コッペリアの真実
スパランツァーニは、怒声を撒き散らした。
「『元首』殿、説明願いたい! 一体、何がどうなっているのか!」
だが、スパランツァーニをリントホルストは一喝した。
「お黙りなさい。あなたがもし、自らの娘の存在を認めていれば、世界はこうはならなかった。違いますか?」
スパランツァーニは、目を見開いていた。
「何を言っている! 貴様は何を言っている!」
すると、リントホルストは、一冊のノートを取り出した。手垢が付き、使い古された一冊のノート。
「それは……返せ! 返してくれ!」
スパランツァーニは一目散に駆け出し、リントホルストに掴み掛かろうとした。
「やめろ、オッサン!」
それを、マサムネが止める。
「スパランツァーニさん、これは、あなたと娘さんとの交換日記ではありません。いや、正確には、これは本来ここにあっていい日記ではありません」
「離せ! どういうことだ?」
スパランツァーニは無理矢理マサムネを突き放そうと暴れる中、リントホルストは、ノートのページをめくる。
「ほら、ここに明日の日付の分が書かれています。『九月十三日 今日は十二歳の誕生日。パパとはもう二度と口を聞かない。こんな世界なんてなくなっちゃえ』
こう、書かれています」
マサムネがそれを聞いて苦笑した。
「穏やかじゃねェな。何やらかしたんだ、アンタ」
だが、白は笑みを絶やした。
「それが、『コーダ』の原因だと、そう言うのですか、もしかして」
マサムネがぎょっとした顔をする。
「ちょっと待てよ、冗談だよな。そんな、あんなノートにちょっと悪口書いて……そんなのにマジになんか……。ちょっと、何とか言えよ!」
リントホルストが言葉を返す。
「マサムネくん。全知全能の神になりたいと願ったことはありますか?」
マサムネは苦笑した。
「あるぜ、そりゃあ。って言っても、いざなれるって言われても、色々と考えちまうけどな。でもまァ、なれるなら、なってみたいかもしれねェな」
リントホルストは頷いた。
「この一説は、全知全能の神が、神であることを自覚せずに書き上げた一説です。彼女は、長い間苦しんでいた。自分の体を蝕む病と、この世に生を受けて以来ずうっと戦い続けていた。そして、心に魔が差した、いや、甘えだったのかもしれない。たった一つ、この世界で唯一の肉親である父親との交換日記に、この一説を書き綴った。十二歳の誕生日だというのに、会えないという父親に対して」
マサムネの顔が困惑に満たされていく。
「冗談なんかじゃ、ねェんだよな……」
リントホルストは続ける。
「世界は、彼女の望みに答えを示しました。本来、世界には存在していなかったはずの、『機殻兵』、そして『繋脳者』。彼らが、世界を木っ端微塵に打ち砕く『コーダ』を引き起こし、その日の内に世界を破壊するように、答えを示しました。
そして、こんな世界なんてなくなっちゃいました」
マサムネは、スパランツァーニを離した。
そして、壁を叩き付けた。
「子供に話すおとぎ話じゃねェんだぞ……! なんだ、お題目は何があっても世界が終わるように願っちゃいけません、か?
ふざけるなよ! 『コデッタ』が起きるたび、人が死んでいった! その原因を探るために、世界のあらゆる研究者が躍起になって調査しても、なんだかよくわからなかった。そして、辿り着いた結果が、子供が願ったから世界が終わる、だと? ふざけんじゃねェぞ、オッサン!」
だが、そこで、驚きを見せたのは、意外にもオリュンピアだった。彼女は、驚きに目を見張った。
「まさか……ありえない……」
マサムネは、オリュンピアの顔を見た。
「なんだ、何がありえないんだ? おとぎ話が、ってか?」
「私は、その子を知っている。新居条で、私はその子に会っている。その子は、『コッペリア』でしょう……?」
リントホルストはゆっくり首を縦に振った。
「私はその日の事を、これまでで一度でも忘れた事がない」
オリュンピアは、訥々とその事を語り始めた。