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最後の晩餐

「さーじゃんじゃん喰えよ! じゃんじゃん!」

 そう言いながらウェンディの小脇に抱えられていたのは大吟醸だったが、それもご愛敬。

 三十名ほどの人間が、上座のウェンディ以下、肉を焼いて出る煙のさなかで、食卓に座っている。その全てはウェンディの門下生達。大半は何故焼き肉になったのかは判らず、ただひたすらに食べている。年代層はバラバラで、大半が男性だという事を除けば、共通点は無い。広い食堂は、元々五十名程度が一度に食事を行えるほどに整えられているため、まだ余裕はあった。そして、その中で忙しなくクロヲと、割烹着姿を着込んだ金髪の女性が、やれ肉だ、野菜だという声の度、いそいそと動き回っている。

 莉多はといえば、ぽつんとその忙しなく肉をかっ喰らう一団から少し離れた箇所に座り、浴衣から普段着へと着替え、浮かない表情で箸を伸ばしていた。

(莉多ちゃん、全然平気じゃないじゃないか)

 割烹着を着込み、ショートカットで金髪といった装いの女性が、ひそひそと物陰でクロヲに文句を言った。クロヲは、片手に野菜が山ほど盛られた皿を抱えながら、首を横に振った。

(ケインさん、そうは言うが、あんなことがあったのに、何も問題ない方がおかしいとは思わないか)

 それもそうか、とケインは頷いた。

「おーい、野菜まだかよ!」

「はい、ただいま」

 中年の声に、クロヲは一瞬ケインに目配せすると、そのまま野菜を持っていくために歩いて行った。そして、鉄板の上に菜箸で綺麗に野菜を並べていく。物憂げな表情であまり料理にも箸を付けず、半ばぼうっとしていた莉多は、その姿を見て目を伏せた。そして、唐突に箸を置く。

「あたし、ちょっと風浴びてくるね」

「あ、ああ……」

 彼女の斜め前に座っていた三十代程の男は、あまりに元気のない莉多の様子に、相づちを打つだけが精一杯だった。

 どこか寂しそうな背中をさせつつ、莉多は恐らく縁側の方へと移動していった。

 クロヲはちらりとその背中を見つめるが、野菜の次は淡々と肉を並べる作業に移るだけだ。

 全てを並べ終わった時、焼き肉を食べていた門下生のうち一人が、クロヲをその手で掴んだ。丁度アームロックのような形に持ち込み、クロヲは耳元で何かを囁かれる。

「いいのかよ。俺たちは事情は何にも聞かされちゃいねえ。でもよ、いつも元気なあの子が、ああも落ち込んでるのはどうにもおかしいってのはわかる。クロヲよう、行ってやれよ」

 だが、それにクロヲは反論する。

「彼女にも整理する時間が必要だと思うんだ。他人が干渉しない時間を与えるのも重要だろ」

 しかし、それに門下生の一人がクロヲの頭を小突いた。

「何するんですか!」

「バッカ野郎、そういう一端の口はもうちょっと尻の色が青くなくなってから叩けってんだよ。これは俺たちの命令だ」

「そうだ!」

「早く行けクロヲ」

 口々に門下生たちは叫ぶ。気の良い連中だし、うっすらと彼らが何を言いたいかはわかる。だが、クロヲ自身も迷っていた。彼女をこれからも、守っていけるかということに。

「クロヲ、早くしろ」

 そこで、ウェンディが一言言い放つ。

「しかし、師匠せんせいだって……」

「お前は、彼女をどんな時でも守ると誓っただろう。忘れたのか?」

 クロヲは、皿をテーブルに置き、正面からウェンディの目を見た。

「勿論。その思いに今も違いはありません」

「じゃあ、行けばいいじゃないか。彼女をどんなときでも励まし、元気づけてやるのがお前の仕事だろう」

 クロヲはにやりとし、エプロンを外した。

「わかりましたよ。アフターフォローも役目ってことでしょ」

 そして、背中を見せた瞬間、立ち止まる。

「俺は少し、怯えていたのかもしれない。背中を押してくれて、ありがとうございました」

 そう言うと、クロヲは歩き出した。

 ウェンディは頷く。だが、大吟醸を手酌で入れ、一口啜りながらウェンディは考えた。

(ま、潮時っちゃ、潮時なのよね)

 ウェンディとしても、今日の出来事は重く受け止めていた。

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