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本部

 コグレは、クロヲとウェンディを引き連れ、JFKを後にし、P.U.P.P.E.T本部へと向かった。道中は二時間ほどとそこそこの時間がかかった。その道中、コグレは、一点だけ気にしていた点をクロヲに聞いてみることにした。

「クロヲくん、あのさ、さっきのことだけども、兵を瞬時に一発で見抜いちゃったじゃないの。あれは、どうやったの?」

 隣に座っていたコグレから突如として話を振られ、クロヲはコグレの言葉に、ぺこりと頭を下げた。

「少々悪ふざけが過ぎました。すいません」

「構わないってば、そんなのは。実力を図るって点では、よっぽど種明かしの方が気になるから、気にするなってば」

 クロヲは苦笑しつつ、目を指差した。

「目がいいんです、とても。何せ『機殻兵(ドール)』ですしね」

「目? いやいやいくら『機殻兵(ドール)』で強化してるっていっても、一瞬であれだけの人間が大勢ごそーっといる中で即座にはわからないんじゃないの? ねえ?」

 クロヲは首を横に振る。

染色体クロモゾームが見えるんでね。『機殻兵(ドール)』にとっては必須でしょう。『エピゴノイ』かどうかの判別は、染色体クロモゾームが決め手ですからね」

 コグレは眉間に皺を寄せた。

「こいつは驚いた。染色体クロモゾームをデータバンクと照合したって言うのかい。いやはや、恐れ入った。でもでも、あれだけの人数を一気にってのは、あんな短時間じゃ無理なんじゃないの?」

「そこは、相手の仕草や動き、挙動なんかからあたりを付けて、データバンクと照合ですよ。実質、データバンクと照合までせずとも、正解ではあったんですがね」

 勿論、仮に何らかの細工があったとしても、万人がそんな真似をできるわけではない。とんでもない奴を配下に引き入れようとしているのだな、とコグレは覚悟を決めた。そんなやり取りをしながら、左手に大きな建物が見えてくる。それは、P.U.P.P.E.T本部である。若干街中から離れた場所にあり、かなり巨大な建物だ。訓練施設、宿舎を備え、各種の大型車輌や航空機なども揃えており、高く築かれた塀の外には、青いベレー帽を被った兵が三交代で警備に当たっている。厳重な警備体制は確かなのだが、クロヲにとってこんな光景は見飽きたものだった。無感動にその風景を横目に見て、生あくびを噛み殺す。あまりの緊張感の無さに、ウェンディは溜息をついた。

 敷地内は広大で、公用車から降り、正門を潜り抜けてから十分ほども歩いて、ようやくP.U.P.P.E.T本部のビルへと辿り着く。全面ガラス張りのビルは、近代建築そのものといった様相で、一般のビジネス用ビルとそう変わらない外見だ。ウェンディとコグレの後ろをクロヲものんびりついてきているものの、あくまでその様子は精彩を欠いており、ここがあらゆる意味で最前線基地であることを認識しているのか、コグレとウェンディは疑わしく感じていた。

 そして、三重のガードシステム、IDカード、網膜、指紋を認証し、三人はエレベータにようやく乗って、目的地のP.U.P.P.E.Tの会議間へと向かう。会議室についた頃には、慣れたこととはいえコグレは少々疲れた様子だった。

 とはいえ、茶色い革でできた、体重を受ければどこまでも沈み込みそうなソファに座り、ガラステーブルを挟んでコグレ、ウェンディとクロヲが向かい合った頃には、コグレはすっかり落ち着きを取り戻していた。

「ではでは、クロヲくん、君の採用面接をはじめよう。と言っても、実質説明会みたいなもんだけどさ。あのさ、喉、乾かない? あと暑くない?」

 クロヲはノーネクタイではあるものの、黒スーツにグレーのワイシャツという、見ている側が暑くなりそうな格好をしていたため、コグレは気を遣って話しかけた。だが、クロヲは首を振った。

「オートで温度調節されてますしね。水分も二週間に一回で問題ないです」

 クロヲは柔和な笑みを返していたものの、コグレはわかっていたこととはいえ、彼を傷付けたのではないか、と焦りを覚えた。

「そうそう、そうだったね、君は『ダブル』だったね。うっかり早とちりしちゃった。ごめんごめん」

 クロヲは頷く。

「ええ。『機殻兵(ドール)』と『繋脳者マリオネット』両方です」

「ってことは、両方必要かな。ちょっと待ってねー、すーぐに取ってくるからさ」

 コグレは席を立ち、会議室の棚から、トランプカードとチェス盤を取り出してきて、ガラステーブルの上に置いた。

「お待たせ! ま、クロヲくん的にはうんざりかもしれないけれど、こっちのがわかりやすいからね、これをサクッと使わせてもらうよ。何より、さすがにチェスボードの色なんて覚えてられないからね。そうだろ? ところで君はどこ製だったかな」

「『機殻兵(ドール)』ですか?」

 コグレは頷く。

「そうそう、ヴァスチアン社製だっけ? 鷓鴣電脳有限公司製には見えないな、まー僕の当てずっぽうだけど」

「ええ。ヴァスチアン社の『ポーン』です」

 それを聞き、コグレは黒い『ポーン』の駒を取り出した。

「よかった大正解。大恥かかずにすんでよかったよかった。まあ、ヴィットーリオ以外は黒だし、ヴィットーリオ社製はあんまりいないからねえ。すぐにそりゃわかるって寸法だけども」

「鷓鴣電脳有限公司の人もいるんですか?」

「多い多い。とっても多いよ。とにかく何より、あそこは安いからね。逆にヴィットーリオは高いし奇抜だからなあ。変わり者が多い印象があるね」

 そう言って、チェスボードの適当な位置にコグレは黒い『ポーン』を置いた。

「まー結局のところ、ほとんどの戦人プロンプターが自分の体の分、借金を背負っちゃううわけだしさ、値段でどれを選ぶかを左右されちゃうのは仕方のないことだよ。でさでさ、君の今の位置ってこの辺かな。いやそれともこの辺かな。えいやっと、適当に置いちゃったけど」

 コグレは白と黒とで色分けされ、8×8で構成されたチェスボードのd6の位置に黒い『ポーン』を置いていた。縦方向に左下から6マス、横方向に4マスの位置だ。そして、その位置のチェスボードの色は黒だ。それを見て、クロヲはぼそりと呟く。

「近いですね」

「あちゃー。ってことはハズレか。こりゃまいったね。君はきっと攻撃重視だと思ったからね。黒で合わせてくるとは踏んだんだ。で、本当はどこなワケさ?」

「ここです」

 クロヲはe5の位置に黒い『ポーン』を置き直した。縦方向に左下から5マス、横方向に5マスの位置である。そしてここもチェスボードの色は黒だ。

「ランクがeにファイルが5。揃ってるね。しかし、割と堅実に範囲も強度も一緒とはね。こりゃ驚き桃の木山椒の木だ」

「僕は堅実派ですから」

 クロヲは柔和に笑ってみせる。

 人を食ったような笑みに、コグレは苦笑せずにはいられなかった。おまけに疑うような目つきを見せたので、クロヲは切りかえした。

「ま、その位置なのは事実なので」

 クロヲは言葉を続け、身分証明書をチェスボードの横に置いた。その際、一瞬ではあったが彼の胸元がワイシャツの隙間からあらわになる。肌色ではあったが、よく見れば皮膚ではないと判別できる、人工的に作られた光沢。端から見れば暑苦しい格好、顔以外をすっぽりと覆い隠していたのには、彼自身が『機殻兵(ドール)』、すなわち機械でできた体を持っていることを隠す意味合いが強かったのだ。もちろん、『機殻兵(ドール)』がどのような存在かを知らないコグレではないため、おくびにも出さない。

「もーちろん、もちろん疑ってるわけじゃないよ。なるほど確かにe5だね。ついでに『繋脳者マリオネット』の方はワンドの国際Ⅶ級か」

 コグレは、トランプの山からクラブの7を取り出し、その横に置いてみせる。

「その通りです」

「こりゃ、敵にしてみたら嫌な相手だろうね。近距離は確実に『タイダルフォース』を突き破ってくるし、遠距離も1km圏内は射程範囲だろう? 『エンバディ』の火の玉が飛んでくるって寸法だ。わざわざ白 鴻凱が君を指名するのもわかるって話だねえ」

 何の気なしにコグレは白 鴻凱の名前を出した。だが、その瞬間ポーカーフェイスを貫いていたクロヲの顔が一瞬強ばる。

「どうした? 何か気になることが?」

「いいえ」

 クロヲはすぐにポーカーフェイスに戻る。つかみ所のない、飄々とした男だが、一瞬見せた表情は明らかに普通の様子ではなかった。

 いいえ、って顔じゃなかったぞ、とコグレは思ったが、それ以上突っ込んだところで彼が何かを話すとも思えなかった。だが、横で黙っていたウェンディの方が口を開いた。

「お前にも想像は付いていたはずだ、クロヲ。むしろ、だから来たのだろう?」

 その言葉に、クロヲは言葉を返さなかった。空気が一瞬淀み、コグレは切り出すタイミングを逸したため、茶をすすってから一呼吸置いて切り込んだ。

「まあ、僕らの上にいる、白 鴻凱が君のことを言ってたのは事実だから。僕は何があったかは知らないけれどね。で、話は変わるけれどP.U.P.P.E.Tが何するところかは、知ってる?」

「ま、パンフレットとサイトに書いてあることくらいは」

 クロヲはしれっと答えてみせる。

「じゃ、一応おさらいということで。P.U.P.P.E.Tは、Perfection United nation Particular Purpose Excution Teamの略。元々は国連傘下のタスクフォースだったが、それが常設されて創設された。部隊は何もここだけじゃなく、そこかしこに支部があって、ここがその本部になっている。元がタスクフォースだった関係上、君みたいなフリーの戦人プロンプターも積極的に採用している。実力重視だからね。主な業務は世界のほぼ全ての国家共同で作られた仮想空間、『ザナドゥ』の警備、そしてそこに出没し始めた『エピゴノイ』の掃討。クロヲくんは『ザナドゥ』での滞在時間は?」

「六千時間ほどです。もちろん、『エピゴノイ』との交戦経験もあります」

「そりゃ結構。で、『ザナドゥ』のアカウントは、その身分証、か」

 コグレはクロヲの顔写真が入った、『機殻兵(ドール)』と『繋脳者マリオネット』の身分証明書の方をちらりと見た。

「そんじゃま、『ザナドゥ』で後の説明をしますか。ついてきて」

 そう言って、コグレとウェンディは立ち上がり、その後ろを黙ってクロヲはついてきた。

 目的地へと続く廊下は長く、施設自体が広いため、何も代わり映えのしない風景が続く。

 しかし、コグレにとって気がかりなのはクロヲが白 鴻凱に過剰反応を示したことである。白 鴻凱は国連の事実上のナンバー2にあたる人間で、トップのスパランツァーニとは何かと対立することが多い。俗に、人間が三人集まれば派閥が生まれるという言葉通りに、国連内部にも白派とスパランツァーニ派ができており、特にP.U.P.P.E.Tは白派が色濃い組織のため、スパランツァーニ派にとっては目の上のたんこぶとして見られがちである。そして、そのために何度となく隊長であるコグレが煮え湯を飲まされる思いをしてきていた。ただ上が気に入らない、とかそういう話であるならば逆に良いのだが、もっと根本的な問題、たとえばスパランツァーニの息のかかった人間であったりするのなら、さらなる頭痛の種になりかねない。コグレはクロヲにその件を聞いてみることにした。

「ところでクロヲくん、白 鴻凱について、何かあるのかい?」

 単刀直入に切り込んでみる。

「何もありません、って返答で納得します?」

 クロヲが切り返すと、ややあってコグレは返答した。

「まあ、大人だからね。でもま、先に何かあるのなら知っておきたいのが正直なところかな」

 クロヲは薄く笑った。

「先に言っておくと、しがらみがあっての話じゃありません。誰かの紐付きってんじゃやりにくいのはわかりますよ。フリーでやってる理由の半分くらいは、政治に巻き込まれたくないってのがありますしね」

「わかるよ。僕もそうだ」

 コグレの言葉に、クロヲは苦笑した。

「白 鴻凱氏は、第二『コデッタ』以前にニージョーで近くに住んでましてね。いわゆる、幼なじみの腐れ縁というやつです」

「コグレさん、それは事実です。あたしも当時からのこいつとの腐れ縁というやつですよ。ホントです」

 ウェンディがそれに続け、コグレは笑みを見せた。

「安心したよ。何てこともない関係ってことだね。よかった。さてついたよ」

 コグレの言葉通り、『ザナドゥ』への入り口が廊下を抜けた先にあった。

 『ザナドゥ』への入り口は一見すると電車や地下鉄の改札口と何も変わらない、ただし、その先は行き止まりで何もない、というのが大きく違う点だ。そこに仰々しい転送装置やら、無闇に光り輝く巨大な機械やらはなく、狭苦しい装置に押し込められることもなく、いたってシンプルな改札口と変わらない。

「何度見ても良いデザインだと思うよ。『ザナドゥ』は途方もなく凄い技術を使って転送されることとか、自分の肉体が変化するってことを実感させずに、どこかへ行くための手段でしかないってのを心理的にも後押ししてる」

 そう言って、コグレは自分の身分証明書を通した。

「じゃ、ついてきてね」

 そして、改札口にしか見えないゲートを抜けると、コグレは肉眼ではとらえられなくなった。それにウェンディも続き、そしてクロヲも続いた。そして、再び目の前に開けたのは、先程潜り抜けたのと同じようなゲートだった。既にコグレはそのゲートすら抜け、ゲートの外側で待っている。

 身分証明書をもう一度改札口に通し、三人は外へと出た。だが、ゲートの外とは言っても、そこは相変わらずP.U.P.P.E.T本部のビルの中だった。

 空気も、見える風景も、質感も、自分の感覚も、『ザナドゥ』へのゲートに入る前と何一つとして変わらない。瞬きをするほどの間、現実世界でも『ザナドゥ』でもない場所にいるというのはあるものの、それ以外は何一つとして変わりはしない。

「『ザナドゥ』へようこそ、クロヲくん。といっても、六千時間もこの空間にはすでに滞在していたんだったね」

 コグレの言う通り、クロヲにとっては慣れっこである。大体、『ザナドゥ』の基本理念はあらゆる人間が違和感なく『ザナドゥ』へ入ることができるような設計をされており、恐怖心を感じたり、違和感を覚えたりなどということはあってはならないのだ。あくまでも現実の延長線上。それが『ザナドゥ』である。

「ええ。まあ」

「しかし、実際のところ、僕はこの空間でもあまりいつもと変わらないんだよね。動けば汗をかくし、転んだら怪我をするし。でも、君みたいなライセンスを所持してると、そんなことはないんだよね」

「そうですね。『機殻兵(ドール)』固有の『タイダルフォース』の使用ができます。あとは『繋脳者マリオネット』固有の『エンバディ』の発動かな。両方とも現実世界では、『ザナドゥ』以上の制約がかかりますけど」

 コグレは頷くと、外を指差した。

「外出ようか。別にこの辺でもいいけど、うるさくして怒られるのもイヤだしね」

 三人は徒歩でP.U.P.P.E.Tの外へと出た。温度もさほど快適とは言えないほどの暑さで、コグレは相変わらずの湿気に汗ばんでいた。

「僕はね、この『ザナドゥ』ができたときはそりゃあ喜んだものだよ。『奇跡の七ヶ月』とも、『血塗られた七ヶ月』とも呼ばれた大幅な技術革新のまっただ中に、大天才アンソニー・コッポラの基礎理論を元に作ったっていう鳴り物入りではじまったんだからね。期待するな、って方が無理だ。でも、実際にはたいして面白くもないよね。現実の延長線上でしかないし、特に不思議なことができるわけでもない。夏には暑いし、冬には寒いし、別に空を飛べるわけでも、大金持ちになれるわけでもない。むしゃくしゃしたからって器物破損なんてしようものなら、即座に逮捕だ。おまけにここには監視ログがあるから、警察の監視が行き届いていないからって安心して盗みなんてやろうものなら、その場で現行犯逮捕だ。ある意味では現実世界の方がまだマシさ。壊れた建物の修復はすぐにできるし、いわゆる天災は起きないって以外、ここに来る理由なんてないよね」

 ウェンディも苦笑した。

「最初こそ持て囃されて、ビジネスチャンスだ、ここでしか体感できない物を売ろうって、ちょっとしたアトラクション気分で超満員でしたけど、『コデッタ』で一気に下火ですよ。よくもまあ、長い時間をかけて二十三次まで移転計画を完了させたとは思いますけど」

「不動産的な面やら、環境問題という点では随分と役立ったとは思うけれどね。何しろ、物資を完全な形で輸送できるからね。『ザナドゥ』にあらゆる物を持ち込めるし、逆に『ザナドゥ』からあらゆる物を現実社会に持ち帰ることができる。土地はほぼ無尽蔵だから、きちんとした管理さえすれば、温暖化も、放射性物質もどうにかなるというわけだ。ま、空港がごった返していた現実を、つい先ほど目にしてきたわけだけどね」

 コグレは胸元に入っていたボールペンを取り出して言った。これもまた、何の制約もなく現実世界に持って帰ることができ、そして『ザナドゥ』でも使うことができるというわけだ。

「おまけに、『ザナドゥ』内部のゲート間なら行き来にかかる時間はほぼゼロと来てますからね。おいしいところはいっぱいありますが、P.U.P.P.E.Tに需要があって、そしてかつて『ニージョー』という故郷を失ってますからね」

 クロヲは苦笑した。空は青く晴れ渡り、さえぎるものが周りにほとんどないため、日光がじりじりと三人を照らしていた。

「『エピゴノイ』は出るわ、二度の『コデッタ』でヨーロッパの一部、そして日本の『ニージョー』が壊滅しているからね。原因はこの『ザナドゥ』が現実世界へ浸食したため、とされているけれど、何千人という人命が、広大な土地と共に完全に消失したって事実はやっぱり重いよね」

 クロヲは苦笑した。

「二十三次、つまり最後の移転計画では、失われたヨーロッパと、『ニージョー』も『ザナドゥ』で復元してましたね。まあ、そこを守ることでおまんまを食ってるわけですから、文句はないですけど」

 そうは言いつつも、彼の表情には不満が溢れている。故郷が消滅したというのに、笑顔など浮かべられるはずもない。

「まあまあ。僕らがこうして足を下ろしている『ザナドゥ』も、そして現実の方も、砂上の楼閣のようにいつ崩れ落ちるかわからないってわけじゃないか。杞憂、という言葉があるけれども、僕らにとってその言葉は取り越し苦労という話に終わらない。天が落ちてきたり、地が裂けたりなんてのは、いつ起こったとして不思議ではないんだ」

「さらり、ととんでもないことを言ってくれますね」

 ふふ、とコグレは笑った。

「そういう風にできているじゃないか、僕らの世界は。そうだろう?」

 そしてその時、電話が鳴った。コグレの携帯電話だ。

「『ザナドゥ』はやっぱり夢の世界などではないよね。せめて、通信くらいは出来なくてもいい、そう思わない?」

 困り顔のコグレに、クロヲは苦笑で返した。そして、電話を受けたコグレの表情がみるみる引き締まる。ごくごく短い通話時間ではあったものの、それなりに重要な内容だったようだ。携帯電話を二つ折りに畳み、無造作にスーツのポケットへと放り込むと、ため息混じりにコグレは言った。

「白 鴻凱がクロヲくんに会いたいとさ。モテる男は大変だね」

 コグレは柔和な笑みを浮かべたが、それに返したクロヲの笑みは硬かった。

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