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33 芳紫はHALの事情を推測を加えつつ語る

「布由さんっ!良かった!あの都市には行かなかったんですねっ!


 何のことか、布由にはすぐには判らなかった。その時は。

 すぐさま土岐は布由を、だらんと着たシャツの裾を引っ張って実家の居間のTVの前へ座らせた。土岐の母親まで、布由さん良かった良かった、とほとんど涙ぐんでいた。

 TVは国営放送がかかっていた。何ごとだと思った。特別番組。台風でも地震でもないのに?

 なのに。

 国営放送のアナウンサーは、繰り返し同じ言葉を言っていた。


 ―――市中心部から半径十五キロメートルで大規模な地震が起こりました―――

 ―――現在交通機関は―――

 ―――私鉄は―――


 何を言っているんだろう、と布由はその時思った。

 地震だったら、たいてい全国地図が出て、ぽつんぽつんと違う色の、数字のついた丸が地図の上にへばりつき、各地の震度は幾つ、とか、今回の地震のマグニチュードは幾つで、とか言う筈なのに、そういう意味の画像もアナウンスもない。

 ただ―――市中心部から十五キロ… と同じことを繰り返していた。

 ちょっと待て、と布由は一つのことを思い出していた。


「今日は―――のライヴがあったんじゃないかっ」

「あんた行ったんじゃないですかっ!」


 間髪入れずに土岐は叫んだ。

 だがその時間は、普通ならライヴをやっている時間だった。だいたいアンコール程度の時間だった。


「行ってないんですね?」


 布由はうなづく。


「ライヴは行ってない」


 確かに。


「行ってないんですか?」


 確かに行っていない。だが、市内には入った。会場にも行った。あれは公会堂だ。「T-M」の、公園の中にある会場。

 そして、HALにも、会った。

 会って。

 会って… どうした?


「中心は、市内、『T-M』―――」

「ちょっと布由さん、会場の付近じゃないですかっ!」


 土岐は叫んでいる。だが布由は奇妙に冷静に考えていた。


 違うよ土岐。会場の付近、じゃない。

 震源地が、会場なんだ。


 理由もなく、布由はそう思っていた。


 この会場を中心に半径十五キロが揺れたんだ。彼を中心に。


 どうして自分がそう思うのか、布由にも判らなかった。だが、確信していた。そうつぶやいていた。誰の耳に届くとも判らないのに。

 耳。

 そして声がまだ耳に残っている。


「行かないで」


 それはどちらの声にも、聞こえた。彼の声にも、都市の声にも。



「HALの気配が感じられない?」


 芳紫は訊ねた。


「ああ」


 朱明は答えた。


「だけどそれっていつものことじゃん」


 満月の夜、突然戻ってきてからずっと姿を見せなかったこの友人兼同僚は、黄色の公安長官の執務室へ来た時、ひどく疲れた顔をしていた。


「何、気がついたらいなかったの?」

「まあな」

「それからずっと?」

「ああ」


 煮詰まったコーヒーをミルクも砂糖も入れずにジョッキ一杯にして芳紫は朱明に手渡す。下手に彼にやらせると、自分の呑む分まで無くなりそうだったから。

 ああサンキュ、と取ると、ひどく苦々しげな表情で朱明はそれを半分飲み干した。


「…煮詰めすぎじゃねえの?」

「文句言わない!」


 へえへえ、と彼は残りを飲み干した。だがさすがにその苦さは何となくぼんやりした彼の頭をしゃんとさせる。


「見てねえか?」

「見てないよ。抜け殻はそこらで見たけど、中に奴はいなかったから」

「…とすると」

「向こうへ行ってるな」


 向こう、と彼らはそこをとりあえず呼んでいた。以前HALがM線を借りて安岐と朱夏を連れていったあの空間である。

 時間が止まった、「川」の中と同じ類の。

 彼らがそこに行ったことは無い。普通の人間はそうそう行ける所ではないのだ。HALにしても、「向こうとこちらをつなぐ」列車を媒体にしなければ安岐と朱夏を連れては来られなかった程である。

 その「向こう」へ行っていると、朱明にしても凝縮したHALの気配は感じとれなくなるのだ。


「今回の逃げ方はすごいな」


 ぎろり、と朱明は横目で友人をにらむ。だが芳紫は微動だにしない。


「言っちゃったんだお前に… HALさん」

「え?」


 どん、と朱明は殆ど空になったジョッキをデスクの上に叩きつけるように置いた。

 ほんの少し残っていただけだったが、濃いコーヒーは飛び跳ねて、デスクの上に染みを作った。

 芳紫はその染みをちら、と見たが、いつもの冗談めいた小言もその口からは出なかった。


「…って何だ? 芳紫お前、何か知っていたのか?」


 芳紫は黙って、ついでに入れた自分用のコーヒー割りのミルクを口に運ぶ。


「俺だけが、知らなかったって、言うのか?」

「まあね」


 大きなカップにやや反響した声が、簡潔に告げる。


「どうして」

「それは俺が言うべきことじゃないんじゃない?」


 ぐっと朱明は詰まる。確かにそれはそうだ。それは芳紫に聞いて済むというものでもない。

 だが。


「でもHALさんが言う訳ないよな」 


 芳紫はややあきらめたように顔を上げた。


「あのさ朱明、HALさんはさ、一番大切なことは、一番大切な当事者には、絶対言えない奴なんだ」


 ぴん、と朱明の濃い眉が両方つり上がる。


「本当のことも嘘のこともいろいろ言うだろ。ほら、『小枝を隠すなら森の中』みたいにさ。で、HALさんは、かなり大事なこととか、二番目くらいに大切なもののことは、何だかんだ言って、言ってるんだよ。言葉の端々に」

「ああ」


 覚えはある。


「だけど、そうやって散りばめても、本当に、一番のものは、絶対言わないんだ。言葉にはしないんだ」

「どうしてそんなことが判る?」


 さあどうしてかな、と芳紫は笑った。


「だからHALさんは言ったんだよ、十年前、動ける身体が欲しい、って藍地と俺に、理由付きで」

「…」

「あの頃、あの人よく夢を通して出てきたよね」

「ああ」


   *


 十年前。

 HALが眠りについて、都市が閉じた年。長い秋。長い冬。

 朱明にとって、夜は、長かった。そしてひたすら暗かった。

 彼はその長くて暗い夜を必死で駆け回った。駆け回らずにはいられなかった。

 そして願っていた。こんな夜が終わるのを。だがその夜の中に出ずには居られなかった。

 夜に眠りたくはなかったのだ。

 夜の闇の中の眠りは、とても優しく、そして時にひどく残酷だった。彼が住み着いた部屋は、とても居心地のいい所だった。だが、その中で明かりを消して眠りにつくことが、その頃ひどく難しかった。

 閉じたまぶたの裏に、あの時の光景が、浮かび上がる。その時、何もできなかった自分が。起きるはずの無い渦が。動かなくなったHALが。

 後悔は絶対しないはずだった。そういうタイプではないのだ。反省はしても後悔はしない。過ぎた物事を繰り返して思い出し、楽しむ趣味はなかったはずなのだ。

 だが、あの光景だけは。

 闇の中に、浮かび上がる、同じ光景。頭の中から決して離れない。そしてそれは、完全に無力だった自分に突き刺さった。

 彼は夜に動いた。そして昼間、仮の眠りにつく。身体が疲れはてているので、意識を無くすのは簡単だった。

 昼の眠りは、身体の疲れを完全には取らないが、明るいまぶたの裏は、とりあえずあの光景を映し出さない。

 それだけで当時の彼には十分だった。


 ―――HALが姿を現したのは、そんな昼の眠りの中だった。

 またあの光景か、と彼は夢の中ということも忘れてため息をついた。

 らしくない、と自分でも考えていた。

 しばらく彼はぼんやりとその光景を眺めていた。結局自分は、この時点から逃れることができないのか。

 だがやがて、それが何か違うことに彼は気付いた。

 それはいつもの光景ではなかった。夜毎、暗い目の裏に浮かび上がる、見覚えのあるそれではなかった。

 そこは、白かった。そして明るかった。

 眠っている身体自体が疲れているせいだろうか、その白いものが何なのか、頭がぼんやりとして、はっきりとは判別できない。だが、彼の目には、HALはその中に半ば埋もれて眠っているように見えた。

 しばらく朱明は、その場に立ち尽くしていた。自分の目で見ているものが信じられなかったということもあるし、どうしていいのかがまるで判らなかったのだ。

 どのくらいそうしていただろう?やがてHALは、ゆっくりと目を開け、起きあがった。朱明は目を見張った。

 するとHALは言った。


「…こんなところで何してんの」


 朱明は耳を疑った。

 夢の中で本当に音が聞こえるのかどうか、なんて考えたことはなかったが、確かにその時自分の中にに響いたのは、彼の声だということは理解できた。

 自分が聞き違えるはずがないのだ。この声を。


「何って…」

「こんなところに来るもんじゃないよ」


 簡単で辛辣な言葉。彼のよく知っているHALのものだった。


「来るもんじゃないって、俺が来たくて来てる訳じゃねえ」


 ふーん、と彼は立ち上がった。

 その時、何かが彼の身体からぽろぽろとこぼれた。何だろうと朱明は思った。白っぽいものだった。粉雪のようにも見えた。だがそれが何であったのかどうしても思い出せない。


「じゃ早く帰りなよ」


 長い栗色の髪をざらりとかきあげて、HALは容赦なく言う。


「帰れと言われても」

「帰れない? 道が判らない?」


 朱明はうなづいた。


「情けないな」


 ふらり、とHALは歩き出した。そのたびに何やら白いものがぽろぽろと彼の身体から落ちる。

 やがて朱明はその正体に気付いた。

 それは花だった。


 それからたびたび彼は朱明の真昼の夢の中に現れた。

 特に何を話すという訳でもない。彼らが「外」に居た頃と同じように、他愛のない重力の無い言葉を投げたり、不毛な会話を交わしたり、そんなものだった。

 でも夢だろう、と朱明は感じていた。

 所詮夢だ、と。


 だから、彼がそう訊ねた時も、そうだと思っていた。


「疲れているようだね」


 ある時HALは突然そう言った。ああ、と朱明は簡単に答えた。そしてなんとなく夢は便利だな、と考えていた。滅多に聞けないそういう優しげな言葉が聞けるのだから。


「最近全然叩いてないんだ?」

「まあな。そんな暇ねえし」

「でも、叩きたい? ドラム」

「そりゃあな」


 それは本当だった。「外」に居た頃、ドラムは、彼の最も大切なものの一つだった。

 無くしたところで自分は死にはしないだろうが、ひどく辛くなるだろう、と思われるもの。そういうものは彼にも幾つかあった。ドラムはその一つだった。


「やれなくなって、余計にそう思うな」

「そう…」

「お前何処かで、『歌うことは楽しいと思ったことはないけど、無かったら苦しい』って意味のこと言ってたろ?」

「ああ… 言ったかもしれないね」

「俺にとって、それがドラムだったから」

「そうだね。だったら無くしたら苦しいね」


 HALは軽くうつむいた。だが言葉にはやはり重力はなかった。だから、朱明は油断した。


「だけど、今はな」

「今は、何?」

「閉じた都市は、守らなくてはならないだろ」


 その時HALの表情から笑いが消えた。だが朱明はそれに気付かなかった。そしてHALは訊ねた。


「何で?」 

「何でって…」


 どうしてそう問われるのか、朱明には判らなかった。


「こんな都市なんて見捨てて、満月の夜に出ていけばいいんだよ。そうすればお前はまた音楽ができるじゃないか」

「馬鹿野郎そんなことできるかよ」


 間髪入れず朱明は答えた。


「何で?」


 HALは顔を上げた。視線が絡む。困ったような顔で自分をにらんでいるのに朱明は気付く。


「何でって…」

「だってお前、それが無くては辛いんだろ?」

「そりゃそうだけど…」

「だったらとっととここから出ていくのが得策じゃないの?」

「だけどお前はここから動けないんだろ? 今」


 形の良い眉が、軽く寄せられる。そして言葉がこぼれ落ちる。


「…馬鹿じゃないのお前…」

「馬鹿だろうな」


 朱明は苦笑する。そして全く夢というのは便利だ、と思う。ここが夢だと思えば、言いたいこと、言いたかったことをも言える。

 夢の中の相手が訊きさえすれば。

 どんなことでも。

 今までには言えなかったことも。言いたかったことも。訊かれさえすれば。

 だけど相手は、訊かなかった。ただ訊かない代わりに、不意に。


 だがそれから彼は夢の中に現れなくなった。夢の中に現れなくなった代わりに、別の身体で彼の現実に現れた。


 そしてあの再会だった。


   *


「HALさんは、動ける身体が欲しいと言った時から、この都市を開く方法を考えていたよ」

「あの九年前から?」

「そ。九年前から。ただ、どんなものにもタイミングってものがあるだろ?」


 まあな、と朱明はつぶやく。


「計画は至って簡単と言えば簡単なんだ。BBの布由を呼ぶこと、それだけ。お前も知ってる通り、『彼女』には布由の声が必要なんだ。もちろん俺達には、その後のことをどうこうできる訳がない。それをどうこうできるのは、結局HALさんと『彼女』だけだからね」

「ああ」

「だから、相談された俺達は、布由を呼び寄せるための計画に手を貸したんだ。『動ける身体』もその一端」

「何で」


 いろいろ理由はあるんだけど、と芳紫は前置きする。


「まず布由を呼ぶ方法を考えたんだ」

「ああ」

「単純に、今の俺達の権力位置を考えれば、ただ呼ぶだけなら可能かもしれないよね。だけどそれじゃ駄目なんだ」

「どうして」

「必要なのは、布由じゃなく、布由の声なんだ。奴に歌わせなくちゃならない」

「だけど奴は権力に踊らされるのがもの凄く嫌いだったよな」

「そうだよ。そこが問題。だから、そうやって奴が来たしても、奴は絶対歌わない。そんなこと俺達が一番良く知ってることだもの。だから、何としても歌わせるためには、奴には自発的に来させなくてはならない」


 淡々と、そして子供の様な口調で芳紫は説明する。だがその内容は決して子供のものではない。朱明はこの同僚兼友人の一面に少しばかりぞっとする。


「だからそのためには、使者が必要だ、と俺達は考えた」

「メッセンジャー」

「そう。奴は本当のことに弱いからね。嘘偽りのない、本当の思いって奴。少なくとも俺達の知っている奴は、そうだっただろ?」


 そうだったな、と朱明はうなづく。


「だから、純粋な思いだけで動くメッセンジャーが欲しかったんだ。だけど人間じゃ駄目だ。お前も守っている『適数』があるからね。それに人間を使うといろいろ厄介だ。絶対にそこには別の思惑が入ってしまう。だから、もうひたすら単純に、だけど必死に、この都市を元に戻す理由を持った、『人間以外のもの』が必要だったんだ」

「それでレプリカント、か?」

「うん」

「だけどそれはヒューマノイドでもメカニクルでも良かったんじゃないか? 何も『外』でも珍しいレプリカントでなくとも」


 芳紫は首を横に振った。


「あのさ朱明、お前レプリカと他の違いって知ってる?」

「HLMを使っているかいないかの違いだろ?」

「そおだよ。だけどその違いが大きかったんだ」


 朱明は首をかしげる。


「このへんのことは藍地の方が詳しいんだけど… 俺には専門外だからな…」

「それでも俺よりはマシだろ」


 まあね、と芳紫は軽く言う。ちっと朱明は舌打ちをする。


「そのHLMのせいなんだろうと思うんだけど、…ほら、『規則』ってあるだろ?レプリカには」

「ああ」

「何でアレを組み込むか知ってる?」

「いや…」

「アレを組み込まないと、レプリカは自主的な意志を持つから」


 さすがにそれは彼にとっても初耳だった。


「レプリカ・チューナーの間では結構知られたことだよ。他の人間型機械とかじゃそんなことはならない。HLMを頭脳に持つレプリカだけにそれが起こるんだ。だったら、最初の第一回路のチューニングの時に外しておけば」

「…ああなるほど」

「それが一つ」

「何まだ他にあるの?」

「あるよ。HALさんはレプリカなら容れ物にできる、と言ったんだ」

「何で」

「そこまで俺は知らない。たぶんHLMのせいだとは思うんだけど… ま、それで俺達は、スペア含めて、HALの姿のレプリカントを何体か作った、と… ただし、ただレプリカントを放しただけじゃ自我を持つまでにいかないだろうから、と藍地はそのいくつかには、矛盾した命令を入れた」

「また強引だな」

「強引結構。結果として、あの子ができた」

「朱夏のことか? 知っていた?」


 芳紫はうなづいた。


「黄色ったってなめてはいけませんよ。俺には俺なりに情報網ってのがあんの。でもあの子ができるまで結局ずいぶんかかったし、あの子が安岐くんを見つけるまでこれまた時間がかかったし」


 ちっ、と朱明は苦笑して再び舌打ちをする。


「結局お前らの手の中で踊らされた訳ね。俺も、あの子達も」

「まあそういうことだよね。でも朱明、知らない方が、幸せなことってあるだろ?」

「…」

「HALは、…HALさんは、それでもこの計画のスタートスイッチは入れたくなかったんだろうと思うよ」

「だけど奴はそうした?」

「何でだと思う?」


 それが判らない程彼は鈍感ではない。だけど。


「無論『都市』を開くことが必要だとは俺達も思っていたよ。だってそうだ。俺達の問題とは全く関係のない普通の人々が、巻き込まれすぎてる。『川』に落ちた人々が実は死んでいないと言ったところで、俺達があの人達の時間を奪ってしまったことには変わりはないんだ」


 そうだよな、と朱明は答える。それは彼も常々思ってきたことだったから。そしてHALに言ってきたことなのだから。


「だけどはっきり言えば、この計画の決着をつけるのは、俺達は辛かったし、HALさんも辛かったとは思うよ。だってそうだろ? HALさんは自分の処刑執行書にサインするようなもんだったんだから」


 朱明はうなづいた。そして彼は気付いていた。結局、そのサインをHALにさせてしまったのは自分なんだ、と。


「なあ朱明、HALさんさあ、レプリカの身体になってから無闇やたらによく笑うようになっていたよね」

「…ああ」


 昔はあそこまでではなかったはずだった。


「あのさ、HALさんって泣かない人じゃん。昔っから」

「そうだよな」

「だから、その代わりに笑うんだよ」 


 ―――朱明は思わず目眩がした。


「あのひとは、そりゃ嬉しい時にも笑うけどさ… 泣きたい時にも笑うんだ。まあ、それに気付いたのは藍地だったけどさ」

「藍地は… だとしたら」

「そう。無茶苦茶きついだろうな。だけど、仕方ないじゃん」

「何で」

「藍地がどれだけ思ってようが何だろうが、HALさんは、お前の方がいいんだから」

「!」

「だってそうじゃなくちゃHALさんが、わざわざ『動ける身体』を欲しがる訳が判らないじゃない。別にさ、ただレプリカを作るだけでも良かった訳じゃない。どうしてHALさんの格好にしなくちゃならない訳?」


 それは、朱明も疑問に思ったことだった。


「HALさんはひどく単純に、夢の中でなく、お前と馬鹿話や…」


 芳紫は言葉を濁す。視線を僅かにそらす。


「いろいろしたかったんじゃないの? 時間制限はあるけれど… 時間制限があっても」


 そう言われてしまうと、朱明には返す言葉が無かった。

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