誓約
リーグンを背負って、バルーシは未開拓地帯を歩いていた。
「ぐぅ・・・!」
「大丈夫ですか?リーグン様。」
「えぇ・・・何とか・・・。」
僅かな段差の揺れで小さく呻くリーグン。そんなリーグンを気遣いながら、バルーシはゆっくりと城に向かって歩いていた。
「リーグン様・・・何故あのような無茶をなさったのですか・・・?」
それを聞くと、リーグンは悲しげに話始めた。
「あいつらは・・・私のお母様の墓を壊した・・・それを認めた時、私の体は勝手に動いていました・・・我を忘れて戦っている内に・・・残っていたのは先程の戦士だけでした・・・。」
「・・・。」
「馬鹿ですよね・・・たかがこれしきの事で我を忘れるなんて・・・墓ならいくらでもどこにでも作り直せるというのに・・・。」
そこまで聞いたバルーシは、リーグンの言葉に違和感を抱いた。
「・・・どこにでもなんて・・・。」
「・・・おかしいと思いますか?」
「あの場所はリーグンの母君様が眠っておられるただ一つの場所・・・代わりなど」
「いえ・・・違うんです・・・。」
リーグンは言った。その表情と声は、暗く悲しい雰囲気だった。
「あの場所にお母様はいません・・・いえ、この世界にお母様の体はありません・・・。」
「・・・。」
バルーシは言葉を失った。何を言えばいいかわからず、無意味な言葉だけがバルーシの頭を取り巻く。
そして、リーグンはまるで昔話を語るかのように、ゆっくりと口を開いた。
「私の父、レーグは・・・汚染植物の開発に携わっていました。しかし・・・父は植物の実験では足りないと判断し・・・当時率いていた部下達と共に・・・"生体兵器"の開発に乗り出しました・・・。」
「生体・・・兵器・・・?」
聞き慣れない言葉が出てきた。
「生体兵器とは、人間を改造して作り上げる禁断の研究・・・当然城に書物があるわけがない・・・父達は手探りの状態で、一人の被験者を選び出して研究を始めました。」
「一人の被験者・・・?」
バルーシはハッと表情を変えた。
「えぇ・・・それこそが私の母親です・・・。」
リーグンの声が、次第に暗く涙声になっていく。
「お母様は・・・何度も苦しみを与えられながらも・・・父達に生かされてきました・・・そして・・・父は研究の最終段階として、最後の手段を取りました・・・。」
「その・・・最終手段とは・・・?」
リーグンは言った。
「種付けです・・・。」
「・・・。」
バルーシは何も喋ることが出来なかった。
「私は・・・父の歪んだ研究と母の望まない妊娠によって産まれた・・・生体兵器の被験者だったのです。」
そこまで言ったリーグンの声は、深海よりも暗くなっていた。それでもバルーシは、リーグンの言葉を聞き続けた。
「当然母は・・・私を被験者として扱うことに反対しました。そして母は私を父の元から逃がし、被験者を逃がした罰として・・・。」
「・・・。」
「母は最後まで・・・私のために戦ってくれました。我が身を壊してでも私に生きてほしいと・・・。」
ここまで言葉が出てきたが、ついにリーグンは涙をボロボロと流して口を閉じた。これ以上は自分の口では言うことが出来なかった。
しばらく二人を沈黙が取り巻いた。
「素晴らしい方ですね・・・。」
「!」
最初に沈黙を破ったのはバルーシだった。
「リーグン様のために強く生きられたのですね・・・我が身を犠牲にして・・・。」
「・・・。」
「強い母君様ですね・・・。」
いつの間にか、バルーシも涙を流していた。バルーシは涙を流しながら、さらに言葉を紡いでいく。
「どんな産まれ方をしても、母君様にとってはリーグン様はたった一人の自分の子供・・・。だからこそ母君様は・・・リーグン様に生きてほしかったのでしょうね・・・。」
「・・・。」
「今ならわかる気がします・・・私が犯していた過ちが・・・。」
ずっとわからなかったバルーシの頭の疑問の種に、ようやく答えが出てきた。
「生きるということは・・・この世でもっとも簡単で難しいこと・・・そして・・・誰かのためになること・・・。」
「・・・。」
「誰かのために死を選ぶということは・・・誰のためでもないエゴイズムなのですね・・・。」
バルーシは涙を振り払い、決意を秘めた表情で拳を握った。
「リーグン様、私に答えを出させてくれて・・・本当にありがとうございます!」
迷いを振り切ったバルーシの言葉を聞いて、リーグンは小さく微笑んだ。
「・・・絶対に生きましょう。」
「はい!シロヤ様のために!」
バルーシは懐に入っていたままの遺書を、その場で破り捨てた。
二人は誰かのために生きることを誓った。それが彼らの答えだった。
そして、二人は城にたどり着いた。