勇者、後宮へ召される? 副職は猫的なアレ
「本日より、マサムネ様には後宮にあがってもらいます」
お姫様との婚約発表(命令)があった次の日。
朝の目覚めに絞りたてのフルーツジュースをコクコクと飲んでいたら、そんな耳を疑う様な言葉を告げられた。
意味がよく分からず、こてっと首を傾げる。
「え? 僕、王様の愛人になるの?」
ガチャンッ!
朝食の準備をしていた侍女――メリルが手を滑らせ、室内に陶器が割れる甲高い音が鳴り響く。
床の上をシタタタタッと何者かが素早く走っていたので、きっとG的なあれではなく、部屋内に溢れかえっている猫的な彼等彼女達の仕業なのだろう。
盗まれたのは僕の朝食。
名探偵マサムネが出るまでもない。
今日の朝食もお魚抜き。
「いえ、そうではありません。私共には詳細は知らされていませんが、マサムネ様には後宮におられます成人前の王子様方と同じ教育を受けてもらうとの事です」
「ああ、やっちゃった」
「愛人……ぷぷっ」
今日初めて僕の前に姿を現した年長の侍女アルメイダは、後ろで起こった出来事――私事の会話には一切注意を向けないまま言葉を続けた。
年長と言っても、周りにいる年若い侍女達と比べるとであり、少なくともアルメイダは30代に足をかけたかどうかの容貌をしていた。
20代だと言われてもたぶん誰も疑わないだろう。
でも、侍女の中には2桁の年齢に達していないと思われる見習いも含まれている様なので、どうしてもアルメイダだけが浮いて見えていた。
そんなアルメイダの足下では2匹の猫がスリスリと頭をこすりつけていた。
ベッドの上には軽く十匹を越える猫達。
ビバ、猫天国!
それらを見てもアルメイダは顔色一つ変えるような事は無かった。
侍女の鏡だよね。
「寝食は今まで通りこの部屋で行い、朝の授業に合わせて後宮へ向かって頂く事になります。午後の予定についてはマサムネ様に一任するとの事ですので、そのまま後宮にて己を磨くなり、こちらに戻ってきて過ごすなり自由です」
「アルメイダさん達は後宮まで付いてくるんですか?」
「いえ。私共は後宮にはあがりません。後宮手前まではお見送り致しますが、それ以降は後宮内で働く後宮侍女の方々に職務を引き継ぎ致します」
「無理を言って僕が連れて行くことは?」
「……可能です」
アルメイダが一瞬困った顔をしたので、無茶なお願いはしない事にした。
後宮侍女と言うぐらいなので、きっとここにいる侍女達とは身分が大きく違うのだろう。
王様のお手つきになる可能性も十分にある後宮なので、実際に後宮で働いている女性達が全員貴族という身分を持っていてもなんら不思議じゃないよね。
貴族に仕える事に慣れている侍女達であっても、同僚が貴族というのは物凄くやりにくいと思うし。
「では御案内致します。寄り道せず必ず私共の後についてきてください」
脱走癖のある僕なので、周りが見えないほどの人数に囲まれた状態で後宮へと移動する。
道中にはベックがいたんだけど――声がしたので、たぶん間違いないと思う――僕が彼の姿を見る事は叶わなかった。
防御堅すぎない?
「あの……道を覚えられないんですけど」
というか世界が狭い……。
「覚えて貰わなくても結構です。私共がいますので」
上がったり下がったりが続く長い道のりに僕は思う。
あ……これ、僕に後宮の場所を教えない為の措置なんだ、と。
頭の中で自己マッピングしていると、明らかに同じ道を進んでいる時があった。
歩幅を揃えて歩いて歩数を数えるだけで距離が大凡計れます。
ニヤリ。
動く白い壁――侍女達のスカートに囲まれているので、彼女達のお尻のラインを唯一の楽しみとしながら、てくてくと歩き続ける。
子供の歩幅を考慮しているのか侍女達の歩調はかなり緩やかであり、むしろ少し苛つくぐらいに遅かった。
以前、その事を利用して、隣を歩いている侍女とお話をしながら前方不注意を装い、前を歩く侍女のお尻に突撃敢行した事があった。
身長差から、ちょうど僕の顔がお尻に嵌る相手を狙って。
残念ながら、その時にはサッと避けられてしまった。
全力で気配を消しながら近づいたにも関わらず避けられた。
後ろに眼がある!?
この世界にはきっと気配察知のスキルが存在すると確信した瞬間だった。
「マサムネ様は猫がお好きなのですね」
「うん、大々大好きだよ。ユアンナは猫、好き? なんかよく猫達が構ってオーラを出しながらユアンナの足に身体をいっぱいこすりつけてるよね」
その気配察知スキル持ちの疑いをかけている侍女ユアンナが、本日僕の専属お付き侍女だった。
監視員とも言う。
菱形陣形の中で、ユアンナは僕の左隣を歩いている。
その手にしっかりと僕の小さな手を握りながら。
やわやわ。
猫ぷにには負けるけどね。
反対側にも僕の手を握って歩いている専属お付き侍女がいるので、きっと端から見れば連行という言葉を思い浮かべるんじゃないかと思う。
投獄される囚人では……決してない。
「はい。大好きです。ですが……」
顔を曇らせるユアンナ。
猫好きだと聞いてテンションがあがる僕。
何故か少し拗ねている右隣を歩く侍女。
「私、猫アレルギーなんです」
「えっ!? それ、人生の大半を損してませんか?」
なんて可哀想な……。
「フフッ……かもしれません。本当に残念です」
そう言えば、ユアンナは寝室に入ってきた事が無かった事を僕は思い出した。
自分の寝室に侍女を連れ込む……事案です。
夢と希望がいっぱい詰まってます。
なので、僕はしっかりと連れ込んだ?侍女達の顔を覚えている。
名前は全然覚えていないけどね。
ローテーションを組んで毎日入れ替わり立ち替わり連れ込んでいる(勝手に入ってくる)侍女達なので、一週間もすればほぼ全員が僕との経験を詰んでいた。
しかし改めて『自分の記憶にある侍女達の顔』と『寝室に入ってきた事のある侍女達の顔』を照合してみると、幾人かの侍女はまだ後者のリストに入っていない。
「もしかして、他にも猫好きだけどアレルギーでとっても苦しんでいる人っている?」
「はい。とっても苦しんでいる訳ではないと思いますが。私の場合、軽微ですし」
侍女達がクスクスと笑う。
僕の猫好きが少し?行き過ぎているのは今に始まった事ではないので、侍女達もある程度余裕が出来ている様だった。
ちなみに、その侍女達の腕には一様に僕が飼っている猫達が抱かれていた。
「後宮に持っていきたい物は何かありますでしょうか?」というアルメイダの質問に、僕は即答で自分の家族を指名したからだ。
流石に猫を後宮に連れ込むのは後宮側の許可がいるので、僕のその発言以降、侍女達の朝は大変に忙しいものとなっちゃったけどね。
尚、後宮侍女達の優雅で静かな朝の一時をも奪った事で、後宮に移動する前から僕は後宮侍女達に嫌われるという失点も犯してしまったんだけど、まだ知らない人達より僕の家族を優先させるのは当たり前だよね。
うんうん。
「では、ここより真っ直ぐにお進み下さい。皆様方がお待ちです」
案の定、僕を迎える筈だった後宮侍女達の姿は後宮入口のどこにもなかった。
忙しいからなのか、それとも意図的なものなのかは、後宮に入ってからのお楽しみ。
前者だったら良いなぁ。
代わりに、後宮入口で待っていたのは煌びやかな鎧を着た騎士達だった。
左右に列をなして、兜のバイザーを降ろして抜剣している騎士達の列。
まるで何かの儀式の様に、その剣は垂直に構えられていた。
なんかやたらと仰々しいんだけど……。
騎士達の後ろには、この国の紋章である獅子と二本の剣が描かれている布が、バリケードらしきものに被せられて並んでいた。
たぶん急ぎで用意したんだと思う。
風に吹かれて所々皺が寄っているそれらは、明らかに僕が連れてきた猫達を逃がさないための応急処置っぽかった。
「えーと……行って来ます」
「「「「「「「「「「いってらっしゃいませ」」」」」」」」」」
侍女達の見送りの声に、解き放たれた猫達が一瞬ビクッとする。
が、猫達は一切逃げるような素振りはなく、すぐに僕の周りを囲んで歩き始めた。
一糸乱れぬ歩調で。
「職業って便利だなぁ。スキルって便利だなぁ」
自分の意志通りに動いてくれる猫達の姿に、僕は改めて感動していた。
このスキルを持っていた事が、後宮に猫達を連れて行く許可が出た理由だと僕は聞いている。
昨日王様に貰ったギルドカードをポケットから取り出し、もう一度そこに表示されている内容を見てみる。
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■冒険者名 :マサムネ・シドー
■冒険者ランク:G
■職業 :勇者/猫魔導士
■預け金 :30G
■貢献/犯罪P:10000/84
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■備考:勇者特例措置(年齢制限免除)
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何度見ても、変わらず不思議な職業が表示されている自己ステータス。
僕の本名が祠堂正宗であるとか。(本邦初公開だよ!)
表記が英名の様に逆になっているとか。(申告した覚えないんだけど……)
何でシドウがシドーと伸ばされているのかとか。(伸ばさない方が格好良いかも?)
ランクがG級であるとか。(●ンハン的なアレ級です)
貯金がたった30Gしか無いとか。(ドラ●エ的な相場の世界だったら〝やくそう〟一個ぐらいしか買えないんだけど)
何故か犯罪Pがついているとか。(うっ、心当たりが)
――は、この際どうでも良い事だった。
余談だけど、エリの本名は沖田絵里、リタは上杉璃珠と言うらしい。
色々と言いたい事はあるものの、やはり最も釈然としないのは何と言っても職業だった。
「猫魔導士……便利だけどなんか違う気がする」
これが動物使いだったりピンポイントで猫使いだったなら、まだ納得出来るよね。
だけど、僕の職業欄に表示されていたのは、何故か猫魔導士。
某有名ゲームの敵モンスターの名前であり、魔導士服を着た二足歩行の猫が杖を持ってシギャーと威嚇している姿しか思い浮かばない。
何故に猫の魔導士なんだろう。
それは猫のみぞ知る?
「にゃー」
にゃー、と。
僕の声に1拍遅れて猫達が鳴く。
驚いた騎士達の一部がビクっと震え、僅かに剣を揺らす。
どうやら妙な畏怖を与えてしまったみたいです。
それは兎も角。
ギルドカードに表示されていた勇者という職業の話も置いといて。
ペラッペラのギルドカードがまるでスマホの様に画面を切り替える事が出来るという謎技術の事も置いといて。
(というか、僕の持ってるノートPCよりオーバーテクノロジーっぽくない!?)
僕が最初から持っていたスキルには、明らかに猫魔導士関係のものと思われるスキルが幾つかあった。
その一つが【キャットアーミー】。
猫の軍隊です。
効果はご覧の通り。
一定範囲内にいる猫達を統率/指揮する事の出来るスキルっぽいです。
超便利!
但し、このスキルの使用には、謎のエネルギー物質〝ネコニウム〟が必要だった。
魔力とうよりスキルゲージに近いこの謎ポイントを消費する事で、僕はスキル【キャットアーミー】を発動する事が出来ている。
便宜上、ネコニウムポイントもしくはネコPとこれからは呼ぶけど、このネコPは現状では最大値が100っぽく、例えば【キャットアーミー】を使用すると猫一匹あたり1P減る。
【キャットアーミー】は基本的に範囲を指定して使うスキルみたいなので、範囲を広げるだけでも必要ネコPが上下する事が検証によって分かっていた。
範囲消費量プラスその範囲内にいた猫の数が、実際に消費されるネコP。
支配下に置いた猫達は、意識を切らない限りずっと僕のお願いをそこそこ聞いてくれる。
ただ、支配下に置いている数に比例して継続的にネコPを消費するらしく、現状では10匹を超えるとネコP自然回復量を上回ってしまう。
逆を言えば、10匹を越えなければ半永久的に猫達に僕の言う事をある程度聞かせる事が出来るスキルでもあった。
便利だね。
ネコPの回復量は、スキル使用中かどうか、行動中かどうかでも変化する。
行動中なら、回復量ダウン。
スキル使用中でも、回復量ダウン。
先程の10匹未満ならネコPは減らないというのは、未行動中の場合のお話。
だから今、ネコPはガシガシと減ってるよ。
未行動中の場合の回復量は、座っていると回復量アップ。
侍女さんの柔らかい腕に包まれてのんびりしていても回復量アップ。
寝っ転がっていると、もっと回復。
目を瞑って休んでいると、もっともっとアップ。
回復量の多さは、今述べていった順に増えていく。
ちなみに、一番は猫達と一緒に寝る事です。
ギュイーンとゲージが回復していくよ。
猫を抱いていたり、猫が僕の足に頭を擦り付けてる時にも回復量はアップするけど、個人差ならぬ個猫差があるみたいなので、まだ検証中です。
なんか、結構RPG?っぽいよね。
他にも、猫をテイミングする【キャットテイム】、謁見の間で活躍してくれた【ネコビジョン】、使い勝手がまだ微妙な【ネコマップ】なんてスキルもあるんだけど、その説明はまたそのうち!
「とうちゃ~く」
短くも長い道のりを踏破し、ようやく後宮内に辿り付いた。
子供の身体だと、50mぐらいの距離でも物凄く遠いです。
開け放たれた扉を猫達と一緒に潜る。
全員が入った事で後宮の扉が閉じられました。
だけど、僕は後ろの事よりも前にあるものの方が気になっていたので、その時はまだ隔離された事には気が付いていなかった。
「良く来たな、勇者よ。待っていたぞ」
玄関ホールで待っていた存在が、口端に笑みを浮かべながら言う。
「我は竜王子トッドヴェイン。これより貴様に、我の偉大なる所をその身を以て知ってもらう」
握り拳より大きな黄色い玉を持ち、黒いフード被っているという、明らかに敵の親玉風の男。
「覚悟は良いか?」
後宮に入ってすぐ。
僕の前に敵が現れた。
(`∀´)メ Σ( ̄口 ̄;)