目を覚めると、そこは蒼き竜の姿の宝玉の間
早朝、ヴァーソロミューはアレクシエルを起こし、エリアをそっと毛布にくるむと目隠しの術で覆い隠し、屋敷の奥にある隠し扉から脱出する。
すでに屈強な戦闘員となる護衛も、ギリギリの人間以外はカズール伯爵の側近と密かに入れ替わっている。
女官は、マーシャ以外はすでに王宮に向かっていた。
「大丈夫か?マーシャ?」
次第に遅れがちになるマーシャを気遣うアレクシエルに、
「だ、大丈夫で……ヒャァァ‼」
「失礼。女官長。術で浮かばせているから、私の腕に、腕を回してくれるかな?」
「は、はい‼ですが、ヴァーソロミューさま、この重い体を……」
「何言ってるの」
ヴァーソロミューは微笑む。
「女官長は重くないよ。小柄でにこにこ笑顔が可愛らしいのに」
「まぁ、おばあちゃんの私に……」
「優しい姫の乳母なのに、おばあちゃんじゃないでしょう?姫の事を大事にしないとね。一緒によろしくね」
「そうでしたわね。私は姫のばあやですもの」
微笑み、しがみつく。
しばらくして、たどり着いた屋敷に、待っていたのは、
「遅かったね、アレクシエル」
「ミュリエル様‼」
アレクシエルが、主に対する最高礼をする。
ミュリエルは手を振り、
「ほら、早く入りなさい。馬鹿どもが来る前に閉めるから」
押し込み扉を閉ざすと、ミュリエルはのんびりと花壇の草抜きを始める。
扉とは反対側から、バタバタといくつもの足音が響き、
「あの、兄上が戻って来るだと‼父上に会わせずに追い出さねば‼このっ!この扉さえ開けば‼」
現れた一人の男は固く閉ざされた扉をこじ開けようとする。
「クッソー‼おい、お前たち‼これを壊せ‼」
「そ、それは‼」
着いていた青年の一人は後ずさる。
「アールガンス様‼ここは最奥ですよ?ここには太古の竜の遺骸が祀られていて、竜に認められし者しか入れないと……」
「そんなもの!嘘偽りに決まっている‼この次の王である私が入れず、王位を放棄した兄が入れるなど!」
ぐいぐいこじ開けようとするアールガンスに、抜いた雑草を頭からぶちまける。
「うるさいよ‼このおろか者が‼」
「なぁぁ?」
元々戻って来る前、早朝から花壇の手入れをしていたらしいミュリエルは、かごの中からまた一掴みして投げつける。
「邪魔だよ、邪魔‼」
残った雑草ごとかごを、アールガンスの頭にひっくり返すと、その尻を思いきり蹴った。
配下のもの……が数人押し潰される。
その中に、
「おや?亡きロイド公爵の愚弟で爵位の権利のない者が、良くここまで来たものだ。宮廷の規定では、爵位を持つ、その爵位の称号の紋章の彫られたものを身に付けた人間のみ、後宮に入ることを特別に王太子から許可を得て入ることができるが……どこに身に付けているのかな?」
「そ、それは‼」
「王太子の私が認めたんだ‼黙れ‼ただの庭師が‼」
すると、カズール伯爵アデレードと、マルムスティーン女侯爵エルフリーデが連れだって現れる。
「ミュリエル様‼」
カズール家は少子一族であり、マルムスティーン家は子供は多いが女の子が多い。
当主のエルフリーデは、先代の子供たちの中で最も力のある術師である。
そして、王太子アレクシエルとその妻のマルガレーテの親友であり、結婚を祝福していた。
自分自身も幼馴染と結婚して、息子に恵まれたのだが、夫を亡くした。
現在5才になる息子が顔を覗かせる。
「あー‼ミュリエル様!おはようございます‼」
マルムスティーン家の女傑の息子エルシオンは、無邪気な子供である。
「はい、おはよう。エルは、お利口だね」
「はい‼」
「じゃぁ、中に入っておいで」
導き、そして扉の前にたったミュリエル、エルフリーデ、アデレードが宣言する。
「マルムスティーン家当主エルフリーデは、アールガンスを、次の王と認めぬ‼このシェールドの大地に流れる母なる河アンブロシアスの水の精霊の末裔として、頭を垂れる存在とはけして思えぬ‼」
「同じく、カズール家当主アデレードは、アールガンスを認めぬ‼この広き空を駆け巡る風の神と竜の末裔として、正しき主に頭を垂れる‼」
「そして、我、アレクサンダー・ギデオン・アンドリュー・サー・シェールド……裁きの神の血を引く我が、処断する‼そなたの偽りのために、アレクシエルとマルガレーテを反逆者と見なし幽閉した現在の王アルフェウスの王位は剥奪。そして、偽りと共に人々を苦しめたそなたには、厳しき罰を‼」
言い放った言葉に逆上するアールガンスを、一撃で倒したミュリエルは、周囲を見回し、
「お前たちも、偽りに荷担し、益を得ていた。この国には必要のない、害悪‼ヴェンナード家により厳しく、処罰を受けるがいい‼行け!」
エルフリーデたちの後ろから姿を見せた後宮騎士団が、戒めると、頭を下げ去っていく。
すると、目をキラキラさせて、
「ミュリエル様‼マルガレーテの娘のエリアちゃんは可愛いでしょうか‼」
その一言によろめくアデレード。
エルフリーデは、自他ともに認める可愛いもの好きな女性だが、次の王になる王女について、そこから聞くか?普通‼
額を押さえるアデレードそっちのけで、ミュリエルは、
「あぁ、可愛い子だよ。髪はプラチナブロンド、瞳が蒼だね。幼いけれど整った顔立ちだし、大きくなったらとびきりの美女になるだろうね」
「まぁぁ‼なんて素敵‼じゃぁ、じゃぁ、プラチナブロンドですもの、きつい色ではなく優しいベビーピンクのドレスを準備したらどうかしら?ねぇ?アデレード?」
「何で、私に聞くんです?」
「だって、エリア……アレクリエーラ王女殿下に最初に逢ったのは貴方でしょ?可愛かったでしょう?」
半分姉のような感じのエルフリーデは、勝てない‼絶対に‼
だが、あまり、誉め言葉が出てこない青年が、必死に、
「えと、ひ、瞳がキラキラしてました。出会ったときに、前に倒れたはずなのに反転して頭から落ちていくので慌てて受け止めたら、必死な表情が……すぐに足の痛みに顔が歪み……その痛々しさに、しかも、大きさの違う壊れかけの木靴の大きさが違っていて……脱臼骨折していて……ボロボロと泣いている姿が痛々しくて……」
「まぁ‼お堅いアデレードが言ってるわ~‼そんなに可愛い姫様にお会いしたいわぁ」
「エルフリーデ姉上。姉上の破壊力にはついていけない繊細なお姫様ですからね‼良いですか?見た瞬間暴発‼は止めてくださいね‼」
「大丈夫よぉ。最近は収まったんだから!」
ミュリエルに見送られ入っていく。
ミュリエルは、厳しい顔になり、
「アルフェウスには、身を慎めと……その前にヴィルナが遊んで倒れていたら……ヴィルナがおとなしくていいのだけどね……」
呟きながら去っていった。