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『エピゴノイ』掃討

 R&Bの音楽が鳴り響く。それをうんざりとした顔で聞く髭面の男。男は、セクシーな女性のグラビア誌を苦虫を噛み潰したような顔でめくるが、だんだんとイライラを抑えられなくなり、ソファから立ち上がると、スイッチを落とした。

「何すんだよ!」

 すると、大柄の浅黒い肌をした男が、髭面の男を突き飛ばした。

 その向こう側には青いベレー帽を被り、軍服を着込んだ男達が勢揃いしており、騒ぎをちらりと見るが、蒸し暑い部屋の室温の方が気に入らないと見えて、軍服を扇ぐのに忙しい。

「待機中にこんな音楽を始終流される方にもなってみろ。もういいだろ!」

 それに、浅黒い肌の大男は、怒りを覚えたようで、髭面の胸ぐらを掴んで怒鳴る。

「ハービー・ハンコックを馬鹿にするのかよ、てめェ! 許せねぇ!」

 さらに大事になりそうな雰囲気だった。だが、そこでシーフードのピザを平らげ、手に付いたソースを舐め取った黒いコートの男が、声を立てた。

「おいおい、止せよ。何も音楽の方向性の違いとかありがちすぎる話で喧嘩しなくてもいいだろう」

「クロヲは黙っていやがれよ! てめぇに何がわかるんだ!」

 クロヲと呼ばれた男は立ち上がり、肩を竦めた。

「ジェイムスよう、確かにハービー・ハンコックが好きなのは分かったが、かれこれ十時間以上も同じ曲ってのは、確かにちょっとな」

 ジェイムスは、肩をいからせ、今度はクロヲに掴み掛かろうとする。

「よせよ。やめとけ」

 クロヲはそれを軽くステップでいなした。

「そうだ、クロヲの言うとおりだ!」

 髭面が加勢する。

「ハーマンさんも黙っててくださいよ。ややこしくなるでしょうが、話が」

「クロヲ、プレイボーイ、もう読みたくないのか?」

 クロヲは苦笑する。

「困ったね。俺もハービー・ハンコックとプレイボーイを天秤にはかけたくない」

 その時、警戒警報が鳴った。

 寝ていた者、黙々と筋トレに勤しんでいた者、同僚とくだらない談笑をしていた者、皆が注目する。

「『エピゴノイ』の連中もどうもお気に召さなかったようだぜ、ハービー・ハンコック」

 クロヲの言葉に、ジェイムスは傍らにあったコーラの缶を蹴り飛ばした。

「畜生! 染色体クロモゾーム反応は? なるほど、敵は二十か」

「じゃあ、ちょっくら行ってきますか」

 クロヲが、青いベレー帽の連中の前に手を出す。

「じゃ、俺行ってきます」

「お前一人で十分か?」

 既に歩きかけていたクロヲは微笑みながら向き返る。

「ま、問題ないですよ」

 そして、施設を出る。

 施設は三階建てで、ガラス張りの近代的な建物だ。建物の外装は、黒光りする御影石のような素材で出来ている。その黒光りする建物の回りは塀が覆っており、さらに周囲には青いベレー帽を冠った男達が警備している。

 そして、その黒い建物の後ろには、巨大な門が聳えている。門の向こうには何層にも虹色のような、シャボン玉のような光を放つ膜のようなものが見える。さらに目を凝らせば、その先に駅の改札口のようなものが見える。

 おおよそその間の距離は五百メートルほどもあるだろうか。改札口を守るにしては、やけに厳重と言わざるを得ない。

「今日も『タイダルフォース』は元気だ」

 そしてクロヲはスキップでもするように施設を飛び出ると、駆け出す。

 前方には古めかしいゴシック調の建物が煉瓦の姿を威厳に満ちた姿で見せ、その傍らには近代的なビルが建ち並ぶ。古代と近代が共存する、一種変わった様相。そして、その中のアスファルトを、クロヲは全速力で駆ける。

 前方には、青い炎を体の表面に漂わせた一群がいる。専門的にはあの青い炎を『ブルークリフ』と呼ぶらしい。姿形は人間そのものだが、幻想的な炎を漂わせている様子は、おおよそ人間には見えない。

 付け加えるなら、クロヲの目を通せば、彼らは染色体クロモゾームが人間とは違うことがわかる。異種族であるということを如実に表しているのだ。わかりやすく『青い炎(ブルークリフ)』を漂わせていなければ、彼らは人と見分けが付かない。

 彼らも特殊な戦闘用のプロテクターを全身に身につけている。おそらくは戦闘のプロなのだろう。クロヲとの立場の違いといえば、クロヲはフリーの戦人プロンプター、そして相手は未知なる世界からの来訪者、『エピゴノイ』であるかの些細な違いにすぎない。

「一人とは見くびられたものだな。撃て!」

 そして、クロヲの姿を見やり、『エピゴノイ』の一群は銃を撃った。単なる銃ではない。『タイダルフォース』と呼ばれる、恒星の周囲を取り巻く潮汐力でなければ弾くことすらままならない、強烈な威力を秘めた弾丸だ。だが、クロヲはにやりと笑うと、腕を翳す。彼に当たらなかった弾丸は、周囲のゴシック調の建物に当たり、途端建物は、崩れ落ちるでも粉々に砕けるでもなく、完全に消滅した。高さにしておおよそ五階建てが一瞬にして消滅する。そんな弾丸なのである。

 そして、クロヲにも間違いなくそれは当たる。だが、クロヲは動じない。そればかりか、そのまま駆け出す。

「何だ? 『タイダルフォース』すら展開せずに、一体何を!」

「お前さんたちの常識が全てじゃないぜ」

 だが、『エピゴノイ』もそれだけでは退けない。弾丸をいくら撃っても、当たらない。ならば、他に手段はある。

「どういうトリックかはわからんが、これならば終わりだ!」

 次に『エピゴノイ』が出したのは、青く燃えたぎる爆弾だった。それを勢いよくクロヲめがけ投げつける。

(点ではなく、面でならば!)

 弾丸という点の攻撃を防ぐことが仮にできるとしても、面、つまり範囲全てを一度に破壊する爆発はそれとは破壊の方向性が異なる。同じような対応では結果は火を見るよりも明らかだ。

 果たして、クロヲは青い爆発の中に包まれた。逃げる暇もない。正面からあれを浴びて、無事な奴などいない。『エピゴノイ』たちは勝利を確信した。

 だが、次の瞬間彼らの顔は曇る。

 爆風が、内部へと少しずつ流れ込んでいくのだ。それは、風呂桶に湯を張った状態で栓を抜いたかのように、内部へと青い爆風がどんどん吸い込まれていく。到底何が起こっているかは理解できない。

「まったく、危ないったらないな。『インヴィジブルハンド』を無闇に使わせないでくれよ」

 そして、無傷のままで現れるクロヲの姿。

「馬鹿な! 爆風を全て吸い込んだと言うのか! 先ほどの弾丸も!」

「半分はずれだ。さっきの弾丸はこういう風に」

 途端、『エピゴノイ』の頭に風穴が開く。

「弾いたのさ。ま、今のは喰っておいた弾丸だが、お前さんが撃ったのと同じ向きに返してやったぜ」

 そして、クロヲはあっと言う間に間合いを詰め、拳を見舞った。

 逃げ惑う暇すらなく、二十体ほどいた『エピゴノイ』は、クロヲの一撃を食らうたびに青い炎と化して掻き消え、そのすべてが消え失せるまで、二分とかからなかった。

 クロヲは、通信を行う。通信機は体内に埋め込まれている。

「掃討終了。で、他には?」

「バジルソースのピザを食い終わる前に掃討とはな。さすがの腕だ。で、お前さんに通信が入ってる。繋ぐぞ」

「了解」

 すると、女性の声が聞こえる。

「聞こえるかクロヲ」

 ふう、とクロヲはため息を漏らす。

「ケインさんか。なんだ。『シュレディンガーの女神』とやらの講義はもう受けたくないぜ」

「P.U.P.P.E.Tに行け」

 クロヲはまたもため息をついた。わざと聞こえるように。

「なんだ?」

「誰の差し金なんだ? ウェンディ師匠せんせいも同じようなことを言ってきてたぜ」

 ケインは苦笑した。

「白 鴻凱からもだろう? 知っているんだぞ、私は」

 クロヲも苦笑した。

「お節介焼きだぜ。ケインさん自体は今、何してるんだ?」

「興味があるのか? 局地的なビッグクランチに対する理論構築の最終段階だ。不変閉空間を用いて、完全に空間遮断を果たすことで、できることはできるんだが、動力がな。ま、機材含めすでにほぼ出来上っているんだが」

 クロヲにとってさっぱり意味不明だった。

「そりゃ良かった。じゃ、切るぞ」

「待てクロヲ。お前は、もう一度茂平(もひら)莉多(りた)に会いたくはないのか」

 クロヲの顔が強ばる。

「P.U.P.P.E.Tに行け。話は以上だ」

 そして、ケインは乱暴に通信を切った。

「不躾にもほどがあるぜ、ったく」

 クロヲはため息を漏らした。

 再度、通信を入れると、ハービー・ハンコックの曲をバックに、盛大な罵声合戦が繰り広げられており、クロヲは苦笑した。

「あ、ちょっと出てきます。ええ、ちょっくらJFKまで」

 通信端末の向こう側が凍り付くのに、時間はかからなかった。

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