クリスマスの奇跡を……
とぼとぼと歩く、うつむきがちの少女。
クリスマスだというのに、古ぼけた刷りきれそうなワンピースと、シンプルなエプロン、靴下はなく、着られなくなった服を裂いて足に巻いて木靴を履いている。
この木靴も、大きさが違う。
捨てられていた木靴を拾い、壊れている木靴は薪に、綺麗なものを履いているのだ。
大きさは全く違い、左足が大きく、右足が小さい。
大きな靴を履いていると擦れて痛いし、小さい方はきつくて痛い。
それでも、それがなければ、雪がちらつくなか、巻き付けた布で歩くことになる。
まだまし……なのだと思うことにする。
少女は、叔父の命令で、最近急死した母の残した遺品を売り歩く。
昔少女が生まれる前に逝った父は考古学者、研究家らしく、有名な論文をいくつも書いていた。
しかし、それは公表されず、仕舞い込まれていて、それを父の書斎の中の本と共に叔父は燃やそうとした。
「ごみではないか‼薪に火を移すものにくべるといい。それと働け‼その金を家にいれるんだ‼」
言い切った叔父は妻子を家に招き入れ、少女を物置の小さい部屋に押し込んだ。
両親の遺品の宝石やドレス等は全部取り上げられ、侍女のお古の服を投げてきた。
そして普通の革靴や、ホッソリとした布のくつではなく、割れかけの木靴も。
でも、両親の形見のネックレスと、叔父の手から、父の書斎と書庫だけは守ろうとからくり仕掛けの特別製の鍵をすり取り、中の数冊の本と論文、ありったけの題名と著者名を書き記した紙を片手に街に出て、毎日売り歩く。
しかし、このご時世、皆生きるのに精一杯で、手を振られるか、笑われるか、
「姉ちゃんだったら買ってやってもいいぜ?」
と迫る男から必死に逃れる。
そして売れないまま帰ると叔父に殴られる日々が続いた。
この日も売れず、俯いたまま歩いていると、木靴の裏の穴の空いた部分に、石が引っ掛り、よろけた。
転ぶ‼でも、本だけは‼
「危ない‼」
突然の声と共に、後ろから支えられた。
実は、前に転ぶと本が傷むので、足首で無理に反転して頭から地面にぶつかろうとしていたのである。
「何をしてるんですか‼頭を打ったら大怪我ですよ‼」
「あ、あのっ、本を買ってください‼」
「はぁ?」
少女は体勢を立て直そうとしたが、右足に激痛が走る。
「い、痛い‼……で、でも、ほ、本を買ってください‼」
瞳を潤ませつつ、必死に訴える少女を見て、足を見る。
ボロボロの木靴を履いている。
中には包帯か?それとも、くつしたの代わりか?
青年は、少女を抱き上げると、
「この近くに、私の叔父の家があります。そこで手当てと、本について教えてください」
「だ、大丈夫です‼は、早く帰らないと、叔父に殴られ……いえ、叱られて……」
「殴られる?」
よく見ると俯いた少女の頬は髪に隠れているが、あざがあり、よく見ると手足も傷だらけ、服もボロボロである。
即座に察知した青年は、安心させるように、
「大丈夫ですよ。これから行く叔父は、とても温厚で優しい紳士です。大変な読書家で、貴方が譲りたいといっている本もよくご存じかと思いますよ」
「ほ、本当ですか‼……あうぅぅぅ」
痛みに声を失う少女。
「だ、大丈夫ですか?あの、貴女のお家に使いを送りますので、お名前とお家を教えてください」
「……ロ、ロイド公爵家の、者です……」
「ロイド公爵と言えば、マルガレーテ公爵が最近急死されて、次の当主はエリア嬢が当主と聞いているけれど、体調を崩されて……」
目に涙をためたまま、うなずく。
「そ、そうです。ひ、姫様は……」
自分が本人だと言えない……俯き囁く。
「おい、じい。馬車を‼」
「もう来ておりますが?」
飄々とした初老の男が、
「失礼いたします。若様が中に先にお入りになり、お嬢様を」
「お、お嬢様……では、ありません……それに、帰らないと……」
「そのおみ足では無理でしょう。大丈夫です。一応この若様も、時と場合はわきまえておられますよ」
「どういう意味だ」
エリアを預けなかに入った青年が、抱き上げてくれると、美しい装飾の施された馬車のソファに横たえてくれる。
「だ、大丈夫です……」
「ダメですよ。お嬢様。若様は不器用ですので、お嬢様の膝枕を。お嬢様。我慢はなさらないでください。相当痛い筈ですよ。骨が折れていますから」
「何だって‼」
「きつい木靴をはいていますので、無理にねじって脱臼と折れてますね。木靴を割りましょう」
エリアは、
「く、靴がないと……」
「靴よりも足だ‼靴は私がいくつでも買う‼それと、じい、ロイド公爵家に使いを、君の名前は?」
「エリ……いえ、侍女です。あの、本当に……」
「じい」
「解っております」
窓を開け、二言三言初頭の紳士は告げると閉ざし、
「揺れる馬車では、お嬢様が余計にひどい怪我を負う危険がありましょう。今は我慢を……」
「……ふっ……ふえぇぇ……私が頑張らないと、お父様とお母様の遺品が、火の中に……お父様の遺された論文や、お母様が大事にしていた文通の……」
わぁぁっと泣きじゃくる少女に、
「……も、もしかして、エリア殿か?」
「そうですね。大丈夫です。一目で解りましたから、馬車に乗る前に、王宮騎士団に連絡済みです」
「何で解るんだよ」
泣きじゃくる少女の頭をよしよしと撫でる。
「お母様に瓜二つですから。それに瞳の色で解りますよ」
「会ったことがあるのか?」
「まぁ、それなりに」
それ以上聞くなと言いたげに口を閉ざした執事に青年は黙り込む。
そして、さほど時をおかず、馬車はある屋敷に入っていった。
「ようこそ、お待ちしておりました」
つんっとすました執事だが、青年が抱いている少女を見ると嫌悪感を露にする。
「何でしょう?カズール伯爵。このような汚ならしいものをこの美しい屋敷に……」
カズール伯爵アデレードが苦い顔をすると、その横で、執事のマクスウェルが低い声で告げる。
「黙れ‼」
「なっ!こ、この屋敷を追い出された執事失格人間が‼」
「アデレード、マクスウェル。よく来たね」
その後ろから現れたのは温厚さ丸出しの青年。
「アレクシエル様。お久しぶりでございます」
カズール伯爵アデレードが頭を下げるのは、王太子を降りる降りないと騒動になり、王位継承権はそのままで半ば軟禁状態にある王太子アレクシエルである。
「もう、王位なんて要らないんだけれど……」
心を閉ざした表情で呟く。
「マルガレーテは……もういない……」
「では、アレクシエル様‼この方は‼どうなるのですか‼」
「汚ならしいものを、殿下に近づけるなと‼」
「あぁぁぁ、いたぁぁぁい‼」
足を乱暴に叩かれ、エリアが泣きじゃくる。
「き、貴様‼何をするんだ‼」
マクスウェルは、かつて部下であった男を殴り付ける。
「アレクシエル様‼医者を‼大怪我をされているのです‼それなのに‼」
「貴様‼この屋敷から追い出された人間が‼」
掴みかかろうとした執事に、アレクシエルは冷たく、
「下がれ。無様な執事など要らぬ。マクスウェルは元々アデレードが成人するまで一時的に貸し出した。お前は、臨時の執事。しかもできの悪い執事だな」
「なっ!」
「お前が持ち出した貴金属は、マルムスティーンの伯父上が全て預かってくださっているぞ。そして……」
勝手知ったるマクスウェルにエリアを預けたアデレードが、にやっと、
「お前を捕まえに来た。大人しく縛につけ‼」
執事と数人の侍従、侍女が連れ出された屋敷には、アデレードが……と言うよりもマクスウェルが、国王やマルムスティーン家から借り受けた侍女たちが行き交うようになる。
「人が多いと、息苦しいのだがな」
渋い顔のアレクシエルに、
「伯父上。先程連れてきたのは、エリア様です」
「……な、何だって‼」
アレクシエルは目を見開く。
「ちょ、ちょっと待ってくれ‼エリアは、ロイドの……マルガレーテの……」
「マルガレーテ様の急死によって、弟殿が、後見人となられたようですが、エリア様に乱暴を働いたり、貴金属ドレスなどを取り上げて、殿下が残されていた書庫の中身を燃やすと脅されて、街に出て買ってくださいとあの姿で出向いていたようです」
「……っ‼あのっ‼あいつのお陰で、私とマルガレーテ、エリアは‼」
歯噛みするアレクシエルに、アデレードは、
「伯父上……殿下。お願いがあります」
「何だ?」
「……王宮にお戻りを。そして、マルムスティーンの伯父上が言うには、エリア様の叔父が、エリア様の体調不良を理由に、爵位を自らのものとしようとされているようです。明日、王宮会議に、議題が出るとか……」
その言葉に、唇を噛む。
「で、では、マルガレーテが守ろうとしたロイド公爵家は‼」
「マルムスティーンの伯父上が言っておりましたよ」
と、いくつかの言葉を告げた。