コッポラの最期
『機殻兵』、『繋脳者』、そして『ザナドゥ』。すべての基礎を築いた科学者、アンソニー・コッポラ。彼は、『奇跡の七ヶ月』とも、『血塗られた七ヶ月』とも呼ばれる、大幅な技術革新を僅か七ヶ月で成し遂げた。
ただの時計修理工だったアンソニー・コッポラが、知り合いの大学教授の薦めで研究を始めたところ、僅か二年で『機殻兵』や『繋脳者』の基礎理論に繋がる骨子を、七ヶ月の内に次から次へと発表した。ヒッグス粒子の発見による重力制御や、『繋脳者』技術の骨子となるコンピュータ基礎理論、驚異的な弾性や柔軟性を持ち、耐久力に優れた新金属の発見、人間の神経細胞や、肉体の完全な複製技術、人体のほぼ全てと互換性を持った人工臓器や、人工組織の開発、そして『ザナドゥ』の基礎となる粒子軌道を応用した半永久的記憶演算装置の開発など、尋常ではなく多岐に渡り、七ヶ月間の発表ラッシュは目覚ましかった。
一説には、その発表ラッシュは『奇跡の七ヶ月』とも、『血塗られた七ヶ月』とも言われる。間違いなく、人類の進化の速度を、数倍、いや数十倍に高めたのが彼だった。
そして、容赦なくそれらは軍事技術に転用された。アンソニー・コッポラは猛然と抗議した。自分の技術をそんな浅ましい事に使わず、もっと人類のために使ってくれ、と。
必死に、全力で訴えた。
だが、容赦なく彼に病魔が襲い、そして、彼は今、最期の時を迎えている。
傍らには時計修理工だった頃から連れ添った妻が涙を拭い、さらに向こう側には親類縁者、研究者時代の弟子や、協力を得た会社の役員などがひしめいている。
だが、アンソニー・コッポラの目は、ある一点に注がれていた。
橙色のスーツを着、髪を逆立たせた男。笑みを浮かべながら迫ってくるその男を、コッポラは見つめた。
「いやはや、ご苦労様でした」
男はほほえみながら言う。
「これで……よかった……かね」
息も絶え絶えに、コッポラは呟く。
「はい。本当に、ありがとうございましたァ。これで人類は、どうにか救われました。あなたのおかげです。あなたが、私が授けた知識を人類に授けてくれたおかげです」
首を振る力もあまり残っていないのだろう。ゆっくり、実にゆっくり、満足そうにコッポラは首を縦に振った。
「よかった……。なら、いい。あの子が少しでも喜んでくれるなら……いいんだ」
「本当に、ありがとうございました」
男は一礼する。すると、コッポラは満足そうに、笑った。
そして、眠るように息を引き取った。
橙色のスーツの男は、何もなかったように、その場から消えた。