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成年後見制度申請奮闘記  作者: 貫之
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診断書

 候補者問題と同じく急がなくてはならないのが、医師への診断書の記入依頼でした。

 この診断書、実は申請まで三カ月以内に記入されたものという条件が付きます。それは診断書だけではなく、戸籍や住民票にも求められる条件です。


 けれども診断書は医師に依頼する必要があります。それもどこの医師でもよいわけではなく、本人(制度の利用者)が長く診察を受けていて、これまでの経過を知っている医師、さらに制度を利用する必要に迫られた疾患(私の父の場合なら認知症)の判断を下した医師が記入することが望ましいとされています。


 我が家には幸いホームドクターと呼べる診療所の医師がいました。結婚前の私が若いころから、二代の医師にわたって家族でお世話になっている所です。

 父はそこの先生に二十年、「若先生」と呼ばれている二代目医師にも十年以上お世話になっています。


 父の認知症も疑いを最初に持って総合病院を紹介したのは「若先生」でした。今でも介護度認定はこの医師が担当です。ですからこの医師に記入をお願いしなければなりません。


 役所発行の書類は少し時間がかかっても、全国郵送で何とか手に入ります。普通一週間、何か不手際があってやり直しになっても二週間。何らかの問題で発行に時間を要しても、二十日ぐらいで用意ができるでしょう。


 診断書は医師の都合に左右されますし、本人を診療所に連れて診察を仰ぐ必要があります。何より福祉関係者の確認では認められないため、家族が引率しなくてはなりません。


 その時私は上京中でしたが、滞在日数には限りがあります。ですから三カ月以内の期限があっても、診断書の依頼を先に急ぐことにしました。


「若先生」と言っても父の担当が長いだけあって、私と同世代ほどの五十歳前後の先生です。

 今では「おお先生」と呼ばれている父親もいまだに現役で、昔と変わらぬ穏やかな表情と語り口で診察を続けています。


「若先生」は「おお先生」より細身で、ちょっと精悍な雰囲気があります。ゆったりとした話し方は父親譲りですが、きちんとした印象がありました。


 長年家族ぐるみの主治医ですから、我が家の事情もほとんど把握しています。高齢者の多い地域なので高齢者特有の症状や問題にも慣れています。よく父や家族の担当者同席で診察を受けさせたのですが、そういう時私には不安を取り除くアドバイスをしてくれます。


 しかし一方で担当者には、それとプロの注視する視点は別なのだとピシャリとくぎを刺すのです。それによって私は冷静に余計な不安を持つ必要はないけれど、この程度の問題があるのだなと察することができますし、担当者は注視するべき点を家族と共有できます。こういうことがさりげなくできる先生なのです。


 ある時検査結果を一人で聞きに行くと、診察が一段落するまで待つように言われました。そして呼ばれると結果報告はごく簡単に済ませ、こちらの労をねぎらってくれました。そして余計な後悔をしたり、改善を求めるのではなく、現状をそのまま受け入れるようにと言われました。そして自分を追い込まないようにと。


 ちょうどいろいろ不安を抱えている時だったので、思わず目が潤みました。後から考えると医師の経験からこちらを察して、ちょっとしたカウンセリングめいたことをしてくれたのでしょう。いただいた言葉はよくあるアドバイスなのですが、ちょうどその時の私には必要な言葉だったようです。医師の経験則のおかげで、とても心が軽くなりました。


 そういう「人間」をよく見てくださる先生に簡易式ですが「長谷川式スケール」と呼ばれるテストで、父の認知症の診断をしていただきました。このテスト、ほんの四カ月ほど前に他の病院で、上京中の私が付き添って父に受けさせていたテストでした。


 結果を聞くまでもありませんでした。明らかに前回とは父の様子が違いました。


 考えている表情から違いました。以前は答えられなくても、懸命に思い出そうと苦慮する表情がありました。間違えてもそれを残念がったり、医師におかしい、どうしてだと聞いたり、ごくささやかなコミュニケーションがありました。


 この時、すでに父にはそうしたことがありませんでした。考えること自体、簡単に放棄してしまったように無表情で、こんな席では誰もが感じる、試されていることへの緊張さえもない様子でした。父の様子を見てすぐ、医師は周りの看護師を視線だけで呼びました。


 結果は五点。後見人を必要とする理由としては十分な低い数字だそうですが、進行の速さも想像以上なようです。医師はためらいなく「重度の高度認知症」と診断し、認知症の進行は個人差が激しく、こんな風に急激に進むこともあるから覚えておきなさいと看護師に言っていました。


 父の様子は今後の参考になると考えたようです。


 辛くてもこの医師の行動は納得出来ました。医師との信頼は大切だと思います。


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