遺書
シアンが出した決意を固めるための二日間が始まった。
一日目の早朝。
「・・・。」
まだ朝ということもあり、城の中の人の出入りは少ない。当然、足音がよく聞こえるほどに響く。
コツコツ・・・。
足音を響かせながら、リーグンは城の廊下を歩いていた。
「残り・・・二日・・・。」
自然と呟く。残された時間が少ないことは重々承知している。だからこそ、リーグンはこの二日間がどれだけ重い二日間になるかを覚悟していた。
「・・・!」
リーグンは歩くのを止めた。リーグンの視線の先にあったのは、開いた扉だった。
「あれは・・・作戦会議室?」
開いている扉から作戦会議室を覗くと、そこには人影が一つあった。
「・・・バルーシ・・・さん?」
リーグンが影に声をかける。影は驚いたように扉の方を向いた。
「・・・リーグン様。」
「バルーシさんどうしたんですか?こんな朝早くに・・・。」
作戦会議室に入り扉を閉める。
見ると、バルーシは筆を持って何か書き物をしていたようだった。
「一体何を書かれているんですか?」
リーグンはバルーシが書いている紙を覗きこんだ。しばらく紙に書かれている内容を読んだ後、リーグンは驚いたような表情でバルーシの方を見た。
「これって・・・。」
リーグンの言葉に、バルーシは少し自嘲気味に笑いながら言った。
「えぇ・・・遺書です・・・。」
バルーシが書いていたのは、間違いなく遺書だった。
「何でこんなものを書いているのですか?」
「・・・。」
バルーシはしばらく黙った後、ゆっくりと口を開いた。
「この戦い・・・多くの犠牲が出ることになるでしょう。それは戦いにおいて切っても切れぬ必然のことです。もし私が他の方を守れぬようならば・・・私は自害するつもりです。」
その言葉を聞いたリーグンは、無表情のまま固まった。それを知ってか知らずか、バルーシは自嘲気味に笑いながら話を続けた。
「私は王族に忠義を誓った騎士です。本来ならば切り落とした左腕すらももはや意味を持たぬ道具以下の存在です。しかし・・・私はここに生きています。本来ならば一度死んだ身のいわば亡者。そんな私の命、投げ捨てでも皆を守らなければ忠義に反します。それが・・・私のこの戦いでの答えです。」
そこで言葉を止めたバルーシを、リーグンは一心に見つめた。
「・・・バルーシさんの気持ちは・・・どうなのですか?」
「私の気持ちですか・・・?」
「その話を聞いていると、バルーシさんの意思が一つも含まれていないように感じました。」
それを聞いたバルーシは、悲しそうな表情で口を開いた。
「・・・私は騎士・・・忠義に生き、忠義に死すのが騎士としての行き方です・・・それに私は本来ならば・・・。」
バァン!
「!!!」
突如響く机を叩く音。叩いたのはリーグンだった。
「バルーシさんは・・・それでいいのですか!!!」
食いかかるように身を乗り出してバルーシに問い詰めるリーグン。初めて見るリーグンの表情に、バルーシは少し驚いたような表情を浮かべていた。
「バルーシさんは本当にそれでいいんですか!?」
「・・・いいも何も・・・それが私なりの忠義ですから・・・。」
その言葉に、リーグンはさらに怒りに満ちた表情でバルーシに迫った。
「忠義だなんて・・・バルーシさんは忠義の意味を履き違えています!」
リーグンはさらに言葉を強くした。
「忠義は・・・その人を慕い、その人のためにその人の理想の下に生きること!安易に死という道を選んで絶対服従を誓うことなんかではないのです!」
「・・・しかし、私はシロヤ様にこの命を捧げる覚悟なのです・・・。」
「では伺います。バルーシさんはシロヤ様が"死んでくれ"と言えば死ぬのですか!?自分の意思に関係なく死を選びますか!?」
「・・・。」
黙りこむバルーシに、リーグンはさらに続ける。
「今の例えは絶対にないことです。シロヤ様は・・・シロヤ様は!自分のために誰かが犠牲になるのを絶対に許さないお方です!きっと・・・バルーシさんが犠牲になることを・・・シロヤ様は望んでいないと思います!」
リーグンはそこまで言って、バルーシに背中を見せて作戦会議室の扉に手をかけた。
「バルーシさん・・・私はあなたに失望しました・・・もう少し・・・シロヤ様や皆様のことを考えられているお方だと思っていましたが・・・とんだ過大評価でした・・・!」
リーグンは勢いよく扉を開け、作戦会議室を飛び出ていった。
「・・・。」
リーグンが走り去る姿を、バルーシは呆然と見ていることしか出来なかった。
「間違ってる・・・バルーシさんは間違ってる!」
リーグンは城の廊下を走りながら、誰に聞かせるわけでもなく呟いた。
「誰かが犠牲になるとか・・・そんなこと絶対に許さない・・・!」
走りながら、リーグンは静かな闘志を燃やしていた。