少女
上下の感覚もなく、右も左も何も見えない暗闇。自分が今どこを歩いているのか、自分は何の上を歩いているのか。それすらもわからない暗闇を、シロヤは歩いていた。
「ここが・・・シアン様の心の中・・・?」
何もわからない不安定な暗闇が、今のシアンの心の中なのだろうか。
突如、シロヤの目の前が白く光始めた。
「これは・・・道・・・?」
突如現れた白い光の先に、小さな道があった。段々と強くなっていく道の光に向かって、シロヤはゆっくりと歩き出した。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
白い光が止んだ時、シロヤは見知った場所に立っていた。
「ここは・・・シアン様の部屋だ。」
さっきまでいたシアンの部屋の隅に、シロヤは立っていた。
しかし、さっきまでいた部屋と今の部屋は違った。置いている物や本棚の配置が全く違うのだ。
「・・・!」
突如、閉まっているドアの向こうから少女の声が聞こえた。
「マズイ・・・!」
隠れようと周りを見渡し始めた瞬間、ドアが開けられた。
「シアン〜、いいこ〜いいこ〜!」
入ってきたのは、赤ちゃんを抱いた少女だった。
シロヤはその少女を見た瞬間、驚いたように叫んだ。
「プルーパ様!?」
入ってきた少女はプルーパだったが、年齢が一回り以上違っていた。シロヤの腰ぐらいまでの身長しかないプルーパは、部屋の大きなベッドに抱いていた少女をゆっくりと寝かせた。
「はやくおおきくなって〜いっしょにおどろうねぇ〜!」
頭を撫でていると、赤ちゃんは次第に眠りについていった。それに合わせて、添い寝をしていたプルーパも寝息を立て始めた。
「・・・まさか・・・あの赤ちゃんって・・・。」
そうシロヤが呟いた瞬間、赤ちゃんとプルーパは煙のように消えてしまった。
「!?」
気づくと部屋にはシロヤしかいなかった。
何が起こったのかわからず、シロヤは周りをキョロキョロと見渡した。
「シアン・・・。」
「!」
背後から声が聞こえた。振り向くと、窓側に少女を抱いた女性が立っていた。
「シアン、見える?」
「みえる〜!」
少女は指を指しながら景色を見ていた。そんな少女を、女性はギュッと抱いて言葉を続けた。
「シアン、あなたは私の子供・・・強く生きてね・・・。」
「くも〜!」
空を指差しながらはしゃぐ少女を、女性は涙を流しながら頭を撫でた。
しばらく見ていると、女性はさっきと同様、煙のように消えてしまった。
「これって・・・もしかして・・・。」
そう呟いた時、ベッドの方から再び声が聞こえた。
「シアン、あなたももう三歳、武道を習う時期よ。」
「ぶど〜?」
女性は少女の頭を撫でて笑った。
「そうよ。プルーパお姉ちゃんがいつもやってるの見てたでしょう?」
「おねえちゃんみたいにおどるの〜?」
「いいえ、あなたが習うのは弓矢って言うのよ。」
「ゆみや?」
女性は少女の手を握って、ゆっくりと部屋を出ていった。それに合わせて少女もゆっくりと歩き出して部屋を出た。
「・・・。」
シロヤは女性を追って部屋を出た。部屋を出た瞬間、城の廊下の向こうに、シアンらしき影が見えた。
「シアン様!」
影を追って走ると、たどり着いたのは玉座の前だった。そこには、部屋にいた女性と少女、そして玉座に男性が一人座っていた。
「おかあさま!わたしね!きょうね!まとのまんなかにあたったんだよ〜!」
「あら、すごいじゃない!よくやったわね、シアン。」
女性は少女の頭を撫でると、少女は笑顔のまま口を開いた。
「わたしね!もっとうまくなってね!おねえさまもおかあさまもおとうさまもまもれるようになるね!」
「うん、期待してるわよ。シアン。」
少女を抱き包む女性。シロヤはそれをずっと見つめていた。
「国王様!」
突如、はっきりとした声が聞こえた。
入ってきたのは、鎧に身を包んだ兵士だった。その兵士も、シロヤは見覚えがあった。
「あれは・・・レジオンさん!」
プルーパと同じく一回り以上年齢が違うレジオンは、玉座に座る男性、国王に向かって膝まずいた。
「街の方でまた、減税を訴えるデモが始まりました。」
それを聞いた国王は、ゆっくりと立ち上がった。
「鎮静に向かえ。兵団を使っても構わぬ。」
「はっ!」
レジオンはすぐさま走っていった。
その背中を見ながら、シアンを抱いていた女性が国王に話しかけた。
「やっぱり・・・本当のことを話した方がいいんじゃないかしら?」
「・・・そんなことすれば、国は混乱してしまう。」
国王は再びゆっくりと玉座に座る。女性は国王を見つめながら悲しい表情を浮かべていた。
「だけど・・・。」
「いいんだよ。国を守るためには誰かが悪役にならなければならない。その悪役が僕だってことでいいじゃないか。」
国王が女性に向かって笑うと、女性もそれに答えるように笑った。
そして再び、国王も女性も少女も消えてしまった。