怒号
「ハァ・・・ハァ・・・ローイエ・・・様・・・。」
荒く呼吸をしながら、クピンは目の前の人物の名前を呼んだ。
「クピンちゃん、無理はしないで、ね?」
ゆっくりと額の上にタオルをかける。
「じゃあリーグンさん、クピンちゃんの看病をお願いします。」
「はい、分かりました。」
リーグンはローイエに小さく敬礼をした。
そのままローイエは、クピンとリーグンに背を向けて歩き出した。
「あの・・・ローイエ様?」
医務室を出ていこうとするローイエに、リーグンは後ろから声をかけた。
「ローイエ様・・・どちらへ?」
「・・・会いに行きたいの・・・お兄様に。」
「し!しかしシロヤ様は今!」
慌てた様子で説明しようとするリーグンに、ローイエはゆっくりと頷いた。
「うん・・・分かってる・・・お兄様のこと・・・。」
「それならば・・・。」
「でもね!」
ローイエはリーグンの方を勢いよく向いた。その目には、並々ならぬ決意が秘められていた。
「私・・・お兄様に話したいことがたくさんあるの!それに、聞いてなくてもいいから・・・私のお話を聞き流してくれてもいいから側にいたいの!」
それを聞いたリーグンは、少し表情を緩めた。
「そうですね・・・ローイエ様なら・・・。」
そして、リーグンはゆっくりと頷いた。
「ローイエ様、シロヤ様のこと・・・よろしくお願いします。」
「・・・はい!」
頷き合う二人。そして、ローイエはシロヤの部屋に向かって走り出した。
「・・・。」
部屋の前で、ローイエは小さく深呼吸した。プルーパと約束したものの、やはり自分のせいだという意識が強いため、シロヤに会うことを多少ためらっていた。
「・・・!」
拳を握りしめ、ローイエはゆっくりと扉を開けた。
「!!!」
目の前にいたシロヤの姿を見て、ローイエは脱力した。今までに見たことのないようなシロヤの姿がそこにあった。
「お兄・・・様・・・。」
涙が目から溢れようとしてくるが、ローイエはそれを必死に止めた。今、自分は泣くべきではないと、ローイエは必死に自分に言い聞かせた。
「わかんねぇよ・・・わかんねぇよ・・・。」
ただ呟き続けるシロヤに、ローイエはゆっくりと近づいていった。
「お兄様・・・。」
「わかんねぇよ・・・わかんねぇよ・・・。」
ローイエの声に気づかず、ただ同じことをローイエは呟き続けていた。
「・・・お兄様、聞いて。」
「わかんねぇよ・・・。」
「私もプルーパお姉様も・・・もちろんシアンお姉様もお兄様のことが大好きなんだよ・・・それだけはわかってほしいの・・・。」
しばらく無言になるローイエ。
「・・・それが・・・わかんねぇんだよ・・・。」
城に来てから初めて、シロヤが違うことを口にした。次第にシロヤの声は、呟きから怒号に変わった。
「それが・・・それがわかんねぇんだよ!!!」
抑えきれずに溢れだしたシロヤの怒りに、ローイエは思わず怯えて体を震わせた。
シロヤの怒りはさらに強くなる。
「シアン様は・・・何がしたいんだ!俺を殺そうとしてるのか!?」
「それは違うよ!お姉様はシロヤ君と一緒にいたいから!」
「一緒にいたい!?殺してでも一緒にいたいって言うのか!?」
「そうだよ!」
ローイエの叫びとシロヤの叫びが交差する。
「俺が嘘さえつかなきゃ・・・!ランブウさんやプルーパ様やリーグン様が傷つくことはなかったんだ!それに・・・クロトが死ぬこともなかったんだ!」
「お兄様が選んだ道なんだから間違ってるなんて思わないで!私達はお兄様を責めたり恨んだりしないんだから!」
その言葉を聞いて、シロヤは急に黙りこんだ。
「・・・そもそも、何で俺のことを・・・。」
「お兄様がお姉様を助けたからだよ。」
しかし、シロヤは再び頭を抱えてうずくまった。うずくまったまま、シロヤは悲痛に似た声を上げた。
「たかがバシリスク一匹だぞ・・・あんなの倒したくらいで・・・もう・・・訳がわからねぇよ・・・。」
シロヤは次第に嗚咽を漏らし始めていた。今まで涙を流さなかったシロヤが、急に涙を流し始めた。
「・・・お兄様・・・。」
ローイエは静かに呟いた。
「・・・私達は本当にシロヤ様が好きなんだよ?」
「信じられるかよ・・・ましてやシアン様が俺のことなんて・・・。」
「うぅん・・・絶対に好きだよ。それだけは分かる。」
「何でだよ・・・何でそう言い切れるんだよ!?」
怒りをローイエにぶつける。ローイエはこらえていた涙をゆっくりと流した。
「・・・お兄様・・・聞いて。」
口調穏やかに、ローイエはゆっくりと語りだした。
「お兄様・・・聞いてほしいことがあるの。」
「聞いてほしい・・・こと?」
シロヤは顔を上げた。涙で顔をぐしゃぐしゃにしていて、髪は乱れていた。
「うん・・・シアンお姉様の話・・・五年前に起きた話・・・。」
ローイエはゆっくりと語りだした。