選択
集中治療室で、ローイエはずっとプルーパの隣で泣き続けていた。
「ごめんなさい・・・お姉様・・・ごめんなさい・・・!」
ローイエは、プルーパが集中治療室に運ばれてからずっと、同じ言葉を呟きながら泣き続けていた。
誰の声も聞こえず、その場を動かない。
「バルーシ!プルーパ!」
ガラス張りの向こうから声がしたが、ローイエには全く聞こえない。そして、その言葉の後の扉を閉めた音も聞こえない。
集中治療室の中には、ローイエの泣く声が響き続けていた。
「お姉様・・・ごめんなさい・・・!」
泣き続けるローイエ。
スー・・・スー・・・スー・・・。
「お姉様!!!」
何も聞こえなかったローイエの耳に響いた音。弱々しいが、しっかりと聞こえる呼吸の音。
プルーパの呼吸の音が、ローイエの耳にはっきりと聞こえた。
「お姉様!お姉様!お姉様!」
何度も呼び掛けるローイエ。弱々しかった音が次第に強くなっていき、それはか細い声に変わった。
「ロー・・・イエ・・・。」
非常にか細く、弱々しい声。普段なら聞き逃してしまうような小さな声だが、はっきりと聞こえた。
「ローイエ・・・。」
「お姉様!!!」
何かを喋りかけるように強くなる声。
「ローイエ・・・聞いて・・・。」
「お姉様!?」
プルーパは、震える手をゆっくりと持ち上げて、ローイエの頭の上に乗せた。そして呼吸器をつけたまま、プルーパはゆっくりと語り始めた。
「私・・・夢を見たの・・・。」
「夢・・・?」
語り出したプルーパの目には、次第に涙が溜まり始めていた。
「うん・・・シロヤ君がいなくなる夢・・・。」
「お兄様が・・・?」
「うん・・・何も言わないでね・・・一人で国を出ていっちゃうの・・・。」
「そんな!私そんなの・・・嫌だよ・・・。」
ローイエは再び泣き出した。
「私も・・・嫌・・・かな?」
「え・・・?」
「あんなこと言ってたけどね・・・私もやっぱりシロヤ君が好き・・・シロヤ君にずっといてほしい・・・。」
それは、プルーパもローイエも、もちろんシアンやバルーシらも思っている皆の総意であった。
「だって・・・私を命懸けで守ってくれたんだもの・・・惚れて当然よ・・・。」
星夜祭での戦いで、プルーパに向かってきた針の壁を、シロヤは満身創痍の状態で受け止めていた。
話を聞きながら泣き続けているローイエの頬を、プルーパはそっと撫でた。
「ローイエ・・・あなたの選択が正しいとも間違ってるとも言わないわ・・・私もシロヤ君が留まってくれたら嬉しいもの・・・。」
「お姉様・・・。」
「うん・・・だからね・・・ローイエが思うように進んで・・・。」
ローイエが何故泣き続けていたのか。
それは、ローイエが自ら選択した道、"シロヤを城に連れ戻す"という道が正しかったのかがわからなかったからだ。この道を選んだが故に、自分はプルーパを傷つけたのだという自責の念が、ローイエを追い詰めていた。
「ローイエが選んだ道なんだから・・・自信持って・・・ね。」
「お姉様・・・お姉様・・・。」
どんどんと溢れてくる涙を抑えきれずに、プルーパの手を濡らしていった。
そんなプルーパの手を、ローイエはぎゅっと握った。
「お姉様・・・私やっぱり・・・お兄様と一緒にいたい!」
「私もよ・・・ローイエ・・・。」
涙を流しながら、プルーパは精一杯の笑顔を浮かべた。それに答えるように、ローイエもぼろぼろと涙を流しながら笑った。
「お姉様・・・私・・・お兄様が大好き!」
「私も大好き・・・だから・・・今はシロヤ君を気にかけてあげて・・・ね。」
プルーパは最後に小さくウィンクをして、再び目を瞑った。
「う・・・うぅ・・・うわぁぁぁぁぁん!!!」
ローイエはプルーパの手を握りながら、ただひたすらに泣き続けていた。
「お姉様・・・。」
ローイエは立ち上がって、プルーパの頬を軽く撫でた。これがローイエなりの、プルーパへの決意表明だった。
まだ流れてこようとする涙を抑え、ローイエはゆっくりと集中治療室を後にした。
「・・・!」
集中治療室を出て一番最初に目に映ったのは、誰かがふらふらになりながら医務室を出ていく姿だった。
「・・・クピン・・・ちゃん!?」
医務室に運ばれて寝ていたクピンが、ベッドから降りて医務室を出ていこうとしていた。
「クピンちゃん!無理しちゃ!」
ローイエの声を聞かず、クピンは医務室を出ていった。
「クピンちゃん!」
慌ててローイエはクピンを追いかけた。
ちょうど曲がり角を曲がろうとした時、クピンは急に立ち止まった。
「何で・・・寝てないんですか!クピンさん!」
見ると、同じく曲がり角を曲がろうとしたリーグンが立っていた。
ローイエはすぐさまクピンに駆け寄って、肩を貸してあげた。
「クピンちゃん・・・無理はしないで・・・。」
ローイエはゆっくりと医務室へと向かった。




