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死神方程式  作者: 向日葵
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綺麗なお姉さんは好きですか

 船から降りてすぐ、オレ達は、その場に立ち尽くした。       

 紅い敷布の上に広げられた、紅よりも、なお濃い緋の襦袢。浅葱、唐色、梔子、美しい重ねから覗く白い指先の対比。艶やかな黒髪を、玉飾りをつけた組紐で括り、鼈甲の簪で留めている。白い顔に、朱の口唇。


「ようこそ、いらせられました」


 艶やかに笑むと、女性は優雅に一礼した。匡は女性に見蕩れ、ぽぉっとなっているが、オレは不自然なほど顔を背けていた。

 

 忘れていた。


 彼女の持ち場がここだという事に。

 これまでに事が起こりすぎて、完璧に失念していたのだ。

 けれど、仕方ないではないか。それほどまでに、余裕がなかったのだから。理由付けをして、自分で自分を慰める。

 女性はゆっくりと頭を上げ、

 そして。


「早く、その服をお脱ぎなさい」


 言った。

 見る見るうちに、匡の顔が赤く染まっていく。おいおい、匡。お前何か勘違いしてないか?何故そこで紅くなる。ここがどこかを思い出せ。ここは、三途の河の対岸だぞ?

 本来。脱衣婆だつえばと呼ばれる彼女の仕事は、ここにやってきた死者達の、現世でのありとあらゆる記憶を、纏っている衣服もろとも、捨てさせる事だ。何もかもを捨て、まっさらになった死者に、白装束を与え、冥府庁へと送る。

 地獄には来た事がないとしても、それくらいの知識、持っていてしかるべきではないのか?それすらも、お前に期待してはけないと?もう、呆れを通り越して笑いたい気分だ。

 女性はそのまま自分の後ろを手で示した。そこには、右から順に麻、綿、絹と木の枝にかけられた装束が見える。オレは首を傾げた。たしか装束は綿一つだったはず。なぜ、麻と、絹が増えているんだ?

 そして、差し出される、女性の手。差し出されたそれには、覚えがあって。嫌な予感がする。そして当の匡は気にせず、差し出された手に自分の手を重ねようとして、


「出せ」

 

 にっこり微笑み、吐き出された言葉に、伸ばした手が空で停止する。

 やっぱり。渡し舟と同じパターンか。判っていたオレには、ダメージはなく。反してばっちり見蕩れて骨抜きになっていた匡には、ダメージが大きかったらしい。まさに、鳩が豆鉄砲とくらったような、と表現出来そうなくらい、眼を丸くして、呆けている。

 どうにかしてくれと、オレは空を振り仰いだ。それから盛大な溜め息とともに、顔を下ろし、女性と眼がばっちり合ってしまう。

 女性は軽い驚きからか、眼を見開きオレを凝視する。


「あら・・・・?これは。もし、」


 ヤバいっ!思い切り眼が合ってしまった。


「はじめましてっ!!」


 先手必勝っ!とばかりに、女性の言葉を遮る。


「オレ達、死者じゃないんです」


 続けて言うと、


「そうですか・・・・・・」


 一方後ろに下がり、にっこりと微笑んだ。


「これは失礼をば……。さぁ、お進み下さいまうよう。けれど、この先の賽の河原は薄暗く、危のうございます。途中まで御案内しますので、後について来られませ……。」


 そう言って、女性は先頭を切って歩き始めた。その後に当然の権利かのように女性の隣を陣取り匡が続く。二人とは少し離れ、オレは後ろをついて行った。オレ達は女性に付かず離れずの距離を保って、ついていく。しばらくして、河の流れる音とは別に、ごろごろと何かの崩れる音が耳に届いた。どうやら、賽の河原についたらしい。


「何の音だ?」


 唯一何も判っていないであろう匡が予想通りの問いを口にする。それに答えたのは女性だった。


「ここが賽の河原です」


 賽の河原というのは、親より先に亡くなった子供が、親を哀しませた罪を償わせるために700年前の閻魔がとった処置だ。10個の石を積み上げる事を課せられる所である。だが、後少しで積み上がるという時鬼が地を揺らし、それを崩してしまう。

 子供達はもう一度石を積み上げ、また鬼に崩され。永遠にそれだけを繰り返すのだ。閻魔の許しがない限り、昇天は叶わない。

 歩きつつ、女性が匡にそう説明しているが匡は眉を寄せ、急に黙りこくったままだ。どうしたのかと思っていると、急に走り出ししゃがみ込んでいた子供に近づいた。オレ達も匡のあとに続き子供の近くへと寄る。見ればどれも膨らみのある石ばかりが10個。それを上から見つつ、これでは積み上がるものも積み上がらないな、と客観的に感じる。

 どうやら匡もそう感じたようで、きょろきょろと見回し出来るだけ平らな石を探し始めた。それが見つかると、手にとり、子供に手渡していく。つまり、子供が昇天出来る様に、手伝っているのだ。それには流石のオレも驚いた。コイツはまだ、死神という仕事がどんなものかを、知ってはいないと、改めて痛感させられる。


「おやめなさい」


 女性が零した言葉は、冷たさを帯びて、オレと匡の耳に届いた。その声音の強さに匡がびくりと肩を震わせ、上を見上げた。そして。いっそ見事なほど表情がなく、冷めた眼つきで見下ろす女性の眼を出会う。

 先ほどまでの優しげな雰囲気は姿形もなく。代わりに凍てつくほどの冷たさを帯びていて。匡の眼がその変貌ぶりに、途惑ったように揺れる。


「あなたも死神の見習いなら、知っているでしょう。ここでのルールは閻魔王。何人もそれを覆す事はできません。ましてや、一介の死神見習いに過ぎないあなたがこの世界の理を変える事なんて、許されるはずがないでしょう。見過ごせない、そう思うのはただの独りよがり。ここには何百、何千という子供がいるの。あなたはその一人一人に同じ事が出来るとでも?」


 女性はそこで言葉を切り、少しだけ語調を和らげ再び口を開いた。


「今、現世では、子供を殺す親、自分の快楽のために幼子を殺す輩が増えている。おかげで、天地裁判開廷等で、冥府庁は年々忙しくなるばかり。だから、こんな細かい所まで目が行き届かないの。逝けない子等は、確かにかわいそうだと思うわ。あなたの気持ちもよく判る。けれど、こればかりはどうにもならないの。……罪を許すは、閻魔王の役目。許された子を迎えにくるのは、天仏神様のお役目なの。勝手に律を曲げることは、傲慢よ。・・・・だからこそ、わたしは次の閻魔王に期待しているんですよ」


 最後の優しい呟きは、誰に向けられたものなのか、その言葉に、匡の眼が見開かれる。


「閻魔様に後継者が……?」

 

 それには答えず、女性はすたすたと歩きはじめてしまう。匡はその背を見つめ、自分の掌に握り込まれた石を見下ろし、寂しげに微笑んだ。不思議そうな顔をしている子供の頭を撫でると、来た時と同じ様に駆け去った。オレは二人の後ろ姿を眺め、先の女性の言葉を噛み締め、そして深く息を吐き出す。そのまま駆け出し、二人の後を追った。


 二人は冥府庁に続く道の入り口の所で待っていた。駆け足で追いつくと、炯に何をしていたんだと聞かれ、曖昧に言葉を濁した。


「それでは。わたしはここで。冥府庁まではこの一本道を往けば着きますよ」

「有り難う御座いました」

 

 匡が丁寧に頭を下げる。オレの肩を軽く叩き、出発を促す。促されるまま歩き出したオレは、後ろを振り返り、

 

「ごめんね、有り難う刹那さん。助かったよ」


 小声で女性にお礼を告げた。刹那はゆっくりと首を振り、静かな笑みを称え


「本当に、次代の閻魔王には期待してるのよ?」


 それだけを告げると、オレ達に背を向け、もと来た道を戻って行った。後ろから、自分を呼ぶ、匡の声が、どこか遠く聞こえた。







―――――誰もが期待する。この身に流れる血が故に。

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