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勇者マサムネ様の異世界生活録

「オズヴァルト! それはいったいどういう事じゃッッ!!!」


 その日。

 王城内の一室に、轟雷の罵声が響き渡った。



■◇■( ̄ω ̄)◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■



「あ、起きたんだ眠り姫さま」


 隣室から廊下を伝って届けられた女性の声に、僕は目の前の物から意識を外す。

 大きな執務机の上に広げた17.3インチの物体は――この世界ではブラックボックスかつオーバーテクノロジーです――大人が持つにしても持ち運びが不便の重量級。

 当然、子供の僕が持つには超がつくぐらい重労働になる一品。

 なんでそんなものがこの世界にあるのかは、まぁ秘密です。


 部屋の入口では慌てた侍女2人が扉を閉めようとしているところだった。


 扉を閉める事を優先して動いた為か、短いスカートがめくり上がり、ガーターストッキングの上にある太ももが僕の瞳を奪う。

 しかし絶対領域は見えそうで見えない。

 くっ、惜しい。


 僕の視線に気付いた侍女の1人――僕の脳裏にメリルという言葉が薄らと浮かび上がる――が、困った様な笑みを浮かべてスカートを押さえる。

 その一瞬の動作が扉を閉めるという行為の中に加わったせいか、反対側の扉を閉めていた侍女とのタイミングがずれ、急いでいたとしても静かに閉じられる予定だった扉はパタンッという可愛らしい音を立てた。


「わららの! わらわの勇者様の年齢が5歳とは、いったいどういう事じゃ! 説明しなさい!」


 でも、扉を閉めた意味ってあまりないよね。

 廊下を反響して伝わってくる事はなくなったけど、窓開きっぱなしだし。


 朝一番に窓を開けたのは侍女達であり、それには僕も大賛成だった。

 僕はこの国の王様から美人で若い侍女達を周りに侍らせる自由を許されてはいたけど、真昼間から部屋を閉め切って蒸し風呂と化した部屋の中で自堕落に過ごそうとは思わない。

 今の季節、部屋を閉め切れば普通に物凄く暑い。

 クーラーという文明の利器を持たないこの国この世界なので、風通しは良くしておくに限る。


 もちろん、他にも理由はあったけど。


 大事な大事なブラックボックスちゃんが熱暴走で壊れない様するとか。

 侍女達の不興をかうと、裏でどんな嫌がらせをされるか分かったものではないとか。

 あと、やっぱりスキンシップする時に汗掻いてると嫌だよね。


「メリルさん、だったよね。この声ってやっぱり……?」


 ただでさえ熱いのに、明らかに癇癪を起している女性の声はとても暑苦しい。


「はい。レイツェル様のお声です」


 スカートの端を詰まみ一礼した後、メリルが答えてくれる。

 まるで先程の件を誤魔化す様に。

 その際、ちらっと太ももを見せる事も忘れない悪戯な侍女ちゃん。

 僕の心はガシッと鷲掴みされました。

 侍女があまりにも多すぎて名前が覚えられなかったんだけど、この瞬間メリルの名前は僕の脳裏に強く刻みこまれました。

 二度拝む事が出来た綺麗な太ももと一緒に。


 ただ、思い切り目が奪われたという事実を隠蔽する為に、僕は平静を装う。

 僕、大人だし~。

 み、見てないよ?

 心、奪われてないよ?


「窓もお閉め致しましょうか?」


「いや、いいよ。暑いのは流石にね」


 僕とメリルの瞳が交差する。


「な、何か飲み物くれるかな?」


 だけどそれは一瞬だけだった。

 女の子の瞳をじっと見つめていられるほど、僕の経験値は多くない。

 ついっと僕の瞳が目の前のブラックボックスへと移される。

 画面は真っ暗だった。

 あ、さっきシャットダウンしたの忘れてた。


「はい。少々お待ちください」


「あ、あと一緒に、レイツェル姫さまの状況も調べてきてくれると嬉しいな。大丈夫だと聞いてるけど一応ね」


「かしこまりました」


 メリルは営業スマイル風に微笑みながら部屋を出ていった。

 心なしかいつもより嬉しそうな顔を浮かべていた気がする。


 あ、そう言えばメリルの名前を呼んだのは、これが初めてだったかもしれない。

 僕が侍女の名前を口にするのは滅多に無いからね。

 侍女が多すぎて覚えられません。

 間違ったら後が怖いし。

 

「今日も暑いですね。お体でも拭きましょう」


 部屋に残された侍女の人達が、メデューサの如き危険な笑みを浮かべながら近づいてきました。

 ……いや、たぶんそれは僕の思い過ごしだと思う。

 瞬きした瞬間、侍女達の顔はいつもの笑顔でした。


「あ、ありがと」


 拒否する間もなく手際よく侍女達によって衣服を剥ぎ取られました。

 よくある事です。

 ……よくある事なのかな?


 僕の身体は合計で6つの柔らかな手によって瞬く間に磨き上げられていく。

 入口付近に控えていた2人の他に、その部屋の中には4人の侍女が待機していた。


 わずか5歳である僕に対し、6人の世話係。


 一見、過剰ともいえるこの人員は、それだけ僕に力があるという証拠……ではなく、実は要注意人物である事を示唆していた。

 さっきは侍女達を自由に侍らせる事が出来るって言ったけど、実はそうじゃないんだよね。

 御免なさい、嘘吐きました。


「また少し熱を持っていますね。何をなされていたかは存じ上げませんが、あまり無理はなさならないでください」


「うん。気をつける」


 少しというか、かなり熱っぽいです。

 推定39度ぐらい?

 子供の体温は高いって言うけど、これは流石に高すぎか。


 まだこの身体には馴染んでない所為なのか、溢れるエネルギーが熱暴走しがちで僕の身体をじくじくと蝕んでいた。

 本日その熱暴走を引き起こした原因は、ブラックボックス弄り。

 ブラックボックスを使うのは、実は結構な大仕事だったりする。

 執務机の端に寄せたソレを前に、僕は椅子の上に立ってブラックボックスを一生懸命ポチポチしてました。


 一つ打つだけでも子供の身体には大仕事。

 デスクワークが何故か汗だくのスポーツになるという素晴らしいこの身体!

 僕、勇者なんだけど物凄く燃費が悪いですよ!?


「ねぇ、町に遊びに行っても……」


 バッテリー問題を抱えたブラックボックスでいつまでも遊んでいる訳にはいかない。

 それに折角異世界に来たんだから、観光がてら外出したいよね。


「「「「駄目です」」」」


 声を揃えて却下されました。

 それは、これまでに僕自身が取った行動に対する正当な評価だった。


 誰にも告げないまま勝手に城下町へと出た挙句、幾度も恐喝され身ぐるみを剥いでいった(ヽヽヽヽヽヽ)のはほんの数日前の出来事です。

 お小遣いを持ってない事に後から気付き、現地調達!


 綺麗な服を着て路地裏を一人で歩き回る貴族風のお坊ちゃんは、餌と書いて罠と読む類の爆弾小僧でした。

 襲ってくる方がいけないんだよ?


 まぁ、結局は未遂に終わったんだけどね。

 何しろ、身体は子供だし。

 コテンパンにやっつけて転がす前にみんな逃げちゃうんだもん。

 こっちは身体の燃費が悪いって事が分かってるので、あまり激しく動けない。

 逃げるなら置いてく物を置いてって欲しいなぁ。


 ようやく一人捕まえたと思った所でタイムオーバー。

 善意の冒険者達が乱入してきた事によって恐喝カウンターは未遂に終わる。

 運の悪いチンピラさんは街の衛兵に引き渡され、ついでに僕は失踪中の僕を捜していた城の兵士さんに見つかり強制送還。


 初めての異世界冒険――――完。


 ちなみに勇者の肩書を持っている僕ことマサムネは、魔王の脅威から世界を守るため(たぶん)にこの世界へと呼びだされた。

 見た目は5歳児。

 その実力は大人顔負け!

 とは言っても、まだレベルを上げていないので、街のチンピラ程度には勝てても生粋の戦士である冒険者達にはまるで敵わないんですけど~。

 RPGの定番です。


「なら、宝物庫にある美術品の鑑賞でも……」


「それにはまずオズヴァルト様の許可を得て下さい」


 その許可を得ずにこっそり宝物庫へと忍び入ったのが二日前のお話。

 国宝とも呼べる名剣を鞘から引き抜き、勇者っぽく掲げたまでは良かったんだけど、5歳児の身体ではバランスを保つ事が出来ず、倒れる様にズバッと周囲を一閃。


 当然ながら、周囲にあった物も国宝クラスの一品ばかり。

 それどころか、取り扱い注意のレッテルが貼られていた危険物が収められていた箱がたまたまその剣閃の先にあったみたいで、箱ごと中身を一閃した結果……。


 爆!

 散!


 という最悪の事態を招き、宝物庫は見るも無残な状態へと成り果てた。


 吹き飛ばされた僕自身もただでは済まなかったけど、幸いにしてこの世界には回復魔法という素晴らしいものが存在しているため、僕は事なきを得ている。

 ちょっとした打撲程度の傷で済んだのは、腐っても身体は勇者という事なんだろうね。

 チンピラさん達に蹴り飛ばされた時も、痛みはあっても大してダメージを受けていなかったし。

 頑丈さでゴリ押しして、相手が恐怖を感じ始めた所で反撃!


 それは兎も角。

 本来なら勇者に貸し与えられる筈であったその名剣は、国一番の鍛冶師へと修理に出されました。

 ――あの規模の破損状態で修理出来るのかな?

 まぁ、修理から返ってきても、恐らく……というか間違いなく僕の手に渡る事はないと思うけど。

 体格的に合わないから別に良いけどね。


「庭園にある花をみんなで見に行きたいなぁ……」


「庭師達より『荒らされるのはご勘弁を』との嘆願書が多数届いております。御一人で行かれる分には構いませんが」


 侍女達の視線が隣室へと向かう。


「猫達はダメです」


 僕の寝室でもあるその部屋には、現在多数の猫達が暮らしていた。


 大の猫好きである僕のお願いに国王が許可を出してしまったのが悪夢(?)の始まり。

 色んな所から次々と拾ってきた猫達は日に日に増え、たった数日で既に二桁へと突入していたりする。


 ビバ、猫天国!

 わーい。

 王様、ありがとう!


 室内では大人しくのんびりしているマイラブリー猫ちゃん達。

 しかし、程よい広さがあり、程よく隠れ場所があり、程よく遊びまわれる庭園という空間では、猫達も野生を思い出してしまうのか大いに駆け回り、そのやんちゃっぷりを存分に披露してくれたのでした。

 猫VS猫の戦いとか凄かったよ。

 必見必見。

 時々毛繕いの休憩を入れながら、6ラウンドぐらいニャーニャーしてました。

 あ、当然ながら後で傷は回復魔法で治療して貰ったよ。


 それが起こったのは昨日のこと。

 原因は庭園に植えられていたとある植物のせいなんだけど、まだ誰もその事には気付いていない。

 あと何度か同じ現象を確認すればその原因に気付くかと思うけど、その前に庭師達がこれ以上の暴挙を許す筈が無かった。

 つまり出禁に……。


 猫達を思ってやった事なのに。

 たまには広い世界で自由にのびのびしたいよね。

 ――元々伸び伸びしていた所を拾ってきて部屋に閉じ込めちゃったのは僕だけど。

 その分、外敵と御飯の心配が全く無くて日々を悠々自適に過ごせるんだから絶対に猫達も僕に感謝してる筈!


「気分転換に、城内の散歩なら?」


「レイツェル様がお目覚めになられましたので、申し訳ありませんがもう暫くお部屋にてお寛ぎ下さい」


 そう言いつつ、勉強道具を出してくる侍女さん達。

 いったいどこに忍ばせていたんだろう。

 胸の谷間の中?

 それとも、長いスカートの中に隠れているスラリとした太ももにバンドで固定してた?


 筆棒やら砂板やらを執務机の上に並べていく侍女達の姿に、僕は頬をポリポリとかいた後、ブラックボックスをパタンと閉じる。

 開きっぱなしだったからね。


 このブラックボックスは、僕にとってはとても見慣れたアイテムだった。

 だけど侍女達にとってそのブラックボックスは、見た事のない摩訶不思議な魔法のアイテムです。

 黒くて薄い板が2枚繋がった様なソレは、この世界においては明らかにオーバーテクノロジーの特殊アイテム。


 その名を、ノートパソコンという。

 今更感?


 異世界から召喚された僕が何故か持っていた、時代遅れの低スペックマシン。

 マウスがなく、5歳児の小柄な身体ではキーボード一つタイピングするのも大変な作業だったけど、とにかく長時間バッテリーに重きを置いたマシンだった事で、充電する手段が存在しないこの世界でもまだなんとか起動する事が出来ていた。

 ……時間の問題だけど。

 ちなみにスマホやタブレットは何故か持ってませんでした。

 うーん、そっちも持ってた筈なんだけどなぁ。


 それはそれとして、異世界に召喚されたのが嬉しくて、ついスレたててしまったけど、バッテリー問題どうしよう。

 【雷】属性の魔法クリスタルの種を芽吹かせれば何とかなるかな?


 ちなみに、この世界に召喚されたのは、実は僕だけじゃない。

 同時に4人も召喚されている。


 大陸の端に位置するこのファンブール王国より魔王討伐(?)の冒険に出発する予定だった勇者一向の一翼。

 それが僕、マサムネです。


 そんな僕の現在の悩みはというと――。


「(はぁ、異世界に来たら絶対に娼館で遊ぼうと思ってたのに……それが(それも?)夢だったのにぃ!!)」


「はい? 何かおっしゃいましたか、マサムネ様?」


「ううん、何でもないよ。え~と、次の文字は」


「こちらになります」


 娼館通いはまだまだ先の事になりそうです。

 具体的には、7年後ぐらい……。




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