リントホルスト
廃校へ転送された直後、P.U.P.P.E.T本部にいたあらゆる兵は、すでに廃校に横付けされていた車輌によって、とある施設に移送された。
その車輌には、糸と三人の女性が偶われたエンブレムが付いていた。
白を基調とした制服の兵によって、傷病兵はすべてすぐさま病院へと搬送し、それ以外の動ける兵は、車輌に乗せられたのである。
それほど長い距離ではなく、すぐにその施設に到着する。
そこは、『元老院』が保有する施設。国連のトップたちが雁首を揃え、『元老院』に助けられるという、極めて奇妙な状況。
すぐにスパランツァーニ、白 鴻凱、コグレは別室へと通されるが、一室に押し込まれた直後、スパランツァーニの怒号がこだました。
「白くん! これは君の差し金かね!」
コグレは壁を叩いてみた。なるほど、そうとう頑丈に作っているようだ。この程度怒鳴っても、隣には漏れないだろう。
『元老院』の施設は、ビクトリア調の古い建物であり。内部にはビクトリア調のアンティークの家具が所狭しと並べられている。驚くべきことにアンティーク趣味というわけではなく、今でも丁寧に使われているようだ。
窓から外を見下ろすと、異常なまでに手入れの行き届いた庭園が見える。豪奢にもほどがある。
さて、スパランツァーニの怒号を受けた白は、涼しい顔で紅茶を飲みながら、言った。
「協力体制は取る予定でしたが、ここまで協力していただけるとは思いませんでした。廃校からこの施設までは、用意していただいたものです」
だが、そこでふう、とコグレはため息を付いた。
「しかし、こっちは虎の子の『ゼルペンティーナ』を奪われている。はっきり言って、『元老院』が我々を責め立てることこそあれ、歓迎されるいわれはありませんな」
スパランツァーニが面子を潰された、と怒る筋合いですらない。
一種不気味にすら思える『元老院』側の協力体制に、スパランツァーニはようやくことの重大性を理解した。
そんな折、コグレの懐を鳴らすものがある。携帯電話だ。
「失礼。もしもし」
電話の相手、それは調査にあたっていた求亞子である。
そして、彼女の調査で得た情報を手短に話す。サンドマン症候群、新居条研究所、そして、『コッペリア』とスパランツァーニの関係。
コグレはそれを聞き、ため息を漏らした。
「そうか。よくやってくれた。さすが耕作の娘だ。あのね、取材費は出すから領収書だけ送ってね。え、ないの? まあいいよ、どのくらいかかったかだけ教えてね。それじゃ」
コグレは電話を切った。
「白さん、裏が取れました」
それを聞き、白はにっこりと笑った。
「そうですか。いや、求さんの執念ですね」
白の言葉を聞き、スパランツァーニの顔色が若干悪くなる。
「なんのことだ?」
スパランツァーニの問いに、白は微笑みながら答えた。
「あなたの娘さんの話ですよ。あなたが何故劇場にこだわり続けたかの、その理由の話です」
白の言葉に、スパランツァーニは狼狽した。
「あなたには同情しますよ。いや、本当に。ですが」
白は、きっとスパランツァーニを見据えた。
「あなたがどんなにか苦しい思いを背負っていても、私たちは生きなければならない。あなたが、私たちの生きる道を握りつぶす権利など、どこにもない」
そこで、ノックもせずに男が入ってくる。拍手をしながら、ゆっくりと。
橙色のスーツを着、髪を逆立たせた男。
「よろしいですか、お三方。その胸に抱えたものは、確かにそれぞれおありでしょう。ですが、真実を知る権利を持つ人間は、他にもいると考えます。計画の中核を担っていた彼などは特にね」
すると、クロヲが入ってくる。
「……アンタは! 七年前に!」
彼は男を一目見るなり、そう言った。
「なるほど、覚えておられるか。それも結構」
そして、マサムネ、オリュンピアが入ってくる。
「これは一体? 何が?」
オリュンピアは驚くスパランツァーニの顔を見て、彼女も驚きながら入ってきた。
「申し遅れましたが、私、『元老院』の『元首』をやっております、リントホルストと申します
さあ、それでは始めましょうか。悲しい少女たちの話を」
朗々とリントホルストが語った。