劇場《プリズン》
一方、董晶とウェンディは、『ザナドゥ』を通り、旧新居条にある劇場に来ていた。
かつてクロヲたちが住んでいた新居条は、七年前の『コデッタ』により跡形もなく消し飛んだ。『ザナドゥ』内部には消し飛ぶ寸前の新居条がそのままの姿で復元されているようだが、それに郷愁を感じる人間よりも、遥かに怒りを覚える人間の方が多い。
さて、その何もかも消え去った新居条に建設されたのが劇場である。もちろん、その名前は俗称であり、本来は国連、特にスパランツァーニ派が待機する駐屯地となっている。
『ザナドゥ』から劇場へは直通ではなく、道中は草木も生えない不毛の土地を尻目に移動する必要がある。
かつて慣れ親しんだ土地が七年を経ても未だ無残な姿のままであることに、ジープに乗りながらウェンディは複雑な気持ちを抱いた。
「あれが劇場か」
董晶がどうでも良さそうに呟いた。
彼女たちの視線の先に広がっていたのは、幾重にも鉄骨が球状に取り巻いた巨大な建造物だった。半径十五キロメートル程の範囲にビルが立ち並び、その周りを乱雑にも見える鉄骨が、びっしりと覆い隠す。
その上に、ガラスの様な透明の素材で覆いがされ、ガラスの隙間から見える鉄骨が、圧迫感に満ちた鉄格子の様な印象を与えた。ただ一方で古代ギリシャの劇場のようにも見える。だが、その周囲には最新鋭の対『エピゴノイ』用の砲門が何千門も控えており、威圧感に満ちている。だが、ガラスで出来た劇場は、もうそろそろ夕闇の混じり始めた赤い夕焼けを受け、燦然とその存在を誇らしげに見せつけた。
そして、その夕焼けの色を前に、おびただしい量の人間が取り巻いているのが見える。
「何あれ……」
董晶は呟くなり言葉を失った。同時に、何故自分たちがここに来たのかも理解した。
彼らの姿が豆粒程度から、目鼻立ちまで判別できるほどに近づいたとき、ジープは制止を促された。
国連のスパランツァーニ派に属する兵士が、ジープを制止したのだ。劇場に入るゲートのかなり前に、急ごしらえのゲートが作られ、その前でかなりの数の車輌が足止めされていた。そして、その例に漏れず、二人が乗るジープも止められた、というわけだ。
運転席の董晶は、窓から身を乗り出して兵に抗議した。
「こりゃ一体どういうことだ? どうしてオレたちがこんなところで足止めされなきゃなんねぇんだ? っていうか、なんでバリケードなんか組んでるんだよ!」
「一切お答えできません」
だが、兵士は鉄面皮で答えるのみだ。
「なんでだよ、意味がわかんねえよ!」
そのとき、ジープの窓がノックされる。そちらを見ると、見知った顔の男たちがいた。
「ホプキンスにスラヴァ、仁赫か! 久しぶりだな」
そして、そのうち髪の毛を逆立たせ、片耳に鍵の形を象ったピアスをした男が運転席側に近づく。
「姐さん、連中、荷物の搬入以外は完全にNOの一点張りですよ」
ウェンディが、身を乗り出し尋ねる。
「仁赫、その荷物ってのはケインの奴かい?」
仁赫はその問いに対して頷く。
「はい。まったくとりつく島もないんですぜ」
董晶はうーんと考え込むと、さらに尋ねる。
「いったい、連中の目的はなんだ? わざわざこんな時期に、劇場で何をしようってつもりなんだ?」
それに対し、ニット帽を被り、口髭と顎髭を伸ばした男が答える。
「スパランツァーニ派の連中のリーダーは、ログフェロー・トゥエーンだ。愚直にここの警備を任されて、蟻をも入らせないようなとんでもない厳戒態勢だ」
それに、赤い坊主頭で、片眉に剃り込みの入った男が続ける。
「スパランツァーニが何をしたいかは読めないけどよ、ログフェローって言えば奴の懐刀だろう。ここで警備させてるってことは何かしら、重要な理由はあると睨むぜ」
「しかし弱ったね。搬入したとして、設置しなきゃならないんだろ、ウェンディ」
ウェンディは董晶の言葉に頷いた。
「ああ。ここまで厄介なことになってるとは思っていなかったなあ」
ウェンディはため息をつく。だが、ケインの頼みは何をもってしても叶えなければならない。次の手段を考えなければなるまい、とウェンディはぼんやり考えていた。