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コグレと亞子

 ノックの音が響く。飴色の革椅子に腰掛け、ぼんやり書類を眺める中年の男が、その音に反応し、顔をあげる。

「どうぞ、お入んなさいな」

 刈り上げられた頭髪には白髪が交じっており、柔和な目は入ってきた客をじっと見据えて離さない、どこかしつこさを感じさせる強い眼光をしている。だが、入ってきた人物をしげしげと眺め、やがて彼は首を傾げた。

「はて、どちらさんでしたっけ」

 入ってきたのは、眉毛の上で前髪が切り揃えられた、少し明るめの髪をした女性だった。赤いフレームのメガネをかけており、茶色いブラウスにジーンズのボトムス、ブーツという出で立ちである。

「あ、あの。わたし、求亞子と申します。父の耕作がお世話になっておりました」

 途端、中年男がはっとした。

「ああ、亞子ちゃんか! お父さんは気の毒だったね。大学からの知人だったんだが、残念だよ」

 だが、亞子は手を振った。

「いえいえ。コグレさん、ほんとに突然来ちゃってごめんなさい。守衛さんにも無理矢理行って通してもらったんです」

 コグレはぺこりと頭を下げた。

「いや、僕も耕作のことはわかってたけど、亞子と言われてもピンと来なくてね。ごめんね。ささ、座って座って」

 コグレは椅子を亞子に差し出し、コーヒーをカップに注ぎにいった。

「亞子ちゃん、コーヒーは?」

「あー、ミルクと砂糖、いただきます」

「でさー、何の用だったっけ」

 亞子はコグレの言葉に、ぼそりと呟いた。

「実は、お願いがありまして」

 亞子は、コグレからコーヒーを受け取ると、山盛りの茶色いコーヒーシュガーと、三個ほどミルクを入れ、スプーンでかき混ぜ始めた。

「まあ、できることなら何でもするよ。言ってみてよ」

「はい。『コデッタ』について記事を書こうと思いまして」

 コグレはうーん、と唸った。

「耕作もなんかやってたね。『シュレディンガーの女神』がどうとか、『コッペリア』がどうとか。眉唾ものだってのに、本とか送りつけてきてさ」

 亞子のコーヒーをかき混ぜる手が止まった。

「父の最期の言葉が、『コッペリアには近づくな』でした。父は信じていたんだと思います」

 コグレは真面目な顔をした。

「『コデッタ』の原因は未だにわからないからね。一応は『ザナドゥ』が原因だって話に落ち着いてるけれど、いわゆる『シュレディンガーの女神』の話が都市伝説として言われるのも、納得してないからだろうさ。どこにでもいて、どこにもいない存在が引き起こしたっていう、すごく眉唾ものの話だけどさ」

 亞子はスプーンを突き出す。

「それです。きっと、それを実証するデータを、父から託されたんです」

 そして、亞子は幾つもワッペンが付けられた大きなカバンの中から、一枚のデータディスクを取りだした。

「なんじゃこりゃ。まあいいや。ウィルスじゃないよね」

「ええ。でも何だかよくわからなくて」

 コグレのデスクにあったコンピュータにデータディスクを放り込み、中身を検分すると、コグレの顔色が変わる。

「こりゃ……。耕作もよくまあこんなものを娘に託す気になるな……」

 コグレは苦い顔をした。そして、財布の中から一枚の名刺を取り出す。

「ここに行ってみるといい。きっと、力になってくれるはずだよ」

 そして、その名刺を亞子に手渡す。外国の地名と、外国人の名前。聞いたこともない。

「まあ、ぼくも力になるけど。何かあったら、連絡ちょうだい」

 亞子は立ち上がり、コグレと握手を交わす。

「ありがとうございます! 助かります」

 そして、飛ぶように駆けていった。

 コグレは彼女が去ってからぼそりと言った。

「危なっかしいわ、ホント。さて、僕も待ち合わせ場所に急がなくちゃね」

 コグレはコートに身を包み、部屋を後にした。

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