理由
「・・・。」
「・・・今のが五年前の話・・・私がまだ五歳の頃の話・・・。」
シロヤはただ黙ってその話を聞いていた。
「その後はね・・・あの事件の後に大臣になった人がお姉様の代わりに国事を行ったの・・・。」
「大臣・・・まさか・・・。」
ローイエはゆっくりと頷いた。
「うん・・・レーグだよ。」
シアンが自らを見失ったあの日、城の中は大騒ぎとなった。国事を行っていたシアンが沈黙したことで、城の中で大半を占めていたシアン派の人間は空中分解してしまった。
その穴を埋めるかのごとく割り込んできたのは、砂の竜王時代を再興させようと企むレーグ派の集団だった。
「シアンお姉様に代わってって言ったけどね・・・レーグの意向でその事は国の皆には公表しなかったの・・・。」
「じゃあ・・・シアン様が沈黙したことを国民は知らない・・・。」
「・・・うん。」
ローイエは溢れてくる涙を抑えることが出来ず、さらに涙を流していた。
「レーグの国事は・・・砂の竜王時代と全く同じ独裁政治みたいなもの・・・当然国の皆は暴動を起こしかけたの。」
シアンが王に即位した時は、砂の竜王時代を完全に消し去る政治を心がけられていた。しかし、急に独裁政治に変わったため、国民は混乱してしまったのだ。
ローイエはそれを思い出して、さらに涙を流した。
「でもね・・・国の皆の攻撃先はね・・・。」
そこまで言って、ローイエは嗚咽を漏らし始めた。そしてシロヤは、その先に何を言おうとしたのかがわかってしまった。
「まさか・・・。」
「うん・・・全部お姉様に向けられたの・・・。」
重くなる空気。シロヤはその中で、何個もの疑問が頭をよぎった。
「何でシアン様が・・・?」
ローイエは嗚咽を漏らしながら、ゆっくりと話し始めた。
「さっきの話、公表しなかった理由はね・・・レーグは・・・"独裁政治をシアンが行ってる"って・・・国の皆に錯覚させるためだったの・・・。」
公表しなかったことで、国民はシアンはいつも通り国事を行っていると錯覚している。それはつまり、独裁政治はシアンの意思によっての決定だと思わせるものだった。
「つまり・・・レーグはシアン様を盾にやりたい放題にやったってことか・・・。」
「それでお姉様・・・国の皆も信用できなくなっちゃったの・・・もう誰も・・・信用できなくなっちゃったの・・・。」
小さく震えながら嗚咽を漏らすローイエ。
「私達も頑張ってね・・・何とか国の皆にはわかってもらったの・・・プルーパお姉様が第二女王、私が第三女王になったことでね・・・。」
この国では、正女王が機能しない場合、第二女王が国事を行わなければならない。それを利用して、プルーパとローイエは独裁政治を解いた。
「でもね・・・シアンお姉様・・・急に国交活動に自分から行くようになったの・・・護衛無しでね・・・。」
女王が他国に赴く際、暗殺等を警戒して護衛をつけるのは当然の話だということはわかっているシロヤは、当然疑問に思う。
「何で護衛を・・・?」
「多分ね・・・死に場所を探してたんだと思う。生きる価値を・・・お姉様は多分見失ったんだと思うから・・・。」
自分が何者なのか。それがわからないということは、自分が生きているということ自体がわからなくなることでもある。
「お姉様はずっと探してたんだと思う・・・でも・・・やっぱり死ぬのが怖かったんだよ・・・不安だったんだよ・・・。」
必死に涙をこらえて、ローイエはシロヤを一心に見つめた。
「そんなお姉様の心を救ったのが!シロヤお兄様なんだよ!」
ローイエは必死に笑顔を作った。
「誰も助けに来てくれないと思ってたお姉様を・・・お兄様が助けたんだよ!」
人を信用できなくなったシアンは、身を挺してまで自分を守ってくれたシロヤのことを理解できなかった。
しかしそれは、シアンの救いとなった。まだ自分を守ってくれる人がいる、守ってくれた人がここにいるという事実が、シアンの何よりの救いだった。
「それがね・・・シアンお姉様がお兄様のことを愛してるって思う理由だよ。シアンお姉様の心を救ってくれたお兄様だもん・・・好きになって当然だよ。」
ローイエは笑顔をシロヤに向けた。対してシロヤは、瞳に涙を溜めていた。
「もしかして俺・・・シアン様を傷つけてしまったのか・・・。」
崩れ落ちるように前のめりになるシロヤを、ローイエは優しく抱き締めた。
「ううん・・・お兄様はお姉様のために嘘をついたんだよね・・・お姉様もわかってるはずだよ・・・!」
胸で泣き続けるシロヤの頭を、ローイエは優しく撫でた。
「お兄様・・・。」
「うぅ・・・。」
泣き続けるシロヤ。撫で続けるローイエ。
やがて、シロヤはゆっくりと立ち上がった。
「・・・。」
決心したシロヤは、胸に秘めた思いを初めて口にした。
「俺・・・シアン様に謝りたい!」
その言葉と決心に、嘘偽りはなかった。