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4 次の満月に向けて、安岐達と東風達それぞれの動き

 満月が近くなると、各企業、各組織、公安、それぞれがそれぞれの思惑で騒がしさを増す。

 安岐の所属する集団もそうだった。

 満月は月一度。大切な日が月一度、というのは実に分かりやすい。計画も立てやすい。

 だが、どれだけ計画が完璧でも、満月の夜、その短い時間に目的を達成できなければ、どれだけ完璧な計画でも全く意味はない。


 火曜日の昼。


 現在では電気も水道も入らないゴーストビルと化しているところを安く借りて仕事をしている集団が多い。


「…で、次の仕事だが」


 社長が話し始める。彼はまだ若い。三十そこそこである。

 この都市が孤立化してから、雨の後の筍よろしくうじゃうじゃと出来た会社や非合法組織は、たいてい構成員が若い。

 その中心は、行き場を失った学生であることが多かった。ここの社長も、副長の壱岐も、十年前までは学生だったのだ。

 だが学生はただ学生をやっているだけでは生きていけなくなった。

 何しろまず収入がない。特にこの都市へやってきた他地方の学生や、たまたまそこに来ていただけ、という旅行者というのは。

 仕送りのみを頼りにしていた学生は、当初、自分の安否すら保護者に伝えることができない。

 さすがに落ちついてからは、ある程度の「外」との情報交換だの、手紙の受け渡しができるようになったが、とりあえず目先の暮らしができない状況になってしまった。

 旅行者(これは「たまたま」都市の繁華街に買い物や催し物に来ていた人も含む)はなお状況が悪い。学生はそれでもまだ住むところはある。どうしても無くなった時でも、学校の校舎へ潜り込むという手段もある。 

 だが旅行者には、それすら無い。バイトと言っても限度がある。

 もともとこの都市には、他市の工場へと働きに出ていた市民も多かった。彼らは働き口を失った。だが失ったからと言って働かずにいたら食えなくなってしまう。

 行政の側も、そういった人々にまず仕事を供給した。家族を養わなければならないから、と。それは正しい。

 だが正しいからと言って、放っておかれた側はたまらない訳である。どうにも後回し後回しにされ、待った挙げ句働き口はない、と宣告された学生や若い旅行者達は、とにかく何か方法はないか、と探した。すき間を探した。


 …あった。


 それまでにはなかった仕事を、作ればいい。


 そこで彼らが思い立ったのは、「外」との交易を専門に行うことである。

 そしてその大半が表の顔と裏の顔を持っている。とりあえずこの集団も、表向きは「外」の服飾メーカーの卸しをしていたが、裏では、この都市が新しく作った条例に反するものの密貿易だった。

 …外と、金銭の受け渡しができるようになった頃には、新しい生活が、彼らの身体に馴染み始めていた。

 このビルにはカーテンすらないから、陽射しが直接入り込んで初夏の今、かなり暑い。だが冬の寒い時に比べればマシ、とばかりに「社員」の彼らは汗をだらだら流しながらも、思い思いに椅子を引っ張ってきて、社長を取り囲むようにしてかける。


「…で、表向きの方のはそのくらい。それぞれの受け持ちを上手くこなしてくれ」


 社長以上に若い社員達ははい、と声を揃える。中には中学生じゃないか、と思われるような者もいる。


「で、もう一つの方だが」


 全員の顔に緊張が走る。


「今回のこっちの主目的は闇煙草だ。輸入モノの『ダズル』。それは先週の打ち合わせと変わらない」


 大気条例のために煙草はこの都市では制限されている。「外」からの持ち込み量や、種類、喫煙場所も限定されている。空気洗浄機のある所、煙の出ないタイプ、等々。

 彼らの扱おうとしている「ダズル」はヘビースモーカーに好まれるもので、吸う本人はいいが、吸わない者には吐き気さえ起こさせるような臭気がある。また、人によっては幻覚症状が起こる、ということで、公安の取り締まりリストに載っているものである。


「だが、先日持ち込まれた情報によると、公認の取引の方に今回は大がかりなソフトがあるらしい」

「ソフト?」


 一人が反射的に声を立てる。


「まあ色々だな、工業用もあるし、ゲームもあれば、音楽もある。だが、どうもその中に、入荷が禁じられているモノが紛れ込まされている可能性が高いということで、今回は公安が目を光らせている、と」

「と、言うと?」


 別の一人が訊ねる。説明してやれ、と社長は隣に座っていた壱岐を見る。


「『こちら側』には絶対現在は無いソフトというものがあるのは知ってるな?」


 その場にいた全員がうなづく。壱岐は安岐の方も見る。安岐も知っている。実際にその実物は見たことはないが、話として知っている。


「十年前にそのソフトは全て公安が回収し、破壊した。CD、ビデオテープ、カセットテープ… まあそう言ったものだが、もちろんそんなことをしたのは、『こちら側』だけだ。『外』はそんなことをする必要がなかったから、そのまま市場には出回っている」


 ある特定のアーティストのソフトだ、と安岐は壱岐から以前聞いた。


「ただ、『こちら側』の騒ぎとその理由は、『外』の方も判っていたから、『こちら側』へ持ち込むような真似はわざわざしなかった」

「それが持ち込まれる、というんですか?」


 津島が訊ねる。


「そうだ。まあ『本当に』持ち込まれるのかどうかは判らない。公安がそれを口実に、別件の一斉検挙を行う気かもしれないし…」


 珍しいな、と安岐は思う。壱岐はこのように不確かなことはそうそう口にしない。いつも持ち込まれる情報もただではないのだから、と冷静に検討して、確実なものを、自分で噛み砕いた形で持ってくるはずなのだ。


「情報自体は確実なんですか?」


 思い切って安岐は訊ねる。壱岐は口元を歪める。


「情報自体はな。そういう情報が流れているということは事実なんだ。ただ、それが何処から流れているか、というのがやや不明瞭なのが俺も気にはなるんだが」

「だが闇煙草の方の取引は前々からのものだ。それを違えると、ウチと取引先、それにウチから流す業者の信用問題に関わるからな」


 社長は低い声で付け加える。つまりそれは決定事項なのね、とメモを取る津島のつぶやきが聞こえる。


「…で今夜、その準備がある。そう大人数は要らない。打ち合わせだけだからな」


 参加メンバーが告げられ、この場に集まっていた殆どがうなづいた。

 この集団はそう多人数の組織ではない。実際この場に集まっていたのは十人程度だった。

 ただ、それが全員ではない。この都市のあちこちに「社員」は散らばっている。ある特定の専門的な仕事だけを引き受けて、その仕事に対してのみ報酬を受け取る、という立場の者。彼らは特定の通信手段によって動く。   


「…ちっ、今夜かよ…」


 舌打ちをする友人の顔は妙に悔しそうだった。津島はこの晩の打合せメンバーに入れられていたのだ。

 やけに悔しそうだったので、安岐は散開後津島にその理由を訊ねた。


「…んー…」


 津島は言い渋り、やや照れくさそうに視線をそらす。そこで安岐は気付いた。


「お前今日ライヴあるとか」

「そーなのよーっ」


 津島はわっと泣きつく真似をする。


「だけどお仕事だものね、仕方ねーでしょ? …てな訳で安岐くん行ってきてくれない?」

「オレが?」

「いや一応俺、楽しみにしてたのよ? だからせめて俺に後でお話聞かせてっ」


 神様お願いポーズで瞳うるうるとさせて見せるあたり芸人である。本当にうるんでいるのだから。


「…いーけど… 何処?」

「あ、それはこないだのトコ。B・B」


 ポケットをごそごそと探る。四つ折りにしたクリーム色に薄いブルーの幾何学的な形が所々に散りばめられたデザインのチケットを出し、ほらここ、と印刷された文字を示す。


「OK。とりあえずがんばってな」

「うん」


 頼むわよっ、と半ば真面目、半ば冗談まじりに津島は安岐の手にチケットを握らせた。ふと触れた指先が堅い。ああ、ギターの練習もがんばっているんだな、と安岐は気付いた。



 さて一方同じ頃、別の所でやはりそれなりに不穏な会話が繰り広げられていた。

 だが一方がゴーストビルの一室でたむろしているのに対し、その集団は、太陽の下にいた。

 「T-M」には大きな公園がある。

 公園内には、二つの大きなホール―――「公会堂」と「ワーカーズホール」と呼ばれている――― と、図書館がある。

 また入り口には古めかしい作りの噴水塔があり、この都市の人々に昔から親しまれている。

 珍しいタイプだった。下から水を勢いよく吹き出すタイプが普通であるのに対して、その噴水塔は、塔の中で水が上に上げられ、上についている皿からこぼれ落ちるという形を取っていた。皿の周りの装飾からして、百年近く昔に作られたものであることは間違いなかった。

 都市が切り離されるまでは、この噴水塔は夜になると下側面からライトアップされ、その優雅な姿を美しく市民の目にさらしていた。

 現在はそのようなことはされることはない。

 初夏の陽射しはそんな噴水塔にも照りつけ、白っぽい石に反射して光をあたりに容赦なく振りまく。

 その噴水塔の水枠のへりに女が一人座って、近くに寄ってくる鳩をからかっていた。

 彼女は鳩豆をぽろぽろと自分の周りに撒くが、時々遠くに飛ばしては、鳩のよたよたと走っていくその様子がおかしい、とでも言うように笑う。

 やや色を抜いた彼女の髪は短くカットされて意味なく跳ねまくっている。だが軽い感じのするその髪型は彼女によく似合っている。原色が強い、身体にぴったりしたサマーニットは、小柄だがグラマーな胸を、短めのスカートはその下にすんなりと伸びる脚を強調していた。

 ふと彼女は顔を上げる。待ち人来たり。


「やっほう、東風」

「珍しい所に呼び出すな、俺は目が痛いぞ、夏南子かなこ

「たまにはいいでしょ? 何かピクニックみたいじゃない」

「お前の言う台詞じゃないな」


 東風は彼女の隣に座る。あらそお?と夏南子と呼ばれた彼女は片方の眉を上げると、残った豆を一気にばらまいた。


「朱夏ちゃんは元気? あたしあの子をよこさせてって言ったじゃない?」

「元気だよ。昨夜も聞いておいて何だ?」

「むさ苦しい野郎よりも、可愛い女の子の方がお使いだったら嬉しいじゃなーい」

「あのなあ… 別の用事があるのを思い出したんだよ。夕方からB・Bの方」

「あらら」


 残念、と彼女はつぶやく。


「そんなにあそこに関係者、集まるようになっちゃったのかしら。いくら緩衝地帯って言ったってねえ」

「いや、今日は単なる昨日の仕事の続き。今度の満月とは全く関係ない。ちょっと渡し忘れがあったものがあったから」

「今度の満月、ね」


 夏南子は表情を引き締める。


「誰があんなモノ、持ち込もうとしてるのかしら… そのせいで何処の組織も会社もてんやわんやだって言うわよ」

「例の噂のことか?」

「そーよ。非合法ソフト。おまけにその情報の出所が全然はっきりしないから、どう手をつけていいものやら…」

「まあ俺には関係ないさ」


 東風は軽く流す。


「そうよねあんたはそういう奴だわ。石橋を叩いても渡らないんだもの。面白味の無い奴!」

「家内制手工業なんだからな、あまりヤバい橋は渡りたくないだろ?」

「家内制手工業でもね、ウチは結構結構目をつけられてんのよ。自覚無い奴ってこうだから嫌」

「自覚くらいあるよ。だから大人しくしてるんだろ」


 「裏」稼業をしている人間達は、お互いにその存在を知っていて、だが自分の、場所であれ職種であれ、テリトリーを侵害しあうことがない限り、そうそう手出しはしなかった。

 した所で狭い都市の中、さほどの利益もないのだ。下手に転べば共倒れとなる。


「レプちゃんをほいほい改造できる奴が言っちゃいけないわよ。あんたに目ぇ付けてる連中、本当は『O-S』の闇業者と渡りつけて単品高価なアレにも手ぇ出したいんだけど、あいにくあんたと違って、そのへんのコトよく判ってる連中がいないから手を出せないのよ」

「そりゃ単に専門外ってことでしょ。人にはそれぞれ役割ってものがあるんだし。…おかげでウチは結構楽だけどな」


 彼は、この都市、こんなところで自分の専攻が役に立つとは思ってもみなかった。

 もともとコンピュータ関係は得意分野だったが、レプリカまで自分が何とかできるようになってしまうなぞ、十年前には考えもしなかったのである。きっかけも自主的なものではない。

 レプリカ――― レプリカントというのは、数年前から実用化された「人間もどき」である。

 その開発の裏には、その脳に使われる素材である「半液体状記憶素子ハーフリキッドメモリアル」、通称HLMの発見ということがあったのだが、まあそれはここで語るべきことではない。

 ただ、HLMはそれまでのコンピュータとは違っていた。それを「人間もどき」の脳に使うことによって、「もどき」はより人間らしいものにと進化していったのである。

 彼は、裏稼業にそのレプリカのチューナーをしていた。HLMの調整をして、レプリカントの性格付けや、機能拡大を専門にする者である。

 チューナー稼業をしている人間は現在都市内では多くはない。そして相互連帯関係が整っている。

 彼が所属しているのは、その集団の一つである。規模は小さい。夏南子はチューナーではないが、彼の仲間の一人である。


「ま、今回は高見の見物といこうか」

「は。あんたのそういう所、嫌い」


 彼女は頬杖をつきながら横目で東風を見る。


「なら縁切ろうか。別に俺はいーよ」

「あほ」


 頭を叩いたら、すこんといい音がした。

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