宗士郎 (森)
森を進む2人に、会話はなかった。
クロは普段から無口だが、宗士郎にはそれが救いに思えた。
狩りに行こう……などと言って連れ出して来たものの、いろいろと不思議に思っている頃だろう。
いずれは全て話さなくてはいけないが、ソレを考えると頭が痛い。
とにかく今は、できるだけ早くここを離れなくてはいけない。
さもなくば、狩られるのは自分達なのだから。
しかし、森は暗く、まともな道もない。
子供には辛いだろう。
大ナタを手に邪魔な枝を切り落としながら何度も振り返る。
意外にも、クロはしっかり着いてきていた。まだ余裕もありそうだ。
時折、また変な顔をしている、……問題ないだろう。
しかし、村を出てから、生き生きとしているコトが、宗士郎には反って気掛かりだった。
(普通の子供ならとっくに音を上げている頃なのに、変な顔する余裕があるとは……。)
父親なら我が子の素質を見て喜ぶべきなのだろうが、
宗士郎にとっては、才能や素質など呪いのようにさえ思える。
(この子には辛い運命を背負わせたくないが……。)
胸を抉られるような不安に襲われながら、クロに悟られないようにニッコリと笑った。
「どうしたの?父さん。いつもより変な顔して。」
「いつもより、は余計じゃないかな!?」
「………ぷっ。」「………くく。」
2人は目を合わせると吹き出して大笑いしていた。
思えば、こんなふうにクロと笑い合ったのは初めてだ……。
クロは、いつも細い目をさらに細めてニコニコしてはいるけれど、滅多に泣くことも怒ることもなければ、こんなふうに大笑いしたこともなかったのだ。
その笑い顔に、クロの母親、葵の面影を観て、また胸が傷んだ。
(……葵、すまない……。)
宗士郎はしばらく振り返るコトが出来なくなってしまった。
さっきよりも変な顔をしていたからだ。
宗士郎は葵と出会った日のコトを思い出していた。
あれは、……15年前……。
初めてこの村にたどり着いた時、宗士郎は訳も解らないまま気を失ってしまった……。
村にはモノノケの類いが入って来られないよう、結界が張られていだ。
力のある化け物でも、無理に入ればまともに動けなくなる強力なモノだった。
普通の人間には何の影響もないのだが、宗士郎は後者なのだ。
かつて、鬼と闘うために得た力は、宗士郎の身体を人外のモノへと変えてしまっていた。
今まで幾度となく思い知らされてきた現実を、宗士郎はまたしても、痛感することになった。