白熱
クロヲは、エレベータで最深部へと下りていく。途中の装置は全て破壊した。もう用はない。そして、一直線にエレベータは下りていく。
そして、その時再びクロヲの携帯が鳴る。
「もしもし」
「いいか、最深部に達したら、装置に腕を突っ込んで、フルパワーを出せ。全力だ。何もかも吸い込み、破壊するように。反動の力は強大だ。理論上ではどうにかなると考えているが、机上の空論だ。賭けだよ。頼んだぞ。この世界と、莉多を」
「ああ」
そして、クロヲは劇場最深部へと降り立った。
そこは、コッペリアの病床。誰にも触れることのできない、不可侵の領域。
そこをぐるりと取り囲むように、巨大な機械が取り巻いていた。とてつもない巨大さだ。端が見えない。
そもそも、フロア自体が異常な広さだった。端がまったく見えず、クロヲの『機殻兵』の目を駆使し、ようやくその広さが理解できるほどに大きい。おおよそ、四十キロ平米はあろうかという、図抜けた巨大なフロアの中に、恐ろしく大きな装置が完成されていた。
そして、目を駆使すると、操縦基盤らしきものが見えてきた。両腕を差し込む穴があり、操縦基盤自体は実に簡素だ。
そして、その途端、通信が入る。
「この巨大な建造物を1ミリのズレもなく設置するとは、さすがP.U.P.P.E.Tだ。感心したよ。さて、説明しようか。上のフロアで、ゼルペンティーナ、いや、莉多ちゃんと白 鴻凱が『コーダ』の運命を打ち砕く。直後、この場に衝撃が来る。いったい、どれだけの量、どれだけの出力で来るかは予想量でしかわからん。だが、それをお前の腕なら押さえ込める。お前の腕のそのスペックでならな。何せ、宇宙開闢に等しいエネルギーでさえ、理論上は押さえ込める、からな」
「莉多は助かるのか?」
ケインは怒鳴りつけた。
「バカ野郎! お前が疑ってどうする! 助かるんじゃない、助けるんだよ! お前がその手で! さあ、始まるぞ」
その頃、上のフロアでは、腕を繋いだ莉多と白 鴻凱がいた。
「ここまで強大な運命を砕いたことはないです。緊張しますね」
白は苦笑する。
「私は一度もない。何しろ、そんなことをすれば、計画は破綻します」
莉多は笑った。
「では簡単に説明を。目の力を発動させると、概念上で記号化されたあらゆる運命が交錯して見えます。本来、糸のようなものが絡みついていて、それを引きはがしてから変革したり、破壊したりしますが、恐らく、『コーダ』までそんなことをすれば、時間がありません。破壊します」
「なるほど。クロヲくんと気が合うわけだ。荒事はお手の物ですね」
「今度だけです。さあ、行きますよ!」
そして、二人の目が目映く光り輝く。二人の意識は遠く離れ、記号化された運命へと飛んでいく。そして、見上げてもまだ上まで届かない、恐ろしく巨大な運命へと辿り着く。それは、とても神秘的な光を放つ、透明の球が鈴なりに並んでおり、その中でもとびきり巨大な球体の中心へと、赤い糸が血管のように取り巻き、絡みついていた。
恐らく、これが影響のある運命すべて。
「なるほど。多くのものを呑み込んでもまだ余りあるほどに、巨大な運命だ」
莉多は笑う。
「でも、壊します。ああ、こんな日が来るなんて」
「後悔は後にしてください。行きますよ!」
そして、二人は握り締めた拳を、突き入れた。途端、卵の殻を砕くように、ガラスのような運命が、音をあげて壊れていく。絶対の死。世界の死。そんな悪夢が、『コッペリア』が望まずに叶えてしまった夢が、壊れていく。そして、その光景はケインの元にもデータとして届いていた。
「クロヲ、来るぞ!」
「了解!」
クロヲは、巨大な機械の操縦基盤に腕を突っ込む。そして、力を右腕に込めると、その力が増幅されるのがわかる。つまり、所構わずその腕の力を使い、力という力を吸い込んで無効化しろということらしい。乱暴極まりないが、それが最善の手なのだろう。
途端、猛烈な力を感じる。一瞬にして押しつぶされ、消え入りそうな凶暴な威力の力。だが、増幅された巨大な力は、目にこそ見えないが、その強大な力と拮抗している。そればかりか、猛烈な力の奔走から、クロヲ自身を守ってくれている。
(もし、一瞬でも気を抜けば、その次の瞬間に、俺は消し飛ぶな)
証拠に、フロア全体は、塗装も装甲もとっくに剥げ、剥き出しになった岩石すらも、あまりの高熱さに燃え上がり、一種マグマのような状態と化している。摂氏何千度かなど、想像も付かない。宇宙そのものを引きちぎろうとした力を一点に集め、そのエネルギーを根こそぎ消し去ろうとしているのだから、その程度で済むのがむしろ幸運だろう。クロヲは覚悟を決めた。そして、その様子は、劇場の上層で戦いを行っていた連中にも届いていた。
劇場が破壊される。地下で巻き起こった爆発的な力は、いくらクロヲが押さえ込んでいるといっても、行き場をそこだけに留めたわけではない。建物は今にも壊れそうな勢いで揺れはじめ、崩れ始める。途端、これを予期してのことか、すべての戦闘員は『繋脳者』の『エンバディ』により、全員が転送された。そして、その次の瞬間、地下から巻き起こった深刻な爆発により、劇場は中から消滅した。そっくり劇場の形のクレーターができ、それに沿って白熱した光は、天を突き破らんとばかりにそのまま上空へと巻き起こる。そして、今度は大地自体が揺れはじめ、そのぽっかりと開いたクレーターに罅が入り、その隙間から光が漏れる。たちまち、一体はすべてが罅に覆われ、内部から巻き起こった光が全てを押し流さんとばかりに、大地を破壊した。
巻き起こる粉塵。飛び散る岩石。まさに、その様子は火山の噴火のように、何もかもを包み込み、破壊していく。そして、周囲は、例の劇場最深部に築かれたあの機械に沿って、半径二十キロほどの巨大な穴が出来あがった。そこから見えるのは濃厚な死と殺戮の匂いのみ。とうてい、人が生きていける状況ではなかった。
転送され、この様子を遥か遠く、『元老院』の施設内部から見た戦士たちからは、ため息が漏れた。マサムネが呟いた。
「冗談じゃねェ。結局、『コデッタ』が起きたようなモンじゃねェか……」
そう。行き場のないエネルギーの潮流は、結局劇場ごと飲み込み、大地に恐ろしい爪痕を残す。あまりのことに、莉多は涙した。到底、あの状態で生きてはいられない。
「白さんの嘘つき! クロヲを結局殺すしか、選択肢はなかったって言うの?」
「いいえ。あの男は帰ってきます。信じましょう」
だが、莉多の涙を押しとどめることは出来なかった。彼女は悲嘆に暮れ、自らの行いを呪った。