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アントーニア

 規則正しく聞こえる心電図の音。他にもモニタには、血圧や呼吸、酸素飽和度などが表示されている。白で覆われた部屋の中には、同じく白一色、マスクを付け、白いガウンを纏った男が椅子に座っていた。そして、病床には鼻にチューブを通された一人の女性が横たわっていた。橙色の髪にはウェーブがかかっており、赤い瞳は男を奥底まで見通すかのように、深く、澄んでいた。

「お加減はどうですか?」

 白いガウンを纏った男が、女性に話しかける。

「見ての通りよ。これからトライアスロンってわけにはいかないわ」

 男は表情を崩さない。柔和な笑みを浮かべたままだ。

「どう? 仕事は順調? 私は絶好調よ」

 口調こそ明るいものだったが、それに笑みで返答を返せるような状況ではない。

「はい、順調ですよ。お手を煩わせるようなことは、何もありません」

 笑みは消えない。

「白くん、もう、私のことはいいよ。本当に、私のこと気になんかしなくて、いい!」

 そして、女性は咳き込んだ。少々激しい勢いで言葉を吐いたからだろう。すぐに、白は立ち上がり、傍らにあった水を少しずつ口に含ませる。女性は少し落ち着いた様子だ。

「ありがとう。最近ジュリエッタ姐さんのこと思い出すんだ、私。姐さんは最後の最後まで、絶対に希望を捨てなかった。諦めなかった。そして、私にバトンを繋いだ。たった五年しか、バトンは保たなかったけれど」

「何を言ってるんです、アントーニアさんはまだ生きていますよ」

「でも、何があろうとも死ぬよ、私」

 白は絶句した。アントーニアがあまりにも強く言い切ったためだ。そのままアントーニアは続ける。

「死は不可避。変えることなんかできない。だって私は『フェアツェルング』。運命を見通すのが仕事だもの。そして私が死ねば、『ゼルペンティーナ』にバトンを渡すことになる。忌まわしい死のバトンを。私はそれが許せない。私が死ぬのは構わないわ。でも、それをバトンとして渡すのだけは、ごめんだわ。同じようなことを、最後にジュリエッタ姐さんも言っていたっけ」

 アントーニアは呟くように言った。

「そんなことはありません! 私も、『元老院セナート』も、最後のその日まで探しています! あなたが助かる道を! その術を!」

 白が激昂するのを見て、アントーニアはくすりと笑った。

「珍しいね。白くんがそんなに興奮するのなんて。そうよね、第二『コデッタ』まで、もう猶予、ないものね」

 アントーニアは手を伸ばした。白は傍に駆け寄ると、アントーニアは白の頬を触った。

「でも、私はもう長くないわ」

「そんなことは……」

 白はアントーニアの言葉を断ち切ろうとする。だが、アントーニアは強引に続ける。

「私も、ジュリエッタ姐さんも、バトンを断ち切ることはできなかった。でも、次の子、『ゼルペンティーナ』なら、この忌まわしいバトンを断ち切れるはず。大丈夫、打てる手は打ったわ。そして、あなたの編み出した数々の秘策も、その子を救うために使って頂戴」

 白の頬に、一筋涙が伝った。

「私の人生は幸せだったわ。本来、こんな境遇ならば貴方とは絶対に会えなかったと思ったけれど、無理矢理にでも貴方は会いに来てくれた。最初はただのクラスメイトだと思っていたのに。だから、他に何があっても胸を張って私は幸せだと言える。最期の瞬間まで、それは変わらない」

 白は何も言えなかった。何もしてやれない、自分が惨めだった。

「さあ、行って。貴方にはまだやるべきことがある筈よ」

 白 鴻凱は頷くと、席を立った。もう、涙は消えていた。何重とあるエアロックを抜け、彼は一人、寂しく病室を後にした。そして、彼が行ったことを確認し、アントーニアは肩を震わせた。

「背中を押してあげなければ、彼は絶対に離れなかった……! 私もそうしたかった! でも、そんなことをすれば、彼は悲しむ。何よりも悲しむわ。私は……彼と普通の人生を歩みたかった! 私にはやりたいことも沢山あったのに! 死にたくない! 死にたくない!」

 彼女の慟哭を聞く者は誰もいない。ただ静かに、心電図の音だけが彼女を包んでいた。

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