表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/50

運命

 白一色で覆われた空間。一切の継ぎ目のない、目が痛くなりそうな白が敷き詰められた空間で、ゆっくりと黒一色に身を包んだ男が歩く。

 その眼前には、黙ってこちらを見る女性の姿があった。銀髪を長く伸ばし、紫を基調としたダークのスーツにタイトスカート、首にはネクタイを結んでいる。そして何よりも片目に眼帯がされているのが特徴的だった。

 一歩ずつ、黒一色の男は近づく。その顔は無表情。虚ろな目をしている。

 男の背後から、男性の叫び声が聞こえる。血溜りの中、息も絶え絶えの状態で、瀕死の状態で声を張り上げている。

「我ら『エピゴノイ』は敗北した。だが我らなど、どうなってもいい! 『ゼルペンティーナ』は殺さないでくれ! 頼むクロヲ!」

「いやだね」

 クロヲ、と言われた男はそれを拒否。歩みを止めない。

「何故だ! お前は『ゼルペンティーナ』を守るため、その身を機械に変え、心を凍てつかせ、地獄を渡ってきただろう! 何故、殺すんだ! やめてくれ!」

「『エピゴノイ』、お前さんがそれを言うか。だが、俺が為すべきことは、変わりはしないのさ」

 ゆっくりと、クロヲは拳を構える。殺戮の拳。あらゆるものを打ち砕く、最凶の拳。その周りには黒い潮流が取り巻き、青白い火花が散る。

 狙うは、眼前の女の胸元、心の臓。

「やめろおおおおおお!!」

 そして、非情にもクロヲの腕が唸りをあげる、まさにその時。

「お止めなさい」

 涼しい声がクロヲを制止した。

「何故、アンタが……」

 ここにいるには不釣り合いな男。白い服を着、靴音をゆっくりさせながら、いつもと変わらぬ微笑みをたたえながら、向かってくる。

 白 鴻凱。どうしてここにいるのか、判断が付かなかった。

「ゼルペンティーナさん。いいえ、茂平莉多さん。あなたはそれでいいんですか?」

 莉多は、ぎろりと白を睨んだ。

「あなたに何がわかるというのだ! あなたに、私の何が!」

 ゆっくり、本当にゆっくり白 鴻凱は歩みながら、笑い声をあげた。

「わかりますよ。クロヲくんを失うか、自分が死ぬか。その二択の内、あなたが後者をどんな想いで選んだか」

 莉多はぎょっとした顔を見せた。

「七年ぶりに会って、内心触れ合いたかったでしょう、その思いを打ち明けたかったでしょう。でも、あなたは傲岸不遜な仮面を被った。クロヲくんが手をくだしやすいように」

 莉多は何も言い返さなかった。

 そして、クロヲは手をだらりと下げる。

「本当なのか?」

 昔と変わらない目。何一つ、変わらない目。莉多は片方の目から涙を流した。

 傲岸不遜に構えた鉄面皮が、その瞬間崩れ去った。口調すら、穏やかなものへと変わっている。

「ええ……。私はリントホルストさんと会って、あなたが死ぬ未来、私が死ぬ未来、そして世界が崩れ去る未来のどれかを選択しなければならなかった。そして、私が死ぬ未来を選択するには、『元老院セナート』に行かなければならないことも見えていた」

 クロヲは愕然とした。『元老院セナート』に行ったのは、彼女自身の意志だったのだ。

「では、この七年というもの、一切会ってくれなかったのは」

「私が、そうしていたの」

 クロヲは、拳を握り締めた。

「そうか……。俺の独り相撲だった、ってことか。よかった。それなら、いいんだ」

 だが、やはり、クロヲはそれでも拳を構えた。

「だが白兄さんよ! 事態は何も変わらない! 俺は事実がどうあれ、手をくだす。それがたとえ誰であろうとも! それもまた、俺がリントホルストと誓ったことだからだ!」

 だが、それに白は一喝する。

「甘ったれないでください!」

 クロヲがその言葉に、弾かれるように白を睨み付けた。

「何が、だ? 誰が甘えているっていうんだ! 俺たちは必死に考えた。少なくとも俺はそうだ。あらゆるものを天秤にかけて、それでもこれしかないのなら、という意識でこの選択をした。莉多だってそうだ! 世界を双肩にかけた時に、どうあるべきかなんて、決まり切っているじゃないか!」

 白は首を振った。

「いいえ。特に莉多さん。あなたは運命を変えてきたではないですか。数多くの人命が無慈悲に奪われることを、運命を変革することで救ってきた。天がくだした審判、行いに抗い、立ち向かい、変えてきた。

 そのあなたが何故、自分のことはただ受け入れるだけなのです? 抗わず、戦わず、安穏と受け入れる。それが美徳とでも? 自分一人を救えないあなたに、世界が本当に救えるとでも言うつもりですか?」

 莉多も白を睨み付ける。

「ではどうすれば! 何も策などない以上、受け入れる他ないでしょう! あなたには手段も提供しましたが、それもすでに!」

 白 鴻凱は悲しそうに笑った。

「アントーニアさん、という人がいました。あなたの前の『フェアツェルング』です。新居条の『コデッタ』を引き起こしたとされ、恐らくあなた方も蛇のように嫌っている存在でしょう。でも、彼女は心優しい人だった。病魔に冒されながらも、最後の最後まで、他人のために自分を捧げよう、そう心から言い切れる人だった」

 白は、薄く涙含んだが、すぐに拭った。

「しかし、私は彼女が死んでいくのに、何もできなかった! 病魔からも救えず、『フェアツェルング』という枷からも、運命からも逃すことができなかった。彼女は言っていました。ゼルペンティーナ、いいえ、茂平莉多、あなたには継がせたくないと。不幸の連鎖は断ち切りたいと。そう言っていました。そして、私は、彼女のような存在を二度と作りはしない。二度と、私のような思いはさせない。そう、誓いました」

 その瞬間、白 鴻凱の片目が目映く光り出す。

「だからこそ、私は、ケインさんと共同し、本当の『フェルマータ計画』のために尽力しました。劇場(プリズン)封鎖は、劇場(プリズン)を守るためではありません。今もまだ、劇場(プリズン)内部には不変閉空間で覆われた部分があります。プランク時間ごとに自らを区切り、すべてを確定する『コッペリア』という監視者の目を塞ぐためにね。

 そして、そのために莉多さんから片目を受け取りました。本来、フェアツェルングは、ある一定レベル以下の運命しか改変できない。しかし、二人でなら可能です。しかも、監視者たる『コッペリア』が目の届かない今こそ、運命を打ち砕くときです!」

 その時、クロヲの懐が震える。

「電話を受けなさい。ケインさんだ」

 白の言葉の通り、クロヲは電話に出る。

「クロヲか。いいか、よく聞け。『コーダ』を食い止めることは可能だ。だが、それには、反動を押さえ込む必要がある」

 クロヲはすぐに返す。

「わかってる。だが、それにはどうすれば」

「それには、お前のその手が必要なんだ。その、全てを吸い込む凶悪な腕が、彼女を、世界を救う唯一の切り札になる。フロアを下りろ。手はず通りに設置しているならば、劇場(プリズン)最深部に、それはあるはずだ」

「わかった」

 クロヲは駆け出す。運命を切り開くため、たった一つの切り札で、この世で一番守りたい女性を守るために。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ