プロローグ : 勇者は「命を大事に」している
ニャンコのようにのんびりまったり気長に読んでいってください。
僕達が潜っているダンジョンには、弱いけどモンスターがいっぱいいる。
出現する敵は、魔石の取れるゴブリンやコボルトといった下級の亜人系や、御飯にもなる兎や狸、蛇、蝙蝠、狼の様な動物っぽい何か達。
剣を振るったり槍を突き刺せばコロッと死ぬモンスターが多い。
「タチアナ! そっちいったぞ!」
「任せて下さい!」
飛び交う蝙蝠に向けてタチアナが剣を振るが当たらない。
当たれば良く斬れる剣だけど、蝙蝠の方が一枚上手だった。
タチアナはまだ10歳だけど、女の子にしては少し長身で、スタイルも良い。
長い赤髪をポニーテールにまとめ、整った顔立ちにキリッとした真面目そうな相貌は、可愛いより格好良いという印象が強かった。
だけど僕は知っている。
彼女は笑った時が一番可愛いという事を。
急所を守る軽鎧を着て剣を振るっている姿は、まんま女剣士という戦闘スタイルのタチアナの剣捌きは、控えめに評価してもあまり良いとは言えなかった。
だけど、普通の蝙蝠を真っ二つにするぐらいなら申し分無い腕前ぐらいは持っていると僕は知っている。
実際に剣を交えた僕が言うのだから間違いない。
うん、強かった。
――5歳児の僕よりもずっと。
「今度こそっ! やぁっ!!」
身軽なタチアナは、逃げる蝙蝠を追って持ち場を離れる。
陣形は大切だけど、後衛を狙ってきた敵を放っておく訳にはいかないよね。
「やりました!」
今度こそ蝙蝠の身体を両断し、タチアナの顔にやりきったという表情が浮かんだ。
「ソル、そっちはどうですか?」
「問題無い! ゴブリンごとき、私の筋肉に任せておけ! ……支援はくれると助かる」
前衛を一手に引き受けているソル――ソルバトスの言葉の中には、よく〝筋肉〟という言葉が混じる。
それは兎も角(興味無いからサラッと流しちゃうよ)、ソルもタチアナと同じ年齢だけど、そこはやはり男の子。
身体を鍛える事が趣味だけあって、ソルは年齢顔負けの長身と体躯を持っていた。
あと付け加えるなら、筋肉的な暑苦しさも持っている。
そんなソルの横にタチアナが並ぶと、頭一つ分の身長差があるので、やっぱりタチアナも女の子なんだなぁと再確認出来るのがソルの良い所だと僕は思う。
二人はお似合いのカップルではないけど、二人が並ぶとタチアナがより一層に可愛く見える。
一緒にむさ苦しい筋肉マンも視界に入っちゃうので目には優しくないツーショットだけど。
ちなみに、僕と一緒に並ぶと僕の方が可愛く見えてしまうのは不思議でも何でもない。
年齢がダブルスコアなら、身長もほぼダブルスコアだからね。
小さいだけで可愛く見えちゃう世界の七不思議。
僕って罪な男。
「だそうです」
「分かりました」
「少々お待ちを」
そう言って、何やらポーズを取り始めた少女達。
5人パーティーでダンジョンアタックに挑戦している僕達の後衛を担っている二人の女の子。
とても良く似た双子ちゃんです。
彼女達は、魔法使いでもなく僧侶でもなく、なんと踊り子さんでした。
え、なんで?
と思ったのは絶対に僕だけじゃないと思う。
ソルやタチアナと同様、見たまんまの踊り子衣装を纏っている、ある意味露出狂の双子の名前はイルラウラとエルナウナ。
年齢は8歳。
ちょっとだけ色白なのがイルラウラ。
ちょっとだけ褐色なのがエルナウナ。
「天き綱の恢々たる戦を司る 土の女神 ギルドゥリベよ」
「天き綱の恢々たる戦を司る 土の女神 ギルドゥリベよ」
そんなステレオボイスの祈りの言葉から紡がれた神祷に遅れて、舞が始まった。
世界が左右対称となった双子の舞に、僕の瞳が奪われる。
当然、僕の心も奪われる。
「筋肉百倍! 大技いくぞ、覚悟せよ! はぁぁ………大斬馬撃!!」
後ろの方が何やら五月蝿かったけど、僕の意識はイルラウラとエルナウナに釘付け中。
二人の舞はとても綺麗だった。
身体が熱い。
これは恋?
「マサムネ、何を見惚れているのですか。そろそろ出番ですよ」
「もうちょっとだけ。あと5分」
「長すぎます」
舞の効果は躍っている間続く。
踊りを止めたらすぐに効果が切れる訳じゃないみたいだけど、徐々に効果が薄くなっていくらしい。
男の子ならずっと少女達の舞を見ていたいと思うのは普通だよね。
グキッ。
「いたっ!」
でも強制的に視線を外された。
一緒に首も外されたかも知れない。
タチアナが僕の首をぐるっと180度回転させた。
「180度も僕の首は回転しないよ!?」
「持ち上げながら回したので大丈夫です。身体も一緒に回っています」
「全然良くないと思うけど?!」
下手したら死ぬよ!
「おぬしの為に一匹残してある。さっさと狩ってくれぬか?」
僕は5歳児。
なのにダンジョンに潜ってます。
流石に危ないので、普段は皆に守られて戦闘には参加していない。
「は~い」
だけど今日はしっかり弱らせた最後の一匹のトドメを貰えるっぽいです。
やったね。
所謂、接待プレイというやつ?
当然ながら、普通はそんな事しません。
そんな事が許されるのは、貴族のお坊ちゃまとか王子様とかです。
でも僕は貴族でもないし、ましてや王族でもない。
ただの一般市民です。
むしろ王族なのは、実は皆の方だったりする。
筋肉王子様に剣士王女様、そして双子の踊り子王女様。
つまり僕は今、王子様王女様に接待プレイを受けていたりする訳で。
「マサくん、がんば」
「マサくん、がんば」
「ありがと。うん、元気百倍!」
それは兎も角。
可愛い声援を受けて僕の力が漲ってきました。
※注:筋肉は百倍にはなりません。
「じゃ、マサムネいきま~す」
「うむ! 頑張れ!」
……筋肉王子ソルの声援を受けて、ちょっとだけ力がダウン。
「ニャイナ、オルテナ、ニャッシュ! 【ニャンコストリームアタック】だ!」
意気揚々と、僕は命令を出した。
その瞬間。
僕の側でずっと寛いでいた猫3匹が走り出し、一列になって目標のゴブリンへと向かう。
「『連なり流るる流星の、疾きこと木天蓼の如く、いざ攻めん』。いっけ~っ!!」
先頭を走るニャイナがジャンプ。
ゴブリンの下顎目掛けてサマーソルトキックをかます。
ニャイナに続き、2番手のオルテナもジャンプ。
右のお手々をシュパッと振り下ろし、すれ違い様にゴブリンの首へ鋭い爪痕を刻む。
トドメとして、角突きキャップを被っているニャッシュがジャンプ。
ゴブリンの胸目掛けて頭から体当たりした。
「よし、決まった!」
見事に決まった必殺スキル【ニャンコストリームアタック】に、僕はガッツポーズを取った。
練習した(させた)甲斐があったね。
よしよし。
「勇者、おぬしが戦わなくてどうする!?」
あ、自己紹介が遅れました。
この世界に召還された勇者の一人、マサムネです。
5歳です。
今、僕は王子様王女様と一緒にダンジョンに潜っています。
何の為に?
勿論、将来の為にです。
この世界には魔王がいます。
怖いモンスターがいます。
大変ですね。
でも5歳の僕には魔王と戦うなんてまだ無理です。
モンスターと戦うのも危険過ぎます。
勇者だからって何でも出来る訳じゃないよね?
なので、今出来る事をしています。
今だからこそ出来る事をしています。
レベル上げ……は、あくまでもついで。
強さがないと、やりたい事も出来ないからね。
夢は億万長者!
もちろん、出来ればチーレムも。
一国一城の主にもなって、毎日可愛い猫達とニャンニャンしながら楽しく暮らすんだ。
頑張るぞ、おー!!