第零話 日常から非日常へ
皆様、初めまして。
読み専のおっさんが投稿初挑戦でございます。
素人丸出しではございますが生暖かい目で見守っていただけると幸いでございます。
それではプロローグ、始まります。
僕の名前は結城陽斗 十七歳。
突然ですが僕はいま、鉄の剣を持ったみすぼらしい革鎧を身につけたチンピラみたいな傭兵風のおじさん二人組に追いかけられています。
全力疾走しつつも、ちらりと後ろを確認するとニヤニヤと気持ち悪いにやけ顔に悪寒が走る。
追いつかれたらどんなことになるか想像に難くない。
息が上がって来た。
ともすれば止まってしまいそうになる足に力を入れて走り続ける。
諦めてたまるか! ここで諦めたら、僕の命は終わってしまうだろう。
つい三日前まで東京都内の某所にある学園に通っていた高校二年生だったのに、なんでこんな命懸けの追いかけっこをしているかというと……。
―★―★―★―★―★―★―★―★―★―★―
「今日はここまでとする。来週は小テストするからな。しっかり復習しとけよ」
授業の終わりを知らせる鐘の音とともに教壇に立つ現国教師であり、このクラス二年D組の担任でもある清水先生が授業を締めくくる。
今日は最後の授業である六限目が担任の担当科目であったため、このままホームルームへ移行する。
「今日は学園側からは特に連絡事項もないんでな、このまま解散とする。日直、号令」
「きりーつ、礼」
「んじゃ、用のない奴はとっとと帰れよ」
そんな言葉を残して清水先生は教室から出て行った。
さて、僕も帰るとしますか。
今日の夕飯は何にしよう?
そういえば冷蔵庫の中、ほとんどのカラだったっけ。
両親は三年前、仕事の主張先の事故で他界しており、現在僕は独り暮らし。
食事は店屋物やコンビニ弁当で済ませていた時期もあったが、生活が落ち着いた今は基本自炊している。
確か今日はスーパーの特売日のはずだ。帰りに寄っていくか。
そんなことを考えながらも帰り支度を済ませて立ち上がったが、急に目の前が真っ暗になり、柔らかい感触に顔全体が包み込まれたかと思うと、次いでがっちりとなにかに頭がホールドされる。
中途半端な姿勢だったものだから、振り解こうとしても、力がうまく入らず、振り解けない。
「はい、すとっぷー」
頭の上からそんな言葉が降って来る。
恐らくこの声の主が僕の頭をホールドしているのだろう。
というかそんなことよりも、息が出来ない!
純粋に命の危機を感じて、ホールドしていると思われる腕らしきあたりをタップするも、中々離してくれない。
「ダメだよ、離したら逃げるでしょ? だから離してあげなーい」
とのことだが、こちとら酸素が足りんのだ!
あ、やばい。本格的にやばい。
何とかもがいて、頭の位置をずらすことに成功。
「ぶはぁ! あ、あほかお前! 息が出来んだろうが」
どうにかどこぞの河を渡る前に酸素を確保。
一瞬顔も知らないはずのじいちゃんが手を振っているのが見えた気がするぞ。
「んぁ……だってこうでもして捕まえておかないとハルトいっつも逃げるじゃん」
なんか変な声をあげているが無視だ無視。
「だからって正面から抱きつく奴があるか!?」
「ぶー、だってハルト逃がしたらレイカさんから怒られんのあたしなんだよ?」
膨れっ面しながらも未だに僕を拘束し続けるクラスメイトの少女。
彼女の名は竜胆朱音。
三人いる幼なじみの一人で、地元の大地主の孫娘だ。
身長はそれほど高い方では無いが、しなやかな筋肉がついていることが見て取れる。
それでいて女性的な曲線は失われておらず、見事な双丘が自己主張している。
屈託無く笑い、男女分け隔てなく接することから男女共に友人が多い。
また年下の幼なじみの女の子の祖父が開いている古武術道場に幼い頃から通っていて、格闘術については師範代との組手でも三本に一本は取れるほどの猛者である。
若干学業は怪しいものの運動神経は抜群なため、後輩女子からの人気も高い。
だからとっとと離れて欲しい。
この体勢は非常にマズイ。
女子特有の仄かに甘い香りが鼻孔をくすぐり、ちょっと下半身が……ってそうじゃなくて!
クラスメイト、特に男子連中の視線が突き刺さってるんです。
もうこれでもかって位に。
挙げ句、後輩女子にこんなところを見られようものなら、僕は視線という凶器で射殺されてしまうだろう。
何とかして朱音を押し返してこの状況を脱したいところだが、不用意に触れようものなら今度は女子連中からも極寒の視線がプレゼントされることは想像に難くないので下手な行動に出れずにあたふたしていると、廊下の方から黄色い悲鳴と野太い声援が挙がった。
「あ、ほら来たよ」
まるでどこぞの芸能人が迷い混んだような様相だ。
それもそのはず、あの中心にいるであろう人は恐らく、いやまず間違いなくこの学園で一番有名かつ人気がある。
「失礼するよ」
その言葉と共に教室のドアが勢い良く開かれる。
そこに立っていたのは案の定、僕が朱音に今現在拘束されている原因を作ったその人だった。
いやまあ、そもそもの原因は僕が逃げ回っていたせいなんだけど……。
皇仙学園三年生の現生徒会長である皇麗華さん。
彼女は世界を股にかける日本でも有数の皇財閥会長の孫娘だ。
街中を歩けば十人中十人が振り向き、交通事故が頻発。芸能事務所のスカウトでさえ声を掛けるのに躊躇するほどの美貌の持ち主。
身長は僕とほぼ同じの百七十センチと女性にしては長身でモデルといっても通用するくらいスタイルが良い。腰回りなんかはどこに内臓入ってんだ? と思えるくらいに細い。
そのため相対的に胸の大きさが目立ち、男子の視線を釘付けにしている(本人曰く八十センチのEカップらしい)。
また朱音同様『九条流古武術道場』の門下生で太刀術と薙刀術、歩法術をそれぞれ中伝まで修めているので、立ち姿は容姿と相まってまるで絵画から抜け出したかのように美しい。
『立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花』を地で行くような人だ。
そんな人が腰まで届く長く艶やかな黒髪を靡かせながら、僕の席まで近づいて来る。
「やぁ、陽斗君。今日は待っていて……む?」
満面の笑みを浮かべていたが、僕の現状を目にした途端怪訝な表情に一変した。
「ずるいぞ朱音君。私だって花凛君だって我慢しているというのに」
「こんにちは、陽斗先輩、朱音さん」
若干、いやかなり機嫌を損ねた様子を醸し出しているレイカさんの後ろからひょっこりと顔を出したカリンちゃんがトレードマークのポニーテールを揺らしながらにっこりと微笑んでいた。
彼女の名は九条花凛ちゃん。
『九条流古武術道場』の現当主の一人娘。
とは言うものの本人に武道のたしなみはなく、趣味は料理と裁縫のごく普通の家庭的な少女。
実際に独り暮らしの僕を心配して、お裾分けをたまに貰うんだけど、その料理の腕は家庭料理の域を越えて、お店に出せるレベルだ。
幼なじみの中では一番年下で大きな瞳と柔和な表情が特徴的な美少女。
中等部時代は『妹にしたい女子生徒』のカテゴリ人気投票で三年連続一位に輝いていた。
また、今年高等部に進学したばかりだというのに既にファングラブが設立されたとの噂もある。
最近の悩みは大きいサイズには可愛いブラジャーが無いことらしい。
春の身体測定では九十センチの大台に乗ったらしい。
そんな悩みを打ち明けられても、お兄さん困ります。
「だって、こうでもして捕まえておかないとまた逃げちゃいますよ?」
「むぅ……。それでもずるい」
何がずるいというのだろうか?
いい加減、朱音には離れて欲しいんだが……。
「まあいい。よし、それでは行くとしようか」
顔を上にして酸素確保に意識を回していたら、いつの間にか二人が僕の左右に陣取り、右腕を麗華さん、左腕を花凛ちゃんにホールドされて、立ち上がらされた。
「あー! 麗華さんも花凛ちゃんもずるぅい!」
立ち上がらされた拍子に朱音が転がり落ちながら、抗議らしき声を挙げているが、今はそんなことはどうでもよろしい。
何とかしてこの二人から逃れなければ!
「ふ、二人とも離して下さいって。僕は行くつもりはな……「さぁ行こうか♪」「先輩と腕組むのなんて久しぶりで緊張してしまいます♪」って話を聞いてー!」
抵抗虚しく、周囲の視線が突き刺さる中僕は連行されてしまう。
ってか、皆無言にならないで! まじ怖いから!
―★―★―★―★―★―★―★―★―★―★―
麗華さんと花凛ちゃんに有無を言わさず連行された先は校舎から少し離れた場所に建っている歴代の生徒会に与えられている生徒会棟、別名『森の館』だった。
別名の由来は校舎裏にある森の中にポツンとこの洋館が一つだけ建てられているからというなんとも安直な由来だ。
此処に来る間、麗華さんも花凛ちゃんもまるで欲しかった玩具を買い与えられた子供のように満面の笑みを浮かべていた。
因みに二人による両脇のホールドは此処に至るまで解放してくれる素振りは全く無く、全校生徒に晒される事になり、道中僕らを目にした人たちの半数は無言に、もう半数は泣き崩れるか気を失っていた。
僕としては針のむしろというか、どっかの刑事ドラマで引っ立てられる犯人の心情だったが、何を言っても取り合ってもらえず、逃げ回っていたことを心底後悔した。
素直に出向いていればこんな晒し者にならずに済んだかもしれない。後悔先に立たずはまさにこの事。
その僕らを三人の後ろを何故かむくれた様子で歩く朱音。
正面玄関を抜け、向かった先は『執務室』とプレートが掲げられた一室だった。
教室に現れた時と同じく、勢い良くドアを開く麗華さん。
「おや? なんだ天宮君、来ていたのか」
「こんにちは、麗華さん。そりゃ居ますよ、オレだって副会長なんですから」
この部屋は生徒会役員が書類を処理するための事務所であり、部屋の一番奥、窓を背にした形で配置されている会長用のデスクがある。
その前に四つのデスクが二つずつ縦に並んでいる。
その内の一つに男子生徒が書類片手に座っていた。
彼は天宮大輝。
僕や朱音と同じ二年生で、生徒会副会長の一人だ。
副会長職は男女一名づつで、今期の男子は彼、女子は朱音が務めている。
そんな彼は、一年生の時の定期テストでは毎回上位十位以内に名を連ねている成績優秀者。
また彼も麗華さんや朱音同様『九条流古武術道場』の門下生で、太刀術の初伝を修めている。
なので、身体を動かすことについても得意としており、体育の授業では体育会系の部活に所属している生徒を圧倒することも屡々。
二年生になった今でも体育会系部活からの勧誘が続いているらしい。
容姿についても、誰もが認めるイケメンで、回りには常に女生徒が数人ほど側に引っ付いている。
性格についても悪い噂はなく、男女関係無く勉強を教えてほしいと請われれば、嫌な顔一つせず懇切丁寧にきちんと理解するまで付き合ってくれるので、頼りにされることも多い。
そんな非の打ち所が無いように思える彼だが、正直僕は苦手だ。
スポーツ、定期テスト、武道と僕に何一つ勝てる要素が無いにも関わらず何でも勝負と称して蹂躙してくるのだ。
僕もまともに相手をしている訳ではないけど、何がしたいのかも良くわからないので、鬱陶しいことこの上ない。
弱いものイジメ、いくないよ?
「それより、花凛さんはともかく、何故彼も一緒なんですか?」
書類に書き物をしていた手を止めて、僕の方を睨んでくる天宮君。
いやそれ、僕の方が聞きたいんですけどね?
連行されている間に何度も聞いたんだけど、結局何も答えてくれず、わからずじまいで此処まで来てしまった。
「前にも言っただろう、陽斗君は次期副会長候補だからな」
「……そうですか」
……はあ!?
んなことひとっことも聞いた覚え無いんですけど!
つか、自分の面倒見るので手一杯なのに、生徒会なんて務まるわけないって!
「会長選挙まであと一ヶ月と少し。陽斗君にもそろそろ生徒会の仕事に慣れて貰わないとな」
「あの、ちょっといいですか?」
「しかし天宮君、キミは本当に会長選挙に立候補するのか?」
「ええ、当選した暁には引き続き副会長を朱音さんに、書記は花凛さんに務めて貰うつもりですよ」
「そうか」
全く取り合ってくれねっす。
つか天宮君も入ってきた時に一瞥しただけで、それ以降は完全に僕のことはスルーしてるな。
因みに生徒会は会長職のみ全校生徒による選挙で、副会長以下の役員は当選した会長の選任制となっている。
その会長職も前任の会長の推薦枠と一般生徒の立候補枠があるが殆どの場合、推薦された人が当選しているので、この話の流れでは朱音は会長職の推薦を受け入れていて、当選がほぼ確定していることになる。
加えて、麗華さんは前会長として新会長の人事に介入しようとしているってとこか。
そこに天宮君が『待った』を掛けている状況のようだ。
……よし、状況はおおよそ読めた。気合いを入れてもう一度だ。断固抗議するぞ。
「あのー、もしもし?」
「さて、まだ書記の斉藤君と庶務の一ノ瀬君が来ていないな。すまない二人とも、他の役員が来るまで適当にその辺で寛いでいてくれ」
あ、これは『はい』か『イエス』の二択しか用意してくれてない奴だ。
麗華さんの性格からして既に会長は朱音、副会長の男子枠は僕に決定してるっぽい。
その麗華さんはデスクに着き、書類の束を手にして思案顔を浮かべている。
これはもう諦めるしかないかなと、溜め息と共に窓の外に視線を向けると外は真っ暗だった。
「え?」
……いや、おかしい。今は春の終わり、この時間帯はまだ明るいはずだ。
そもそも、雲が出て暗くなるならまだわかるが、黒い絵の具で塗り潰したような街灯の光りも星の瞬きすら無い黒一色なんてあり得ない。
なんだこれは? 誰も気付いていない? そんな馬鹿な!
不意に足下に視線を向けると床一面に青く光る幾何学的模様が浮かんでいるのが目に入った。
「っ! なんだこれは!?」
それは今となっては誰が言ったかも判らない。
次の瞬間、僕の視界は真っ白に塗りつぶされたのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
誤字・脱字・矛盾点・説明不足・わかりにくい表現等のご指摘いただければ幸いでございます。
ただ、作者ガラスのハートでございますれば、柔らかい表現でお願いいたします。
17.11.18 誤字脱字修正