石板
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暗闇の世界。しかし、これはただ単に自分の瞼を見ているだけだった。ゆっくりと瞼を開けると、眩しいくらいの光が目に入ってきた。思わず目を閉じると同時に、視覚以外の気管が活動を始めた。
真っ先に聞こえてきたのは、強く水が落ちる音だった。ゆっくりと目を開けると、その音源が飛び込んできた。
目の前に広がっていたのは、大きな滝だった。太陽の光を弾く滝は、絶えず大きな音を響かせながら流れ落ちていた。
次に回復してきたのは、触覚だった。触覚がとらえたのは、自分の体に絡み付いている何かだった。その何かをよく見てみると、それは近くの木から伸びている枝や蔦だった。
ゆっくりと体を動かそうとするが、枝や蔦が絡み付いていて思うように動けない。
「・・・目が覚めたかしら?」
もがいていると、誰かから声をかけられた。首を動かして声の方を見てみると、頭に大きな花を乗せた緑肌の少女が立っていた。
「待って、今降ろすから。」
枝と蔦が解かれていき、体がゆっくりと地面についた。
軽く動いてみるが、怪我はしていないようだ。それを確認した少女は、前に回ってきて笑った。
「全く・・・あなたが崖から落ちてきたのを見た時はビックリしたわよ。」
少女―――フカミは上を向いた。それに合わせて、絡めとられていたクロトも上を向いた。
「・・・。」
滝は非常に高く、真上を向かなければ全部を見渡せないくらいだった。
フカミとクロトは再び向かい合った。
「それで?あなたはなんで落ちてきたの?その時のことを思い出して。」
フカミはゆっくりとクロトの体に触れて、クロトの中の記憶の声を聞いた。フカミは、クロトが崖から落ちた時の様子を全て納得し、ゆっくりと離れた。
「ふぅん・・・シロヤ君を助けて落ちたのね・・・。」
シロヤ、という言葉を聞いた瞬間、クロトは駆け出そうとした。しかし、急に現れた少女によって阻まれた。
「クロトさん、まだ安静にしていてください。外傷は見えないけどちゃんとあるんですから。」
少女は、フカミと同じように頭に大きな花を乗せていたが、フカミに比べて肌の緑色が淡かった。
少女はクロトに近づいて手をかざした。少女の手が淡く光ると、クロトの体が何となく楽になったような気がした。どうやら、一種の治癒魔法みたいなものらしい。
「でもそろそろ動けるんじゃないかしら?キリミド。」
「うん、明日には動けると思う。」
しばらく治癒魔法をかけて、少女―――キリミドはゆっくりと魔法を解除した。
「とりあえず今日はゆっくり休むといいわ。」
そう言って、フカミとキリミドはクロトを滝の下の森に案内した。
「ここが私達の住み処よ。」
案内された場所は、草が敷き詰められた広い空間だった。木によって周りが壁のように囲まれている、まさに"自然の家"だ。
「ちょっと暗いわね・・・それ!」
フカミが真ん中にあった花に手をかざすと、花が発光して空間を優しく照らした。
クロトは、初めて見るような自然の空間にキョロキョロと周りを見渡していた。
「そんな物珍しい目で見るものじゃないと思うけど・・・。」
「クロトさんにとっては珍しいんだよ。」
フカミとキリミドが何かを用意し始めた。
それを背にして周りを見渡していると、クロトは壁の向こうの隙間に石のような物を見つけた。見てみようと目を凝らしたり、隙間を覗いたりしてみるが、石のような物が何なのかわからなかった。
「ん?石板が見たいの?はい。」
後ろのフカミが指パッチンをすると、壁が動き出して石のような物が姿を表した。
石のような物の正体は石板だった。何か絵の様なものが刻まれていたが、そこに書かれている文字までは読むことができなかった。
「それはですね、バスナダの古い歴史についての壁画みたいです。」
石板を眺めていたクロトの横に、キリミドが座り込んだ。キリミドは、石板の中の一つの絵を指差した。
「あの白い鎧をまとって、黒い竜に乗った戦士の絵がありますよね。」
キリミドが指差したのは、白の鎧の戦士と黒の竜の絵だった。そしてその反対側には、戦士に立ちふさがるように空を覆う黒く巨大な何かがいた。その何かの下には、たくさんの黒い何かが戦士に立ちふさがっていた。
「空を取り込まんばかりの巨大な闇がこの地を覆う時・・・人が持つ何者にも負けぬ強い力が集まり・・・闇に打ち勝つ英雄、この地に現れる・・・。」
キリミドは、昔話を語るようにゆっくりと語り出した。
「この地に伝わる古くからの言い伝えです。本当かどうかはわかりませんけど・・・。」
クロトはしばらく石板を見つめていた。そして、クロトはキリミドに訊ねた。あの戦士の上の文字は何という意味なのか。
「あれはですね・・・"白の勇者"・・・って意味らしいですよ。」
キリミドはゆっくりと語り終えて、空間の真ん中に戻っていった。