感謝
確かに彼女はそこにいた。さっきまでのような脱け殻の状態ではない、まっすぐの瞳で。
「シアン様!」
戦闘中だということを忘れ、シロヤは歓喜の涙を流しながら叫び、シアンのもとに駆け寄った。
「・・・。」
シアンは無言のまま俯いた。
「シアン様?」
「そなたに・・・合わせる顔がない・・・。」
涙声でシアンは呟いた。自分のエゴで縛り付けたにも関わらず、閉じ籠った自分をここまで助けに来てくれた愛する人に対して、シアンは笑顔を向けることも、涙を流して謝ることもできなかった。
「・・・。」
シロヤは無言のまま、無言で俯くシアンをギュッと抱きしめた。
「!!!」
シロヤの腕の中で驚き、体を震わせるシアン。その表情は、自分が今何をされているのかがわからないといった表情を浮かべていた。
「俺は・・・シアン様に感謝しているくらいなんです・・・。」
「そんな・・・私はそなたを・・・。」
「いいえ・・・気づかせてくれたのはシアン様です・・・。」
「・・・。」
「だから・・・無理に謝ったり笑おうとしたりしないでください。」
「え・・・?」
シロヤはそこで言葉を止め、小さく息を吸って口を開いた。
「シアン様はシアン様でずっといてください。俺はそんなシアン様が・・・大好きです。」
シアンはさらに涙を流しながら、シロヤの体を同じように抱いた。それは、今のシアンができる精一杯の告白の答えだった。
「うぅ・・・未だに信じられぬ・・・そなたとこうして・・・。」
「・・・シアン様。」
シロヤはそこで、抱き合ったままシアンの顔を見つめた。
「その・・・俺のこと・・・名前で呼んでくれませんか・・・?」
それを聞き、シアンは涙を流しながら微笑んだ。
「・・・私も好きだぞ・・・シロヤ。」
抱き合ったまま、シロヤとシアンはしばらく微笑みあった。
「!!!」
二人の耳に突如聞こえてきた奇声。
振り向くと、陰のシアンが苦しむように暴れまわっていた。
「な!何だ!?」
「陽の心が目覚めた今、陰の心は体の所有権を失って暴れているのだ。」
驚くシロヤに、シアンは腕の中で口を開いた。その声は涙声になってはおらず、目から溢れる涙は止まっていて、表情は引き締まっていた。
「でも・・・一体どうすれば?」
「私を撃て!!!」
「!」
「!」
二人の頭に響いた声は、シアンの声そのものだった。しかしそれは陽のシアンではなく、陰のシアンの声だった。
「陰の・・・シアン様?」
「・・・。」
確かに二人は"撃て"という言葉を聞いた。それは、苦しむような、搾り出したような声だった。
「私は・・・陰の私に感謝している。」
「え・・・?」
シアンはまっすぐに陰のシアンを見つめながら、力強く言った。
「私が・・・もしあのままそなたを国から追放していれば・・・私は一生後悔し続けたかもしれない・・・。」
「シアン様・・・。」
「陰の私は・・・私を正直にしてくれた・・・間違ったやり方かもしれなかったが・・・私は初めて他人に対して正直になることができた・・・。」
人を信じられずに自分の殻に籠っていたシアンが、初めて信じることができるようになった。
それを知っていたシロヤは、シアンに対して笑うことができた。
「俺も・・・正直になれました。」
再び抱き合ったのち、二人は離れてそれぞれ武器を構えた。
「行こう・・・シロヤ。」
「はい・・・シアン様。」
二人は互いに頷きあい、暴れる陰のシアンに向き合った。