ゲート陥落
そして、それは尋常ならざる事態の幕開けであった。
P.U.P.P.E.T本部はほぼその瞬間、ゲートへと連なる通路の全てに装甲扉が下り、館内全体に非常警報が響き渡った。
「『エピゴノイ』によってゲートが破壊されました。関係者以外は一刻も早く退去してください。繰り返します、関係者以外は……」
にらみ合いを続けていた応接間でも、もちろんその非常警報と放送は聞こえた。
スパランツァーニは笑った。
「なるほど、連中の狙いは十中八九、『ゼルペンティーナ』か。これほど早く動くとはな。コグレくん、今は『ゼルペンティーナ』の対応についての議論は後だ。まずは、『エピゴノイ』から彼女を守ることが先決、P.U.P.P.E.Tは即座にゲートの再封鎖に向かいたまえ。白くんも異論はないね?」
白は頷いてみせた。少しばかり屈辱的だが、一時的にでもこの状況が打開できたのは良かったことだと考えるしかない。
「了解」
コグレは敬礼する。
「じゃあ、俺が先頭に立ちます。クロヲ、てめェは守れ。いいな」
マサムネが愛刀を握り締め、そう言った。
「しかし……」
クロヲが言いよどむが、マサムネはそれを許さない。
「いいですよね、コグレさん」
おまけにコグレをじっと見る。
「構わないよ。クロヲくん、『ゼルペンティーナ』さんの警護、よろしくね。さて、と」
そして、コグレは通信機を手に取る。
「状況は? うん、今応接間。とりあえず『第四の壁』はどのくらい残ってるの? そう、今から押し戻せば『コデッタ』にまでは至らない規模か。遠隔は? 死んでる、そうかー。で、敵総数は? 四万? そりゃまた驚いたね」
コグレの声を聞いて、場に緊張が走る。
「オイオイ、マジかよ……。今までに経験があるのだって、せいぜい、五、六百ってところだったぜ?」
マサムネが苦笑いを浮かべる。
コグレは通信を切った。
「さてさて、敵はおおよそ四万だそうだ。対するこっちは、P.U.P.P.E.Tが九百、スパランツァーニさん側の兵が四百、全員で合わせても、たかだか千三百。おまけに、こっちは奴ら全員を追い出して、『第四の壁』をまともに修復しないとならない。そしてなおもまずいことに、連中は現実世界に来ている」
クロヲは肩を竦めた。
「現実世界での交戦例は十に満たなかった、違いましたっけ?」
コグレは頷いた。
「これまでゲートを突破されたこともなかったし、『第四の壁』を破壊されたこともなかった。異例づくしだ」
白は苦い顔をしてみせた。コグレは、気にせず続ける。
「そこで、ぼくが今確実に勝てるプランは、ほぼ一つしか考えられません。すでに『ザナドゥ』内部はP.U.P.P.E.T本部行きのゲートへ続くエリアに繋がるあらゆるエリアを封鎖しています。つまり、『ザナドゥ』側からこちらへの侵攻は、何があってもP.U.P.P.E.T本部ゲートからの一箇所ということになります。
まあ、簡単にいえばひょうたんのような状態なわけです。最良のプランは、ひょうたんの中心のくびれを閉じるプランでしょう。すべての敵をひょうたんの一番下の中空にまで追いやり、その上で中心のくびれを閉じる。ですが、恐らくゲート付近から内部に押し込めることは難しいでしょう。何故なら、数が多い」
スパランツァーニは咳払いをした。
「では、どんなプランが?」
コグレは顔色一つ変えず続ける。
「幸いなことに、この本部施設は『タイダルフォース』によって侵攻を防げる構造になっています。つまり、ひょうたんの口は閉じられている。では、敵が中心のくびれから這い出たあと、上部の中空をすべて破壊すれば、どうなりますか?」
スパランツァーニはドンと円卓を叩いた。
「P.U.P.P.E.T本部を連中ごと破壊するだと! ふざけるな!」
コグレはスパランツァーニの顔を正面から見た。
「ふざけてなどいません。建物の被害だけで済むのなら、逆に被害は最小限に食い止められると判断しますが?」
そこに、意外な人物が割って入る。
「面白そうですね。ひょうたんから這い出るのに、ちょうどいい囮もいることですし」
ゼルペンティーナが口を開いたのだ。
焦ったのは他の人間だった。適役であることは確かだ、ただし、そのプランに乗るのは危険極まりない。
「よろしいのですか?」
白 鴻凱の問いにゼルペンティーナは頷いた。
「一歩間違えればこの場で処刑されるところだったのだから、問題があるわけもない」
おまけに、スパランツァーニにそう言って笑ってみせる。
コグレがパンと手を打ち、言葉を紡ぐ。
「では整理しますか。P.U.P.P.E.T本部ゲートは一旦放棄、その後、クロヲくん他数名でゼルペンティーナさんの厳重な警護をした状態で、すべての『エピゴノイ』をP.U.P.P.E.T本部におびき寄せ、P.U.P.P.E.T本部施設で特異点兵器を投下します。あ、それとオリュンピアさん、ちょっと来て」
コグレはあろうことか、オリュンピアに提案を行った。
だが、それに対しスパランツァーニも白も、特に抗議はしなかった。