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第十一話 先達の軌跡

いつも読んでいただき、ありがとうございます。

さて、長かったチュートリアルも本話を除いて、残すところあと二話(予定)となります。

ハルト君が異世界へと本格的に一歩を踏み出すまで、あともう少しだけお付き合いいただければ幸いでございます。


それでは第十一話、始まります。

 僕は凡そ二週間ぶりに目にした日本語を前にして、郷愁と驚愕が綯交ぜになった何ともいえない思いに包まれた。


 【異世界言語】のスキルは書かれている文字を見ると、何故かネイティヴばりにスラスラと読めるようになるので気付くのが遅れたが、間違いない。


 赤褌や、匕首で予想はしていたが、それが確信に変わった。


 グリンさんの主であったシュウトさんという人は僕らと同じ、この世界に召喚された日本人だ。


 この世界に転生した元日本人という可能性も無くなはないが、日本人の男性っぽい名前なので、その可能性は限りなく低いだろうと思う。


 だがそれらを考慮すると、一頁目に書かれていた『終の棲家』という言葉、そしてここに日本語で書かれた日記があるという意味に気付いた。気付いてしまった。


 帰る手段が無かったのか、帰れる条件を満たせなかったのか、それともそもそも帰る気が無かったのか、どのような事情かはわからないが、シュウトさんはこの世界に残り、晩年をこの地でグリンさんと共に過ごし、そしてグリンさんに見送られて逝ったのだろうということに。


 その考えに至り、その丁寧ではあるが、所々どこか見覚えのある癖字が含まれている短い文章が綴られた日記を手にした状態で呆然としてしまった。


 やけに大きく早く聞こえる鼓動と胸を切なく締め付ける感覚。


 帰れなかった? 帰らなかった? 何故? どうして? その言葉だけが僕の頭の中で何度も何度も繰り返される。


 いったいどれくらいそうしていただろう、気が付くとラピスが僕の手元の方からその小さな瞳からもわかるくらい心配そうに、そして伺うように見上げていた。


――どうしたの? おなかいたいの?


「はは、大丈夫、だよ」


 動揺を残しつつも、乾いた笑いではあるが、何とか笑顔を浮かべながら撫でると、ラピスは嬉しそうにふるふると一度揺れてから腕をよじ登り、定位置とばかりに僕の頭の上に鎮座する。


 理性では理解したが、感情では納得出来ておらず、未だぐちゃぐちゃに絡まった思考から抜け出せていなかった僕だったが、その如何にもあたりまえといった動きが可笑しくて、思わず笑ってしまった。


 それが良かったのだろう、全くもって纏まらなかった思考が、早鐘を打つような動悸が、すっと落ち着く。


 ラピスのおかげで、いい感じに肩の力が抜けたようだ。


 そう、僕はまだ何も成していないどころかこの世界に一歩を踏み出してすらいない。


 なに、焦る必要はないさ。


 麗華さんたちがどう思っているかはわからないが、僕としては帰れるなら帰りたいが、元の世界に肉親はもういなし、殺意が高いのは頂けないがラピスもいるし存外こっちの空気も気に入ったしで、帰れないならそれでもいいんだ。


 けれど、シュウトさんが見つけられなかったというなら、僕が探してみよう。


 既に見つけてあるというのなら、再会出来たならば、麗華さんたちに教えるのもいいかも知れない。


 そのくらいのスタンスでいいんだ。


 そう思うと不思議と()に落ち、何を焦ってたんだか、という気持ちになった。


 さて落ち着いたところでこの日記、どうするかな。


 他人の日記を勝手に読むのは少なからず罪悪感がある。


 それにシュウトさんがこの世界にどんな経緯で喚ばれたのか、何を成したのか、どういった人物だったのか、何故安住の地を求めたのか、帝国とやらの機密文書を持ち出したそのことにどんな意味があったのか等、気になることは多い。


 それらをこの日記から伺い知ることが出来れば一番良いのだが、晩年の日記らしいので、それは流石に期待薄かもしれない。


 それと今後の指標のため、少しは元の世界に帰る手段についての情報が欲しいのだが、シュウトさんは未帰還者なのでこちらも期待薄だ。


 僕としては、何故帰れなかった、もしくは帰らなかったことの理由だけでもあれば嬉しいのだが……。


 まあ何にしても読んでみないことにはわからないので、申し訳なく思いつつも、内容を読み進めることにした。



『帝国歴 三五七年 水無月 十一日 晴れ


 さて、安住の地を見つけたはいいが、ここはほんとに何もねぇ。

 あるのはだだっ広い原っぱとでっけぇ水溜りに阿呆みてえにでっけぇ大木だけ。

 まずは寝床の確保といくか。                       』



『帝国歴 三五七年 水無月 十三日 晴れ


 森の木をいくつか拝借して、やっと寝床となる家をおっ建てられたぜ。

 まぁ、満点の星空の下で寝るのも悪かぁなかったが、雨風が凌げねぇのは頂けなかったからな。

 これでようやく野宿生活から抜けられるってもんだ。            』



 ……三日でこのログハウス建てたんか、すげぇなこのおっさん。


 いくらステータスの補正値があるからって、無茶苦茶だな。


 しょっぱなからかなり驚かされたが、読み進めていくとそれ以降はその日にあったちょっとした出来事ばかりが書かれていた。


 今のところ得るものはあまりなさそうかな、と読み飛ばしていくと書かれている内容に少しだけ変化が現れた。



『帝国歴 三五七年 霜月 五日 曇り


 空気が冷たくなってきやがった。

 そろそろ冬が来るな。

 帝都じゃぁ雪は地元並みにには降ったが、ここはどうなんだろうな。

 取り敢えず故郷に習って冬支度でもして、備えておくか。          』



『帝国歴 三五七年 師走 十二日 雨


 今日は朝からえれぇ雨だ。

 そういえば、俺様がこの世界に飛ばされたのも、こんな雨が降ってたなぁ。

 あの日あいつに拾ってもらってなけりゃ、寒さと空腹でおっ()んでたかもしれねぇんだ。

 改めてあいつに感謝だな。                        』



『帝国歴 三五八年 弥生 二十七日 晴れ


 取り敢えずひと冬、無事に越せたな。

 ここはそこそこ空気は冷てぇが、幸い雪は降らんかったな。

 もうすぐ春がやってくる。

 あいつの好きな花が咲く季節だ。                     』



 ふむ、度々出てくる『あいつ』って誰なんだろうか?


 文面からすると、シュウトさんがこの世界に召喚された時の第一発見者であることは解る。


 けど、これだけじゃ男性か女性かもわからんなあ。



『帝国歴 三五八年 文月 十一日 晴れ


 あちぃ。

 既に夏真っ盛りの気温だな。

 そうか、ここに来てからもう一年以上経つのか。

 帝都で隠居爺やってた頃と比べると随分充実してっから、時間が経つのが早ぇわ。

 バカ息子どもは元気でやってるのかね?                  』



 息子がいるんかい。


 ってことは、こっちで結婚したから元の世界に帰るのを諦めたのか?


 それなら、この世界に骨を埋める決意をしても不思議じゃない……か。


 でも、それならこんな辺鄙な森の中を終の棲家にする理由が解らない。



『帝国歴 三五八年 葉月 九日 曇り


 今日、一人の馬鹿がここに現れやがった。

 格好こそ冒険者風で随分ぼろぼろだったが、騎士剣なんぞをぶら下げてやがる。

 そいつの鍔元に刻まれてた紋章からすると※※※※※侯爵んとこの騎士だろうな。

 取り敢えず傷の手当てと飯を食わせてやったが、この森はちょっと腕が立つくらいじゃあ太刀打ち出来ねぇ魔物がうじゃうじゃいやがる。

 無事に戻れる保証はねぇが、もう俺様の知ったこっちゃねぇな。

 今は寝てるが、起きたら……いや、叩き起こしてとっとと追い出してやる。  』



 荒々しい文字で書き殴られた頁、侯爵の名前のところは塗りつぶされていて読めなかった。


 しかし、穏やかじゃないねぇ。


 一瞬貴族嫌いか? と思ったけど、紋章を一目見ただけでどこの貴族かわかるってことは、シュウトさんは支配者階級に属していたのかな。


 貴族の紋章なんぞ大店の商人ならまだしも、被支配者階級である市井の人たちからすれば、自分んとこの領主以外の紋章なんぞ興味はないはずだ。


 よしんば知っていたとしても、隣の領主貴族くらいなもんだろう。


 さて、どこの手の者かシュウトさんは一発で見抜いたようだけど、なんでその侯爵とやらのところの騎士がこんな森の中に現れたのか、その謎は次の頁で明らかとなった。



『帝国歴 三五八年 葉月 十日 曇り


 ああくそ、むしゃくしゃしやがる。

 それというのも昨日の馬鹿侯爵んとこの阿呆騎士のせいだ。

 恐らくあの野郎は森を抜けたとこにある隣国に入っている内偵との連絡役だろう。

 あんだけ散々いまの帝国の国力じゃ侵略戦争なんかやってる場合じゃねぇって、忠告してやったのに、まだ現実が見えてねえのかよ。

 いくつか軍の機密資料をがめてやったんだがなあ、もしかして無くなってる事にすら気付いてねえのか?

 つか、密偵の連絡役のくせに紋章入りの騎士剣なんぞぶら下げてんじゃねえ!

 どこの国のもんかバレバレじゃねーか。

 ほんと、色んな意味で救いがねぇな。                   』



 なるほど、機密文書をパクってきたのにはこんな意味があったのか。


 恐らく、この日付の数年くらい前に戦争か自然災害のような、国力を低下させるような大打撃を与える何かしらがあったのだろう。


 それを立て直すのに帝国は内政に力を入れるのではなく、外国から足りない分を奪おうとしていた、と。


 シュウトさんはそれに歯止めを掛け、内政に目を向けさせようとしていたが、軍や貴族は聞く耳持たず。


 そのため、戦略目標なんかが記載された複数の機密資料を持ち出すという強行手段に訴え出たわけだ。


 まあ確かに現代日本みたいにデータ化された電子資料なんぞないだろうし、印刷技術も発達していない時代なら、複製も手作業だろうから、機密文書に対してそんな作業させようものなら情報なんぞダダ漏れ間違い無しなんだろうから、そんなことはしてないだろうな。


 そんな背景であれば、原本紛失したら直近の情報以外はお手上げだろう。


 しかし、コレ大丈夫なんか?


 国としての方針が侵略戦争に向かっていたんなら、シュウトさんのこの行動って国家反逆罪とかのレベルじゃねーの?


 あーいや、そうか、前提条件が違うんだ。


 監視カメラもなんにも無いから目撃者がいないのなら、機密文書の紛失が判明したとしても、こうしてシュウトさんが姿を眩ませてしまえば、怪しいと思いつつも現物という証拠が見つからない限り、どうにも出来ないんだ。


 それどころかこれが知られれば、文書の盗難すら防げないって軍の恥を晒すだけだから、表沙汰にすら出来ないってことか。


 つーか、規模や背景はともかく、それってただのいやがらせじゃね? ガキの喧嘩かっつーの。


 しかし、軍関係の機密文書を閲覧出来たり、軍部の方針に口を出したりは出来るが、決定権は持っていない、と。


 貴族もしくは軍の高官という立場ではあるようだが……ふーむ、いまいちシュウトさんの立ち位置がわからんな。


 それに国を出奔する理由にしちゃ少々弱い気がする。



『帝国歴 三五八年 葉月 十九日 晴れ


 もうあれから十日も経つってのに、未だに腹が立つ。

 本当に貴族ってのはわけがわからん。

 国力が低下して金も食い物も足りてねぇってのに、自分らは贅沢三昧。

 金も飯も足りないなら、有るところから奪えばいい?

 阿呆か盗賊じゃあるまいし。

 先ずはてめえらの贅肉をどうにかしろってんだ!

 それにあれだ。

 あいつが逝ってから一年もしねぇ内に、既に息子に家督を譲った、齢六十過ぎの棺桶に片足突っ込んでる爺に息子どもより(とお)以上も年若の娘っ子を後妻に、と来たもんだ。

 ここまで来ると、呆れてものも言えねえ。

 正直、頭が沸いてるとしか思えねぇよ。                  』



 ふむふむ、『家督を譲った』ということは世襲貴族、つまりこの帝国の貴族制度が元の世界のものと大きな違いがないということを前提とすると、シュウトさんの家系は男爵以上の身分ということになるな。


 ……しかしこの内容、後半部分が酷いな。


 確かに若い美人の後妻ってのは、男としちゃあ憧れるし、浪漫溢れるものがあるのは認めよう。


 ただ、息子より十歳以上も年下の娘を当然のように後妻として押し付けようとするとかになると、ちぃっとばかしきついわなー。


 変態エロじじいなら喜んで受け入れるのだろうが、この日記の文面から判断するにシュウトさんはそっち系の人では無いっぽいしなあ。


 それに当時のシュウトさんは既に隠居した身のはずだ。


 息子さんに対して多少の影響力があるのは確かだろうが、それ以外にも天下の副将軍ばりの影響力があったというのだろうか?


 貴族の結婚は政治が大きく絡むというが、だとしてもこれに関してはどこも不幸にしかならんだろうに。


 とまあ、これが最後のダメ押しになり、今後は静かな余生を過ごすとかなんとか言って、色々と見切りをつけ国元を離れたのだろう。


 それから更に読み進めていくと、一旦は落ち着いたのか、またその日の出来事が綴られるようになったが、それらに加えシュウトさんの過去の話が絡められた内容になっていった。


 この世界に初めて降り立った時のこと、言葉が通じなくて苦労したこと、冒険者となり死にかけたことなど、その内容は多岐に渡って綴られている。


 そして、帝国歴が三六零年あたりから、段々と日付が飛ぶようになり、三六一年に入ったあたりから、読むのも苦労するほど文字がよれよれになっていく。


 そして、日記が綴られている最後の頁にはこの二つの日付だけがあった。 



『帝国歴 三六一年 卯月 三日 晴れ


 身体がもうほとんど動かねえ。

 この世界に迷い込んでから四十余年、苦労は絶えなかったし、日本に帰ることも断った。

 そのおかげで、俺には勿体無いくらい出来た、気立てのいい女を娶らせてもらったし、子宝にも恵まれた。

 その息子どもも立派に育って、家督も譲って血も残せた。

 思い残すことは……ああ、ひとつだけあったな。

 孫の成人した姿を見れなかったことだけが、心残りではある。

 けれど、もう満足だ。

 もうすぐそっちに行くから、あと少しだけ待っててくれ。          』



『ていこくれき 三六一ねん うづき とおか


 もうまもなく、おれのいのちのひはきえるだろう。

 すまねえな……と、あにきのおれがとつぜんきえちまったせいで、おまえにいえのことぜんぶおしつけるかたちになっちまって。

 あえるかどうかはわからんが、むこうであえたら……            』



 この最後の言葉は恐らくシュウトさんの元居た世界の家族に向けたメッセージだったと思われる。


 凡そ五年間に渡り綴られたそれを読み終えた僕は、そっと日記帳を閉じた。


 文化も風習も言葉すらも違うこの世界。


 戸惑いの連続だったと思う。


 困難の連続だったと思う。


 それでも、シュウトさんはこの世界を駆け抜け、必死に生き抜いた。


 そして貴族の阿呆さ加減に呆れてはいたが、最後はこの地で悠々自適に過ごし、グリンさんに看取られて天寿を全うする事が出来た。


 書かれていた日付こそ晩年のものだけであったが、この日記にはシュウトさんの半生であり、そしてこの世界で過ごした全てが綴られていた。


 元の世界に帰還する方法の手がかりこそ発見することは出来なかったが、歴史の裏に埋もれ、この世界に呼び出されていた人が他にも居たかも知れない、そして今この時代にも僕たち以外にまだ居るかも知れない。


 それが解っただけでも、帰還の方法を探すことに意味はありそうだ。


 改めて今後の目標を胸に刻み込んだ僕は、日記帳を元の場所へ戻そうとすると、最後の頁に挟まれていたと思われる四つ折りの紙がパサリと床に落ちた。


 徐にそれを拾い上げ開いてみると、それはA3ほどの大きさで、左上に東西南北を示す方位記号が書かれていることから、どうやらこの世界の簡略地図のようである。


 この地図によれば、こちらの世界は元の世界と似ても似つかない大陸の形状のようで、北側と南側に一つづつ東西に長い大陸とその大陸の間に大きめの島が描かれていた。


 その地図の中には、七つの『×』印と二つの『○』印と一つの『□』、更に『▲』印が一つ書き込まれている。


 ……ふむ、もしやこれは宝の地図か?


 ど、どーせあっちこっち行く事になるんだろーし? ちょっとくらい寄り道してもいっかなーなんて、思わなくもないよ?


 取り敢えず複写だけはしておこうかな。


 しかし、シュウト……シュウトねぇ。


 なーんか、どっかで聞いた覚えのある名前なんだよなぁ。


 どこだったかなぁ……くそぅ、思い出せん。


 いくら頭を捻ってもたどり着かない答えに対して、魚の小骨が喉に刺さったような悶々としたものを抱えつつ、散らかしてしまったものの片付けに入るのであった。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

誤字・脱字・矛盾点・説明不足・わかりにくい表現等のご指摘いただければ幸いでございます。

ただ、作者ガラスのハートでございますれば、柔らかい表現でお願いいたします。

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