信愛
「・・・!」
陰のシアンは動きを止めた。
初めて聞かされたシロヤの本当の気持ち。それは、陽のシアンはもちろん陰のシアンも聞きたかった言葉でもあった。
「俺は・・・陽のシアン様はもちろん、陰のシアン様も好きです。」
その言葉に嘘偽りは一切ない。それにはれっきとした理由があった。
「俺・・・陰のシアン様に感謝しているんです。」
「・・・何?」
「陰のシアン様が俺を残してくれたから・・・俺、自分に正直になれたんです。
もしあのまま国を出ていたら・・・俺は後悔しながら人生を送っていたと思います。
確かにクロトが滝壺から落ちたり、プルーパ様やバルーシさんが大怪我を負ってしまいました。
でも、クロトは帰ってきましたし、プルーパ様もバルーシさんも手術が成功しました!
後は・・・シアン様に目覚めていただくだけです!」
陰のシアンは、シロヤの言葉をずっと聞いていた。
聞きながら募っていく想いは、やがて涙となって陰のシアンの顔を濡らし始めた。
「・・・私は陰・・・誰からも好かれずに生きていく存在・・・。」
「それは違うと思います。」
シロヤは真剣な表情で陰のシアンに向かい合った。
「人を好きになるということは、うわべだけの想いだけを見ることではないと思うんです。
陰と陽が切り離せない絶対の存在だというならば、陰も好きにならなければそれは嘘です。
不安も悲しみも嫉妬も憤怒も憎悪も全て好きになってる。それこそが愛なんだと思うんです。」
シアンが見せた全ての陰の心を、シロヤはまっすぐに受け止めた。
「俺は・・・シアン様の全てを愛します。不安も悲しみも嫉妬も憤怒も憎悪も・・・もちろん笑顔も楽しさも全て・・・俺はシアン様の全てを愛します!」
ただ涙を流し続ける陰のシアン。それは、生まれ落ちてから嫌われることしかなかった陰のシアンにとっては信じられないような言葉。
ヒュン!
「っ!」
涙を流す陰のシアンは、急にシロヤに向かって攻撃を開始した。
「シアン様!」
「今すぐ・・・ここから逃げるんだ!」
足を伸ばして攻撃し続けるシアンは、シロヤに向かって涙を流して叫んだ。
「私は陰!破壊を義務付けられた存在!破壊を放棄することはシアンそのものの死を意味する!」
陰と陽にはそれぞれ役割がある。それは生きてから死ぬまで成さなければならないものであり、放棄を許されない運命。
「私は・・・私を愛する人を傷つけたくない!」
シロヤを捕らえてまっすぐに放たれる足。
「くぅ!」
放たれた足を剣で防ぐが、その衝撃でシロヤは後ろに吹っ飛んだ。
「早く逃げるんだ!」
「でも・・・!」
シロヤは再び剣を握る。
尚も涙を流す陰のシアンに向き合うシロヤ。
「ここで逃げたら・・・俺はシアン様を守れなかったことになるんだ・・・!」
「所詮私は陰!好かれることは叶わぬ存在・・・。」
「それは違う!!!」
向き合うシロヤは、シアンに向かって叫んだ。
「愛するって決めたんだ!救うって決めたんだ!だから・・・!俺は・・・!」
「・・・!」
さらに涙を流すシアンは、シロヤに向かって八本の足を一斉に伸ばした。
「っ!」
逃げることを避け、一心に受け止めようとシロヤは目を閉じた。
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訪れない痛み。シロヤはゆっくりと目を開けた。
自分の目の前で止まっている陰のシアンの足には、三本の矢が刺さっていた。
「これって・・・。」
シロヤは横を向いた。その先にいたのは、崩壊を選んだはずだった陽の心だった。