心鏡掌
クロヲは、ウェンディのいる病室にいた。
劇場防衛にあたった兵はほとんどが近くの病院へと担ぎ込まれており、周囲は傷病兵だらけだ。病院の中は未だに、死の影と必死に戦う医者が、奮闘しているまっただ中だった。
うめき声と、叫ぶ看護婦と医師、そして心電図を告げる電子音と、ストレッチャーが走る音。そんな中、ウェンディは顔の半分を包帯で覆い隠し、片腕を吊り、点滴を打たれた状態だった。
クロヲは『ザナドゥ』を使い、病院まで一気に転送してきたのだった。
「怪我はどんな状況なんです? 正直、無事って感じじゃないですけど」
クロヲは微笑みながらウェンディに話しかける。
「『チャリス』の『繋脳者』に、もうちょっと遅ければ助からないなんて言われたくらいだった。国際Ⅹ級の『チャリス』医師がだぞ」
クロヲは一瞬、ぎょっとした。
「勘弁してくださいよ。まあ、でもしばらくは動けそうにないですね」
「まあ、大半は治癒してもらったんで、五体は動くが、基本は自然治癒待ちじゃないと、どうにも色々と、な。そんなことよりも」
ウェンディは吊られていない方の手を差し出す。
クロヲは弱々しいその手を、ぎゅっと握った。
「奴らを追うのか? はっきり言って、強いぞ」
「でしょうね。でも、俺は追います。確実に追い詰めて、今度こそは救います」
ウェンディはにやり、と笑った。
「強くなったなあ。さすがだ」
「そりゃ、この七年間、自慢じゃないですけど、相当死線、潜ってきましたからね」
ウェンディは笑った。
「ケインも喜んでるんじゃないか。お前には期待してる。物資搬入も、お前への手助けの一環だったからな」
クロヲは首を傾げた。
「何のことです?」
ウェンディはしまった、という顔をしたあと、首を振り、ばつが悪そうに明らかに別の話題を振った。
「なあクロヲ。お前、『心鏡掌』を使いたがっていただろう」
クロヲはぎょっとした顔を見せた。
「仙華拳の奥義、ですか。あれだけ言っても使わせてくれなかったのに、今更何を」
ウェンディは首を振った。
「馬鹿だね今だからこそだよ。『インヴィジブルハンド』すでに使いこなしているだろう?」
クロヲは頷く。
「ケインさんと師匠そして俺の三人で作り上げた奥義だ、その土台くらいはきちんとな」
ウェンディはゆっくりと頷いた。
「『心鏡掌』は精神にかなりの負荷をかけるんだ。それは理解してるだろう? 基本的に仙華拳は、あらゆる攻撃を弾く『鳳仙花』と、相手の攻撃を受け流し、相手へそのまま返す『金盞花』の二つがメインだ。そして『心鏡掌』はその二つを上回る究極のカウンター技。生半可な気持ちで『インヴィジブルハンド』を使っていれば、大変なことになってしまう」
「わかってますよ。重々」
ウェンディは頷いた。
「クロヲ、私は、『武』の本質は『掌』にあると思っている」
「ああ、師匠の信念ですね」
「『掌』は手の心が原義よ。掌を合わせ、心を他者と通わす事も出来る。でも、『武』を振るう拳もまた、『掌』の成せる業。『武』は一面のみの物ではなく、きちんとした心をもってなされなければ、ただ他人を傷つけるのみだ。『武』とは、『武』その物ではなく、振るう側の『心』にあるものだと私は思う」
クロヲは深く頷いた。
「理解しているつもりです。でも、久しぶりに聞くと身が引き締まりますね」
「そうだろう。敵は強い。『エピゴノイ』も総力をあげている。いいか、『心』だ、心で武を振るえ。わかったな」
「了解です」
クロヲは、ウェンディと拳を合わせた。お互いの気持ちが通じ合い、心の底から力が湧いてくる。
「それじゃ」
ウェンディは手を振り、クロヲは病室を後にした。