第十三話 ラピス
以前、本話でチュートリアルが終わると言ったな。あれは嘘だ!
あ痛いごめんなさい石投げないで。
ということで、申し訳ございません。
チュートリアル的なお話は本話ともう一話続きます。
じ、次話で収められるよう頑張りますので、お付き合いいただければ幸いでございます。
それでは第十三話、始まります。
昼過ぎくらいからログハウスのリビングで行っていたヒールポーションの魔改造、もとい検証が一段落したので一息つき、ふと窓から外を見やると、陽が大分傾いていた。
だが、グリンさんたちが魔石を集め終わる夕暮れどきまでは、まだ多少の時間がある。
であれば、次の検証に移りたいと思う。
実は、ヒールポーションの検証中、魔力水と魔石粉を手にした時に治癒草以外にレシピが反応した組み合わせがもう一つあった。
それがこれだ。
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名称:乾燥した魔光草
ランク:★★★
区分:素材
品質:やや高
概要:魔力を多量に含んだ魔光草を乾燥させたもの
マナポーション等の素材に用いられる
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これは草原に自生していたときは仄かに赤い光を放っていたが、地面から引っこ抜くと光を放つのを止め、乾燥させた今は唐辛子のような真っ赤な色合いに落ち着いている。
こいつを手にした状態で改めてレシピの反応を伺ってみると、一つの完成品の名称と、それを作るために必要な他の素材が頭に浮かぶ。
それを作るのに必要な他の素材は魔力水と魔石粉。
うん、素材は揃っているので、迷うことなく手鍋に素材を投入して【錬成】を発動する。
ヒールポーションの時と同様に、魔力が抜けていく感覚とともに、淡い光りが手鍋を包むが、ヒールポーションの時より気持ち多く魔力が持っていかれたようだ。
とはいえ、どっちにしろ大した量では無かったので、今後大量にポーションを作ることになっても問題は無さそうで、ちょっと安心。
さて、光も収まったところで、手鍋を覗いてみると、色が赤くなっただけで、やはり上澄みと沈殿物に分かれた液体が揺らめいていた。
四度目ともなれば慣れたもので、その上澄みの液体を布で濾しながら、空き瓶へと注いでいく。
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名称:マナポーション
ランク:★★★
区分:薬品
品質:中
概要:魔光草から作られる低級の魔力回復薬
服用することで、体内に魔力を補給する効果
がある
本品は効果が強い為、用法用量を守って正し
くお使いください
効果:MPを89~91回復する
消費期限:599日と23時間59分50秒
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ふむ、ステータス上に現れる絶対値の関係上、回復量は当然ヒールポーションよりは低いが、まあMPの回復量と考えれば、今の僕の最大MPの五分の一に匹敵する回復量なので、そこそこ回復する方だと思う。
しかし、問題は味だ。
ヒールポーションは苦くて、えぐかったけど、こっちはどうなんだろうか……。
ええい! 男はど、度胸! ぐびっといったれぇ!!
くぴくぴ……げっはぁ! え? え? なにこれ、すっぱ! にがっ!?
薬草ってくらいだから苦いのもえぐいのも覚悟してたけど、酸っぱいなんて変化球持って来ないでください!
とろりとした液体の、レモンというよりも梅干のような酸味と、塩もみすらしていない生のゴーヤのような苦味がタッグを組んで味覚を蹂躙してくる。
うぅ、口の中が気持ち悪いよぅ。
なぜこうもこの魔法薬どもは、全力でこっちの味覚を破壊しに来るのか。
万が一の時はこれらを自分で飲む場合もあると思うので、どうにかしてこれの味を改造しないと、ヒールポーションの時以上に、僕はこれを飲むたび悶絶しながら地面を転げまわる自信があるぞ。
涙目になりつつ、口直しにまたもマジックアップルのお世話になりながら、どうしたもんかと、頭を捻る。
ヒールポーションの時のようにマジックアップルで魔改造出来ないかな?
そう思いマジックアップルに意識を傾けてみるが……むぅ、反応のあったレシピにマナポーションの名前が無い。
ならば他に候補は無いかと、テーブルの一角を占領している果実のいくつかに手を伸ばす。
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名称:マジックオレンジ
ランク:★★★★★★★
区分:食物
概要:魔力を多量に含んだ柑橘の果実
効果:微量のMPを回復
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これは橙色というより、もうちょっと赤みが強く、所謂ブラッドオレンジのような色合いをしている。
地球のオレンジと同じで、外側の皮は食べられないが、それを剥くと瑞々しい果肉が現れ、こいつを口に入れると、口の中いっぱいに甘酸っぱさが広がり、凄く美味しかったので、これが添加素材になってくれると嬉しいなと思いつつ、反応を伺ってみるが……レシピに反応はあるが、完成品の名称の中にマナポーションの名前は無い。
むぅ、残念。
気を取り直して、次に手に取ったのは、薄紅色をしたピンポン玉くらいの大きさの果実だ。
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名称:白仙桃果
ランク:★★★★★★★★★
区分:食物
概要:仙人が好んで食したと言われるバラ科の樹木
果実
効果:微量のHPを回復
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改めて鑑定してみると、星九個とやたらランク高ぇなと思ったが、これはラピスが初めて出会った時に持ってきてくれた果実だ。
鑑定に出てきたテキストを読んでみると、効果に微量のHPを回復とある。
この効果のおかげで、僕はあの傷だらけの状態からでも助かったのか。
山積みになった果実類の中でも、これは数が少なかったので、割と貴重なものなのかもしれない。
そんな数の少ないものを惜しげもなく食べさせてくれたラピスたちには改めて感謝だな。
あとでいっぱいエキスパンダーごっこをしてあげよう。
これもレシピに反応はあったが、マナポーションには適していないようだった。
ちくしょう。
そして、ひと塊になっているビー玉サイズの濃い紫色の果実を手に取ってみると、見事にマナポーションに適しているという反応があった。
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名称:リキルベリー
ランク:★★★★★
区分:食物
概要:少量の酒精を含んだバラ科の多年草果実
効果:微量のMPを回復
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うーむ、これかぁ。
これは、味としては強めの甘味とほんの少し酸味があり、ブルーベリーのそれに近いんだけど、ちょっとアルコールの香りがするので、あんまり好みじゃないんだよなあ。
とはいえ、マナポーションもこのままでは飲めた味じゃないし、他に添加出来そうな素材もなさそう。
仕方ない、取り敢えずこれで試してみるか。
手鍋に残っている酸っぱ苦いマナポーションを木のお椀に移して、新たに素材とリキルベリーの実を一粒投入して、【錬成】っと。
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名称:マナポーション改(ブルーベリー味)
ランク:★★★
区分:薬品
品質:中
概要:魔光草から作られる低級の魔力回復薬
服用することで、体内に魔力を補給する効果
がある
酒精が含まれておりますが、強めの甘みがあ
りますので、お酒が苦手な方でも飲み易い味
となっております。
本品は効果が強い為、用法用量を守って正し
くお使いください
効果:MPを97~100回復する
消費期限:599日と23時間59分48秒
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よし、出来た。
鑑定結果に出た効果の部分をよく見てみると、回復量がさっきのより一割ほど増えていた。
どうやらこれは、リキルベリー自体の効果が上乗せされたようだ。
効果が増加したことは良いことなので、問題はない。
問題のお味の方はどうなったか。
先程は添加無しのマナポーションに、先ず始めに酸味が来るという不意打ちを受けたので、少し躊躇したが、意を決して一気に煽ると……ふむ、ちょっとさらっとしたブルーベリーソース、かな?
うむ、これは中々美味ですな。
懸念していたアルコールの香りも意外と抑えられており、あまり気にならない。
そんなにカパカパ飲むもんじゃないとは思うけど、これなら子供用のシロップ薬と大して変わらないので、味覚破壊に真正面から立ち向かうということをしなくて済みそうだ。
さて、マナポーションとの味覚破壊攻防戦? にも決着が付いたので、ここで間引いた他の薬草についても確認してみる。
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名称:乾燥した魔集草
ランク:★★★★★
区分:素材
品質:やや高
概要:10年掛けて生育し、変異した魔光草を乾燥
させたもの
魔光草より含まれる魔力の密度が高い
ミドルマナポーション等の素材に用いられる
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名称:乾燥した魔極草
ランク:★★★★★★★
区分:素材
品質:やや高
概要:100年掛けて生育し、変異した魔光草を乾
燥させたもの
魔光草、魔集草よりも遥かに含まれる魔力の
密度が高い
ハイマナポーション等の素材に用いられる
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名称:乾燥した魔枯草
ランク:★★★★★★
区分:素材
品質:やや高
概要:魔力が極めて少ない土壌でのみ生育し魔力を
全く含まない珍しい薬草である魔枯草を乾燥
させたもの
煎じて飲めば、体内に巡る魔力を僅かに減少
させることが出来る
粉末状にしたものを撒けば、その場の魔力を
一時的に減衰させることが出来る
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当初、草原に自生していた薬草は治癒草、魔光草、魔枯草の三種類かと思っていたが、間引いた物をよくよく鑑定してみると、治癒草や魔光草が変異派生していたものが僅かにあったようで、種類としては原種と合わせて、全部で七種類もあった。
この治癒草や魔光草は本来、三年ほどで花を咲かせて、種を残し、枯れていくのだが、その三年目では花を咲かせず、十年以上成長を続けることで良癒草や魔集草という種類に変異していったようだ。
これらがさらに百年以上に渡り、成長し続けると、さらに変異して快癒草や魔極草といったものになるようである。
だが、こういった魔法薬の素材になるような薬草は、魔力が豊富に含まれる土壌でしか生育出来ないらしく、こういった変異が起きるのも、土壌に薬草が普通に生育出来るレベルを著しく超えるほどに豊富な魔力を含んでいることが必須条件であり、この条件を満たせる地はそう多くはないため、良癒草や魔集草はともかく、快癒草や魔極草は非常に珍しい植物のようであった。
しかし、これらの個体もやがては花を付け、種を残すのだが、不思議なことにその種は全て治癒草や魔光草の種にしかならないという、フリース先生(突然変異説を提唱した偉い学者)やメンデル先生(メンデルの法則という三つの遺伝子の法則を発見した偉い学者)に真っ向から喧嘩を売る、とんでもない植物なのだ。
まあこの変異種のことを除くとしても、草原や泉を含むこの一帯は、魔力を主食にするスライム――物に含まれている魔力でも、空気中に漂っている魔力でも、大地から染み出している魔力でも構わない――が何百体と生活していても全く問題とならないくらい魔力が豊富にあるみたいなので、治癒草や魔光草を植えた時点で、このバイオハザードは起こるべくして起こったということだろう。
閑話休題。
変異種をそれぞれ鑑定したところ、良癒草や魔集草はこれらをメイン素材とした中級ポーションを、快癒草や魔極草は上級ポーションを作れるみたいなのだが、残念ながらサブ素材となるものの一部がこの草原近くでは自生しておらず、採取出来なかったので、作成することは敵わなかった。
魔枯草に関しては、魔奪茸という魔枯草と似たような性質を持つキノコと蒸留水をサブ素材にして作れる『魔力減衰薬』という服用すると体内の魔力を一時的に減衰させる薬が、またそれらの素材に空の魔石という、内包魔力を使い果たした魔石をサブ素材として加えると『退魔香石』という魔物避けのアイテムが作れることがわかった。
これらのサブ素材である魔奪茸は、草原の外縁部の一部に極僅かながら、自生しているのを見つけたので、いくつか採取したが、蒸留水を作る道具も、魔石から魔力だけを抜き出す方法なんて考えつかなかったので、これらに関しては、使いどころがあるかわからないので、素材が集まって、必要があれば作ってみようと思う。
さて、そんなこんなで、間もなく夕暮れどきとなった。
そろそろグリンさんにお願いした魔石も集め終わったころかなと思い、ログハウスから出てみると、僕はそのあまりの光景に開いた口が塞がらなくなってしまった。
そこには、僕の背丈の倍くらいの高さまで積まれた真っ赤に光る魔石、そのうず高く積まれた魔石の山があちらこちらに作られ、それはざっと数えただけでも五十近い。
魔石の個数でいったら、何千、いや何万個になるんだこれ?
『あ、ハルトさん。もうすぐご要望頂いた量が集め終わりますので、もう少々お待ちくださいね』
色とりどりのスライムたちが引切りなしに魔石を積み上げていくのを呆然と見ていると、今までその作業を見守っていたであろうグリンさんが振り返り、とっても輝いた笑顔を浮かべていた。
『それにしても、ハルトさんがこれを引き取って下さるので、本当に助かりました』
「は、はは」
やばい、乾いた笑いしか出てこないぞ。
確かに魔石はポーションの素材としても必要だし、それ以外にも使用用途は多いみたいだから、あるに越したことはない。
だけど、この量はマジで想定外だ。
ポーション作成のため、最初に持ってきてもらったのは、僕の腰くらいの高さまで積まれた小山が二つ分だった。
朝夕と山盛りの果物をちょっと大変そうに持ってきてくれるグリンさんのことだから、その時も頑張って集めてくれたのかな、という認識だったので、これ以外に保管してある量はそれほどでもないと思っていたんだ。
だが、実際には想像を超える量が保管されていたようで、今目の前に積み上げられている魔石の山は、一山で五百個は確実に超えそうだった。
『えっと、今更言うのもあれなんですが、大丈夫ですか?』
僕が頬をひくつかせていたのを見て、グリンさんが不安そうに、申し訳なさそうにしている。
いかんいかん、これは僕の方からお願いしたことだ。
いくら想定外だったとしても、自分で言ったお願いには責任を持たねば。
「え、ええ。だ、ダイジョウブです」
まあ【アイテムインベントリ】もあるし、収納するのはちょっと手間だけど、大丈夫だろう。
そう思ってはいても、返事をするのにちょっとどもってしまったのは許して欲しい。
気を取り直して、ログハウスの入口から魔石の山のほど近くに移動して、それを見上げる。
「いやしかし、凄い量ですね」
『そうなんです。巣立ちって言うのでしょうね、ここから外の世界に出て行けるくらいまで成長した子たちが、その前に必ず狩りに出て、そのまま食べてしまえば良いのに、わざわざ私の所まで持ってきて、食べずに出て行ってしまうものですから、どんどん溜まってしまって』
手を頬に当て、悩ましげなため息をつくグリンさん。
「ははぁ、それにしても、何故そんなことに?」
『以前、ここを出ていこうとしていた子に、漏らしてしまったことがあったんです。外でちゃんと生きていけるのか、ちょっと心配だなって』
「それは……確かに」
ここは外界からの侵入者は極端に少なく、スライムたちは自由に、そして奔放に生活している。
なにより、ここの子たちは好奇心が旺盛で、僕の体を無防備によじ登ろうとするくらい、人懐っこい。
そんなんでは、危害を加えてくるものなのか、そうでないのか、といった判断が付くのかも怪しいものだ。
興味本位で武器を持った人間に近づいたり、獰猛な獣や魔物に近づいたりしたら、直ぐさま『ぱちゅん』されてしまう可能性も大いにあるだろう。
そういった心配をする気持ちは、十数日しか滞在していない僕にもよくわかる。
『それからですね、巣立ち前に狩りをしてくるようになったのは。まあ、あの子達からすれば、心配するなってことなんでしょうけど』
ちょっと困ったように、でも嬉しそうに微笑むグリンさん。
なんとも人間らしい感情を覗かせるその横顔を見て、グリンさんって本当に魔物か? と疑問に思いつつも、グリンさんはここのスライムたちを本当に自分の子供のように思っているんだな、と感じて胸が暖かくなった。
それにしても、これで半分なんだよな‥…よかったー、全部って言わないで。
意図した訳ではないが、自らのファインプレーに内心ガッツポーズをするものの、現実は非情なるもの。
このあと《イルミネイト》を夜空に打ち上げて、満天の星空の下での収納作業に、半泣きにされたのであった。
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「明日の朝にはここを出たいと思います」
魔石事件から三日ほど経った昼下がり、小さいスライムたちの様子を見に来ていたグリンさんを見かけたので、薬草の間引きも最優先事項であると思われる魔枯草の駆除が終わったことを報告したあとに、そう告げた。
当初の予定では体の調子が戻るまでの二、三日くらいでお暇しようとしていたのだが、薬草畑の間引きやスライムたちと戯れるのが楽しくて、結局半月近くも滞在してしまった。
『あら、もう行ってしまわれるのですか?』
「はい、本当にお世話になりました。今の僕では何もお返し出来ないのが心苦しいのですが」
『そのようなことお気になさらずに。あの青い薬草を駆除していただけで十分ですよ。本当に大変助かりました。ですが、寂しくなりますね。子供たちもハルトさんに随分と懐いておりましたので』
少し寂しそうな、憂いを含んだ表情をするグリンさん。
だがそれも束の間、グリンさんは何か良い事を閃いたかのように手を合わせると、イタズラ小僧のような、とっても眩しい笑顔を浮かべていた。
何を思いついたのか、不安になり、聞いてみたのだが
『ナイショです♪』
と、一向に教えてくれなかった。
るんるん気分で、スキップでもしそうな雰囲気を醸し出しているグリンさんが去っていく背中を見送り、なにやら不安になったが、教えてくれないことにはどうしようもない。
……危ないことじゃ、ないよね?
その後はちょっともやっとしたものを抱えつつ、陽が暮れるまでの間、スライムたちと戯れ続けることにした。
そしてその日の夜、グリンさんに持ってきてもらった夕食も食べ終わり、そろそろ寝るかと思い寝室に向かうと、突然ラピスが僕の頭の上から飛び降り、玄関の方にぽよんぽよんと跳ねて行ってしまう。
「ら、ラピス?」
――ん、おやすみ
「あ、ああ、おやすみ」
ラピスは一度こっちに振り返った後、器用に体を伸ばしてドアノブを回し、玄関の扉ちょこっとだけ開くと、その隙間からするりと外に出ていってしまった。
ラピスのいつもと違う行動に多少戸惑ったが、この場所に限って言えば、外に危険がということもないので、ちょっとした寂しさを感じつつも、明日に備えて就寝することにした。
翌朝、いつもと同じように、朝日が昇りきる頃合に目を覚まし、ベットから身を起こす。
あくびを噛み殺しつつ、室内を見渡すが、ラピスの姿は無かった。
朝はいつもグリンさんが食事の差し入れに来るので、それに合わせてかどうかわからないが、ラピスはリビングに居ることが多かったので、その時点ではあまり気にしなかったのだが、リビングへ続く扉を開けても、ラピスの姿は見当たらなかった。
グリンさんには昨日、朝にはここを出立することを告げていたので、ここに来ないことは予想出来たが、ラピスはどこに行っちゃったんだろうか?
井戸の方に居るのかなと思い、ログハウスの裏手に回ってみるが、やはり姿はなかったので、取り敢えず井戸水で顔を洗い、眠気を吹き飛ばして、寝室に戻る。
そういえば昨晩のラピスはちょっと様子がおかしかった。
もしかして、今日僕がここを出ていくことを察して、愛想尽かされちゃったのかな?
ラピスの姿が見えないことで、胸にぽっかりと穴が空いたような寂しさを覚えたが、いつまでもこうしているわけにはいかない。
沈んだ気持ちを頭を振って、無理矢理追い出し、今まで着ていたボロボロのワイシャツとブレザーズボンを【アイテムインベントリ】に突っ込み、シュウトさんの遺品の中から頂戴した、サイズの合う麻っぽい布地で出来たシャツとズポンを着込み、身支度を整える。
今日でラピスともお別れか。
ここに来てから半月の間、食事をしていても、間引き作業中でも、ポーションを作っている時でも、体を流している時――髪を濯ぐときは流石にどいてもらっていた――でも、ラピスは常に僕の頭の上に陣取っていた。
その重みでバランスを崩すことも多々あったけど、それは不快なものではなく、常に一緒にいてくれるという安心感をもたらしてくれていた。
その重みをもう感じられないのかと思うと、先程感じた寂しさに加え、言葉に出来ないほど、とてつもない大きな喪失感が胸に去来した。
だが、ラピスはまだ幼い。
せいぜい生まれて数ヶ月といったところだろう。
そんな子を安全なこの場所から外に連れ出し、ましてや僕の目的を見つけるには世界中を旅することになるので、とてもじゃないけど、僕の我侭で一緒に来て欲しいなんて言えない。
本音を言えば、一緒に来て欲しい、離れたくない。
出会ってまだたったの半月しか経っていないのに、こんなにも激しい感情が溢れてくるのかと驚いたが、それも束の間、それらの感情をぐっと押さえ込み、寝室からリビングへ、そして玄関へと足を向ける。
ログハウスから出ると、グリンさんが静かに佇み、その後ろでは大小色とりどりのスライムたちがぽよんぽよん跳ね回り、見送りに来てくれていた。
その思ってもみなかった光景に呆然としていると、グリンさんが静々と進み出て来る。
『おはようございます、ハルトさん』
「おはようございます、グリンさん」
『こちらをお持ちください。昨日子供たちがハルトさんのためにと、頑張って集めたそうですよ』
そう言われ、グリンさんの後ろを見やると、そこには三つのちょっとした小山が出来ており、それはマジックアップルやマジックオレンジ等、ここで毎日のように食べていた様々な果物が積み上げられていた。
「ありがとうございます。みんなもありがとうね」
その量には驚いたが、こうして別れを惜しんでくれる、その気持ちが嬉しい。
グリンさんとスライムたちにお礼を言い、それらを【アイテムインベントリ】に収納していく。
しかし、【アイテムインベントリ】が無かったら、この好意を台無しにするところだったな。
というかグリンさん、毎朝夕もそうでしたけど、ちょっと手加減というものを覚えましょう。
まあ、獲得して良かった【アイテムインベントリ】ってことで。
お土産を収納し終わって、あたりを見回してみるが、やはりここにもラピスの姿が見当たらない。
最後くらい、ちゃんとお別れを言いたいんだけどな。
「あの、ラピスは何処に?」
僕がそう尋ねると、グリンさんは意味深に自身の足元に視線を送ったので、釣られて視線を移すと、その影からおずおずとラピスが顔を覗かせた。
お別れを言おうとしゃがみこむと、ラピスがとてとてと僕の前に進み出てきてくれた。
最後にラピスを撫でようと、手を伸ばすと、突然すたたたたたっと腕を駆け上り、肩から頭に飛び乗ったかと思うと、べたーっと僕の頭の上にへばりつく。
――ばいばい、や。いっしょがいい
「ら、ラピス?!」
ラピスのその突然の行動にあたふたしていると、頭上からグリンさんの、ころころと鈴が鳴るような笑い声が降り注いだ。
『ふふ、ハルトさん。宜しければ貴方の行く先に、その子を連れていってもらえませんか? かなり早いとは思うのですが、ハルトさんのことがこんなに大好きなのに、引き離すのは忍びありませんので』
「え、でも……いいんですか?」
『はい。ラピスも生まれて間も無いとはいえ、正真正銘、魔物です。本来魔物と人は相容れぬもの。理由は様々ですが、人は魔物を忌み嫌い、魔物もまた人を嫌悪します』
先程まで柔らかく優しかったグリンさんの眼差しが、今まで見たことも無いような真剣な眼差し変わる。
『ですが、人であるハルトさんは魔物である私たちを受け入れ、また魔物であるラピスも、ハルトさんを主と認めています。そしてラピスは主と、ハルトさんと共に有りたいと願ったのです。本来相容れぬ種族がお互いに信頼関係を築く、それはとても素晴らしいことです』
グリンさんがラピスに向ける眼差しは優しく、遥か遠い昔を懐かしむような、そんな目をしていた。
シュウトさんと出会った時のことを思い出しているのかもしれない。
『そしてハルトさん、忘れないでください。貴方は今後、数多の魔物と出会う事になるのでしょう。時には問答無用で襲い掛かられることもあるでしょう、糧を得るために命を奪い合うこともあるでしょう。ですが、中にはこうして言葉を交わせる、共に歩むことが出来る存在が居るということを』
再び僕に向けられたその眼差しは、柔らかく優しいものに戻っていた。
『ラピス、ちゃんとハルトさんの言うことを聞いて、しっかりお守りするんですよ』
――あるじのいうこときく。あるじまもる。だからあるじといつもいっしょ♪
『ふふ、だそうですよ?』
可愛らしく小首を傾げるグリンさんにしてやられたと思う反面、真正面から向けてくれるラピスの好意に、胸が熱くなるほど嬉しく感じている僕が居る。
グリンさんが昨日企んでいたのは、恐らくラピスを焚きつけることだったのだろう。
ここに来てから四六時中と言っていいほど、ラピスと寝食を共にしていた僕だが、それでも、僕はラピスをここから連れ出す気はなかった。
それはラピスが幼いということもあったけど、何より僕には自信が無かった。
ここは高位の魔物であるグリンさんが管理しているというだけあって、かなり安全な場所だ。
だが、そこから一歩でも外に出てしまえば、どんな危険が待ち受けているかわからない。
ましてや、これから向かおうとしている人里では、ラピスたち魔物がどんな扱いを受けているのかもわからないのだ。
僕がラピスと共に有りたいと、どんなに願ったところで、右も左もわからず、この世界の常識すら持っていない、自分の身一つ守れるかどうかも覚束無いのでは、ラピスを守れるとは思えない。
そう考えたからこそ、僕はここでお別れをする決意をした。
だが、ラピスはそれを拒んだ。
「ラピス、僕は外に行かなくちゃいけない。でも外は危ないことがいっぱいあるんだ。ラピスを守れないかもしれない。それでも僕と一緒に来てくれるのかい?」
――あるじといっしょ、たのしいいっぱい、おいしいいっぱい。あぶないいっぱいなら、らぴす、つよくなる。いいつけもまもる。だからいっしょにいさせて?
かなり拙くはあるが、ラピスは精一杯自分の気持ちを伝えて来る。
そんなことは関係ないと。僕と離れるのは嫌だと。僕と一緒にいたいと。
ああ、これはダメだ。
こんなにも真っ直ぐな思いを寄せられたら、応えないわけにはいかない。
ならば僕も覚悟を決めよう。
「わかった。ラピス、これからは一緒に成長して、一緒に色んな物を見よう。改めて、これからも宜しくね」
そう言うと、ラピスは僕の頭の上で、ぽよんぽよんと嬉しそうに小さく跳ねるのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
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ただ、作者ガラスのハートでございますれば、柔らかい表現でお願いいたします。




