役者はそろった
「それじゃあ、今日のゲームを始めよっか」
店の看板を『CLOSED(閉店)』に変えてから、先輩はそう言った。
「キミは今日が初めてだったよね?」
先輩のスカートが揺れる。先輩はこちらに背を向け、
カウンターに並んだグラスにビールを注いでいく。
ここは小さなピアノバー。
店の営業が終わった後、この店では軽くゲームをしてから解散するのが恒例になっている。
といっても、俺が参加するのは今日が初めて。
俺はあこがれの先輩と一緒にゲームができると、
どきどきしていた。
と、そんなとき、俺の正面に男が座った。
「俺の巧みな情報収集によれば、あの先輩は女子大の4年生。
この春に卒業してしまうから、
その前にお近づきになっておきたい……というのが、
我が親友である倉田ヨウタくんの想いで……」
「おいおいおい!
なんでお前はまだ残ってるんだよ」
同じテーブルについたその男は、
俺の大学の同級生で隣の部屋の住人、ヒロカズ。
ほとんど大学に行っていないにもかかわらず、抜群の成績をほこる嫌なやつだ。
今日、こいつは突然店にやってくると、客として散々飲み食いをしていた。
まったく迷惑なやつだ。うちの店の女性客を次々に口説きやがって。
……で、さっさと帰ったと思っていたのだが。
「ふふん、さっき先輩に頼み込んで、
この閉店後の宴に誘ってもらったのさ」
頼み込んで……誘ってもらった?
「お前、先輩を困らすようなことしたんじゃないんだろうな」
俺は先輩に聞こえないように、小声でヒロカズに尋ねたが、
ヒロカズはにやりと笑うだけで答えない。
「じゃーん、今日のゲームは、『モンバス』だよ!」
そんなやり取りをしているうちに、
先輩が嬉しそうに、4DSを持ってやってきた。
モンバス……モンスターを狩って生活する漢のゲームである。
「待ってましたぁ!」
ヒロカズが手をたたいて歓迎する。
俺たちも4DSを起動させる。
「ヒロカズくん、キミ、強いらしいね?
弓使いって聞いてるし、いい援護を期待してるよ!」
先輩はビールをテーブルに並べていきながらそんなことを言う。
「……あ! おつまみも必要だよね!
それじゃあ部屋つくっておいて!」
先輩がおつまみを取りにキッチンへ行ったのを見計らって、
俺はヒロカズの足をガンと踏みつぶした。
……と思ったが、それは華麗に避けられてしまった。
「……別に、お前の想い人を盗る気はないさ。
親友のあこがれの人を、知っておきたかっただけだよ」
ヒロカズはぐび、とビールを飲むと、こちらにウィンクしてきた。
器用に4DSを操り、通信プレイ用の部屋をつくっている。
「俺の本命は、あっちさ」
ヒロカズの目線を追うと、
その先には俺の同僚のウェイトレス、やよいがいた。
ふんわりしたレースのメイド服を来たやよいは、ヒロカズの目線に気が付くと、
「ゲッ!なんでいるんだよテメェ」と、ゴミでも見るかのような目で言った。
ヒロカズはその言葉にほほを染めると、乙女みたいにもじもじとして目線を落とす。
なんなんだこいつ。
「あーっ、今日も疲れたなぁ」
メイド服の胸元のリボンをほどき、いくつかのボタンをとって
少しラフな格好になったやよいは、先輩がついでいたビールをガッガッと飲み干すと、
幸せそうな顔をして俺の隣に座った。
「よ、倉田。それちょうだい?」
やよいは俺がちょうど飲んでいたコップを、
俺の手の上からつかむと、強引に自分の口へとそれを引っ張っていく。
そしてそのまま、俺が口をつけたところと同じところから、
ビールをまた飲み干した。
「お待たせ。おつまみ持ってきたよ」
そこへ、先輩が戻ってくる足音がトタトタと聞こえてきた。
これで今日の役者はそろった。
「それじゃあ、ゲームを始めるよ?」
今日のゲーム、開戦!