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白 鴻凱

 しかし、部屋に入るなり、その和んだ空気は再び絶対零度まで凍り付くことになった。

 入るなり、表情こそ柔和だが、その身から立ち上る気魄たるや明らかに尋常ではない様子で、男が腰掛けているのが見えた。その男は、白い清潔そうな礼服を身に纏っていた。そこまで豪奢な服ではないが、パリッとした着こなしは万人が見て、感嘆せずには居られない麗しさを伴っていた。そして、見る者が見れば、それが誰の着る服かすぐに判断出来ただろう。

 眼鏡をかけ、色素がやや薄い茶色い髪をしたその男こそ、国連の実質上のナンバー2、白 鴻凱だった。彼の持ち味は、卓越した交渉力にある。特に、温厚路線での手腕には定評があり、外交手腕、交渉力は確かなもので、無血での戦争終結を幾つも成功させている。世界が乱れる中で、平和的解決を望む人間が多い中、彼を国連のトップへと推す声が多いのも頷ける。したがって、彼は常にその柔和な笑みを絶やさず、優しい印象を与える人間なのだが、様子がおかしいのである。

 こちらからは角度の問題で見えないが、その横には誰か他の人間が座っている。

 しかし何より、白 鴻凱が醸し出す異常な気魄に、一行は呑まれた。

 そして、白 鴻凱は立ち上がり、にこやかな表情を浮かべながら、一直線にマサムネやクロヲが居る方向へと歩み寄ってきた。

「始めまして。貴方があのマサムネですね?」

 軽やかに微笑んだその顔からは、一切の敵意が感じられない。その優しい微笑みは、異性でなくとも魅了できる底なしの優しさを秘めていた。

「ああ。しかし、何だってこんなトコに呼んだんだ? 俺たちゃ確かに雇われだが、ここに突然かしこまって呼ばれるような覚えはないぜ」

 だが、マサムネはつっけんどんに言葉を返すだけだ。

「もちろん。しかし、私は貴方たちをここに呼ばなければならなかったのです」

 そう言うと、白 鴻凱はクロヲの方に顔を向けた。

 そこに、にこやかな笑顔は消えていた。

「お久しぶりですね、クロヲくん。貴方は今まで、一体どこで何をやっていたのですか?」

 そして、大きく振りかぶり、クロヲの頬桁を思いっきり殴りつけた。クロヲはたたらを踏み、どうにかその場に留まる。一同ははっと息を呑んだ。まさか、白 鴻凱がその拳を振るうなど、思ってもみなかったからである。クロヲはぼそりと口ごもるように一言だけ返した。

「……お久しぶりです」

 するとあろう事か、白はクロヲの胸ぐらを掴み、じっとその眼を見て叫び始めたのである。

「お久しぶり? ふざけないでくださいよ。一体何年私が八方手を尽くして探させたと思っているんです? 見つけたと思えばすぐいなくなって、結局足取りを掴めない。そして、一報送っただけで七年ぶりにのこのこと、よく顔を見せられましたね!」

 激昂する白と対照的にクロヲは目を伏せながら、口ごもるように一言だけ切り返した。

「すまなかった」

 白は、怒りのあまり手を震わせながら、胸ぐらから手を突き放すように離した。クロヲはよろめき、そのまま地面に膝を付いた。そして、そのままの姿で白を見上げた。

「恥を忍んでお願いがあります。茂平もひら 莉多りたさんの情報をください」

 そしてそのまま、正座へと組み直し、土下座をした。一同は絶句した。目の前で繰り広げられている光景が、あまりにも現実離れしていたからである。

「惨めですね、クロヲくん」

 白は吐き捨てるように言った。

「各地で起こる内戦、そして『エピゴノイ』との闘争において、決して『機殻兵(ドール)』といえど死傷率は低くありません。『機殻兵(ドール)』や『繋脳者マリオネット』は、年間でも戦闘で約十六万人が犠牲になっています。そうでない人間も合わせると、年間二十万を下った年はない。総計で世界的に二百万はいるとされる『機殻兵(ドール)』や『繋脳者マリオネット』の兵数からすると、それは決して少ない数ではありません。そんな中でも、あなたを知らないような兵は、そう多くはない。最大の激戦区、劇場(プリズン)においてのあなたの活躍を知らぬ人など、いない。そのあなたが、頭を垂れて助力を乞うとは」

 だが、頭を垂れたままクロヲは叫んだ。

「俺はこの七年というもの、全てを投げ打って莉多を探した。しかし、『元老院セナート』は何一つとして、俺に情報を掴ませなかった。形振りなど構ってはいられないんだ。笑うなら、笑えばいい。俺は、もう一度莉多と会えるならば、何の後悔もない」

 そして、もう一度深々と床に額を擦りつける。

「だから……後生だ。俺に莉多の情報を、教えて下さい……」

 一同は何も言えなかった。彼の血を吐くような思いを聞き、何一つとして言えなかった。

 だがその沈黙を断ち切ったものがいた。それは、白 鴻凱の横に黙って腰掛けていた人間だった。腰まで届くほどに長く伸ばされた銀髪、紫を基調としたダークのスーツにタイトスカート、白いワイシャツを着、首にはネクタイを結んでいる。そして何よりも片目に眼帯を付け、クロヲの方を残った目でぎろりと睨み付けた。

「顔を上げろ、山の辺クロヲ」

 荒々しくも重い、人を扱うのに長けた物言い。クロヲはゆっくりを顔を上げた。そこには、酷薄な目で路傍の石でも見るかのように、クロヲを人間として見ていない女の顔があった。

「私は『元老院セナート』の議員、『ゼルペンティーナ』だ。今日から三日間、私の身辺の護衛をして貰う。無礼な真似をすれば、その場で命を断つ。覚悟するように」

 クロヲははっと息を呑んだ。そして、唇を噛んだ。

「は。この山の辺クロヲ、命に代えましても、御身を守護させていただく所存にございます」

 そのまま、平伏叩頭する。心身の隅々まで、彼女を守ろうと心に誓い、深々と平伏する。

「では、白 鴻凱より別命あるまで待機しろ。他数名、P.U.P.P.E.Tが付くと聞いておるが、一緒だ。さがれ」

 感情の一欠片、人間らしい温度が微塵も感じられない、極めて傲岸不遜な物言い。だが、クロヲは若干の動揺を見せつつも、白が彼を何故呼んだのかの意を介した。そう、『ゼルペンティーナ』は姿も、心根もすっかり変わり果ててはいたが、彼が七年間追い求めた、茂平もひら 莉多りたその人であったからである。何があっても、どれだけ彼女が変わっていようが、彼は守ることを心に決めていた。その胸に去来するのは、七年の歳月、そして彼が莉多を守れなかった、今度こそは、何があっても彼女を守り抜こうと決意を決めた、あの七年前のこと。

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