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出会い

 見渡す限りの人の山。そして飛び交うアナウンスの声。肌も髪の色も、老若男女皆が入り乱れ混然とした中を、一人のアジア系の人間が歩いていた。

「やーれやれ。どうにもこういった場所というのは、僕の好みじゃあないねー」

 ごま塩頭を短く刈り、スーツ姿に柔和な表情を浮かべた男がぼそりと呟く。そして、人混みのためか湿気が濃いために、じんわりと額に浮かんだ汗をハンカチで拭き取った。

 その横に立ち、男とさほど身長が変わらない、かなり長目の金色をした長髪を後ろで束ねた女性が苦笑した。彼女も紺のスーツをぱりっと着こなしているが、ただ歩くだけでも、その動きは整いすぎており、事務仕事のそれではないことは一目瞭然だ。

「それなら、あたしだけで十分だったんじゃないですかー? 子どものお使いじゃないんだから、一人で来れますよ、あたしゃ」

 それに、男も苦笑する。

「いやいや、言ってみただけだってばさ。さーすがに僕もウェンディさんだけを行かせて、黙ってベンチで麦茶って、そういうわけにもいかないでしょうよ」

「はあ。まー実際の所そっちの方が想像しやすいですけどね」

 気のない返事を返され、男は再度額の汗を拭った。

「……さーてさてさて、肝心の主賓はもう来たのかな。写真じゃ見たけども、どうにもこうにも実際に見てみないことには僕には判別が付かなくってね。ウェンディさんは、面識あるんだよね?」

「それなら、前もって『ザナドゥ』で会っておけば良かったじゃないですかー。距離なんて関係ないでしょう、あれは」

 ウェンディと呼ばれた女の言葉に、男は首を振る。

「僕も立場上そんなこと言ってられないけれど、見てみなよ、空港のこの様子。JFKは本日も満員御礼でござい、って状態だよね。未だに既存の陸路、海路、空路はごった返してるし、流通物は大抵、そういった既存経路で運ばれることが最低限の約束事になってる。そもそも、今日来る男にしても、『ザナドゥ』への出撃回数も時間も、常人の何百、何千とこなしているにも関わらず、公費から往復の航空費が出てるわけだよ。僕の言いたいこと、わかってくれるよね?」

 ウェンディは頭を抱えた。

「広報がそれ聞いたら、何言い出すか。と言っても、この状況下ですけどね」

「すまじきものは宮仕えってな話さ。こんな現状見せられて、『ザナドゥ』は素晴らしいです、安全です、なーんてどの口でも言えやしないってばさ」

 ふう、と男はため息をついた。

「さーてと。我らが戦人プロンプターはどこだー、っと」

 男はわざとらしく辺りを見渡した。彼らがいる場所は、到着ロビーのため、人の数たるや並の数ではない。だから、少々見渡した程度で見つかるような状態ではない。そこに黙って立ち止まっていれば、たちどころに人混みに揉まれ、立つ位置すらままならなくなる。それほどに混み合っている。

 だからこそ、男はその背中に当たる冷たい感触を、一瞬誰かが単に体をぶつけただけ、そう考えた。しかし、その冷たい感触は、黙ってそこに留まっていた。そして、小声が聞こえる。

「おっと、動かない方がいいと思うね、俺は」

 殺意も敵意も抱かせない、かといって好意もない、極めて平易で空虚な声がした。あまりにも平易すぎて、声から相手がどんな素性のものかをうかがい知ることはできない。

「P.U.P.P.E.Tの隊長ともあろう方が、ろくな護衛も付けずに丸腰とは感心しないねえ」

「とびっきりの腕利きを付けてるつもりだけどね、僕としてはさ」

 男は苦笑する。

「どうかな。このフロアの二階の隅に二人、そしてそこのカウンターを入って右手に一人、ちょっと離れて売店の裏にもう一人。いずれもあまり経験年数は長くない」

 図星だった。確かに、そこにP.U.P.P.E.Tの隊員は配置している。だが、これだけの人混みの中で、場所を即座に把握するのはかなり困難だろう。背中に突きつけられた冷たい感触といい、相手は並の相手ではない。背中につうと、冷や汗が流れた。

 さて、どうしたものか。そう思い悩む内、横にいたウェンディがいないことに気付いた。彼女はどこに行ったのか。そして、次の瞬間目線で追うまでもなく、彼女の居場所はわかった。背後の男と対峙している。

「ちょっとあんた、何やってんの? 悪ふざけにも程ってモンがあるでしょーが!」

「そりゃ驚いた。師匠せんせいからは縁遠い言葉だと思ってました」

「……堪忍袋の緒が切れたよ、今ぷっつりとね。あたしゃ怒った!」

「随分と短い緒もあったもんだ」

 話し声に気付き、背後を振り返ると、途端、撃ち合いが始まった。音速を超える程の拳の撃ち合い。ただし、それは極めてコンパクトに、周囲に一切の衝撃を与えないように細心の注意が込められた拳だった。その証拠に、人混みを取り巻く周囲の人間は、この対峙に気付かず、すぐ横を何事も無いように通り過ぎていった。

 男とウェンディは、まったく同じ軌道、まったく同じ挙動で技を繰り出し、拳を撃ち合う。殺意も敵意も、何一つ感じさせない無に等しい拳の撃ち合い。それはまさに演舞そのものであり、流麗な動きと繊細な動作は、精密機械を思わせた。そして、最後にお互いの拳を自分の前で合わせる。演舞が終わったのだろう。

「お久しぶりです。師匠せんせい。そして、はじめまして、コグレ隊長」

 そう言って、男はウェンディと、コグレと呼ばれた男に対し、一切悪びれなくぺこりとお辞儀をした。黒いスーツに、グレーの柄入りのワイシャツを着、若干立たせ気味の黒髪に、顔を覆うような大きさの薄いブラウンのサングラス。そして、両手を覆い隠す白い革手袋。顔には人好きのする笑みを浮かべている。

 面喰らったのはコグレの方である。

「少々悪ふざけが過ぎるよね、クロヲ! あたしの顔に泥塗るつもりなの? あんた!」

 ウェンディは苦虫を噛み潰したような顔を見せた。そして、子どもにするように、無理矢理クロヲと呼ばれた男の頭をその手に取り、深々と強制的に謝罪させた。

「すいません、コグレ隊長。彼があたしの不肖の弟子でして。ちょっとバカなんです」

師匠せんせい、ちょっとやりすぎです!」

 必死にクロヲはそれに抗い、顔を上げようとする。コグレはすっかり毒気を抜かれ、やれやれと頭を振った。

「なーるほど、随分と変わり者だね、君は」

「ええ、おかげ様で」

 何がおかげさまかはわからなかったが、コグレは頭を抱えざるを得なかった。

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