が広がっているくらいなのだから、文明レベルはそれ相応で、治安についても現代日本ほどに信用することは適わないということなのだろう。
だが後者については、現代日本でもそうであったように、特技や得意とするものがあれば、働くとなった場合は色々と有利な条件を引き出せるものと思っていたので、【鑑定偽装】を獲得している僕が言うのもなんだが、スキルを隠すということについては疑問に思った。
しかし、その理由を聞いてみれば、まあそうかと納得のいくものでもあった。
「そうねぇ、例えば、坊やはアタイらを見てどう思う?」
そう問われると僕は改めて三人の姿を観察してみた。
先ず真正面に座っているトリフィラさん。
肩甲骨あたりまで伸びているちょっとくすんだ銀色の髪、頭頂部あたりに生えているメスライオンのような少し丸みを帯びた三角形のケモ耳が愛らしい。
初対面で感じた野生を思わせる雰囲気は今は鳴りを潜めているが、切れ長な目と整った目鼻立ちは文句なく美人と評していいだろう。
身体の方に視線を移すと、先程まで身につけていた革の胸鎧の上からではわからなかったが、胸も豊かな曲線を描いていて、腰周りもほっそりとしており、総じて均整の取れた体をしている。
トリフィラさんの右手側に立て膝で座ったメリッサさんは赤い髪をポニーテールに結わえており、中性的で綺麗な顔立ち且つ精悍な雰囲気を纏っているため、女子高などであれば『お姉さま』と呼ばれそうな、どちらかといえば格好良いと評される部類であろう。
その身体も、胸鎧を纏っていたときから激しい自己主張をしていた大きな二つの膨らみと合わせて、ガッシリとした全体像であった。
とはいえ、その肢体はボディービルダーのようなムキムキの筋肉ではなく、アスリートのような実用的な筋肉であり、また女性特有のしなやかさも失われていないように見受けられる。
また立ち姿では僕より拳一つ分ほど背が高いにも関わらず、座った時の目線は僕と同じくらいであったので、その分足が長いのであろう。
……決して僕の足が短いわけでは、無い。……そう思いたい、いやそのハズだ。
そしてその反対側に割座で座っているオーリンちゃん。
彼女は肩口で切り揃えられた黒髪に、常に眠たそうな半眼をしているが、その紫に輝く瞳の奥には年不相応な自信と矜持が宿っているように思える。
僕の胸の高さほどしかないその背丈ではあるが、この十三歳という若さで既に中級職である第三階位の職業に辿り着いているということは、類稀なる才能を持ち、並々ならぬ努力と修練を積んでいるということが、皇城で僕が得たほんの僅かな知識からでも理解出来る。
それ故の紫眼に宿る自信と矜持ということなのだろう。
最後にオーリンちゃんの左手側で穏やかな寝息を立てているコーデリアさん。
治療を施す前は、血と泥で汚れくすんでいた腰まで伸びた長い金髪は、この暗がりでもはっきりとっ分かるくらい輝きを取り戻している。
顔立ちも、少々垂れ下がった目尻が柔らかい美しさを表現しており、美人であることには間違いなかった。
また治療の際は気にもとめなかったが、ゆっくりと上下している胸はメリッサさんより一回りほど小さいが、神官服の裾から僅かに見える手足はモデルのようにほっそりとしていて、腹部の三筋に裂けた部分から覗く腰周りなんかは抱きしめたら折れてしまいそうなほどくびれがはっきりとしていて、空想上で描かれるエルフ像とは一体何だったのかというほど、このメンバーの中では相対的に一番の豊かさを誇っていると思われる。
「そうですね、トリフィラさんは綺麗な方だと思います。メリッサさんは格好良くて、オーリンちゃんは可愛らしくて将来が楽しみですね。コーデリアさんもお美しい方だと思います。方向性は違いますけど皆さん美人ですし、スタイルも良くて、素敵な女性だと思います」
僕が貧困なボキャブラリーを駆使して、思ったままの言葉を口にしてみると、三人はきょとんとした顔をしていた。
「そ、そう? ありがと。……って、そうじゃなくて、外見からどんなことが得意そうかってことよ」
いち早くそれから復活したトリフィラさんから、焚き火のゆらめき加減のせいか、若干赤らめたように見える顔をして、求めていた答えと違うということを指摘されたので、改めて四人の佇まいを観察してみる。
「んーそうですね、トリフィラさんは俊敏そうですよね。短剣を得意としているようですから、一撃離脱が主な攻撃方法になるのでしょうか? メリッサさんは盾をお持ちのようですから、壁役になるのかな? オーリンちゃんは見た目からして魔術が得意そうですよね。コーデリアさんは回復役になるんでしょう」
「そうね、外見から得られる情報はそんなもんでしょう。まあそれはアタイらが冒険者っていうものを生業にしているからこそ、見た目でそれとわかるような部分をあえて表に出すようにしているってのもあるけどね」
トリフィラさんはそこで一旦言葉を切ると、先程まで柔らかく微笑んでいた表情が強ばった真剣な表情に変わり、焚き火越しではあるが身を乗り出してくる。
「でもね、こういっちゃなんだけど、アタイら冒険者ってのはねカタギとは言いにくい部分があってね。その日暮しの奴も多いし、傭兵崩れの食い詰め者も多いの。有用なスキルを持ってるって知られたら、それを食物にしようと群がってくるアホとか、借金漬けにして奴隷に堕として高値で売り払おうとする奴もいるの。だから冒険者に限らず、街で生きる人たちも必要最低限以外の情報は親しい仲間内以外には決して明かさないのよ」
な、なるほど。
思っていた以上に、この世界は世知辛い世界のようだ。
そして、親しい仲間内以外には決して明かさない、というのは一つ目の『見知らぬ他人には用心すべし』ということにも繋がるわけか。
「それに対して坊やは? 怪我の処置の仕方を知っていたのはいいとしても、街で買えば一本大銀貨三枚はするヒールポーションを自分で作ったって言うし、アタイらは助かったけどそれを惜しげもなく豪快にぶっかけるわ、魔術は使うわ、しかもオーリンが言うには魔術を使うとき詠唱しなかったって言うじゃない? 挙句の果てには【アイテムボックス】持ち? これだけでももう既に四つも行きずりのアタイらに手札晒してんのよ? そこんトコわかってる?」
真剣な表情から一転、本日もう何度目かもわからない呆れ顔をしたトリフィラさんと、その左右でメリッサさんとオーリンちゃんもウンウンと頷いていた。
「いーい、坊や? 今までは他人と関わらずに生きてきたみたいだから、その辺のことは頓着してこなかったんだろうけど、街に降りるってんなら、今後は自分の持つスキルは極力明かさないようにするんだよ?」
トリフィラさんはそこまで一気に言い切ると、ひと仕事終えたような顔をして、元居た位置に座り直した。
そして僕は、改めて他人の口から挙げられた僕のしてきた行動を聞かされて、どれほど迂闊な行動をしていたかを知らしめられた。
今は三人を示す脳内マーカーは友好を示す緑色をしているが、これが表面上は今と同じような態度のままで、マーカーが黄色や赤色になっていたかと思うと、背筋がぞっとする。
「ご忠告ありがとうございます」
心からの感謝の気持ちを込め、座ったままではあるが、お礼と共に頭を下げる。
この常識を今教えてもらっただけでも、コーデリアさんの治療をした甲斐があったというものだ。
「ああそうだ、もひとつおまけに言っとくわ」
僕が頭を上げるタイミングに合わせて、トリフィラさんが話をしている最中でも、手の中で持て余していたリピコの実を指し示しす。
「アタイの記憶が確かなら、これ、リピコの実でしょ。確かこの灰の森でも中層から深層あたりに成る果実だったと思うんだけど」
「私の記憶でもそうだな。しかし、これほど状態のいいものは街でも滅多にお目にかかれない。街で売るならば……一つ銀貨二枚といったところか」
「そうね。街の商店で買うならそれくらいするでしょうね」
トリフィラさんの言葉に合わせてメリッサさんも同意してその価値について言及しているのだが……むぅ、先ほどのポーションの話でも出たけど、残念ながら現状、僕はこの世界の金銭感覚が欠如しているのだ。
しかもこのリピコの実は、僕が通った森の道中で腐るほど大量に採れた物なので、余計にその正しい価値というものが解っていなかった。
「ああ、その顔は価値がわかってないって顔ね」
首を傾げてはいないのに、瞬間的に見抜かれた。
そんなわかりやすい顔をしていただろうか?
「なるほどな、この際だ。貨幣価値というものについても教えようか」
僅かに微笑んでいるメリッサさんはそう言うと、懐から掌サイズの巾着袋を取り出し、それを逆さに振ると数枚の硬貨がメリッサさんの手の中に転がった。
「昼間も言ったが、今はあまり手持ちがないので、あるもので教えよう」
メリッサさんの説明では、この世界は印刷技術があまり発展していないのか、紙幣は存在しておらず、八種類の貨幣で経済が回っているという。
貨幣の単位は『ゴルド』、価値はと言うと、
鉄貨 =1ゴルド
銅貨 =10ゴルド
大銅貨=100ゴルド
銀貨 =1,000ゴルド
大銀貨=10,000ゴルド
金貨 =100,000ゴルド
大金貨=1,000,000ゴルド
白金貨=10,000,000ゴルド
となり、鉄貨、銅貨、銀貨、金貨は百円玉サイズ、大銅貨、大銀貨、大金貨、白金貨は五百円玉サイズで、大金貨以上の貨幣は存在するものの、メリッサさんたちは今のところ目にしたことはないらしい。
これは商会取引や国家間取引等にしか使われないため、一般人はまずお目にかかれない超高額貨幣のようだ。
よって一般的に流通しているのは金貨まで。
一般的な家庭の稼ぎは月当たり、大銀貨15枚から20枚ほどで、四人家族ならこれで裕福ではないものの不自由なく生活出来る範囲らしい。
また大体リンゴ一個で銅貨5枚、50ゴルドらしいので、ここが地方ということを考慮すると凡そ1ゴルド=1円くらいの比率と考えられるか?
まあ物価の基準がわからないので、安直に決めつけるのは危険かもしれないが、この世界の金銭感覚も出来るだけ早く身に付けたいなあ。
……ん? ということは日本円換算でリピコの実一個千円ってことか?!
とんだ高級フルーツだな。
ついでに言うと、ヒールポーション一本で三万円……。
い、いや~、コーデリアさんの治療で、よくわからんかったから、勢いで十本分近いヒールポーションぶちまけたよな……これは黙っとこ。
流石に出会ったばっかの人らに三十万円もの治療費請求とか、ヤクザっしょ。
僕としては、常識と貨幣価値の情報を教えてもらえただけで、値千金である。
そんな結論に至り、内心で頷いて、自己完結に走る。
「さて、そろそろ休もうか。夜番は私とトリフィラで受け持とう。ハルト君とオーリンは明日に備えて休んでくれ」
食事も話も粗方終わり、メリッサさんがそう言うと、オーリンちゃんはコーデリアさんの隣にコテンと横になった。
僕もお言葉に甘えて、焚き火から少し離れたところで、ラピスを抱き枕がわりに抱えて、横にならせて頂いた。
昼間のこともあり、精神体力共に予想以上に消耗していたようで、眠気は直ぐにやってきた。
「ったく、この子はアタイの話、ちゃんと聞いてたんかね」
呆れたような声が聞こえた気がしたが、僕は眠気に抗うこともなく、身を任せることで、夢の世界へと旅立った。
―★―★―★―★―★―
翌朝、太陽が半分ほど顔を出したくらいの頃合に目が覚めた。
半分ほどしか覚醒していない寝ぼけ眼のまま、腕の中でぐにゅ~とひしゃげていたラピスを抱え直す。
「おはよう、ラピス」
――おはよう、あるじ。よかったね、あのひとおきてるよ
未だ半分は夢の中の住人と化している頭で、あのひと? 何のことだろう? と思いつつ振り返ると、そこには朝日の光を受けて美しい金色が眩く輝いていた。
まだ辺りは薄暗く、若干霧も出ていたが、その輝く金色の持ち主は、折り目正しく正座しており、その瞳ははっきりとした意思で、真正面から僕を捉えていた。
「おはようございます。ハルトさん、でよろしかったかしら?」
柔和に微笑んだコーデリアさんが赤く目を腫らして傍らに佇むメリッサさんにちらっと視線をやり、また正面に戻したところで、僕の頭も漸く覚醒を果たす。
「ああ、えっと、はい、おはようございます。初めまして、でいいのかな? 人間族のハルトといいます」
「ふふ、そうですね。メリッサちゃんから大方のことは伺いましたが、初めましてですよね。森人族でこのパーティーの回復役を担当しております、コーデリアと申します。以後お見知り置きください」
次いで、コーデリアさんは膝の前で手をハの字に置き、手の平全体を地面に付け、深いお辞儀をする。
「そして、ハルトさんが通り掛からなかったら、今日という朝日を目にすることも叶わなかったほどだったと伺っております。危険なところを助けていただき、本当にありがとうございました」
なんというかその姿は、まるで絵画から抜け出してきたような美しさがあった。
呆然とそんな益体もないことを考えていると、ゆっくりと頭を上げたコーデリアさんは再び柔和な微笑みを浮かべていた。
「今暫くご迷惑をおかけしてしまうと思いますが、ご容赦下さいね」
「あ、えっと、はい。それは問題ありませんけど、その、もう起き上がって大丈夫なんですか?」
「はい。血が足りないのか、少々ふらつきはしますが、歩く程度なら問題ありません」
まじか。
あんだけの重傷を一晩で意識が戻った上に、立ち上がれるまで回復出来るって、すげーなポーション。
「この御恩は街に戻りましたら必ずお返し致します」
「ぅえ?! ああいえ、僕としましては昨晩にメリッサさんたちから教えて頂いた情報で十分なんですが……」
「いいえ、そういうわけには参りません。なんでも貴重な魔法薬をそれはもう惜しげもなく使って頂いたと聞き及んでおります。金銭で賄えない部分はこの身を捧げてでもお返ししたいと考えておりますの」
ああ、うん、その必要は無いかな。金銭で充分賄えます!
なんだか妙に力強い物言いにちょっと気圧されてしまったが、よくよく考えてみれば使ったポーションの材料はその辺に生えてる薬草だけなんだから、人道に外れた恩返しはされなくて済みそうだ。
そんな遣り取りをしていると、もぞもぞと起き出してきたトリフィラさんとオーリンちゃんが、涙ながらにコーデリアさんに抱きつき、それをあやすコーデリアさんという、微笑ましい光景が展開されたが、なんにせよコーデリアさんが無事に復活出来たことで、僕も胸をなでおろすことが出来た。
その後、トリフィラさんとオーリンちゃんが落ち着いてから、メリッサさんたちが携行していたという干し肉を煮込んだスープで朝食を済ませ、僕らは野営地を出発した。
途中昼食休憩――といってもメリッサさんたちは干し肉を、僕はリピコの実を齧っていたぐらい――とコーデリアさんのために多めの休憩をとりつつ、予定通り昼と夕刻の間ぐらいの時間には街を覆っていると思われる石壁が見えてきた。
目の前の石壁に囲われた『ルセドニ』というらしいこの街は、この世界では割と標準的な円形をしているという。
街の直径は凡そ五キロメートル、その円周をぐるりと高さ三メートルほどの石壁で覆われていた。
街の中心地には領主館を含めた行政区があり、その周りは行政に関わる人たちの居住区になっている。
外周エリアは商業区、住民区、冒険者区と三分割されて管理されているらしい。
僕はワイルドローズの面々と共に冒険者区があるという南西の大門に向かっている。
その大門の前にはあまり人は居らず、門番の兵士が暇そうに欠伸をしているのが見えた。
基本的に冒険者は朝一に依頼を受けてから街の外に出て、泊まり掛けの依頼でもなければ夕方辺りに戻ってくるのが大体の事なので、この時間の南西の大門は比較的空いているらしい。
そんな話を聞きながら、特に入街待ちの列も無かった事もあり、大門の入街受付の目の前まで辿り着く。
「お、今日はビックスか。欠伸なんかしていいご身分だねぇ」
「ぅえ?! と、トリフィラの姐さん!? 依頼で出掛けてたんじゃ!?」
「そうさ~、ちょっとしたトラブルがあってね、その依頼に見切り付けて戻ってきたトコよ」
門番をしていた少年がトリフィラさんの顔を見て驚いている。
「まぁいいや。とっとと確認済ませてよ」
「うぃっす。んじゃギルドカードいいっすか?」
「はいよー」
トリフィラさんが軽い返事と共に銀色のカードらしき物を取り出して、門番の人に渡した。
それに続いてメリッサさんたちも同様のカードを取り出して門番の人に渡している。
門番の人は懐から四角い箱を取り出して、トリフィラさんたちから受け取ったカードを箱に差し込むと箱の上面に白い文字をが浮かび上がるのが見えた。
「まぁ当たり前っすけど、問題無いっすね。」
門番の人は箱からカードを抜き取り、トリフィラさんたちに返すと、視線を僕の方に向け
「んで、そっちの坊主はどうしたんすか?」
「んー、迷子? 街に行きたいって言ってたから連れてきちゃった」
まぁ、間違っちゃいない。
何に迷っているのかはさておき。
「いや、連れてきちゃったって犬猫じゃないんすから」
呆れたような顔をする門番の人に対してトリフィラさんが頬をひくつかせる。
「おんやぁ? ビックスのくせに生意気な。これはちょぉっとお仕置きが必要かなぁ?」
「あー、うぉっほん! 坊主、この街に来るのは初めてか? 初めてだな。んじゃ、身分証はあるか? 無い? そうか、なら仮の身分証を発行するからちょっとこっちに来てくれるか? あぁ、姐さんたちは問題無いんでこのまま街に入ってもらって構いやせん。オレっちはこっちの坊主に……」
慌てて誤魔化す様に咳払いしつつ、僕の方に向いて最後まで一気に言い切ろうとした門番の人だったが、トリフィラさんが笑顔で門番の人の頭をガシっと鷲掴みにして、自分の方に振り向かせる。
「後で水瓶亭に来な。いいね?」
「……うぃっす」
トリフィラさんの目が笑ってない笑顔と有無を言わせない妙な圧力に諦めたように項垂れる門番の人だった。
「んじゃ坊主、こっちだ」
肩を落として案内するその背中に哀愁が漂っていたのは気のせいでは無いのだろう。
頑張れ、門番の人!
……散々呆れさせてるから今更だろうけど、トリフィラさんは怒らせないようにしよう。
そうして僕はワイルドローズの面々に向き直り、深々と頭を下げる。
「皆さん、街まで連れてきていただいてありがとうございました」
「いいから行ってきな。アタイらは門抜けた所で待ってるからさ」
ワイルドローズの面々にお礼を言うと、軽快な笑顔に戻ったトリフィラさんが待っててくれると言う。
そうして門番の人に連れ立って向かった先は、街壁の中に建てられた詰所だった。
「そこに座って」
詰所の中に入ると、長机が一つに椅子が三脚ある。
門番の人が椅子に座り、僕も言われた通りに椅子に座ると、門番の人が先程の箱より二周りほど大きな箱を机の上に置く。
「んじゃ、これに名前と出身地を書いてくれ。字は書けるか? 書けないなら代筆するぞ」
「あ、はい。字は書けますので大丈夫です」
僕が初期から持っていたスキル【異世界言語】はどうやら読みだけでなく、書きにも対応しているらしく、日本語で記入しようとすると自動的にこの世界の文字に変換されるとっても便利なスキルなのです。
なので、渡された薄い木板には『ハルト』と記入したが、出身地はどうしよう?
迷ったあげく、『灰の森』とだけ書いておくことにした。
「これでいいですか?」
記入した木板を返すと、確認していた門番の人が出身地の所で少し眉を潜めたが、次の瞬間にはあっけらかんとしていた。
「まぁいいか。……っし、これでいいな。んじゃその上に手を置いてくれ」
門番の人が大きな箱をいくつか操作すると、ブンっと機械が立ち上がったかのような音が鳴った。
「これはなんですか?」
「ん? これは簡易鑑定の魔道具だよ。これで犯罪履歴があるかどうか調べるのさ。上面の文字が白く光りゃ犯罪歴無しで入街が認められる。流石に盗賊なんかの犯罪者を街ん中に入れる訳にゃいかんからな」
この箱の中には過去犯罪を犯した者の個人名とその魔力パターン――魔力パターンは個人によって波長が異なり、同じパターンは存在しないと言われている――が登録されており、それを照合する事で、過去に犯罪を犯しているかどうかを判別する道具だという。
リストに引っ掛かると、箱の上面は赤く光り、軽犯罪等で罪を清算している場合は黄色、リストに該当無しならば白く光るらしい。
ギルドカードや市民証等の正規の身分証を所持している人は、先程のトリフィラさんたちに使ったような小型の箱を使っての確認が義務付けられているようだ。
僕は大丈夫なはず、と思いつつも恐る恐る箱に手を置くと、一拍おいて上面が白く光った。
「ん、問題ねぇな。じゃあこれが仮の身分証だ」
内心ほっとしている僕は門番の人から十センチ角の木札を受け取った。
「五日以内にどっかのギルドにでも登録して正式な身分証を発行してもらってくれ。っつっても即日発行してくれんのは冒険者ギルドくらいしかねぇがな。身分証を発行してもらったらその木札は期限内に此処に返しに来てくれや。じゃないと坊主のことを取り締まらにゃならんからな。忘れんなよ? ああ五日以内にこの街から出てくってんなら正式な身分証はいらねぇが、ここみたいに仮の身分証を発行する街ばっかじゃねぇから、正式な身分証は持ってて損はねぇから、どっかしらに所属しといたほうが今後のためだぞ」
受け取った木札をしげしげと見つめる。
正規の身分証かぁ。
僕の目的からすると世界中を巡る必要があるので、商人か冒険者の二択に絞られる。
商人だと世界中を巡れるかもしれないけど、平凡な男子高校生だった僕に商売はちょっと難しいかな。
となると、レベルもそこそこ上げてあるし、冒険者がいいか。
「禁則事項としちゃぁ、窃盗、強盗、強姦、殺人は御法度だ。細けぇ事は色々あっけど、概ねその四つをやらかさなきゃ問題ねぇ。後はギルド毎に規則があるがその辺はギルドに聞いてくれ。冒険者なんかだと揉め事はひっきりなしに有るからな。基本的に揉め事にギルドは介入しねぇらしいから怪我なんかはやられたらやられ損で通ってるらしいしな。あぁ、ぶっ飛ばした相手の懐は探んなよ? それやったら窃盗扱いでしょっぴかなきゃならんからな」
「はい、わかりました」
「あー、あとな、その、なんだ……頭の上のやつぁ」
門番の人が僕の頭の上に視線をやり、歯の奥に物が詰まったような顔をする。
「この子ですか? この子はスライムのラピスです。可愛いでしょう?」
「スライムっていやぁ、そこそこ強ぇ魔物じゃなかったか? そいつは坊主の使い魔なんか?」
「はい。とある縁で従魔契約しました、友達……いえ、家族です」
そう、この門番の人の言う通りスライムはこの世界では最底辺の魔物ではなく、そこそこの強さを持つという認識なのだ。
グリンさんが管理しているスライムの泉では生まれたての星無しや一ツ星のスライムが沢山いた。
だがスライムはどうやら生まれてから一定期間は生まれた場所で過ごし、ある程度の強さを身に付けてから外界に散らばるのだ。
ガーネたちはちょっと特殊であるが、凡そ一般的に人間たちの前に現れるスライムは殆どが三ツ星以上になる。
三ツ星の魔物というだけで既に低レベルの兵士では手に負えない存在だ。
また、スライムは【斬撃耐性】や【打撃耐性】等の物理攻撃に高い耐性があるスキルを持つ個体が多いため、魔術士が居ない冒険者パーティーにはかなり厄介な魔物であり、倒しても取れる素材があまり無いこともあり敬遠されていた。
ラピスはまだ星無しではあるが、そんな魔物を従魔に、そして家族と言い切った僕に対して、門番の人は苦虫を噛み潰したような渋面を作る。
「それにこの子はとっても賢いんで大丈夫です! ラピス、ご挨拶して」
僕の言葉に反応したラピスは半球の身体をみょ~んと縦に伸ばし、棒のような形になって、半ばから折り曲がる様にお辞儀をした。
「そ、そうか。まぁ使い魔だってんなら管理はしっかりな。使い魔が問題事起こした場合はその主人が責任を取ることになっから。十分気を付けてくれよ?」
良かった。従魔でも魔物は街には入れられないとか言われたらどうしようかと思ったけど、大丈夫みたいだ。
「オレっちはビックスってんだ。見ての通り、この街で門番やってる。坊主はワイルドローズの姐さんたちの知り合いみたいだからな。なんかあれば力になるぞ」
「ありがとうございます、ビックスさん。何かあればその時は宜しくお願いします」
「おうよ。おっと、一番大事な事をいい忘れてたわ」
そう言い、ビックスさんは悪戯小僧のようにニカっと笑う。
「冒険者の集う街、ルセドニへようこそ!」
ここまでお読みいただきありがとうございます。
誤字・脱字・矛盾点・説明不足・わかりにくい表現等のご指摘いただければ幸いでございます。
ただ、作者ガラスのハートでございますれば、柔らかい表現でお願いいたします。




