ありふれた、あるいは幸福な死に様
「今日も何一つ生産性のない一日だったことよ」
俺は自室の中央に置かれたベッドに横になり、天井を見上げる。今日の天井もいつも通り薄汚い。俺は溜息をつく。本当に俺の人生はこれでいいのだろうか。
大学進学直後、小説家を志していた俺は文芸部に入部。即座に創作活動を開始した。高校の頃から小説を読むのも書くのも好きだった。誰よりも面白く感動的なエンターテインメント小説を書けると自負していた。しかし、そんな俺の自信は、入部後の数週間にして、いともたやすく木っ端みじんに打ち砕かれたのだった。
この世には確かに『天才』が存在するのだ。そして、俺はその『天才』に出会ってしまった。彼の生み出す物語は、単語一つ一つに至るまで魂が宿っていた。精緻な芸術作品のような小説を、特に意識せずに書く事が可能だった。
気が付くと、俺は文芸部に行くことがなくなっていた。
◆◇◆
俺は部屋を見渡す。四方の壁を囲む本棚。それに詰まっているのは、大半が小説だ。残りは「小説の書き方」みたいな本だ。かつて俺が小説家になろうとしていた名残。夢の残滓。かつての俺は……
マイナス方面に向かう思考を押しとどめる。今の俺は充実しているはずだ。俺は夢をきっぱりと諦め、授業の単位をとる事だけにフォーカスを当てた単位取りマシーンとなった。完璧に模範的な大学生なのだ。稚気じみた夢など追う必要のないもの。今の俺にとっては、無事に大学を卒業して、堅実な企業に就職することが一番大切なのだ。小説は趣味で続ければいい……最近はめっきり書いてないけど。
そう考えながら俺は眠りに落ちる。
◆◇◆
大地を揺るがすような轟音で目を覚ました。地震だ。今までの人生で経験した中で、最も大きい揺れだ。恐怖。この家は崩壊したりしないだろうか。
俺は目を開く。俺の視界一面を埋め尽くしたのは本棚だった。この地震で倒れたのだ。もう避けることはできない。俺はこの本棚に押しつぶされて死ぬだろう。
最期の0.5秒。俺は少しだけ考える。こうして夢に潰されて死ぬのも悪くないかもしれない。少しだけ微笑む。目を閉じる。
◆◇◆
2287年14月788日に起きた大地震は多くの被害を生んだ。しかし、死者は一名だけ。時代遅れの物理メディアで書籍を所有していた大学生だけだった。