忠義
クピンは怯えながら、小屋の外に目をやった。そこにいたのは、レジオンに向けて弓矢を構えるシアンの姿があった。
「シアン・・・様・・・。」
シアンの凄みに怯え、腰を抜かして座り込むクピン。その前に、レジオンが立ち塞がった。
「レジオン・・・貴様・・・邪魔をする気か!」
シアンはすぐさま矢を構えた。
「シアン様!」
突如、シアンの横から声がした。
見ると、シアンを固めるように兵団の兵達、そしてバルーシが現れた。
「シアン様!これ以上城の者達を傷つけてはいけません!」
バルーシがシアンに指摘すると、シアンは構えていた弓矢をバルーシに向けた。
「貴様・・・私に指示するのか?」
シアンは今にも矢を放たんとしている。額に汗を浮かべながらも、バルーシはその場を動かなかった。
「これ以上傷つけては、今後の国事に支障を来す可能性があります。」
その場に緊張が走る。
「ただでさえ国士を二人も失い、暗殺事件の事後処理などもこなさなければならない今、レジオンさんやクピンさんを失っては国事が滞ってしまいます。」
何とか説得しようとしているバルーシ。
しかし、レジオンが反応したのは言葉の中にあったある一文だった。
「おいバルーシ、国士を二人失ったってどういうことだ!」
レジオンが大剣を振り上げて構えるが、バルーシはレジオンを無視するかのように視線を外した。
「シロヤ様の方は我々兵団にお任せください。必ずや城にお戻しします。」
シアンに向かって敬礼するバルーシ。
それを見て、シアンはゆっくりと弓矢を下ろした。
「うむ・・・ならば任せよう・・・。」
バルーシから視線を外し、レジオンの方に視線を向けた。
「あのお方はどこだ!」
シアンはレジオンの言葉を聞く前に、割れた窓から小屋に入った。
「・・・!!!」
シロヤを探すシアンは、ベッドに視線を向けた瞬間に固まった。
「あ・・・あぁ・・・。」
シアンの目に映ったのは、自分を助けてくれた時の面影を一切無くしたシロヤの姿だった。
「あぁ・・・シロヤ・・・シロヤ・・・!」
名前を呼びながらシロヤに寄る。動きが次第におぼつかなくなり、最後は倒れるようにシロヤに寄り添った。
「うぅ・・・!うぅ・・・!」
寄り添って号泣するシアン。誰の声も届かずにただ泣き続ける。しかし、そんな泣き声もシロヤには届かなかった。
「バルーシ・・・さっきの話を聞かせてもらおうか!失った国士は誰なんだ!」
レジオンがバルーシにつかみかかる。苦い顔をしながら、バルーシは重い口を開いた。
「ランブウさんと・・・プルーパ様です・・・。」
「何だと!?」
今にも殴りかからんと詰め寄るレジオンに、バルーシはさらに表情を暗くした。
「ランブウさんは私達兵団との戦いで軽症で済みましたが、国事をするのには無理があります・・・。」
そしてバルーシは、表情をまたもや暗くした。
「プルーパ様は・・・ローイエ様との戦いで・・・。」
そこまで言って、バルーシは口を閉ざした。
「プルーパがローイエと戦ってなんだってんだ!言え!」
バルーシを睨み付け、つかみかかっていた手の力を強めた。しかしバルーシは、口を開かずに口を閉ざし続けた。
「バルーシ・・・てめぇ・・・!」
殴りかかろうとしたバルーシの手を、バルーシはしっかりと掴んだ。
「もう・・・いいでしよう!」
レジオンを振り払い、兵団に向かって右手を上げた。
「この小屋にいる人間全てを城に連れていってください!」
「はっ!」
兵達がバルーシに向かって敬礼すると、一斉に小屋へと入っていく。
「やめてください!離してください!」
兵がクピンを抱えて城に向かっていくのに続き、リーグン、シアン、シロヤを抱えた兵も城に向かっていった。
「おいバルーシ!」
またもや掴みかかろうとするレジオンをバルーシが制した。
「わかっていますよ・・・これが正しい道ではないことを・・・。」
震えながらバルーシは叫んだ。目には涙をうっすらと浮かべていた。
「俺は兵団長・・・女王に忠義を誓った者なんです・・・。」
右手を上げたまま、腰にかけてた剣を抜き、高く振り上げた。
「だから・・・!女王の意思に反する考えを持ってはいけないのです・・・!」
カタカタと震えながら、バルーシはさらに言葉を続けた。
「だから・・・シアン様のやっていることが正しい道ではないと思った時点で・・・忠義に反しています!」
「おいバルーシ・・・。」
レジオンがバルーシを見て固まる。今からバルーシが何をしようとしているのか、全くわからなかった。
「忠義に反するのは騎士、兵団長としての恥・・・ならば!」
バルーシは剣を持っていた左手に力を込めた。
そして・・・。
「!!!」
ぼとっ!
「うぅぅ!!!」
一瞬の静寂が二人を包む。
静寂の中で二人の間にあったのは、おびただしい量の血と、バルーシの右腕だった。