疑念
開かれたドアの先にいたのは、ドレスに身を包んだ女性だった。その女性が部屋に入ると、バルーシは胸に拳を当てた。この国の敬礼だ。
「プルーパ様!夜分遅くに作戦会議室を使ってしまい申し訳ございません!」
女性はバルーシに向かって軽く微笑んだのち、シロヤに近づいた。
「あなた、今日シアンに呼ばれてきた旅人の子ね?」
怪しく微笑みながら、女性はさらにシロヤに近づいた。足一つ分くらいの距離まで近づいた女性は、シロヤの顔をジッと見た。
「ふふ、可愛い子ね?私の好みのタイプよ。」
「ここ!こここここ光栄です!」
女性はさらに近づく。シロヤの心臓が再び高鳴る。風呂でクピンに背中を流してもらった時のドキドキとは明らかに違う。女性から感じる香水の香りが、大人の色気を感じさせる。
「ふふふ、うぶな子ね。私があなたを男にしてあげよう、か・し・ら。」
「・・・・・・・・・えぇぇ!?」
一瞬の沈黙のうち、シロヤの頭が真っ白になった。顔は赤く火照りあがり、頭からは煙が出てるイメージだ。指先と足がカタカタと震える。
女性はシロヤの異変を感じとると、笑いながらシロヤの顔に手を当てた。
「うふふ、冗談よ冗談!そんなに堅くならないの!」
笑いながらシロヤの頭を撫でる。撫でながら、女性は後ろのバルーシに目を向けた。
「でも、あなたの嘘は好きじゃないわよ?ね?バルーシ。」
バルーシは口を閉ざした。
「安心しなさい。七人衆の噂は知ってるわ。それに、首謀者の目星ももうついてるわ。」
「それは本当ですか!?プルーパ様!」
バルーシは身を乗り出した。
女性は頭を撫でていた手を降ろし、三歩下がって静かに答えた。さっきまでの微笑みは消え、真剣な表情と瞳からは、凛々しさと心の強さが感じとれる。
「私の独自の見解なんだけどね。今回の噂にはレーグ大臣が関わっている可能性が高いわ。」
「レーグ大臣がですか!?」
女性から発せられた言葉には、シアンにも感じた特有の重みがあった。そして発せられた言葉の内容に、バルーシとシロヤは目を丸くした。シロヤは大臣と話したことは一回しかないが、不審なことをするような人には見えなかった。
「シロヤ君、人は見た目では判断できないわよ?忠誠心が高い人ほど怪しい、ってこともあるのよ?」
さっきからシロヤの心を読んでいるかのように話す女性。そしてバルーシが敬称をつけて話す女性。彼女は何者なのか、と疑問に思うシロヤ。
「あら、そういえば紹介がまだだったわね。私はプルーパ。バスナダ国の第二女王、シアンの姉ってところかしらね。」
「シアン様の姉・・・?第二女王!?」
その事を聞いた瞬間、シロヤは後ろに飛び退いて気を付けをした。
「も!申し訳ありません!第二女王様とは知らずに」
「あぁ、気にしなくていいわよ。私も改まれるのは苦手だからね。」
シロヤの口に指を当て、言葉を遮るプルーパは、シロヤの頬に手を当てて静かに言った。
「話は聞いたと思うけど、今は私に気を使うよりもシアンを気にかけてあげて。この噂、下手すればシアンの命すら危うくなるかもしれないの。だから、あなたがシアンを守ってあげて」
「私からもお願いしたい!」
バルーシが頭を下げる。王族の命がかかっているとなると、断るに断れない。
「わ・・・わかりました。出来る限りのことはやってみます。」
シロヤはゆっくり頭を縦に振った。
「ありがとうございます!シロヤ様!」
「本当にありがとう、シロヤ君。シアンのこと、よろしくね。」
バルーシが何度も頭を下げ、プルーパが再びシロヤの頭を撫でた。
「シロヤ様!どこにいらしていたのですか!?」
部屋の前にいたクピンが、シロヤを見つけて駆け寄った。
「すいません・・・、ちょっと夜風に当たりたくて外に・・・。」
「それならば一言断ってからお願いします。本当に心配したんですからね。」
少し頬を膨らませるクピン。
「そろそろ消灯の時間なので、お部屋に入っていただきます。」
「あぁ、もうそんな時間ですか。じゃあ寝させていただきます。」
「そうですか。ではシロヤ様、おやすみなさいませ。」
軽く礼をして、クピンは部屋を出ていった。
再び一人になったシロヤ。しかし、今は一人で頭の中を整理したかった。シロヤは豪華な布団に潜って、さっきあったことを思い返した。
「女王様の命を守る・・・か。」
思えば、長い旅の中でこんなことは一度もなかった。城に呼ばれたり、豪華なおもてなしを受けたり、女王様の命を守る大役を任されたり。
「俺に・・・務まるのかな・・・。」
ただの農民一族の自分に務まるのか、悪い方向にしか頭が働かないシロヤ。
やがて、旅の疲れ、初めてのおもてなしを受けたことでの疲れ、大役を任されたことの疲れで、いつの間にか眠りについてしまった。