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エピローグ

「君のおかげで、ぼくもどこか肩の重荷が落ちた感じだよ」

 コグレは、喫茶店でコーヒーを啜りながら、向かいの女性に語りかけた。女性はそれに、おずおずと言葉を返す。

「いいえ。コグレさんの力添えがなければ、真実には迫れませんでした」

 求亞子だった。だが、亞子の言葉にコグレは首を振る。

「ぼくはね、知ってたんだ、コッペリアのことは。でもね、それが真実だとはとても思えなかった。妻がね、新居条の『コデッタ』で亡くなったんだ。ぼくは、彼女の笑顔がとても好きだった。とってもね。だからぼくは、杜撰な発表が許せなくて、個人で随分調べたんだ。でもね、行き着いた先が子供の落書き。怒りの矛先になんか、向けられないよね」

 亞子は肩を落とした。

「そうだったんですか……」

「でも、今となってはせいせいしてるよ。スパランツァーニさんは、残念だったけどね」

 亞子は首を傾げた。

「いくら自分の娘だからって、公金を私的に流用するなんて許されやしないよ。到底ね。でも、はじめて彼は娘の顔を見られた。皮肉なもんだね」

「そうですね。親と子って、不思議ですね。私も、お父さんのことを少しは理解できたかな、って思います」

 コグレは頷いた。

「そりゃ、よかった。さて、ここの勘定はぼくが払うよ」

「いえ、私も社会人ですし!」

 コグレは苦笑する。

「じゃ、耕作に奢るってことで。こんな素敵な娘さんとお茶をできたことに感謝しないと」

 亞子はやや赤面した。



 もう秋なので、草木は少しばかりその動きを緩めている。とはいえ、未だ白い花がけなげにも存在を誇示し、咲いている。そんな白い花が咲き乱れる中、墓が建ち並ぶ、その墓の前に、これまた白い服を着た男の姿があった。

 白 鴻凱である。彼は、ストロベリーフィールドの赤い花を墓前に捧げ、呟いた。

「終わりましたよ。アントーニアさん。莉多さんは、救えました。運命を打ち砕いて、自分の人生を送っていけるようになりました。

 私はね、アントーニアさん。あなたに、あなたに生きて欲しかった。ケインさんと計画話したことも、みんな元々、あなたのために考えた計画でした。あなたと共に生きたかった。それは今でも変わりません。では、また来ます」

 白は、その場を立ち去る。ある種仮面のようなその微笑みを絶やさずに。



「で、なんで俺たちに? 恨みでもあるんスか?」

 仁赫がうんざりした顔で、インゲンの入ったかぼちゃのそぼろ煮を頬張る。傍らのホプキンスは無言で食べる。

「うまいだろ。俺が作ったンだよ」

 エプロン姿のマサムネは、笑顔で自身も同じ物を食べる。否。口に入れた瞬間、笑顔は消し飛んだ。

「スラヴァの娘さん、どうだった?」

 ホプキンスが辛そうに語る。

「ああ、可愛い娘さんだったさ。涙含んでたが、まあしょうがねえよな。遺品を預けてきた。ところで、マサムネさんよぅ、本の間には?」

 マサムネは顔を背けた。

「アイツさ、馬鹿だよホント。毎度毎度書きためたんだろうな、遺書が大量に入ってんだよ。アイツ、怖かったんだよホントは、出撃するのが。でもよ、一種それがクセになっちまってたのかな。毎度毎度、料理のレシピが書いてあるんだよ。やたら詳しく」

 仁赫はスプーンを置いて、涙を拭いた。

「それ見てたら俺、生きなきゃって思ってよ。んで、遺書の最後は決まってマサムネが読む事を望むだよ。アイツ、俺が先に死ぬことなんて考えてなかったンじゃねェかなァ」

 ホプキンスも言葉を返せなかった。

「俺、生きるぜ。アイツが出来なかったことも、レシピも作りまくってやるンだ。覚悟しておけよ、お前ら」

 仁赫は頷いた。

「日課が増えちまいましたね」

「ああ。レシピ覚えずに向こうに行ったら、蹴り返されそうだからよ」

 マサムネは、豪快に笑った。



「驚いた。本当にここに建ってるとはな」

 クロヲは、肩を竦めた。それは、七年前の火事で焼け落ちた、あの道場である。あの道場が、そのままの姿でそこにあった。

「ウェンディさん、これを建てるために随分お金貯めてたみたい。あの人らしいっちゃ、らしいけどね」

 莉多が苦笑する。

「だよな。しっかし、思い出深いよな……」

 二人は手を繋ぎながら門を潜る。喧嘩したり、怒ったり、笑い合ったり。そして、最後には死を賭けた決戦を行った、あの道場がそこにある。

「さすがに元通りってわけにはいかないわね」

 思い出と比べ、道場はやけに綺麗すぎる。まあ、そこに不平を言っても仕方あるまい。すると、後ろから声がする。

「懐かしいな、そのまんまじゃねーか」

「まさか、また見れるとはな」

 口々に声がする。

「みんな!」

 クロヲが声をかける。かつての門下生だった。皆、七年という間を経て年かさを増している。クロヲは機械の体になってしまったし、莉多の変貌ぶりも著しい。だが、門下生の連中にとって、そんなのは些細なことだった。

「大きくなったなー」

「久しぶり! 莉多ちゃん」

 そして、口々にこの七年のことを語り合う。失ったと思っていた風景。二度と取り戻せない、そう思っていた風景。だが、クロヲは取り戻した。莉多を。この風景を。

「なんだ、みんなもうやってるのか」

 そんな中、一際大きな声をあげてウェンディの声がする。と言っても、ケインに車いすに乗せられての登場だ。

「まだ治療中の身でな。もうちょっとこんな状態なんだよ。悪いな」

 ウェンディはわはは、と笑う。

「無理言って来たんだぞ、こいつ。まだ入院しなきゃならないってのに、皆に会えるのが楽しみってな。まったく、恥ずかしいったらなかった」

 ウェンディは実情を話したケインを睨んだ。一同は苦笑する。

「しっかし、十年じゃないが、七年経ったんだ。同窓会ってことでな。あ、それと特別ゲストが来てるんだ」

 車いすがもう一台来る。白 鴻凱が引いてきたのは、コッペリアだった。

「なんだと……」

 クロヲは声を張り上げた。

「まったく、私にエスコートさせる女性なんて、そうそういませんよ」

 白は苦笑する。

「白さんよ、なんでまた」

 ウェンディが切り返す。

「クロヲ、莉多。お前たちに彼女の面倒を見て貰おうと思ってな」

 寝耳に水である。何でまた。クロヲと莉多は目を見合わせた。

「何かあっても、お前らが一緒なら世界一安全だろ。世界の平和を守るためだと思って、引き受けろ」

 確かに『インヴィジブルハンド』を持つクロヲと、世界を変革する『フェアツェルング』である莉多が揃えば、大抵の危機は相手にもならないだろう。

「でも、コッペリアの病気は?」

 クロヲの疑問にコッペリア自身が答える。

「莉多さんのお母さん、陽子さんの治療が功を奏して、完治ではありませんがどうにか日常生活を営める程度まで回復しました」

 莉多は微笑んだ。陽子は、『コデッタ』で亡くなっていたからだ。

師匠せんせい、猫の子を拾うのとわけが違うんだぜ」

「でも、彼女を救ったのも、お前だろう?」

 ウェンディにやり込められ、クロヲは苦笑した。

「私は構わないわ。クロヲ」

「莉多がいいなら、俺もいいや。じゃ、コッペリア、よろしく頼むぜ」

 そして、クロヲは手を差し出した。コッペリアはその小さな手で、彼と握手をする。そして、コッペリアは驚くべきことを尋ねた。

「ところで、お二人は結婚されていないんですか?」

 空気が固まる。それどころではなかったのだ、非常につい最近まで。

「ま、してないな」

「では、わたしにもチャンスがありますね」

 コッペリアはにっこりと笑った。莉多は、複雑な表情を浮かべた。

 ウェンディは大笑した。

「よし、じゃあ呑むぞ! 今日は! なあ、クロヲ」

「お、おいおい、どういうことだ?」

 門下生は笑う。一方で、すでに莉多とコッペリアは視線を戦わせる。

 クロヲは苦笑した。そして、こう切り出した。

「わかった。莉多、結婚しよう」

 莉多は、ぎょっとした顔を見せたが、すぐに首を縦に振った。

「ええ、喜んで」

 ウェンディも、ケインも門下生も、皆手を叩いて喜んだ。そしてコッペリアも笑った。すでに、秋まっただ中。ここ新居条という悲しい出来事が多く起こった場所でも、また、思い出が生まれていく。運命を超えて、彼らは進む。どこまでも、どこまでも。

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