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勇者、この世の春(猫)を謳歌する

 コンコン。

 ガチャッ。


「マサムネくん、いる~?」


 本日の朝お勉めを終え、侍女達の手によってまた全身をキュッキュッと磨き上げられていた時。(なんでそんなお皿の様な音が!?)

 礼儀知らずの少女がずかずかと部屋に入ってきた。


「あっと、ごめん。お楽しみ中だったかな。出直そうか?」


 背中まで伸ばした艶のある黒髪を後ろで束ねポニーテールにした、高校生ぐらいの年齢の少女。

 スレンダーな体形で運動部を思わせる元気な肢体と活発に動き回る犬のようなイメージを受ける少女は、10人が10人、美少女だと答えるだろう整った顔立ちを持っていた。


「お楽しみ中って、人聞きの悪い事を言わないで下さい。玩具にされているだけです」


「うん、だからお楽しみ中だったのかなって。侍女さん達が」


「なお悪いです!」


 ノックはしても部屋の主からの許可は取らない。

 それ実は確信犯じゃないのかな?と思ったけど、よくよく思い返せば目の前の少女のこの行動は今回に限らずいつもの事だと思い出した。

 一応、助けを求めて彼女の後ろにいるもう一方へと視線を移してみる。


「……私も一緒に拭いてあげようか?」


 その言葉と、一瞬ニヤッと笑った事で、後ろの少女が真犯人である事を僕は確信した。


 この少女もまた美人には違いない容姿を持ってるんだけど、クール系でありメガネっ娘でもあるためか、どうしても前にいる少女の元気溌剌な雰囲気の陰に隠れてしまいがちだった。

 動物で例えると、メガネをかけたハムスターといった印象の少女。

 とても可愛らしいお嬢ちゃん、という言葉が似合いそうな小柄な体格に、ショートカットにされた黒髪が合わさって文科系美少女にも見える彼女だったが、しかし実は根っからの武闘家であり見た目詐欺だという事を僕は知っている。


 メガネを外すと危険。

 その事を僕はこの異世界に召喚された日に知った。


「エリさん、リタさん、おはようございます。今日はどうしました?」


 遠慮なしに部屋へと押し入ってきた無邪気な犬ッコロのような少女の名が、エリ。

 その後ろで気配を消して立っている(なんでだよ!)ハムスターのような少女の名が、リタ。

 2人とも、この異世界に召喚された勇者だった。

 そして僕同様、元いた世界ではただの一般人でもあった。


「ちょっと~、私達の事は『エリおねぇちゃん』『リタおねぇちゃん』って呼ぶようにって言ったでしょ」


「子供らしくない」


「はい、もう一度やり直し!」


 エリが「テイクツー」と言い、その後ろでリタが指をパチンと鳴らす。


「リタオネエチャン、エリオネエチャン、オハヨウゴザイマス」


「棒読み禁止!」


 スパンとスリッパで叩かれた。

 いったい何処から出した……。


僕にしてみれば、年若い少女達の瞳が無数に注がれているこの状況で可愛く言い直しをさせられるのは羞恥プレイでしかない。

 ジョークが言えただけでも頑張ったと言える。

 うん、僕頑張った。


 室内には僕付の侍女が5人(未だに身体を丹念に丹念に拭かれていたりする)。

 それに加えて、ピチピチの女子高校生という肩書を持った同郷の少女2人(本人談)。

 その二人の後ろを追いかけてきたエリとリタの侍女数名(息切らしてるよ)。

 部屋の外で警備をしていた女性兵士2人(入室止めてよ……)。

 そして、エリとリタが連れてきたのだろう見知らぬ女性達が計6名(何故か恐怖の色が)。

 多すぎですって。


 王城の一室なので、僕が勉強を行っていた執務室兼応接室(隔離部屋とも言う)はとても広いけど、それでも明らかに手狭と呼べる数の瞳が、その部屋の主たる裸の勇者様(つまり僕)へと注がれ続けていた。

 うぅ、穴があったら入りたい……。


 その気になれば侍女の腕を振りほどいて逃げ出す事も可能だったけど、そこは大人な僕。

 頑張って耐え続けました。




■◇■◇( *´艸`)■◇■(>_<)◇■◇(´艸`*)■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■




「それで? 今日はそのオネェチャン達の紹介をしに来てくれたの?」


 天気が良いため、僕はテラスで2人+αをもてなした。

 事前通達(アポイント)無しに2人がやってきたため、虫干しにされていたテーブルと椅子を急遽整え、お茶会セットが広げられた白一色のテラスで僕がお茶をズズズっと飲む。

 その僕の膝の上には猫。

 侍女の膝の上に僕。

 僕の体格では普通の椅子に座るとテーブルに手が届かないため、お子様用椅子の代わりに侍女を使ったという苦肉の策である。

 リタがボソッと「酒池肉林ならぬ、女地猫林の策」と呟くが、僕は無視する。

 羨ましいだろ~。


「棒読み却下。あと、何様?」


「勇者様」


 エリとリタの膝の上でも猫が自由を謳歌していた。

 たった数日で僕に骨抜きにされた人懐っこい猫達は、しかし自分勝手な性格でもあるので、思い思いの場所を陣取って欠伸をしている。

 忙しそうに脚を動かす侍女達が少し迷惑そうにしていたけど、ここでは猫の方が位が高いというルールが存在しているため邪険に扱う事は出来ない。

 勇者特権の悪い使い方の例です。

 キランッ。


「そうだよ~。後、お別れの挨拶ね。私達、これからこの子達と一緒にモンスター退治に行ってくるから」


 まるで隣町までショッピングに行ってきます的な軽いノリでエリは言う。


「お別れの挨拶って……縁起でも無い事を言わないで下さい。あと「この子達」の中に僕の猫を含めないでね。そこ、鞄の中にこっそり猫を入れない!」


 チッと舌打ちされたのを僕は聞き逃さなかった。


「メンバー全員を女性で固めたんですね」


「うん。男がいてもね~。イチローがいるなら兎も角、知らない男と生活を共にするのは流石に嫌だから」


「躾けるのが面倒。オイタをしてきたら、殺」


 日本人らしくない物騒な言葉が少女の口から発せられたけど、僕は無視した。


「あのエリさんにぶっ飛ばされた人、イチローさんって言うんですね。南無」


「いや、殺してないから」


 イチローとは、ここにいない4人目の勇者の事だったりする。

 エリとリタとは幼馴染みの関係で、この異世界に呼び出される直前まで3人は一緒にいたのだとか。

 その話を聞いた時、僕は寂しそうに「自分だけ仲間外れ……」と意図的に呟いていた。

 心の中では「リア充死ね!」と叫びながら。


「普通は死にます。イチローさん、漫画やアニメの様にお星様になりましたよね? キラッと」


「うん、あの時は本当に吃驚した。あ~いうの、一度やってみたかったんだよね。夢が叶っちゃった」


「えっ、吃驚の理由そっち!?」


 僕達は皆、この世界に召還されて勇者になった事で身体能力が大幅に上がっていた。

 イチローという尊い犠牲によって発覚したその事実は、何事も無ければ彼等を召喚した者達によって説明されていた内容だったと思う。

 異世界に召喚された事で興奮したイチローが調子に乗ってオイタをしなければ起こらなかった不慮の事故(自業自得とも言う)。

 いったい何をしたかは語るまい。


 エッチなのはいけないと思います。


 ちなみに、勇者の生死については召喚者が分かるらしいので、僕達は安心してイチローの冥福を祈……もとい、イチローの無事を知って肩の荷を降ろしたのでした。

 あれで生きてるって、すげぇ。

 主人公補正ってやつかな?


 ……あれ、自分で言ってておかしい気がしてきた。

 主人公、僕……。


「お二人はこれからイチローさんを回収しに行くんですか?」


 オイタをした人物なのでモノ扱いです。


「ううん、普通に冒険を楽しむよ?」


「え、放置?」


「うん、放置」


「放置プレイ」


 リタの言葉は無視する。


「イチローったら随分遠くに旅立っちゃったみたいだからね~。地図を確認したら、海のような大河の向こう側だって」


「三途の川の向こう」


 リタの言葉は無視する。


「渡るには底の抜けた柄杓(ひしゃく)が必要」


 リタの言葉は無視する。

 何か別の話が混じっているけど、ツッコまない。


「ま、イチローはあれで随分としぶといからね。大丈夫でしょ。あ、放っておく方向で宜しくね。捜索依頼や捜索隊なんか組織しなくても良いから。120%放置ね」


「仏の顔も三度まで。天罰覿面。地獄に落とす。二度と帰ってくるな……的な?」


 二人がまだ根に持っているらしい事を再確認した僕は、この話題にはもうなるべく触れない事にしようと心に深く刻み込んだ。


「そこ、だから鞄の中にこっそり猫を入れない!」


 話題を変えるべくネタを探していたところに発見した手癖の悪い盗賊風の少女を叱りつける。

 これ幸いと、僕は彼女達の自己紹介を二人に求めた。


「完」


「いや、まだ誰も紹介されてないから。勝手に話題を終わらせないで」


 リタの言葉は無視しようと決めていたんだけどツッコミの魅力からは逃れられなかったよ。


 それぞれ自己紹介を終えた年頃の娘達の顔を、僕はもう一度ざっと眺める。

 どの少女も年若く、顔立ちが良かった。

 城に連れて来られた際に身体中を磨かれたのか、皆、一様にして肌色や髪艶が輝いている。

 ツヤツヤ。


 着ていた服もたぶん剥ぎ取られたのかもしれない。

 着慣れない服の感触に違和感を感じている様子もチラホラ見えていた。

 ただ、とても不自然な事なんだけど、その着せられている服は、まるで彼女達の職業を体現しているかの様な、それっぽい服装だった。


 軽装の令嬢騎士。

 三角帽子の似合う魔女っ子。

 十字の模様が特徴的な女性僧侶。

 身軽そうで露出がやたら多い女盗賊。

 矢筒を背に持つ女狩人。

 白いヴェールに包まれた聖女。


 ちなみに、エリは槍持ちの女戦士風、リタはメリケンサックがキュートな女武闘家の出で立ちをしていた。

 後者は僕が評した訳じゃなく、本人による自己紹介の言である。

 どこにもそんなの持ってないけどね。

 ……持ってないよね?


「趣味で選びました」


 リタの言葉は無視する。


「夜伽が必要な時には言って。お友達価格で貸し出してあげる」


 リタの言葉は無視する。

 いや、心の中で『重要事項』と書かれた場所にメモしておく。


「クッキーおかわり、よろ」


 リタの言葉は無視する。

 侍女達は無視しなかったけど。

 新しいお茶菓子が追加されました。

 んまんま。


「前衛3人、中衛2人、後衛3人の計8人パーティーですか」


「ううん、違うよ?」


「と言うと? 今日は顔を出していないだけで、まだ他にもいるんですか?」


 8人でも多いのに、最初からそれ以上の人数で行動するという2人の方針に僕は驚く。


「意外と慎重なんだ。それとも日本人だから? 安全は大事だよね」


 意外は余計だったかな。


「これで全員だよ。私は南、リタは東」


「……まさか、別々に行動するつもりですか?」


「うん。ちなみに、イチローは北にいるから、マサムネくんは西の攻略をお願いね。東南西北(トンナンシャアペー)同時攻略作戦」


 隣から「ロン、|大四喜《ダイスーシー』」発言が飛び出てきたけど、やはり無視する。

 2人の発言から、ここにもしイチローがいたら麻雀大会でも始まりそうだなと僕は思った。

 僕もいける口だし。

 5歳だけどね。


「僕も数に入ってるんですか? しかも西って、海しか無いんですけど……」


「大海賊時代の始まりの予感」


 商人の船とかを襲って積み荷を奪い、女は抱いた後売り飛ばす。

 勇者も海賊をする時代の到来です。

 ヒャッハーっ!


 余談だけど、沖に出ればシードラゴンとかも普通に出現すると侍女達から聞いていた。

 喰われる未来しか想像出来ないって。

 僕の冒険は、胃の中に広がっている謎空間から始まるのかもしれない。

 あれ、でもシードラゴンってモビービックみたいに身体が丸くないから、飲み込まれたら……延々一本道の大洞窟?


「楽しそう」


「却下」


 バッサリ切りすてて、心の平穏を求めて膝上の猫の肉球をぷにぷにした。

 沖に出るような無謀な事はしないけど、そのうち猫達の為にお魚をいっぱい捕ってこようと僕は心に誓う。

 うん、こっちの動機の方が僕にはあってると思う。


「マサムネくんは暫くお城でお勉強?」


「はい。僕はまだ子供ですからね。身体は随分と頑丈になってるみたいですけど、流石に直接戦うのはちょっと。なので、まずは引き籠もって、こっちの世界の文字や言葉を覚えて魔法でも使えるようになろうかと」


 異世界なのに会話は日本語で出来てしまうのはお約束です。

 キニシテハイケナイ。


「魔導師コース、神官コース、マサムネ君はどっちを目指すのかな? 私的には」


「万能賢者コース」


「がお勧めなんだけど」


 息ピッタリに2人は言う。

 幼馴染みならではの特技でした。

 何の役にも立たないけど。


「それでも良いんですけど、今はまずパソコンのバッテリー問題を解決したいので、ビリビリ勇者コースを考えています」


「ライ○イン」


 無視無視。


「雷クリにするんだマサムネくん。種はあるの?」


 僕がこの世界に持ち込んだノートパソコンの事を2人は当然知っている。

 召喚された時に、僕が両手で抱えていたのを見ていたからね。

 むしろ同郷として知らない方がおかしいと思います。


「これから国王様に強請(ねだ)るつもりです。無ければ金策ですね」


「お金持ちになったら教えてね。そしたら私もマサムネくんのハーレムに入ってあげるから。勇者は引退!」


「ハハハッ。その時は是非。約束ですよ」


 エリが冗談で言っている事は分かっていたので、僕もサラッと流した。

 但し、子供らしく小指を出して指切りを結ぶ事は忘れない。


 約束破ったら針千本飲ましますよ~。

 僕、とっても頑張っちゃいますよ~。

 言質取ったからね。

 よし、新しい夢と希望をゲット!


「魔法か~。私、まだクリスタル決めてないんだよね」


「右に同じ。ヤンデレ(もやす)ツンデレ(こおらす)か迷ってる」


 この世界の魔法は、まず魔力結晶(クリスタル)の種を手に入れる事から始めなければならないらしい(一部例外はあるみたいだけど)。

 何も無しの状態からイメージだけで魔法が使える様になるというご都合主義では無かった。

 希少なアイテムを手に入れ、それを使って可能性という名の種を自らに植え付け、更に頑張って頑張って開花させる事で、初めて魔法適性というものを手に入れる事が出来る。

 生まれながらにして魔法使いという者はこの世界には存在しない。

 魔法適性を手に入れられるかどうかも運の要素が絡んでいる。

 魔力はみんな持ってるそうだけど。


「時間はありますから、じっくり考えてから決めた方が良いですよ。勇者であっても適性を持ってるかどうかは分からないそうですし、もし適性を持ててもやっぱり向き不向きがあるそうですからね。一つずつ試していくぐらいの気持ちでいた方が良いのかもしれません」


 植え付けた種の数が多いほど芽吹きにくくなるっぽいけどね。

 なので1個目を何にするかは結構重要だったり。


「あ、そうなんだ。ありがと。その調子で情報収集お願いね」


「我等が参謀閣下に敬礼!」


 ビシッと敬礼を決めるリタ。

 別のテーブルでお茶を飲んでいた仲間達数人が吃驚して、おずおずとリタの真似をする。

 被害者は僧侶と聖女だった。

 似合わない。

 でも可愛いから許しちゃう。


「そろそろ行くね。お茶ありがとう」


「うむ。大儀であった」


 リタの言葉は無視する。

 立場が逆転してるよ。


「行ってらっしゃい。お土産宜しく」


 僕はバイバイした。

 しかしすぐに止めて、つかつかと歩み寄っていく。


「猫のお持ち帰り禁止!」


 チッと舌打ちした女盗賊の脳天に、僕は斜め45度のチョップを振り降ろした。




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