かいらとカナリヤ
一方、『エピゴノイ』たちの中に、ブレザー姿の少女の姿があった。
金髪の少女、カナリヤは、極めて渋い顔をしていた。
「マッズいわ!」
「いいえ。状況は相変わらずこちらに有利だわ。劇場ゲート陥落は時間の問題」
渋い顔をするカナリヤに対し、かいらはしれっとした反応をしてみせた。
「作戦が当初とかなり変更されてるでしょう」
「ええ」
カナリヤはため息をついた。
「確かに、数で押せば確実にどうとでもなるわ。無策でも。でも、当初は瀬亥と同時にゲート陥落が目標だったじゃないの」
「できなかったことを悔やんでもしょうがない。現状出来る最善策を行うべきだと判断する」
アッシュ色のボブを揺らしながら、かいらは理路整然と弁を述べる。
カナリヤはかいらの頬をつねった。
「痛い」
「正論ばっか言えばいいと思ってんでしょ! 正面突破よ、正面突破っきゃないわ!」
かいらはため息をわざとらしくついてみせた。
「何なの?」
「カナリヤはそう言うと思っていた。議論しても無駄と判断する」
「オッケ。じゃあ、行くわよ!」
途端、カナリヤの周りに『青い炎』が舞う。そして、固形化した途端出てきたのは無骨な銃の数々。重機関銃、グレネードランチャー、機関砲が鈴なりになって、カナリヤの周囲を漂った。そして、それに連なる弾丸が、幾重にも蛇のようにカナリヤを取り囲む。まさに、全身がハリネズミのように銃口まみれになり、異様な雰囲気を漂わせる。
「まずは景気づけに一発、行っておきますか!」
そして、おおよそ二十ほどある砲門を、肩慣らしとばかりに、『タイダルフォース』の装甲で守られた、ゲート側へと撃つ。劈くような銃声。吐かれる薬莢。
だが、あくまでも旧世代の銃であり、『タイダルフォース』に対してはまったくの無力である。その上、カナリヤの撃った箇所からゲートまでは、人が豆粒にしか見えないほどに距離が離れており、どう考えても射程距離も足りない。
しかし、異変を感じたのか、スラヴァは咄嗟に他の三人を押した。
「危ねぇ!」
そして迫り来る閃光。極太の蒼い閃光が、何筋も迫ってくる。
「弾丸が当たらなければ、当たるようにすればいいじゃない。装甲をぶち破れなければ、ぶち破れるようにすればいいじゃない。ね?」
カナリヤはそう微笑み、疾駆のごとく駆け出す。かいらもその後ろに黙って続く。
そして、試し打ちのような弾丸は、『タイダルフォース』をやすやすと貫き、そればかりか迫撃砲のように広範囲を焼き尽くし、破壊し尽くした。
先ほどまで四人がいた場所には大穴が穿たれ、ゲート前の装甲は、穴あきのチーズのように見るも無惨に崩壊した。
「なんだ、ありゃあ……」
ホプキンスが絶句する。一発一発が、まさに戦略兵器ともいえる異常な威力を秘めている。それは、ジリ貧という状態で、人類側が負けつつはあったものの、半ば膠着状態にあった戦場に、大きな風を呼び起こすには十分だった。そして、スラヴァは跡形もなく消え去っていた。彼が咄嗟の判断で全員を逃がさなければ、全員が死んでいた。
ウェンディは唇を噛んだ。
「ドッグタグも残ってない……。畜生……」
ホプキンスが口惜しそうに言う。
「ようやく下の娘が小学校を卒業するんだってよ、こないだ言ってた矢先だってのに……」
董晶が叫んだ。
「いずれにせよ、あんなのがいたんじゃ、遠距離からの泥仕合も、もう続けられやしない!」
ウェンディは叫ぶ。攻め落とされるのは時間の問題。まったく、打つ手はない。
一応、それでも軍勢は独自の判断で『エンバディ』を撃つ。だが、そのことごとくは直前で燃え尽きる。単なる『エピゴノイ』よりも強固な障壁。それは一層、敗北を予感させた。
「るっさいわね!」
そして、あまりに撃たれ続け、頭に来たのか、カナリヤはまたも弾丸を撃ち鳴らした。迫撃砲のように飛来する極太の弾丸。青白く棚引きつつ、またもゲート前の装甲をグズグズに破壊していく。わずか二射。だが、その二射でほぼ劇場ゲート前は壊滅状態になった。
「どういう火力だ……。畜生!」
ホプキンスが叫ぶ。
「私が出る!」
ウェンディが、叫ぶ。
「やめとけ! あんなの相手じゃ、アンタだってやられちまう!」
「じゃあ、手を拱いて見てろ、って言うの?」
その時である。
「では、私が一番槍を買って出よう!」
何処からか低い男の声がしたと思うと、それと共に稲妻が、疾走する。
青い流星が稲妻を伴ってカナリヤに突き刺さった。否、それは兇悪なまでに迅い『突き』だった。それは、カナリヤの眼前で止められる。かいらが、その身をもって止めたのだ。
「凄まじい突き。あなた、何者?」
「我が名はログフェロー・トゥエーン。貴様を斬る者の名だ。冥府で歯噛みし、自らの運命を呪うがいい」
軍服を着こなし、灰色がかった髪をした厳つい顔をした男が、そこに立っていた。その左手は、明らかに『機殻兵』のもので、鉄の色が見える。ログフェローは、青く輝く日本刀を、かいらの手から払った。すると、かいらは、右手を蒼く焔で輝かせると、雷光の様な連撃を見舞う。恐ろしいほどの速度を伴った化け物じみた拳。だが、それをログフェローは空中へと逃れ、くるりと回転したかと思うと、凄まじい迅さで『突き』を連打する。
空中からの嵐の様な突きの連打。ログフェローが振るう武器と、かいらが払おうと振るう拳がぶつかり合う音は、秒単位どころか、可聴出来るか否かのレベルで、連続してかき鳴らされる。そして、その度に空気が震える。裂帛の気合いが空気を通して伝わるかの様に、腹に響く空気を裂く破裂音が、そこら中でこだまする。
『エピゴノイ』と劇場防衛にあたる兵たちが息を呑むほどに、突如として始まったこの剣舞は、尋常のものではなかった。
双方一切引かず、そしてその剣、拳の速度も至高。息をつく暇さえ与えない。そして、其処から漂う、常人なら立つことすら出来ない濃厚な殺意の嵐。
一瞬で心臓を握りつぶされそうな程の殺気は、達人の域に位置する男達でさえも、戦慄させるものであった。だが、眼前でそんな光景を繰り広げられていた、カナリヤはたまらない。
「人の鼻先でうっさいわね、消えてしまえ!」
あろうことか、カナリヤはかいらがいるにも関わらず、至近距離から銃を撃ち放った。
さすがに、これを二人は躱すことができない。極太の蒼い閃光が、二人を呑み込む。
だが、その閃光の前に、一人立ちはだかる者がいた。そして、あろうことかその閃光を弾いた。遙か向こう、かつての新居条を再現した家屋が、弾かれた閃光を受け崩れ落ちる。
「ねえ、混ぜてよ。そろそろさ」
ウェンディは、にやりと笑った。
「おいおい、あんなところに出ちまって……」
ホプキンスは頭を抱えた。
「しょうがねぇなー。援護するよ!」
「おう」
董晶の声にホプキンスは頷く。
「ちょっとオバさん、なんでアタシの攻撃を弾けるの? おかしくない?」
カナリヤは、疑問があったらしく、ウェンディに食ってかかる。
「ま、人間ちょいと長くやってると、できることが増えるモンなのさ。尻の青いお嬢ちゃんにはわからんと思うけどね」
軽く返され、カナリヤはさらに腹を立てた。
「殺すわ。とりあえず、アンタを倒さないかぎり、どうも前には進めないようだし」
カナリヤはびしっとウェンディに向け指を突き出す。
「やってみなさい。まあ、口だけでしょうけど」
ウェンディは手招きをする。それに乗って、カナリヤは銃を撃ち鳴らす。
だが、ウェンディは弾くまでもなく、その全てを躱し、間合いに入る。
(近接で銃なんて得物、論外!)
遠距離、しかも半ば籠城戦であればこそ、攻城兵器は恐怖である。
だが、近接、しかも至近距離でさえ銃など、得物の距離を考えない、愚策。ウェンディはもちろん、クロヲと同じ拳を操るため、超近距離戦のみの人間だ。だからこそ、あっと言う間に間合いに入った瞬間、既にカナリヤの勝敗は決している。
練気した上での肘。そして背面での強烈な当たり。もちろん、クロヲの時のように障壁によって弾かれるような、そんな轍は踏まない。突き破った上で、強烈な勁が入るよう、武器も整えている。
そして、入る。だが、次の瞬間、カナリヤは体躯を翻し、この矢継ぎ早の連携をひらりと躱してみせる。
「迅いね、さすが大口叩くだけはある! でもね、アタシだってそんなのにやられないよ!」
その瞬間、ウェンディは焦りを覚えた。銃が、いつの間にか複数の方向から取り巻いている。
恐らく、近接に入った瞬間、銃口が取り巻く内部に追いやられたのだろう。
「甘いね、近接だからって銃を使えないなんて、思っちゃったんでしょ? でも、そんなの折り込み済み!」
そして、無慈悲にも銃口は発射される。トリガーを直接指で弾く必要もないようだ。まさに、銃を模しただけなのだろう。
そこに、巨大な氷柱が突如そそり立つ。銃は、タイミング悪く軌道をずらし、その結果ウェンディは難を逃れた。
「……水を差す気? 死にたいの?」
そこにいつの間にか立っていた董晶をカナリヤは睨み付けた。
「とんでもない。お前を倒すだけだぜ」
董晶は、にやりと底意地の悪い笑みを見せた。